「先生…？」

いけないものを見てしまったような、バツの悪い気持ちになった。それでもこの空間をどうにかしたくて、声をかける。彼女は少し驚いて振り返る。

「銅寺さん…？えと、どうかしましたか？」
「あ、いえ、違うんです違うんです。その、たまには昔の立会い記録なんて読んでみようかな、なんて」
「ああ！勉強熱心なんですね、銅寺さん」

彼女はぱっとスカートを翻して、立会い記録が並んだ棚に駆け寄っていく。その姿にさっきの憂いに満ちた瞳は影も形もなくて、僕は安心する。

彼女はいくつかファイルを掴んで、駆け寄ってきた。言えば彼女は自分と立会いやゲームメイクのスタイルが似ている立会人のファイルを選び出してくれる。事務としての彼女に信頼を置く立会人が多い理由の一つだ。僕は礼を言って、隅にあるテーブルを使わせてもらう。すぐに彼女は紅茶を運んできた。甘い香りが漂う。

さっきまでとは打って変わって楽しそうに机に向かう先生の横顔を見て、僕は考える。一体さっきのはなんだったんだろう。どうしてあんな哀しげな顔で空を見ていたんだろう。窓から見える空には灰色の厚い雲が広がっていて、先生の気持ちもこんな感じなのだろうかと感じた。

「銅寺さん？」

呼ばれて、はっとなる。先生は困ったような笑顔で僕を見ていた。

「そんなに見つめられると照れちゃいますよー」
「あ、すみません。ぼーっとしてました」

いえいえ、と仕事に戻ろうとする彼女を見て、聞くなら今しかないと思った。

「あの、何かあったんですか？」
「へ？何もありませんよう」
「でもさっき、ずっと外を見て…物憂げに…」
「ああ！」

彼女は得心がいったとばかりにぱっと笑顔を浮かべ、そして、徐々に顔を赤らめていく。

「大したことじゃなかったんです。ただ皆さん、ちゃんと傘は持ってるかなあって。その、今日も沢山立会いに出てらっしゃるから」
「OK。子どもじゃないから、OKじゃない？」
「ですよねえ。うん。職業病です。あはは」

彼女は照れたように自分の髪を撫でつける。それを見て僕は笑った。なあんだ、大したことではなかったらしい。

「今の、他の立会人さんたちには秘密ですよ。子ども扱いするなって怒られちゃう」

彼女が唇に人差し指を当てるので、僕は頷いた。でも、何人かには教えてあげようかな。先生に心配してもらえるのが嬉しくてたまらない、立会人のみんなに。