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自然主義
ゆめうつつ
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特務司書。
私が選んだ職業は、あまりにもマイナーなものだった。
今は学生だから特務司書の仕事をこなしつつ大学生活を送るという、青春まっさなかの私にはなかなかにハードなものだが、4年時に就活をする必要がないことは最高と言わざるを得ない。
特務司書は、国が母体であるから仕事がなくなるなんてことはないし、寧ろ今後忙しくなると言われている。
文学好きには羨ましい仕事かもしれない。
しかし意外にも仕事は多岐に渡り、根っからの文系だった私も、特務司書の仕事をこなすために理系科目の勉強に力を入れた。
「アルケミストとしての才能がある」と突然スカウトされて、気が付いたら特務司書になる為の試験に合格してた。
あまりにもサラリと合格したので特務司書就任後に館長に聞いてみたが、合格率は10%を切っているとかなんとか・・・。どうして私が合格出来たのか甚だ疑問である。
あまりにも唐突に始まった私の特務司書としての生活。
大学は、もう卒業単位まであと20単位程度のところまで来ているため、私の生活の殆どを帝國図書館で送ることになる。
大学生活前半で単位を必死に取りまくってよかった。
ぼんやりとそんなことを考えながら書類に向かっていたら、ポンっと誰かに肩を叩かれた。
「司書さん」
「・・・秋声さん」
私の肩を叩いたのは、徳田秋声だった。
最初に出会ったのは、秋声さんだ。
面倒ごとは嫌いみたいだが、なんだかんだ仕事は手伝ってくれるし、大変頼りになる助手だ。
他にもこの図書館には文豪がいるが最古参の彼に頼りっきりで、他の人に助手になってもらったことは殆どない。
「ほら館長から預かった書類、貰ってきたよ」
「ああ、ありがとう」
秋声さんから書類を受け取り、机に置く。
「一旦、休憩しようよ。
また朝から仕事漬けで昼食も取らなかっただろう?」
「あ…もうこんな時間だったんだ。そういえば、お腹空いてる気がする」
私は立ち上がり、秋声さんと共に司書室を出て食堂へ向かう。
「今日のお昼は何だった?」
「オムレツ」
「え!?」
「言っとくけど、残ってないからね。
午前中に有魂書に潜書した奴らがお腹空いたからって司書さんの分まで食べちゃってたから」
「ええ…午前中なら、小林さんと中野さんか」
「僕は止めたからね」
昼食のメニューの中で、最も好きなオムレツが今日だったことを忘れていた私も悪い。
だが、食べられたことに対する悲しみが収まらない!
私は、このあと仕事に戻っても愛しのふわふわオムレツが食べられなかった後悔で一切仕事に身が入らないことを予感した。
あーあ、もう今日の仕事は全部明日に回して寝ようかなぁ。
かなり遅めのお昼を食べ終え、私と秋声さんは再び司書室へ戻る。
因みに、本当にオムレツは一切残っていなかった。
ガックリと項垂れる私に、食堂を管理してくれているご婦人が代わりに汁粉をくれた。
卵は残っていなくて、オムレツを作ることは出来なかったらしい。
いいの、汁粉美味しいから。お昼を食べた秋声さんも何故か汁粉を食べていたけれど、彼は師匠と同じく甘味が好きならしい。
普段は眉をひそめている彼が、幸せそうに汁粉を食べる姿に少し癒された。これで午後からの仕事も頑張れそうだ。やる気はないけど。
「ね、あと仕事どれくらいあるの?」
「うーん、今日の分は潜書の報告書を纏めて、本棚の整理をするくらいかなあ。特に上から他の用事は押し付けられていないし」
「ふーん、じゃ、司書さんは報告書を纏めてて。僕が本棚の整理してくるから」
「え、いいの?」
「ああ。君がやると、この広い図書館で迷子になるからね。僕がやったほうが早いし正確だ」
「…ありがとうございます」
そうなのだ、私は方向音痴なのだ。
あまりに広すぎるこの図書館で、本棚の整理をしている途中に何度も迷子になった。
何度、文豪の皆様に救出されたことか…。
呆れ顔の秋声さんに助けられたり、いつも通りどこかぽわっとしている島崎さんに助けられたり、笑い飛ばしてくれる田山さんに助けられたり、とにかく何度も迷子になった。
私は、本棚の整理に行った秋声さんを見送ってから、机に向かって報告書を書き始めた。
どうして他の文豪を「田山さん」や、「島崎さん」と呼んで、秋声さんのことを「徳田さん」とは言わないのかと言うと、ただ「秋声」という名前が好きだからだ。
音の響きもいいよね。それに、最古参である彼は、もはや私が何をしてがしても驚かないし怒らない。呆れてはいるけれど。
それに、館長と猫が「秋声」「秋声」と呼んでいるのに耳が慣れて私にも移ってしまった。
彼のことを舐めているだとか、そういう気持ちがあるのではなく、最も付き合いが長い彼のことを純粋に信頼しているからなのだ。
まあ、それだけじゃないんだけど。
私は人間で、秋声さん達は文豪だ。
私と彼らは同じ「人」ではない。
生きている私のような人間と、その生涯を終えたにも関わらず呼び起こされた文豪。
公私混同も甚だしいし、叶うわけがないのだが、私は秋声さんを好いている。
だから、少しでも他の文豪と差別化をして、気を引こうとしているのだ。
他の人は、「島崎さん」や、「田山さん」、「尾崎さん」、「泉さん」って呼んでいるのに、彼だけは「秋声さん」と呼んでいる。
もっと仲良くなりたいから。もっと近づきたいから。呼び方だけでも、と変えている。
叶うわけがないし、もし仮に叶ってしまったとしても添い遂げることはない。
それにもかかわらず、私は彼への恋慕を捨てられない。
バカだなあと思いつつも、私は報告書を纏める。
胸がチクリと痛むけれど、そんなことには気づかないフリをして、普段通りに筆をとる。
コンコン
司書室の扉が叩かれた。
「はーい?」
「邪魔するぜ」
入ってきたのは、志賀さんだった。
「?志賀さん、どうかしましたか?」
「ああ、さっきアンタがオムレツを食いっぱぐれて凹んでる姿を見て、な」
志賀さんが、机に皿とポットを置いた。
甘い香りが部屋に広がる。
「えっ!!?」
「好きだろ?休憩がてら食いな」
「わあー、美味しそう!!ありがとうございます!!」
志賀さんが差し出したのは、私が大好きなアップルパイと紅茶だった。
「食堂借りて作ったんだよ。冷凍されたパイシートを貰って作ったんだが、便利なモンが沢山あるな」
「いっただっきまーす!」
志賀さんがポットからティーカップに紅茶を注いでくれているのを横目に、私は、志賀さんお手製のアップルパイにフォークを刺す。
「んん~、美味しい!!
本当に、志賀さんのアップルパイは美味しいです!いくらでも食べられちゃいます!!」
志賀さんのアップルパイはとにかく美味しい。
前に作って貰った時は、あまりの美味しさに感動して泣きそうになった。
私の苦手なシナモンは殆ど入れられておらず食べやすい。
アップルパイを一口食べて、紅茶にも手を伸ばす。コーヒーよりも紅茶派だと前に言ったのを覚えてくれていたようだ。
志賀さんは料理が趣味のようで、こちらに来てからは知らない料理を食堂の方に教えて貰い、次々に作るようになっていた。
「はあ~、はちみつの紅茶も美味しいし、幸せ…」
「美味そうに食ってくれて俺も嬉しいぜ」
『コーヒーよりも紅茶派。
紅茶にははちみつを多めに入れた甘いものが好き』
好みの紅茶の味も完璧に覚えてくれていた。
「志賀さんのお料理は、どれも美味しくて好きなんですよ!でも、このアップルパイは最高です!!」
「また作ってやるから。ムシャ達にも配ったんだが、まだあまりがあってな。それは冷蔵庫に入れてあるから、後でまたアイツと一緒に食っといてくれよな」
「わーい、ありがとうございます!」
志賀さんが、私の頭をポンッと撫でた。
小説の神様がこんなに料理上手でイケメンでいいのだろうか?
しかも、私に優しい。
うーん、完璧過ぎて怖い。
ガチャリ
うっとりしていたら、司書室の扉が再び開いた。
「何してるの?」
秋声さんの帰還だ。
「よっ、邪魔してるぜ」
「し、仕事はもう直ぐ終わりますから!!」
何故か不機嫌そうな秋声さんの姿を見て、慌てて弁解する。別に仕事はサボっていない!
ただ、志賀さんが作ってくれたアップルパイと紅茶でアフタヌーンティーを楽しんでいるだけだ。
「俺は甘い紅茶は好まねえんだが、美味いか?」
「あっ」
志賀さんが流れるような動きで私の持っていたティーカップを奪い、そのまま紅茶を飲んだ。
「…甘っ。甘いモン食いながら、よく甘いモン飲めるな…」
志賀さんには甘い紅茶は合わなかったようで、舌を出しながら微妙な顔をした。
「…回し飲みなんかやめなよ。鏡花が見たら発狂するよ」
秋声さんが、志賀さんを睨みつけるように言った。
「…秋声さんも飲む?」
「やだよ」
即答。甘いもの好きなんだから、飲めばいいのに。あ、回し飲みが嫌なのか。
志賀さんは、ティーカップを机に置き、立ち上がる。
「ま、俺は休憩を促しに来ただけだし帰るわ」
「あ、志賀さんありがとうございました!」
そういうと、志賀さんはいい笑顔でウインクをしてから部屋を出た。超絶イケメン、ウインクも様になる。
その代わりに、秋声さんが詰め寄って来た。
「……仕事は?」
「もう少しです」
「早くしなよ」
「あー!?」
秋声さんは、机の上に放置されている報告書を私に押し付けると直ぐに残していたアップルパイを口にした。
私が使っていたフォークで。
「ん、これ美味しいね…。師匠も好きそうだ」
先程迄の超絶不機嫌な顔から一転、少し表情が晴れていた。わかる、志賀さんのアップルパイすごく美味しいもんね。
後で、冷蔵庫にある残りのアップルパイ貰おう。まさか、一口二口しか食べていないにも関わらず残りを秋声さんに食べられるとは思っていなかった。
私が止めることも出来ない間に、秋声はアップルパイを全て食べてしまった。
「… ほら、早く仕事」
「はい…」
少し凹みながらも、報告書を広げる。
秋声さんはその間にも、ティーカップを司書室内にある小さな洗い場で洗い、それにポットの紅茶を注いでいた。
まじか、紅茶まで飲み干されるのか。
「…うっ、甘っ。アップルパイの後にこれはきつい」
秋声さんにも甘すぎるようだ。
なんで志賀さんも秋声さんも、その甘い紅茶の魅力が分からないのかなと思いつつも、渋々、報告書を書いていく。
《◯月×日、助手 徳田秋声、潜書 森鴎外・・・》
「…終わったあー!!!!」
それから1時間程で、報告書は書き終わった。
「お疲れ様、牡丹」
「え?」
ずっと司書室で仕事が終わるのを待ってくれていた(監視していた)秋声さんが声を掛けてきた。
いま、何て……?
「ほら、ご褒美あげるよ」
そう言うと、秋声さんはティーカップに注いだ紅茶を自身の口に含んだ。
そして、ぐっと私の肩を引き寄せ、口付けてきた。
あまりに突然のことで驚いていたものの、唇を閉じる暇さえなく口付けられた口の中に、あの甘い紅茶が流し込まれる。
成す術なくそれを飲み込み、秋声さんが唇を離す。
「…え」
「嫌だった?」
「や、嫌というか…」
「僕は、僕が知らない所で君がが他の奴と仲良くしていたのが気に喰わないんだ」
顔を少し赤らめながら彼が言う。
「……そう、牡丹、君のことが好きだからだ」
突然の告白。
「文豪だとか生きてる人間だとか関係ない。
ただ、君が、牡丹が欲しい」
そう言って秋声さんが私を抱き締める。
回りくどい言い方じゃなくて、ストレートな言葉で。
「ね、牡丹も僕のこと、嫌じゃないでしょ?」
不敵に笑った秋声さんが、再び甘い甘いキスをした。
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