過ぎ去るはエーデルワイス
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学校を抜け出した俺たちは、一旦家に帰って私服に着替え、学校の最寄り駅で再集合した。親御さんに見つからなかったか?と気遣えば、いや普通に説明してきたよ?と返ってくる。俺は驚きつつも、この家族らしいとも思った。伏龍家はとにかく道理を重んじる。学校を抜け出したなんてバレたら俺も彼女も大目玉だったろうが、俺の理不尽な退学という問題の前では止むなしとされたらしい。「お母さんが心配してたから、慎重にいこうね、弥鱈君」と笑う彼女に頷いて返す。珍しくTシャツにショートパンツというアクティブな出で立ちの彼女を見れば、状況によってはその言葉をあっさり翻す気でいることが察せられた。できる限り、慎重にやっていきたい。できる限り。
「どうしよっか?」
「総合病院」
「了解」
足取り軽く歩き出す彼女の後を追えば、僅か数歩で追いつく。そのままのスピードで歩き続けようとした俺の腕を、伏龍が掴む。大きくため息をついて減速すると、彼女は満足気に頷いた。バス停へと歩く俺たちを、六月の太陽が照らす。
バスに揺られること10分、辿り着いた総合病院の入り口で、顔を見合わせる。
「何年ぶりだろ」
「あー、記憶ねえわ」
「あんま縁がない」
「病院送りにしたことなら」
「それはどうかと思うよ」
彼女はまあいいやとぼやき、院内に入っていく。薬品の匂いが俺たちを包んだ。忙しなく動き回る職員と、椅子や壁に体を預けて動かない患者達。雰囲気に当てられでもしたようにキョロキョロと辺りを見回しながら、伏龍は尋ねてくる。
「受付に聞けばいいかな」
「いや、そのまま行く。605号室」
「あれ、なんで知ってるの?」
「手帳」
「手帳?」
「校長の」
「いつ」
「湯呑み割った時」
俺は得心いかない様子の彼女の額を小突いた。そして、抗議の声を遮るように説明を始める。
「校長が立ち上がった時、手帳をこうやって持ったろ?あの時後ろにあったガラス棚に中身が映ったんだよ」
俺は手帳を肩の上に掲げ持つ振りをする。彼女は驚嘆の表情を浮かべた。
「よく気づいたねえ、弥鱈君!」
「いや、わざとだけど」
「へ?!」
「なんのために湯呑み割ったと思ったの?」
「事故じゃなかったのあれ?!」
「高校生にもなって湯呑み割るかよ」
「凄い!」
くるくると俺の周りにまとわりつき出す伏龍を、通りがかった看護師が睨む。目をつけられては堪らない。俺は彼女の脳天に手刀を喰らわせた。騒ぎ出す彼女に「院内ではお静かにお願いしま~す」とおちょくって言う。ぶーたれた彼女を置き去りに、俺は入院患者が集められている棟へと繋がる廊下を進み始めた。
クリーム色の壁と、よく掃除されて歩く度キュッキュとなるリノリウムの床。そこに響く伏龍のせかせかした足音と、俺ののそのそした足音。同じペースで歩こうとすれば違うテンポになる。一緒に歩くのは難しい。それでも一緒に歩いて近藤聖司のいる病室に辿り着き、スライドドアを開けた。飾り気のない個室のベッドの上で寝ている近藤聖司に近付いて、俺たちは思わず目を見合わせる。
「うわ、酷い」
「校長が接触を許したのは、このせいだろうな」
「腹立つ」
そう。近藤聖司は呼吸器をつけてスヤスヤと寝ていた。いや、恐らく、寝ているというか、寝たきりなのだろう。そう思うのは、偏に顔に腕にと散りばめられた打撲痕のせいだ。随分と派手にやられたらしい。見るに、コイツを殴った人物は発覚を恐れていない、というか、完全に俺のせいにできるという確信があったのだろう。馬鹿にしてくれる。俺は風船を作って飛ばした。案の定、伏龍がそれを潰す。
「汚いって」
「おい、お前を人質に取ることを思い付いたのは誰だ?」
彼女はハンカチで手についた唾を拭きながら、俺をチラリと見て、直ぐに目を伏せた。そのまま暫く考え、囁くように答える。
「多分、萩原先生」
ゆっくりと目線を上げた彼女と、その一連の動作を見つめていた俺の目が合う。彼女は仕方がないねとでも言うように、肩を竦めた。
「萩原先生も善人ってわけじゃないね。あっちを立てればこっちが立たなかったから、こっちを立てるのをやめたんだね」
彼女は与えられた台詞を諳んじるかのように、すらすらとそう言った。俺は俺に退学を勧めてきたあの人の苦渋に満ちた表情と、「お前が素直に退学を受け入れるか、戦うかだ。但しその場合、無事では済まないぞ、勿論、一緒に風俗街にいた伏龍も」という言葉を思い出した。先生は選択肢をくれていた。選ばなかった俺の問題だ。
「とにかく、こんなじゃ何にも聞けないよ。移動しよ」
「いや、そうでもない」
俺は近藤聖司に近付く。伏龍が首を傾げた。
「どうしよっか?」
「総合病院」
「了解」
足取り軽く歩き出す彼女の後を追えば、僅か数歩で追いつく。そのままのスピードで歩き続けようとした俺の腕を、伏龍が掴む。大きくため息をついて減速すると、彼女は満足気に頷いた。バス停へと歩く俺たちを、六月の太陽が照らす。
バスに揺られること10分、辿り着いた総合病院の入り口で、顔を見合わせる。
「何年ぶりだろ」
「あー、記憶ねえわ」
「あんま縁がない」
「病院送りにしたことなら」
「それはどうかと思うよ」
彼女はまあいいやとぼやき、院内に入っていく。薬品の匂いが俺たちを包んだ。忙しなく動き回る職員と、椅子や壁に体を預けて動かない患者達。雰囲気に当てられでもしたようにキョロキョロと辺りを見回しながら、伏龍は尋ねてくる。
「受付に聞けばいいかな」
「いや、そのまま行く。605号室」
「あれ、なんで知ってるの?」
「手帳」
「手帳?」
「校長の」
「いつ」
「湯呑み割った時」
俺は得心いかない様子の彼女の額を小突いた。そして、抗議の声を遮るように説明を始める。
「校長が立ち上がった時、手帳をこうやって持ったろ?あの時後ろにあったガラス棚に中身が映ったんだよ」
俺は手帳を肩の上に掲げ持つ振りをする。彼女は驚嘆の表情を浮かべた。
「よく気づいたねえ、弥鱈君!」
「いや、わざとだけど」
「へ?!」
「なんのために湯呑み割ったと思ったの?」
「事故じゃなかったのあれ?!」
「高校生にもなって湯呑み割るかよ」
「凄い!」
くるくると俺の周りにまとわりつき出す伏龍を、通りがかった看護師が睨む。目をつけられては堪らない。俺は彼女の脳天に手刀を喰らわせた。騒ぎ出す彼女に「院内ではお静かにお願いしま~す」とおちょくって言う。ぶーたれた彼女を置き去りに、俺は入院患者が集められている棟へと繋がる廊下を進み始めた。
クリーム色の壁と、よく掃除されて歩く度キュッキュとなるリノリウムの床。そこに響く伏龍のせかせかした足音と、俺ののそのそした足音。同じペースで歩こうとすれば違うテンポになる。一緒に歩くのは難しい。それでも一緒に歩いて近藤聖司のいる病室に辿り着き、スライドドアを開けた。飾り気のない個室のベッドの上で寝ている近藤聖司に近付いて、俺たちは思わず目を見合わせる。
「うわ、酷い」
「校長が接触を許したのは、このせいだろうな」
「腹立つ」
そう。近藤聖司は呼吸器をつけてスヤスヤと寝ていた。いや、恐らく、寝ているというか、寝たきりなのだろう。そう思うのは、偏に顔に腕にと散りばめられた打撲痕のせいだ。随分と派手にやられたらしい。見るに、コイツを殴った人物は発覚を恐れていない、というか、完全に俺のせいにできるという確信があったのだろう。馬鹿にしてくれる。俺は風船を作って飛ばした。案の定、伏龍がそれを潰す。
「汚いって」
「おい、お前を人質に取ることを思い付いたのは誰だ?」
彼女はハンカチで手についた唾を拭きながら、俺をチラリと見て、直ぐに目を伏せた。そのまま暫く考え、囁くように答える。
「多分、萩原先生」
ゆっくりと目線を上げた彼女と、その一連の動作を見つめていた俺の目が合う。彼女は仕方がないねとでも言うように、肩を竦めた。
「萩原先生も善人ってわけじゃないね。あっちを立てればこっちが立たなかったから、こっちを立てるのをやめたんだね」
彼女は与えられた台詞を諳んじるかのように、すらすらとそう言った。俺は俺に退学を勧めてきたあの人の苦渋に満ちた表情と、「お前が素直に退学を受け入れるか、戦うかだ。但しその場合、無事では済まないぞ、勿論、一緒に風俗街にいた伏龍も」という言葉を思い出した。先生は選択肢をくれていた。選ばなかった俺の問題だ。
「とにかく、こんなじゃ何にも聞けないよ。移動しよ」
「いや、そうでもない」
俺は近藤聖司に近付く。伏龍が首を傾げた。