過ぎ去るはエーデルワイス
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新しい事務があいつだと知った時点で、俺は伏龍を諦めた。
何故俺はあいつの手を離したんだろう。
何故あいつは俺の手を離したんだろう。
2
初めて出会った日のことは、よく覚えている。久しぶりに見るクラスメイトにざわつく教室と、その中で泰然とじゃがりこを頬張るアイツ。俺の席は暫く見ぬ間に彼女の補助机にジョブチェンジしたようだった。しっかりとくっつけられ、教科書置き場にされている哀れな自席を取り戻そうと、俺は彼女に近付く。息を呑むクラスメイトの中、彼女はまだ呑気にじゃがりこを頬張っている。
「おい」
「うん」
「そこ」
「ここ?」
「俺の」
「うん」
「何で」
「使う?」
「うん」
「分かった」
ざわめきを大きくする教室の中、彼女はやっぱり泰然とじゃがりこを机の端に置くと、手早く俺の机に広げていた荷物を自分の机に移動させた。最後にさっとハンカチで机の埃を払うと、「ばっちりだよ!」と親指を立てる。俺は久しぶりの自席に腰かけた。彼女はそれを確認すると、前席のクラスメイトに話しかける。話しぶりからして、俺がくる直前までその女生徒と話していたのだろう。しかし、麗らかな彼女と逆に、女生徒の方は前を向いていたい、というか、俺を視界に入れたくない様だった。入学早々、嫌われたものだ。
まあ、暴行で停学を喰らう俺に問題があるのだが。
明らかに俺を警戒しているのは、当然その女生徒だけではない。クラス全体が息を潜め、その内俺が暴れ出すんじゃないかと目の端で見守っているのを感じた。
「ん?」
「あ、ども」
そんな空気の中、彼女は果敢にも…いや、さもそれが当然であるかのようにじゃがりこを差し出してくる。面食らいつつも受け取れば、彼女は無感動に女生徒に向き直り、近所の犬が如何にうるさいかをまた語り出した。緊張状態の教室で、喋っているのは彼女だけ。異様な空間だった。
しかし、それは担任が入ってきて終わりを迎える。俺を見て一瞬硬直するも、大人の威厳をと咳払い。そして、言った。
「久しぶりだな弥鱈。何で伏龍と机を並べているんだ?」
「ホントだ弥鱈君、何でまだくっつけてるの?」
しれっとそう追従した彼女の額を、強めに小突く。瞬間、クラスのピリついた雰囲気が緩むのを感じた。
始まったホームルームの最中、彼女は「私ね、伏龍晴乃だよ。よろしくね」とひそひそ声を出した。俺もまたひそひそと「弥鱈悠助」と返す。彼女はにっこり微笑んだ。怖いもんなしだな、と思った。
後に聞くと、彼女にとってもあの時は大勝負だったらしい。人となりが分からないため、キレられたら一巻の終わりかもしれないとは思っていたそうだ。でも、気が長そうな人だなという第一印象に賭けて勝負に出てみたら、結果は大勝利。因みに何故その勝負に出る必要があったのかと問えば、ここで勝負をかけなければ今年度はあなたが教室にいる限り一言も喋られなくなりそうと思ったとの事だった。ご心配をおかけしたようで、どうも。
その後もしょっちゅう話しかけてはくるものの、俺に構いたいのではなく、数いるクラスメイトの一人として話したいときに話してくるといった感じだった。教科書だって「弥鱈君がどうしてもっていうなら見せてあげてもいいよ。どうしてもならね」とやたら上から目線で言ってきたのは綺麗な机で授業を受ける俺を一週間観察した後だった。決して冷たい訳ではないが、優しくもなかった。その代わり、途方に暮れて、救いを求めて伸ばされた手は、必ず取ってやる奴だった。時々隣席が相談室扱いになっていたし、そういう奴等は得てして切羽詰まっていて、俺がそこで聞いていようがいまいが御構い無しに彼女に相談した。彼女はどんな相談でも聞いて、一緒に答えを考える。俺はそんな時途中で離席するわけにもいかず、黙ってそこにいる訳なのだが、必ずといっていいほど相談者は最後に俺を見て、「弥鱈君も、聞いてくれてありがとう」と感謝を示すのだ。正直訳がわからなかったが、ある日彼女が漏らした「みんな誰かががどうでもいいとか訳が分かんないって思うようなことを大事に思うんだよ」という言葉で、すんなり腑に落ちた。自分の中に燻っていた、慰めの旅の話を彼女に明かしたのもその日の事。
彼女は初めて出会った日と同じ笑顔を浮かべ、「ほら、弥鱈君も訳わかんないことを大事にしてた」と言った。引かないのかと問えば、引かないよと笑う。何故と聞けば、彼女は人差し指を己の唇に当てた。
「甘いもの、食べに行こ」
彼女はそう言って、俺の手を引いた。彼女の秘密に触れたのは、それから一年経った後。
何故俺はあいつの手を離したんだろう。
何故あいつは俺の手を離したんだろう。
2
初めて出会った日のことは、よく覚えている。久しぶりに見るクラスメイトにざわつく教室と、その中で泰然とじゃがりこを頬張るアイツ。俺の席は暫く見ぬ間に彼女の補助机にジョブチェンジしたようだった。しっかりとくっつけられ、教科書置き場にされている哀れな自席を取り戻そうと、俺は彼女に近付く。息を呑むクラスメイトの中、彼女はまだ呑気にじゃがりこを頬張っている。
「おい」
「うん」
「そこ」
「ここ?」
「俺の」
「うん」
「何で」
「使う?」
「うん」
「分かった」
ざわめきを大きくする教室の中、彼女はやっぱり泰然とじゃがりこを机の端に置くと、手早く俺の机に広げていた荷物を自分の机に移動させた。最後にさっとハンカチで机の埃を払うと、「ばっちりだよ!」と親指を立てる。俺は久しぶりの自席に腰かけた。彼女はそれを確認すると、前席のクラスメイトに話しかける。話しぶりからして、俺がくる直前までその女生徒と話していたのだろう。しかし、麗らかな彼女と逆に、女生徒の方は前を向いていたい、というか、俺を視界に入れたくない様だった。入学早々、嫌われたものだ。
まあ、暴行で停学を喰らう俺に問題があるのだが。
明らかに俺を警戒しているのは、当然その女生徒だけではない。クラス全体が息を潜め、その内俺が暴れ出すんじゃないかと目の端で見守っているのを感じた。
「ん?」
「あ、ども」
そんな空気の中、彼女は果敢にも…いや、さもそれが当然であるかのようにじゃがりこを差し出してくる。面食らいつつも受け取れば、彼女は無感動に女生徒に向き直り、近所の犬が如何にうるさいかをまた語り出した。緊張状態の教室で、喋っているのは彼女だけ。異様な空間だった。
しかし、それは担任が入ってきて終わりを迎える。俺を見て一瞬硬直するも、大人の威厳をと咳払い。そして、言った。
「久しぶりだな弥鱈。何で伏龍と机を並べているんだ?」
「ホントだ弥鱈君、何でまだくっつけてるの?」
しれっとそう追従した彼女の額を、強めに小突く。瞬間、クラスのピリついた雰囲気が緩むのを感じた。
始まったホームルームの最中、彼女は「私ね、伏龍晴乃だよ。よろしくね」とひそひそ声を出した。俺もまたひそひそと「弥鱈悠助」と返す。彼女はにっこり微笑んだ。怖いもんなしだな、と思った。
後に聞くと、彼女にとってもあの時は大勝負だったらしい。人となりが分からないため、キレられたら一巻の終わりかもしれないとは思っていたそうだ。でも、気が長そうな人だなという第一印象に賭けて勝負に出てみたら、結果は大勝利。因みに何故その勝負に出る必要があったのかと問えば、ここで勝負をかけなければ今年度はあなたが教室にいる限り一言も喋られなくなりそうと思ったとの事だった。ご心配をおかけしたようで、どうも。
その後もしょっちゅう話しかけてはくるものの、俺に構いたいのではなく、数いるクラスメイトの一人として話したいときに話してくるといった感じだった。教科書だって「弥鱈君がどうしてもっていうなら見せてあげてもいいよ。どうしてもならね」とやたら上から目線で言ってきたのは綺麗な机で授業を受ける俺を一週間観察した後だった。決して冷たい訳ではないが、優しくもなかった。その代わり、途方に暮れて、救いを求めて伸ばされた手は、必ず取ってやる奴だった。時々隣席が相談室扱いになっていたし、そういう奴等は得てして切羽詰まっていて、俺がそこで聞いていようがいまいが御構い無しに彼女に相談した。彼女はどんな相談でも聞いて、一緒に答えを考える。俺はそんな時途中で離席するわけにもいかず、黙ってそこにいる訳なのだが、必ずといっていいほど相談者は最後に俺を見て、「弥鱈君も、聞いてくれてありがとう」と感謝を示すのだ。正直訳がわからなかったが、ある日彼女が漏らした「みんな誰かががどうでもいいとか訳が分かんないって思うようなことを大事に思うんだよ」という言葉で、すんなり腑に落ちた。自分の中に燻っていた、慰めの旅の話を彼女に明かしたのもその日の事。
彼女は初めて出会った日と同じ笑顔を浮かべ、「ほら、弥鱈君も訳わかんないことを大事にしてた」と言った。引かないのかと問えば、引かないよと笑う。何故と聞けば、彼女は人差し指を己の唇に当てた。
「甘いもの、食べに行こ」
彼女はそう言って、俺の手を引いた。彼女の秘密に触れたのは、それから一年経った後。