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自然主義
ゆめうつつ
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「図書館にいつもいる美少女?」
「そう、黒髪の」
「何年の子?」
「同い年かな」
「誰だろう…」
私の前の席で、椅子に反対向きに座って私と向かい合っている金髪タレ目のイケメンは田山花袋だ。
「でもさ、毎日いるんだよ。黒髪の美少女」
「わかんないよ」
「は~あ、あの美少女とお近付きになりたい」
イケメンで、人懐っこく、いつも明るい彼にどうして彼女がいないのかと言うと。
美少女に目がないからだろう。
校内の美少女は大体名前やクラス等を把握していると思うが、よりにもよって図書館に毎日現れる美少女について知らないとは意外だ。
花袋が知らない美少女なんていたっけ?
「気になるなら、次見かけたときに声掛けてみなよ」
「はあ!?無理無理!美少女には大抵彼氏がいる訳!」
「いないかもしれないじゃん」
「いるって!…てか柊木は彼氏いるわけ?」
「いないよ」
「あ、そうなんだ。でも、可愛い子には大抵イケメンの彼氏がいるんだって!」
うだうだ悩まずに先ずは声を掛けてみるのがいいと思うけれど、彼は違うらしい。
頭を抱えて唸っている。奥手だなぁ。花袋の友達の国木田くんや島崎くんなら直ぐにでも声を掛けて相手のことを知り尽くすだろうに。
「はぁ、分かった。今日の放課後、一緒に図書館に行こう。その子のこと、私が知ってるって可能性もあるし」
「マジ?サンキュー!」
花袋は嬉しそうに言う。散歩前のわんちゃんみたい。しば犬かな。
彼がもし本当に犬ならば、今しっぽをぶんぶん振っているだろう。
放課後の約束をすると、花袋は自分の席に帰っていった。そして、そのまま私の前の席には、この席の本来の主である徳田くんが座った。彼は呆れ顔だ。
「美少女、いる?」
「ん~…」
放課後になって、花袋と一緒に図書館に来た。この高校の図書館はとても広いし、多くの生徒が毎日利用しているので、私は誰が花袋の言う美少女なのか分からない。
「あ、いた」
「どれ?」
「ほら、あそこの」
花袋は、図書館の奥の窓を指す。
その窓の側に、こちらに背を向けて座る黒髪の女の子がいた。
図書委員を務める私はよく図書館に来るけれど、彼女がいつもいたかどうかは覚えていない。もしかしたら前に彼女を見掛けていたのかもしれないけれど、どちらにせよ私は彼女のことを何も知らない。
「顔は見えないけど、髪サラサラだし華奢で美少女そう」
「美少女なんだよ!毎日この階にいるんだけど…柊木の髪も綺麗だよな」
「は!?」
「いや、日差しを浴びて輝いてるから」
花袋がそんなことを言うのは珍しい。
照れた顔をせず、いつも見せる笑顔で彼は言う。
美少女の前だと、照れてしどろもどろになる花袋。
そんな彼を見て、私は彼に意識されていないのだとはっきり分かってしまった。
別に、意識して欲しい訳じゃないし、私は美少女でもない。けれど、花袋の中で私が「意識していない女」の分類に入っていることには何となく気が付きたくなかった。
「花袋の言う美少女も分かったし、帰ろっかな」
「送ろうか」
「いや、いいよ。今日は新聞部の活動日なんでしょ。そっち行きなよ」
「そっか、じゃあ、またな」
「うん、また明日」
もう一度、窓際に座る美少女の姿を視界に入れ、彼女の姿を目に焼き付ける。
花袋と図書館前で別れて、1人帰路につく。
あーあ、あの女の子はいいなあ。
花袋はいい奴だよ。そんないい奴はイケメンだし、イケメンに好意を持たれるなんて羨ましい。
何となくモヤモヤした気持ちを抱えながら、家を目指して黙々と歩いた。
それから暫く経って、季節は1つ進んだ。
花袋の片想いはどうなったのか分からないけれど、私は何度も図書館であの日見た美少女を眺めていた。
背中まで伸びたサラサラの黒髪には天使の輪が見え、健康的な白さの肌に血色の良い頬と唇、下瞼に陰を作る程に長い睫毛。
あの日、背中しか見えなかった美少女は、本当に美少女だった。
目立つタイプじゃないんだろうけれど、その美しい姿と立ち居振る舞いは見ていて飽きなかった。
週に1度回ってくる図書委員の仕事の為に図書館へ行くと、必ず彼女は窓際の席に座って本を読んでいた。
美少女は良いなぁ、なんて思いながら私も単調な日々を過ごしていた。
×××
某日
「よっ」
「国木田くん、珍しいね?」
「まぁ、クラス離れてるから仕方ないわな」
「それで、何か用?」
新聞部のイケメン国木田独歩が何故か私に話し掛けてきた。
因みに、新聞部には他に島崎藤村くんだとか徳田秋声くんだとか正宗白鳥くんだとかイケメンばかり在籍している。
「じゃーん!」
「?」
「ここに市営プールの入場券が2枚あります」
「ほほう」
「やるよ」
「えっ」
何でだよ。そんなに私達、親しい間柄ではないよね?
「いや、俺とアンタじゃねーよ」
怪訝な表情で彼を見詰めていると、呆れたような顔で彼はチケットを持っていない方の手で頭を掻く。
「花袋と」
「花袋と」
「アンタが」
「私が」
「そうだ」
「…え?」
花袋と私が?
「は?」
「だーかーらー、花袋とのデートに使ってくれよ」
「いや、何でよ」
どういう理由で私と花袋がプールデートに行かなきゃならんのだ。
「そんなの、柊木が花袋のことを好きだから手伝ってやろうと思って」
「は!?」
私が花袋のことを、好き?
国木田くんは本当に何を言っているのだ。
「はあ…、独歩さんも暇じゃないんだけどなぁ。
俺、花袋に用があるからよくこの教室来るんだけど、アンタずっと花袋のこと見てるぜ?」
「そ、そんなことないよ」
「いや、側から見たら花袋ガン見してるから」
「もし仮にそうだとしても、いきなりデートなんか誘えないでしょ」
「花袋はアンタから誘われるの待ってるぜ」
「まさか」
脳裏をよぎるのは図書館の美少女。
花袋は、あの子をずっと見てる。
「それ、花袋にあげなよ。そしたら花袋が自分で好きな人を誘えるよ」
自分が花袋を誘って断られたら二度と立ち直れないじゃん。
いや、花袋のことが好きだからとかじゃなくて、ただのクラスメイト(異性)をいきなりプールに誘うような軽い子だって思われたらもう終わりだよ。
「取り敢えず誘ってみろよ」
「断られるよ。花袋は別の女の子のこと見てるから」
「うーん、花袋の作戦大失敗してんじゃ…」
「作戦?」
「ま、とにかく誘ってみろって!」
国木田くんは私の手にチケット2枚を押し付けて去って行った。嵐のような人だな。
手に握らされたチケットを見る。
大人2枚。有効期限は今秋まで。
「なに見てんだ?」
「!?」
後ろから声を掛けられビクッとして後ろを向こうとすると、真後ろに田山花袋がいた。
手元を覗き込まれると、私がプールのチケットを持っていることは直ぐにバレた。
「へえ、プールかぁ。いいな」
「あ、いる?」
「うん、サンキュー」
私と行く訳がなかろうと、2枚とも渡したのに、1枚しか受け取られなかった。
「1人で行くの?」
「は?」
「え、1枚目しか取らないから」
「柊木が一緒に行ってくれるんじゃねぇの?」
「?」
花袋って、こんな軽い人だっけ?
アンタ、好きな美少女と行きなよ。
「来週の土曜、10時に駅前な!」
「え」
私とプール行くより、図書館で美少女見る方が楽しいし有意義な時間になるでしょ。
それに、私は期待してしまう。
異性の友達と2人きりでプールなんて、高校生にもなって行かないでしょう。
花袋は、美少女と2人きりでプールなんてことになったら鼻血を噴き出しながら死ぬんじゃないだろうか。あ、だから一緒に行くのは可愛くない私なのか。
「…」
嫌になっちゃうよ、期待なんかしても無駄だし、そもそも私は花袋のことなんて好きなんかじゃないのに、こうやって1人水着売り場に来てしまったことが。
去年買った水着でも良いのに、より可愛いものに新調しようとしている。私は健気な乙女だなぁ。
相手は私のことを見ていないのに。 今頃、花袋は今日も図書館であの美少女を眺めているのかな。
「あ、柊木だ」
「え?」
聞きなれた声に反応して振り向くと、見慣れた顔がいた。
「柊木はどうしてここにいるの?」
「…水着を買い直そうと思って」
「花袋と同じだ、良かったね」
島崎くんに良かったね、と声を掛けられた花袋は、顔を真っ赤にしてプルプルと震えている。どうしたんだ。
「ダメだ!柊木!プールはやめよう!」
「え!?」
いきなり水着売り場で花袋が叫ぶ。
どうして!?私の水着姿は見るに耐えないと判断したの!?
来週末まで全然時間ないけど運動と食事制限しようと思ってたのに!
「…僕、帰っても良い?」
「え、あ、藤村!」
このなんとも言えない空気に耐えられなくなったのか、島崎くんがこの場を後にした。
「…あ、えっと、ごめんね」
「え、どうして謝るんだ?」
「私がどんな水着もバッチリ着こなす美少女だったら嫌にならなかったよね…」
「は!?いや、柊木の水着姿なんか直視できる訳ねーだろ!興奮する!!」
「…えっ」
「あっ、想像したらちょっと…」
「え、嘘っ」
目の前の花袋は、突然鼻を抑える。
お店の売り場に血を落とす訳にはいけないので、慌てて花袋にティッシュを渡す。
「さ、さんきゅー…」
「大丈夫?」
「全然、柊木の水着姿を直接この目で見たらこんなんじゃ済まない」
「お、おおう…」
「いやぁ、悪かった」
「うん、落ち着いたようで何より」
「あー、でも柊木の水着見られないのは残念だ」
「いや、直視出来ないって言ったじゃん」
「ああ、眩しすぎた無理だ」
「…?」
いや、私、花袋に美少女として意識されてないでしょう。
「俺は美少女が好きだ」
「そうだね」
「だから、柊木のことが好きだ!」
「…え?」
いやいや、水着売り場の真ん中で何を。
目の前の花袋は、再び顔を真っ赤にしている。
「だって、美少女が好きって」
「柊木は美少女だぞ?」
「そんなことないよ、花袋に意識されたことなんかないもん」
「は!?俺、平静を装うのにいくら苦労してるか!」
「図書館の黒髪の美少女は!?」
「?」
「窓際に座ってる女の子のことが好きだって!」
「え、あ、ああ!あれ、窓際の彼女じゃなくて、窓に映る柊木のことなんだけど…」
「はあ、?」
何と分かりにくい。
私が春から追い続けているあの女の子は何なんだ。とんでもない美少女なのに。
「だからさ、柊木」
「?」
「俺とプールに行ってくれ!」
「辞めよって言ったの花袋だよ!?」
「直視できないにしても水着姿が見たい!」
「え、いや…」
花袋が私の肩を掴んで、凄く真剣な顔で叫ぶ。イケメンだけど、なんか残念な奴だよね。
「…あの、お客様」
「「はい?」」
申し訳なさそうに若い女性の店員さんが私達に話し掛ける。
「他のお客様の注目の的となっているので…」
「「…!?すみません!」」
周りと見ると、売り場のお客さんは男女問わず私達を見ていた。これは、恥ずかしい…!
私達は慌てて売り場を離れる。
売り場の端にある階段まで来て、花袋は立ち止まった。
「どうかした?」
「俺、柊木に言うの忘れてたわ」
「?」
「…好きだ。だから、俺と付き合って欲しい」
「!」
「…分かりにくくてごめんな、でもずっと好きだった」
私は、花袋のことなんか好きじゃない。そう言い聞かせてたけど、実際はどうなんだろう。
「…私も、好きだよ」
言うつもりなんてなかったのに、花袋の目を見詰めたら、口が勝手に動いた。
「そうか」
花袋が嬉しそうに笑った。
そうか、私は花袋のことが好きだったのか。
「水着、着てくれる?」
「考えとく」
デパートの水着売り場と階段でこんなこと言うなんて、私達にはムードがないなぁ。
でも花袋を悩殺できるような可愛い水着、買っとくね。
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