過ぎ去るはエーデルワイス
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結論から言えば、私達は新作ケーキにありつけなかった。弥鱈君の退学が決まってしまったからだ。彼はお昼休み、萩原先生に呼び出され、戻って来てすぐにそれを教えてくれた。
くれた、とは言うものの、そんなこと聞きたくはなかったのだけれど。
焦点が合わない。足がふらふらする。分からなくなってしまう。私が立っているのは床なのか天井なのか。右は右で、左は左なのか。ぐにゃぐにゃした目の前の貴方は本当に弥鱈君なのか。違う人ではないのか。悪い夢ではないのか。頭がぐるぐるする中で、なんで、と聞いた気がする。ぐにゃぐにゃした弥鱈君は、涙が落ちて私の頬が湿る度に輪郭をはっきりさせ、また次の一瞬にはぐにゃぐにゃに戻りを繰り返す。何度目かのそれを繰り返した時、弥鱈君はよく知った大袈裟なため息を漏らして、私の頬を擦った。乱暴な動きのせいで、次は痛みの涙が伝う。
「何泣いてんの」
「…弥鱈君の分だよばーか。でもなんで?先々週の?」
「勝手に人の涙を代弁してんじゃねえよ…昨日殴った奴が、被害届を出すらしい」
「なんで弥鱈君が退学になるの」
「なんでって…なるだろ」
「おかしい、おかしいよなんか。だって違うでしょ?なんでそうなるの?」
「落ち着けよ。ガキか」
「落ち着けない、無理。ガキじゃないよ、でも無理。変だもん絶対、おかしいもん」
「何がだよ…はぁ~」
弥鱈君はまた私の頬を力一杯擦って、手首を掴んだ。出るぞ、と低い声で言って、私を教室から引っ張り出す。翠ちゃんが心配そうに私を見たのがチラッと見えた。私は何か気の利いたことを言ってあげようとしたけど、真っ白な頭では笑顔を作るのが精一杯だった。ただ、それさえも出来栄えは不安だったけど。
弥鱈君が手を引いてやって来たのは、屋上に繋がるドアの前。誰も使わないそのドアは錆びついていて、例え鍵を持っていたとしても、開くかどうか。不思議とそれはドアなのに行き止まりを思わせた。
弥鱈君はそれを背もたれにどかっと座り、泣きじゃくる私を見つめた。弥鱈君の冷静すぎる瞳が悲しくて悲しくて、私は涙を止められなくなる。
「いつまで泣くつもり?」
「わかんない」
「つか、なんで泣いてんの?」
「わかんないよ、弥鱈君の分だもん」
「はぁ~」
弥鱈君は大袈裟すぎる程のため息を吐いて、両手を広げた。来い、ということらしい。私は戸惑うのに、体はそれが当然みたいに彼の腕の中に収まってしまった。
筋肉質な堅い体が私を包む。手の平が優しく私の頭を撫でる。私は安心してしまって、弥鱈君の胸にすがりついて暫く泣いた。
「落ち着いた?」
「うん」
「そう」
そう聞いて私を放そうとする弥鱈君の腰に手を回し、抵抗する。
「離さないで」
「いや、そこは離れろよ」
「なんで」
「女として」
「なら男でいい」
「待て」
「待たない」
「はぁ?」
「待ったらどうなるのさ?」
「はぁ~?」
煽るような疑問符を遮るように、彼を睨み上げる。悲しみも焦りも涙と共に全部落とした今、私の中にいるのはいつもの私。
信じ抜けばいい。何も私に嘘をつけないのだから。
「もっとちゃんと私に執着してよ」
弥鱈君はいつも通りはぁ?と言おうとして、真っ赤に染まる頬に動揺して、結局何も言えずに口を閉じる。その表情が堪らなく嬉しくて、私は口元が綻ぶのを止められない。そう。この人は執着してくれていない訳ではない。聡明過ぎるせいで上手く執着出来ないだけ。
「私はね、寂しいよ。弥鱈君と学校で会えないの。すごく嫌だ、そういうの。ずっと居たのにお別れなんて、納得できない。おかしいもん。弥鱈君もおかしいって思うでしょ?」
「思わねーよ」
じっと彼の顔を見る。隠そう隠そうとしても、分かるのだ。無理やり納得しようとしている、心の苦しさが。
「言いたい事は全部言ってよ。勝手に一人で納得して、私を手放さないで欲しいんだよ」
彼は頷かない。ボソッと「だから、思ってねーって」と一言だけ。でも、押し込めていた気持ちを、それでも溢れようとする気持ちを、必死で押しとどめているのを感じた。
くれた、とは言うものの、そんなこと聞きたくはなかったのだけれど。
焦点が合わない。足がふらふらする。分からなくなってしまう。私が立っているのは床なのか天井なのか。右は右で、左は左なのか。ぐにゃぐにゃした目の前の貴方は本当に弥鱈君なのか。違う人ではないのか。悪い夢ではないのか。頭がぐるぐるする中で、なんで、と聞いた気がする。ぐにゃぐにゃした弥鱈君は、涙が落ちて私の頬が湿る度に輪郭をはっきりさせ、また次の一瞬にはぐにゃぐにゃに戻りを繰り返す。何度目かのそれを繰り返した時、弥鱈君はよく知った大袈裟なため息を漏らして、私の頬を擦った。乱暴な動きのせいで、次は痛みの涙が伝う。
「何泣いてんの」
「…弥鱈君の分だよばーか。でもなんで?先々週の?」
「勝手に人の涙を代弁してんじゃねえよ…昨日殴った奴が、被害届を出すらしい」
「なんで弥鱈君が退学になるの」
「なんでって…なるだろ」
「おかしい、おかしいよなんか。だって違うでしょ?なんでそうなるの?」
「落ち着けよ。ガキか」
「落ち着けない、無理。ガキじゃないよ、でも無理。変だもん絶対、おかしいもん」
「何がだよ…はぁ~」
弥鱈君はまた私の頬を力一杯擦って、手首を掴んだ。出るぞ、と低い声で言って、私を教室から引っ張り出す。翠ちゃんが心配そうに私を見たのがチラッと見えた。私は何か気の利いたことを言ってあげようとしたけど、真っ白な頭では笑顔を作るのが精一杯だった。ただ、それさえも出来栄えは不安だったけど。
弥鱈君が手を引いてやって来たのは、屋上に繋がるドアの前。誰も使わないそのドアは錆びついていて、例え鍵を持っていたとしても、開くかどうか。不思議とそれはドアなのに行き止まりを思わせた。
弥鱈君はそれを背もたれにどかっと座り、泣きじゃくる私を見つめた。弥鱈君の冷静すぎる瞳が悲しくて悲しくて、私は涙を止められなくなる。
「いつまで泣くつもり?」
「わかんない」
「つか、なんで泣いてんの?」
「わかんないよ、弥鱈君の分だもん」
「はぁ~」
弥鱈君は大袈裟すぎる程のため息を吐いて、両手を広げた。来い、ということらしい。私は戸惑うのに、体はそれが当然みたいに彼の腕の中に収まってしまった。
筋肉質な堅い体が私を包む。手の平が優しく私の頭を撫でる。私は安心してしまって、弥鱈君の胸にすがりついて暫く泣いた。
「落ち着いた?」
「うん」
「そう」
そう聞いて私を放そうとする弥鱈君の腰に手を回し、抵抗する。
「離さないで」
「いや、そこは離れろよ」
「なんで」
「女として」
「なら男でいい」
「待て」
「待たない」
「はぁ?」
「待ったらどうなるのさ?」
「はぁ~?」
煽るような疑問符を遮るように、彼を睨み上げる。悲しみも焦りも涙と共に全部落とした今、私の中にいるのはいつもの私。
信じ抜けばいい。何も私に嘘をつけないのだから。
「もっとちゃんと私に執着してよ」
弥鱈君はいつも通りはぁ?と言おうとして、真っ赤に染まる頬に動揺して、結局何も言えずに口を閉じる。その表情が堪らなく嬉しくて、私は口元が綻ぶのを止められない。そう。この人は執着してくれていない訳ではない。聡明過ぎるせいで上手く執着出来ないだけ。
「私はね、寂しいよ。弥鱈君と学校で会えないの。すごく嫌だ、そういうの。ずっと居たのにお別れなんて、納得できない。おかしいもん。弥鱈君もおかしいって思うでしょ?」
「思わねーよ」
じっと彼の顔を見る。隠そう隠そうとしても、分かるのだ。無理やり納得しようとしている、心の苦しさが。
「言いたい事は全部言ってよ。勝手に一人で納得して、私を手放さないで欲しいんだよ」
彼は頷かない。ボソッと「だから、思ってねーって」と一言だけ。でも、押し込めていた気持ちを、それでも溢れようとする気持ちを、必死で押しとどめているのを感じた。