恋と呼ぶには近すぎて、愛と呼ぶには遠すぎて
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
失敗したなとは思うけど、正直になるのが正解だったとも思えない。私は冷蔵庫からビールを取り出す。ラスト一本。ああ、また目蒲さんにお願いしなきゃなと思って、彼と話さなきゃいけなくなった事にげんなり。
些細な事だったのだ。「まだ作ってません」と一言。それが小骨のように心に引っかかっている。
「はあ」
ついため息を吐きながら冷蔵庫を漁る。おつまみは門倉さんの広島土産でいいか。牡蠣のオイル漬け。美味しいので彼の帰省の度に頼んでしまう一品だ。
そう、確かに一見不自由かもしれないが、みんなが気にかけてくれるので私の毎日は案外充実している。そもそも目蒲さんの境遇に同情して近付いたのも私。彼が死をもって粛正されるのを免れるために、人質となってここでいいように使われるのを了承したのも私。そのためにこの賭郎本社ビルに軟禁されたからとて、全て自業自得なのだ。だから私は後悔していないし、同情してほしいとも、ましてや目蒲さんに恩義を感じて欲しいとも思っていない。
なのに、何故私はこんなにも苛ついているというのか。
食卓にビールと牡蠣のオイル漬けを置いて、とりあえず一口。目の前には二人分の食卓が並んでいる。だが、まだこれを食べる気にはなれない。片付けるにも箸をつけるにも腹が立つので。
酒を煽る。胃の辺りがかっと熱くなる感覚。思わずため息をついてから、残りを煽る。本気で酔うには一本じゃ足りない。今すぐに電話して「お酒が無くなった!」とねだってやろうか、なんて意地悪な考え。いやいや、同窓会くらい行かせてやれよ私。付き合ってるわけでもあるまいにね。
ごめんなさい目蒲さん。お夕飯はもう作ってたし、あなたが遊びに行くのがちょっとだけ寂しいです。だって、あなたは今日も業務後の時間を持て余す私の為に部屋に寄ってくれると信じ込んでたんです。
なんて、言えるはずもない。
だってただの友達なんだから。
そう、友達なんだよ、ただの。馬鹿馬鹿しい。こんな風に、今日も来るかもって期待しながらお夕飯を作って待って。来ないと分かってへこんで。目蒲さん悪くないじゃんね。だって、ただの友達なんだから。
自分の中で結論が出てしまえば後はどうすることもできず、私はパートナーのいなくなった牡蠣を口に放り込む。美味しい。まあ食べよう。元気がない時にお腹が空いているのは良くない。
ーーーーーーーーーー
部屋のドアがノックされたのは、目蒲さんの分の食事を冷蔵庫にしまって一息ついたタイミングでの事。誰だろう。私は今日提出の書類を出していない人達の顔を思い浮かべながら立ち上がる。
「どなたですかー?」
「俺だ」
そして、もう一度座る。目蒲さんの声じゃないか。何故。
「おい、入るぞ」
「いや何で」
私は再び腰を浮かす。もう訳がわからない。同窓会はどうしたの目蒲さん。電話で言ってたのは嘘だったの目蒲さん。戸惑う私なんて何のその、目蒲さんは容赦無く部屋のドアを開けた。
「え、どうしたんですか」
「顔出して帰ってきたに決まってんだろ」
「何で」
「下手に音信不通になると逆に探り回られるから」
「あ…ああー」
言いながら目蒲さんは私を押し込むようにしながら部屋に入ってくるので、観念して道を開ける。すると、彼は当然のように食卓について「なんだ、飲んでたのか」と空になったビール缶を手に取った。私は今更ではあるが、「それ最後の一本でした」と伝える。
「無いなら連絡入れとけよ」
「だって、まさか今日来るなんて思わなくて」
「まあ、そうなんだが」
目蒲さんはテーブルに頬杖を付くと、ニヤリと意地悪い笑顔を見せる。
「不正の匂いを感じたんでな」
「不正?」
「お前、夕飯作ってたろ」
「へえ?!」
「電話の声が随分と動揺してたからな」
「えと、気のせいじゃないですかね」
「丁度そんな声だったな」
目蒲さんは楽しそうに喉奥でくつくつ笑いながら「持って来い。食う」と言った。
「いやあそんな…無いですってそんなもの…いやもう全然…」
「冷蔵庫見るぞ」
「やめて下さい」
彼が私を見つめてくるので、私は遂に観念して席を立つ。すると彼は「ほらな」と笑った。
「ホント意地悪ですよねえ」
「戻ってきてやったろうが」
「そこじゃなくて」
「どこだよ」
「気付いた時点で‘同窓会に顔出したらそっちに行く’って言ってくれないところですよ」
「ああ、悪いな。お前の気遣いを立ててやろうか迷ったもんで」
「ほらあ」
言いつつも、私は彼の前に食事を並べて、自分は彼の前に座る。すると、彼は静かに手を合わせてからご飯をパクつき始めた。
その様子を見ている内に、苛立ちは面白いほどに消えていった。
「同窓会でなさらなかったんですか?食事」
「した。一緒に酒飲んだせいで腹が減っててな」
「なるほど」
彼は自分の食事に集中しているので、すぐに会話が途切れてしまう。こうなっては仕方がない。私は仕方がなく、ドッヂボールじみた会話を楽しむことに決める。
「お友達とは会えました?」
「まあな」
「ねえ、目蒲さんのお友達ってどんな人なんですか?」
「何でそんな事気にするんだよ」
「想像つかないんですもん」
「お前さあ」
「やっぱり目蒲さんと同じようなタイプなんですか?あ、でも目蒲さん意外と私とか門倉さんみたいに喋りまくるタイプと相性いいですよね」
「どうだかな」
「何故そんなにはぐらかすんですか。元カノでもいたんですか」
「お前さあ…」
彼はこれ見よがしなため息を吐くとお茶を飲んで、ポツリと「ここが一番落ち着く」と言った。
「どういう風の吹き回しですか。甘い言葉じゃ誤魔化されませんよ」
「はっ倒すぞ」
彼は笑う。私も笑った。やっぱり、なんだかんだで私の毎日は充実しているみたいだ。
些細な事だったのだ。「まだ作ってません」と一言。それが小骨のように心に引っかかっている。
「はあ」
ついため息を吐きながら冷蔵庫を漁る。おつまみは門倉さんの広島土産でいいか。牡蠣のオイル漬け。美味しいので彼の帰省の度に頼んでしまう一品だ。
そう、確かに一見不自由かもしれないが、みんなが気にかけてくれるので私の毎日は案外充実している。そもそも目蒲さんの境遇に同情して近付いたのも私。彼が死をもって粛正されるのを免れるために、人質となってここでいいように使われるのを了承したのも私。そのためにこの賭郎本社ビルに軟禁されたからとて、全て自業自得なのだ。だから私は後悔していないし、同情してほしいとも、ましてや目蒲さんに恩義を感じて欲しいとも思っていない。
なのに、何故私はこんなにも苛ついているというのか。
食卓にビールと牡蠣のオイル漬けを置いて、とりあえず一口。目の前には二人分の食卓が並んでいる。だが、まだこれを食べる気にはなれない。片付けるにも箸をつけるにも腹が立つので。
酒を煽る。胃の辺りがかっと熱くなる感覚。思わずため息をついてから、残りを煽る。本気で酔うには一本じゃ足りない。今すぐに電話して「お酒が無くなった!」とねだってやろうか、なんて意地悪な考え。いやいや、同窓会くらい行かせてやれよ私。付き合ってるわけでもあるまいにね。
ごめんなさい目蒲さん。お夕飯はもう作ってたし、あなたが遊びに行くのがちょっとだけ寂しいです。だって、あなたは今日も業務後の時間を持て余す私の為に部屋に寄ってくれると信じ込んでたんです。
なんて、言えるはずもない。
だってただの友達なんだから。
そう、友達なんだよ、ただの。馬鹿馬鹿しい。こんな風に、今日も来るかもって期待しながらお夕飯を作って待って。来ないと分かってへこんで。目蒲さん悪くないじゃんね。だって、ただの友達なんだから。
自分の中で結論が出てしまえば後はどうすることもできず、私はパートナーのいなくなった牡蠣を口に放り込む。美味しい。まあ食べよう。元気がない時にお腹が空いているのは良くない。
ーーーーーーーーーー
部屋のドアがノックされたのは、目蒲さんの分の食事を冷蔵庫にしまって一息ついたタイミングでの事。誰だろう。私は今日提出の書類を出していない人達の顔を思い浮かべながら立ち上がる。
「どなたですかー?」
「俺だ」
そして、もう一度座る。目蒲さんの声じゃないか。何故。
「おい、入るぞ」
「いや何で」
私は再び腰を浮かす。もう訳がわからない。同窓会はどうしたの目蒲さん。電話で言ってたのは嘘だったの目蒲さん。戸惑う私なんて何のその、目蒲さんは容赦無く部屋のドアを開けた。
「え、どうしたんですか」
「顔出して帰ってきたに決まってんだろ」
「何で」
「下手に音信不通になると逆に探り回られるから」
「あ…ああー」
言いながら目蒲さんは私を押し込むようにしながら部屋に入ってくるので、観念して道を開ける。すると、彼は当然のように食卓について「なんだ、飲んでたのか」と空になったビール缶を手に取った。私は今更ではあるが、「それ最後の一本でした」と伝える。
「無いなら連絡入れとけよ」
「だって、まさか今日来るなんて思わなくて」
「まあ、そうなんだが」
目蒲さんはテーブルに頬杖を付くと、ニヤリと意地悪い笑顔を見せる。
「不正の匂いを感じたんでな」
「不正?」
「お前、夕飯作ってたろ」
「へえ?!」
「電話の声が随分と動揺してたからな」
「えと、気のせいじゃないですかね」
「丁度そんな声だったな」
目蒲さんは楽しそうに喉奥でくつくつ笑いながら「持って来い。食う」と言った。
「いやあそんな…無いですってそんなもの…いやもう全然…」
「冷蔵庫見るぞ」
「やめて下さい」
彼が私を見つめてくるので、私は遂に観念して席を立つ。すると彼は「ほらな」と笑った。
「ホント意地悪ですよねえ」
「戻ってきてやったろうが」
「そこじゃなくて」
「どこだよ」
「気付いた時点で‘同窓会に顔出したらそっちに行く’って言ってくれないところですよ」
「ああ、悪いな。お前の気遣いを立ててやろうか迷ったもんで」
「ほらあ」
言いつつも、私は彼の前に食事を並べて、自分は彼の前に座る。すると、彼は静かに手を合わせてからご飯をパクつき始めた。
その様子を見ている内に、苛立ちは面白いほどに消えていった。
「同窓会でなさらなかったんですか?食事」
「した。一緒に酒飲んだせいで腹が減っててな」
「なるほど」
彼は自分の食事に集中しているので、すぐに会話が途切れてしまう。こうなっては仕方がない。私は仕方がなく、ドッヂボールじみた会話を楽しむことに決める。
「お友達とは会えました?」
「まあな」
「ねえ、目蒲さんのお友達ってどんな人なんですか?」
「何でそんな事気にするんだよ」
「想像つかないんですもん」
「お前さあ」
「やっぱり目蒲さんと同じようなタイプなんですか?あ、でも目蒲さん意外と私とか門倉さんみたいに喋りまくるタイプと相性いいですよね」
「どうだかな」
「何故そんなにはぐらかすんですか。元カノでもいたんですか」
「お前さあ…」
彼はこれ見よがしなため息を吐くとお茶を飲んで、ポツリと「ここが一番落ち着く」と言った。
「どういう風の吹き回しですか。甘い言葉じゃ誤魔化されませんよ」
「はっ倒すぞ」
彼は笑う。私も笑った。やっぱり、なんだかんだで私の毎日は充実しているみたいだ。