過ぎ去るはエーデルワイス
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「別れの時」
ブルーベリーの実の青空と
白い花とさよならのつぶやき
さわやかに風の吹く
六月の大気よ
あなたが特別だったことを
忘れずにいよう
(銀色夏生,詩集「そしてまた 波音」(2000)収録)
6
机の下で太ももを突かれる。私はその感覚を逃さないように全神経をそこに集中する。
トントントントントン
ツーツーツーツートン
「ごじゅう…きゅう?」
「正解だ、伏龍。少し間があったが」
クラスメイトの笑い声の中、私はそれでもほっと胸をなでおろして、着席。早速弥鱈君の太ももに手を伸ばした。ありがとう、とモールスを打てば、予習しろ、と打ち返された。
予習しても無理だった。
休憩中に聞けよ。
忘れてた。
馬鹿。
返す言葉もありません。
モールスはどんどん続く。受験生の癖に私達は、授業中にこうやって'お喋り'してしまって授業がそっちのけになってしまうことが常態化していた。授業中に弥鱈君と話していても、分からなければ弥鱈君に聞けるからいいや、というダメなループに陥っている自覚はあるのだが、いかんせん入学以来ここまでこれでやれてしまっているからいけない。
「ねえ、伏龍さんって授業中ずっと弥鱈君と太もも触り合ってるよね?」
ある日のトイレからの帰り、廊下を歩いていると、近藤さんに呼び止められた。そして、恐る恐るそう尋ねられて、私は目を丸くした。なんと、クラスにまだ私達の不真面目を知らない人がいただなんて。
「うん。触ってるよ」
「…なんで?誤解されちゃうよ?」
「あれ、モールス信号なの。一年生の後半からずーっとやってるから、みんな結構知ってるよ。だから大丈夫」
心配してくれてありがとねと笑いかけると、不思議なことに、ぐに、と表情が歪んだような気がした。どうしたの?とこちらから問いかけると、近藤さんは言いづらそうに口をむにゃむにゃさせて、しばらく悩んで、言った。
「男の人には、気をつけた方がいいよ」
ごもっとも。男女の友情がいつまでも成り立つとは限らない。やっぱり弥鱈君のことを男として見ていないと言えば嘘になるし、弥鱈君もそれは同じ。しっかりと心得ておりますとも。
「そうだね。気をつけるよ」
だからこそ、私はそう笑った。ここで会話は終わりね、これ以上あなたがとやかく言わないでね、という意味である。多分真意は伝わっていないだろうが、近藤さんは同意を得られたことで安心したらしく、ホッと一息ついて去っていった。
ーーーーーーーーーー
紫陽花の花は青く、空は灰色。鮮やかな対比を見せるそれにため息。夏は受験の天王山というが、いかんせんやる気が起きない。またため息をついた。受験生というだけで何を見ても憂鬱な気持ちになるのは、私が人一倍感受性が豊かなせいだろう。現に隣を歩く大親友はいつも通りの気だるい様子を崩さない。とはいえ、弥鱈君は私よりもずっと勉強が出来るから私よりも余裕があって当然なのかもしれない。ということは、問題は私だけか。空を仰ぐと、弥鱈君が迷惑そうに私を見た。
「うるさいよ」
「へこみすぎ」
「牽制したのに」
「無駄」
弥鱈君はそう言って唾で作ったシャボン玉を飛ばした。
「汚いな」
私はそれを指でつついて消す。
「なら潰すなよ」
「放置したら迷惑でしょ」
ハンカチを取り出して指先を拭いて、元通り。弥鱈君は呆れましたという顔で大きなため息をついた。
「アンタ、ものともしないじゃん」
「だから、いつも言ってるじゃん。他の人の迷惑だよ」
「気にするねぇ~」
「弥鱈君が人より気にしないだけ」
弥鱈君はこの話はこれでおしまいとばかりにそっぽをむいて、またシャボン玉を飛ばした。それは6月の湿気った風に押し上げられ、ふわふわと空を上っていく。
「明日」
「うん?」
「ケーキ変わるってよ」
「了解」
シャボン玉を眺めながら答える。もう手が届かなくなったと思ったら、それは弾けて無くなった。
ブルーベリーの実の青空と
白い花とさよならのつぶやき
さわやかに風の吹く
六月の大気よ
あなたが特別だったことを
忘れずにいよう
(銀色夏生,詩集「そしてまた 波音」(2000)収録)
6
机の下で太ももを突かれる。私はその感覚を逃さないように全神経をそこに集中する。
トントントントントン
ツーツーツーツートン
「ごじゅう…きゅう?」
「正解だ、伏龍。少し間があったが」
クラスメイトの笑い声の中、私はそれでもほっと胸をなでおろして、着席。早速弥鱈君の太ももに手を伸ばした。ありがとう、とモールスを打てば、予習しろ、と打ち返された。
予習しても無理だった。
休憩中に聞けよ。
忘れてた。
馬鹿。
返す言葉もありません。
モールスはどんどん続く。受験生の癖に私達は、授業中にこうやって'お喋り'してしまって授業がそっちのけになってしまうことが常態化していた。授業中に弥鱈君と話していても、分からなければ弥鱈君に聞けるからいいや、というダメなループに陥っている自覚はあるのだが、いかんせん入学以来ここまでこれでやれてしまっているからいけない。
「ねえ、伏龍さんって授業中ずっと弥鱈君と太もも触り合ってるよね?」
ある日のトイレからの帰り、廊下を歩いていると、近藤さんに呼び止められた。そして、恐る恐るそう尋ねられて、私は目を丸くした。なんと、クラスにまだ私達の不真面目を知らない人がいただなんて。
「うん。触ってるよ」
「…なんで?誤解されちゃうよ?」
「あれ、モールス信号なの。一年生の後半からずーっとやってるから、みんな結構知ってるよ。だから大丈夫」
心配してくれてありがとねと笑いかけると、不思議なことに、ぐに、と表情が歪んだような気がした。どうしたの?とこちらから問いかけると、近藤さんは言いづらそうに口をむにゃむにゃさせて、しばらく悩んで、言った。
「男の人には、気をつけた方がいいよ」
ごもっとも。男女の友情がいつまでも成り立つとは限らない。やっぱり弥鱈君のことを男として見ていないと言えば嘘になるし、弥鱈君もそれは同じ。しっかりと心得ておりますとも。
「そうだね。気をつけるよ」
だからこそ、私はそう笑った。ここで会話は終わりね、これ以上あなたがとやかく言わないでね、という意味である。多分真意は伝わっていないだろうが、近藤さんは同意を得られたことで安心したらしく、ホッと一息ついて去っていった。
ーーーーーーーーーー
紫陽花の花は青く、空は灰色。鮮やかな対比を見せるそれにため息。夏は受験の天王山というが、いかんせんやる気が起きない。またため息をついた。受験生というだけで何を見ても憂鬱な気持ちになるのは、私が人一倍感受性が豊かなせいだろう。現に隣を歩く大親友はいつも通りの気だるい様子を崩さない。とはいえ、弥鱈君は私よりもずっと勉強が出来るから私よりも余裕があって当然なのかもしれない。ということは、問題は私だけか。空を仰ぐと、弥鱈君が迷惑そうに私を見た。
「うるさいよ」
「へこみすぎ」
「牽制したのに」
「無駄」
弥鱈君はそう言って唾で作ったシャボン玉を飛ばした。
「汚いな」
私はそれを指でつついて消す。
「なら潰すなよ」
「放置したら迷惑でしょ」
ハンカチを取り出して指先を拭いて、元通り。弥鱈君は呆れましたという顔で大きなため息をついた。
「アンタ、ものともしないじゃん」
「だから、いつも言ってるじゃん。他の人の迷惑だよ」
「気にするねぇ~」
「弥鱈君が人より気にしないだけ」
弥鱈君はこの話はこれでおしまいとばかりにそっぽをむいて、またシャボン玉を飛ばした。それは6月の湿気った風に押し上げられ、ふわふわと空を上っていく。
「明日」
「うん?」
「ケーキ変わるってよ」
「了解」
シャボン玉を眺めながら答える。もう手が届かなくなったと思ったら、それは弾けて無くなった。