過ぎ去るはエーデルワイス
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
オールスター勢揃いと言っても過言ではない事務室で、私が出来ることと言えば、ちょこんと正座して縮こまることだけだった。
3
膝にすがる夕湖の泣きっぷりは見事なもので、外務卿の立場なんて忘却の彼方にいってしまっているようだった。私は頭を撫でで、今日何度目かの「心配させてごめんね」を言った。夕湖の返答は言葉にならず、私はただひたすらに撫で続けるしかできなかった。
「なあ、お前と弥鱈が仲良しだったのはよく分かったが、なんでお前は大親友から殴られなきゃならねえんだよ」
「うう…ん、と」
ぐにゃぐにゃの夕湖の言葉の代わりに、疑問を投げかけて来るのは滝さん。その横に椅子を持ってきて座っている権田さんが、深く頷いた。
「それは…弥鱈君、私にここに来て欲しくなかったんだと思います」
「やけんど、それで殴るんか?お前の親友は」
門倉さんが問う。私は首をひねった。
「うん…どうでしょ」
弥鱈君が私を置き去りにするために費やした労力は相当なものだったろう。でも、そう簡単に殴るような人ではなかったようにも思う。私は殴ってきた弥鱈君の顔を思い出す。なんなんだろう。あの人が纏っていた悲しみと決意が示すものは。
「わだじは、お前をだいぜつにじない奴のきもぢがわからない…!」
「夕湖…ありがとね、でも弥鱈君は私のこと凄く大事にしてくれてるんだよ」
「無理じでかばうな!」
「ホントに私、無理なんかしてなくてね?弥鱈君は、私にこの世界に入って来て欲しくなかったの。私には危ないって思ってたのを、飛び込んで来ちゃったのは私なの」
「だがらっで言って…殴るなんで」
「うんまあ…正直、流石に殴られる程とは思ってなかったけど…」
「ほらぁ!」
夕湖はまた泣く。そこに割り込むように入室してきたのは、ファイルを両手に一冊ずつ持った銅寺さんと、山口さんの首根っこを掴んだ亜面さん。
「おぉう…」
「す、すみません伏龍さん」
「いえ…むしろこっちがすみません」
私の驚嘆をスルーして、門倉さんは「どうやった」と聞いた。銅寺さんは「あとは答え合わせ」と肩をすくめる。その様子を見て、ふと違和感を覚える。
いないじゃないか、一番私が殴られた理由を知りたい筈の人が。
「やられた…」
つい口から漏れ出た言葉にみんなが不思議そうな顔をするが、ちょっと構ってられない。私は慌ててポケットから携帯を取り出して、目蒲さんに掛ける。この電話は現在電波の届かないところにあるか、電源が切られています、という、素っ気ない女性の声。ということは。
「…うわ」
遅かった。私は苛立ち任せに携帯をポケットに押し込む。
「どうした…?」
「ごめんなさい。ただ、目蒲さんの所在を確認したくて…」
「どうして」
「多分今、弥鱈君に襲撃されてます。弥鱈君、だから私を殴ったんだ。目蒲さんをおびき出すために」
「君が賭郎に入る原因を作った男に一発入れるために?」
「はい…え?」
「先生、あのさ、先生が嘘が上手いのは知ってるけど、僕らも馬鹿じゃない。違和感を繋げていけば、先生が何も教えてくれなくても、ちゃんと答えにたどり着けるんだよ」
銅寺さんの言葉の意味を図りかねて、私はみんなを順に見つめる。覚悟を決めた瞳がそこにあった。
「先に分かっておいて欲しいのは、先生、僕らは君が大好きってこと。だから僕らは今回みたいに君がトラブルに巻き込まれた時、君の秘密のせいで八方塞がりになりたくないんだ。だから全部、調べさせて貰ったよ」
「そんな…」
「専属に君の事を尋ねられた立会人は、今までも何人かいた。だからその気になったら情報を集めるのは楽だった。最初の違和感は、泉江外務卿と買い物に行った時、君が大怪我をしていたことだった。その…外務卿はその姿がフラッシュバックして泣けちゃった訳だけど、おかしいよね。なんで目蒲立会人に'匿われてた'君があんな大怪我を?」
「…それに関しては、私からお話ししましょうかねぇ」
乱入者に目を向ける。当然、目蒲さんだ。大きな絆創膏は、恐らく弥鱈君に突っかかっていった証だろう。「わー目蒲立会人、怪我してますよ!」という場違いな銅寺さんの声を無視しつつ、彼は少し離れたところにある私のデスクにどっかりと座り、口を開いた。
「晴乃から電話があったので来てみれば、皆さん揃って探偵ごっこでしたか。お暇そうで何よりです」
「メカお前…」
「さて、如何に晴乃が大怪我を負ったか、でしたねぇ。ご明察の通り、全て私のしでかした事です。そのーー」
目蒲さんは顎で自分の立会いファイルを示す。
「ーー資料にあるように、私は立会人の領分を超えて、佐田国様の手助けをしていました。それを彼女に咎められ、暴行に至りました。最初に殴れば、後は坂を転げ落ちるように。罪悪感はありませんでしたよ。彼女が私を助ける為に山口と画策していたことなど、知る由もなく」
皆が山口さんに視線をやったことにより、続きを彼が引き継ぐ流れができる。
「はい。ええと、私が話していいんでしょうか?」
「ええ、あなたの方が分かるでしょう」
「はい。伏龍さんは人の心を把握することに非常に長けていることは、皆さんご存知ですね?伏龍さんは、文章でもそれを発揮しました。お屋形様が、判事が、能輪立会人が、滝さんが読み飛ばす場所はどこなのか、どういう文脈に弱いのか、研究し尽くしたんです。スミマセン目蒲立会人。あの時勉強熱心だったのは俺じゃなくて伏龍さんです」
「だろうな」
3
膝にすがる夕湖の泣きっぷりは見事なもので、外務卿の立場なんて忘却の彼方にいってしまっているようだった。私は頭を撫でで、今日何度目かの「心配させてごめんね」を言った。夕湖の返答は言葉にならず、私はただひたすらに撫で続けるしかできなかった。
「なあ、お前と弥鱈が仲良しだったのはよく分かったが、なんでお前は大親友から殴られなきゃならねえんだよ」
「うう…ん、と」
ぐにゃぐにゃの夕湖の言葉の代わりに、疑問を投げかけて来るのは滝さん。その横に椅子を持ってきて座っている権田さんが、深く頷いた。
「それは…弥鱈君、私にここに来て欲しくなかったんだと思います」
「やけんど、それで殴るんか?お前の親友は」
門倉さんが問う。私は首をひねった。
「うん…どうでしょ」
弥鱈君が私を置き去りにするために費やした労力は相当なものだったろう。でも、そう簡単に殴るような人ではなかったようにも思う。私は殴ってきた弥鱈君の顔を思い出す。なんなんだろう。あの人が纏っていた悲しみと決意が示すものは。
「わだじは、お前をだいぜつにじない奴のきもぢがわからない…!」
「夕湖…ありがとね、でも弥鱈君は私のこと凄く大事にしてくれてるんだよ」
「無理じでかばうな!」
「ホントに私、無理なんかしてなくてね?弥鱈君は、私にこの世界に入って来て欲しくなかったの。私には危ないって思ってたのを、飛び込んで来ちゃったのは私なの」
「だがらっで言って…殴るなんで」
「うんまあ…正直、流石に殴られる程とは思ってなかったけど…」
「ほらぁ!」
夕湖はまた泣く。そこに割り込むように入室してきたのは、ファイルを両手に一冊ずつ持った銅寺さんと、山口さんの首根っこを掴んだ亜面さん。
「おぉう…」
「す、すみません伏龍さん」
「いえ…むしろこっちがすみません」
私の驚嘆をスルーして、門倉さんは「どうやった」と聞いた。銅寺さんは「あとは答え合わせ」と肩をすくめる。その様子を見て、ふと違和感を覚える。
いないじゃないか、一番私が殴られた理由を知りたい筈の人が。
「やられた…」
つい口から漏れ出た言葉にみんなが不思議そうな顔をするが、ちょっと構ってられない。私は慌ててポケットから携帯を取り出して、目蒲さんに掛ける。この電話は現在電波の届かないところにあるか、電源が切られています、という、素っ気ない女性の声。ということは。
「…うわ」
遅かった。私は苛立ち任せに携帯をポケットに押し込む。
「どうした…?」
「ごめんなさい。ただ、目蒲さんの所在を確認したくて…」
「どうして」
「多分今、弥鱈君に襲撃されてます。弥鱈君、だから私を殴ったんだ。目蒲さんをおびき出すために」
「君が賭郎に入る原因を作った男に一発入れるために?」
「はい…え?」
「先生、あのさ、先生が嘘が上手いのは知ってるけど、僕らも馬鹿じゃない。違和感を繋げていけば、先生が何も教えてくれなくても、ちゃんと答えにたどり着けるんだよ」
銅寺さんの言葉の意味を図りかねて、私はみんなを順に見つめる。覚悟を決めた瞳がそこにあった。
「先に分かっておいて欲しいのは、先生、僕らは君が大好きってこと。だから僕らは今回みたいに君がトラブルに巻き込まれた時、君の秘密のせいで八方塞がりになりたくないんだ。だから全部、調べさせて貰ったよ」
「そんな…」
「専属に君の事を尋ねられた立会人は、今までも何人かいた。だからその気になったら情報を集めるのは楽だった。最初の違和感は、泉江外務卿と買い物に行った時、君が大怪我をしていたことだった。その…外務卿はその姿がフラッシュバックして泣けちゃった訳だけど、おかしいよね。なんで目蒲立会人に'匿われてた'君があんな大怪我を?」
「…それに関しては、私からお話ししましょうかねぇ」
乱入者に目を向ける。当然、目蒲さんだ。大きな絆創膏は、恐らく弥鱈君に突っかかっていった証だろう。「わー目蒲立会人、怪我してますよ!」という場違いな銅寺さんの声を無視しつつ、彼は少し離れたところにある私のデスクにどっかりと座り、口を開いた。
「晴乃から電話があったので来てみれば、皆さん揃って探偵ごっこでしたか。お暇そうで何よりです」
「メカお前…」
「さて、如何に晴乃が大怪我を負ったか、でしたねぇ。ご明察の通り、全て私のしでかした事です。そのーー」
目蒲さんは顎で自分の立会いファイルを示す。
「ーー資料にあるように、私は立会人の領分を超えて、佐田国様の手助けをしていました。それを彼女に咎められ、暴行に至りました。最初に殴れば、後は坂を転げ落ちるように。罪悪感はありませんでしたよ。彼女が私を助ける為に山口と画策していたことなど、知る由もなく」
皆が山口さんに視線をやったことにより、続きを彼が引き継ぐ流れができる。
「はい。ええと、私が話していいんでしょうか?」
「ええ、あなたの方が分かるでしょう」
「はい。伏龍さんは人の心を把握することに非常に長けていることは、皆さんご存知ですね?伏龍さんは、文章でもそれを発揮しました。お屋形様が、判事が、能輪立会人が、滝さんが読み飛ばす場所はどこなのか、どういう文脈に弱いのか、研究し尽くしたんです。スミマセン目蒲立会人。あの時勉強熱心だったのは俺じゃなくて伏龍さんです」
「だろうな」