過ぎ去るはエーデルワイス
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賭郎にきて、弐拾ハ號立会人が誰なのかを知った時点で、私は弥鱈君を諦めた。
あなたが私の手を引くことは、二度とない。
私があなたの手を引くことは、二度とない。
1
「滝さんごめんなさい、トイレ行ってきます」
「ああ、分かった」
弥鱈君に事務室へ来るよう内線を入れ、私はそう告げた。滝さんはひらひらと手を振って、快く送り出してくれる。私は足早にその場を離れようとして、「そうだ」と滝さんが言うのに足を止める。
「なあ伏龍、いい加減弥鱈の応対を放り投げんの、やめにしねえか」
はは、と、思わず笑いが漏れた。気づかれていたみたいだ。自分では自然にやったつもりでも、やっぱり滝さんは元立会人。とても鋭い。
「嫌です、私」
「は?」
だからこそ、バレてしまった時は正直に言おう。前々から決めていたことだ。
「嫌です。大人だから断りませんけど、凄く嫌です。私も弥鱈君も、お互いの顔見たくないと思います」
「は?」
滝さんの表情がどんどん険しくなる。甘ったれんじゃねえと、低い声。
そうなのだ。うん。大正解。甘ったれている。私は。これ以上の変化を恐れている。でも、いつかは訪れる。先延ばしにしても、必ず。重々承知している。
「やるべきですか?」
「当たり前だ!」
「分かりました。でも、滝さん。先に言いますけど、問題が大きくなるだけですからね」
「はあ?偉そうな事言いやがんな。今日の応対はお前だ」
「はい」
私はドアに向き直る。程なくして、彼はやって来た。
彼は久しぶりに見る私に目を丸くして、ほんの一瞬だけ悲しい顔。そしてそれをすぐに怒りで包むと、ツカツカと一直線にやってくる。私は睨み返す。外れない視線は私を苦しいような、悲しいような気にさせた。
これは、あなたの気持ちだ。
最後の二歩を弥鱈君は駆けて、その勢いで私の頬を叩いた。私は勢いで右に吹っ飛ばされ、そのまま床に転げた。事務室に起きる動揺の声。滝さんが車椅子を動かそうとする、ホイールの音。私はその方向に手のひらを突き出し、滝さんを止める。
「何様のつもり?」
私は弥鱈君を睨みながら、立ち上がる。弥鱈君はまだ私から視線を外さない。
「なんで、来たんだよ」
「関係無い。もう、あなたには一つも。そうでしょ?置いてったのは、あなたなんだから」
弥鱈君は眉を顰めて、何か言いたげにした。私はそれがとてつもなく嫌だった。きっと、昔の私なら言ったのだろう。言いたいことがあるなら言えよ、って。弱虫!位、付け足したかも。
でも、今は違うから。
「仕事進めていい?」
弥鱈君はまだ言いたげにしていたけど、私は取り合う気になれなかった。そのまま資料を見せ、必要事項を伝える。弥鱈君が資料を覗き込もうとして、逆立った髪が私の髪に触れる。ふと香るシャンプーの匂いは、高校の頃と同じだった。
あーなんか、どこで間違ったんだろ。頑張ったんだけどな。
説明が終わって顔をあげれば、後悔に満ちた表情の彼。私もきっと同じ顔をしているんだろう。
「行ってらっしゃい。お気を付けて」
私はそう言った。弥鱈君はやっと視線を外し、「ああ」とボソッと言った。
出て行く彼の背中を見送って振り返れば、心配と焦りと疑問と、その他諸々に彩られた滝さんの姿。面白いやらむかつくやらで、私はつい、「ね?」とフランクに言った。
あなたが私の手を引くことは、二度とない。
私があなたの手を引くことは、二度とない。
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「滝さんごめんなさい、トイレ行ってきます」
「ああ、分かった」
弥鱈君に事務室へ来るよう内線を入れ、私はそう告げた。滝さんはひらひらと手を振って、快く送り出してくれる。私は足早にその場を離れようとして、「そうだ」と滝さんが言うのに足を止める。
「なあ伏龍、いい加減弥鱈の応対を放り投げんの、やめにしねえか」
はは、と、思わず笑いが漏れた。気づかれていたみたいだ。自分では自然にやったつもりでも、やっぱり滝さんは元立会人。とても鋭い。
「嫌です、私」
「は?」
だからこそ、バレてしまった時は正直に言おう。前々から決めていたことだ。
「嫌です。大人だから断りませんけど、凄く嫌です。私も弥鱈君も、お互いの顔見たくないと思います」
「は?」
滝さんの表情がどんどん険しくなる。甘ったれんじゃねえと、低い声。
そうなのだ。うん。大正解。甘ったれている。私は。これ以上の変化を恐れている。でも、いつかは訪れる。先延ばしにしても、必ず。重々承知している。
「やるべきですか?」
「当たり前だ!」
「分かりました。でも、滝さん。先に言いますけど、問題が大きくなるだけですからね」
「はあ?偉そうな事言いやがんな。今日の応対はお前だ」
「はい」
私はドアに向き直る。程なくして、彼はやって来た。
彼は久しぶりに見る私に目を丸くして、ほんの一瞬だけ悲しい顔。そしてそれをすぐに怒りで包むと、ツカツカと一直線にやってくる。私は睨み返す。外れない視線は私を苦しいような、悲しいような気にさせた。
これは、あなたの気持ちだ。
最後の二歩を弥鱈君は駆けて、その勢いで私の頬を叩いた。私は勢いで右に吹っ飛ばされ、そのまま床に転げた。事務室に起きる動揺の声。滝さんが車椅子を動かそうとする、ホイールの音。私はその方向に手のひらを突き出し、滝さんを止める。
「何様のつもり?」
私は弥鱈君を睨みながら、立ち上がる。弥鱈君はまだ私から視線を外さない。
「なんで、来たんだよ」
「関係無い。もう、あなたには一つも。そうでしょ?置いてったのは、あなたなんだから」
弥鱈君は眉を顰めて、何か言いたげにした。私はそれがとてつもなく嫌だった。きっと、昔の私なら言ったのだろう。言いたいことがあるなら言えよ、って。弱虫!位、付け足したかも。
でも、今は違うから。
「仕事進めていい?」
弥鱈君はまだ言いたげにしていたけど、私は取り合う気になれなかった。そのまま資料を見せ、必要事項を伝える。弥鱈君が資料を覗き込もうとして、逆立った髪が私の髪に触れる。ふと香るシャンプーの匂いは、高校の頃と同じだった。
あーなんか、どこで間違ったんだろ。頑張ったんだけどな。
説明が終わって顔をあげれば、後悔に満ちた表情の彼。私もきっと同じ顔をしているんだろう。
「行ってらっしゃい。お気を付けて」
私はそう言った。弥鱈君はやっと視線を外し、「ああ」とボソッと言った。
出て行く彼の背中を見送って振り返れば、心配と焦りと疑問と、その他諸々に彩られた滝さんの姿。面白いやらむかつくやらで、私はつい、「ね?」とフランクに言った。