白い芥子は不安げに
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葡萄の瑞々しさが口内に広がる。トドメの幸せ、か。彼女の上には沢山の幸せが乗っかっているようだ。まるで寄生されたかのように、引き剥がせぬ業を纏う僕らとは正反対に。黒を纏う僕ら、白を纏う彼女。交わらないはずの道が、どこで間違ってしまったというのだろう。目蒲が引き寄せた道を、引き返させぬ形で繋げたのは僕。賭郎にとって、これは正解だったのか。彼女にとって、これは正解だったのか。
そもそも、彼女は誰であったか。
見慣れたパーティー会場の一テーブル、メロンを美味しそうに食べる女性を見つめる。柔らかい脂肪に包まれた身体。こちら側の人間ではないことがよく分かる。恐らくどこかの令嬢。視線に気付いた彼女が私を見上げ、驚きの表情を浮かべる。私は咄嗟に繕おうと、「この後どうする?」と問い掛けた。
「仰せのままに」
彼女は私に向き直る。無遠慮な程に真っ直ぐに覗かれる。出方を伺われている。
なんだこの子は。
背中にぞわりと走る感覚。彼女の瞳は睨むように細められる。
「なんで、今更恐れるんです?」
「恐れてなんかいないよ、私と君の仲じゃない?」
彼女の表情は、もはや怒っていると形容して差し支えないレベルに達していた。
「どんな仲ですか」
「パーティーに一緒に来るような」
「それってどんな仲です?同僚?恋人?友達?ねえ、'お屋形様'」
初手を見誤った。こちら側の人間だったか。彼女にとってのこれは、確認作業。
「質問を変えましょう、蜂名様。私の名前を教えてください、あなたの口から」
睨まれ、たじろぐ。ふと頭に浮かんだのは、遠い小学生の頃、教室の前に立たされて叱責を受ける幼い頃のクラスメイトの姿だった。
その数秒の間に、彼女は答えにたどり着いたのだろう。大きなため息と共に、私の手を取った。
「一旦立て直しますよ」
彼女はツカツカと外に歩いていく。私は手を引かれ、なされるがままについて行った。
中庭にたどり着いたのは、偏に私が途中から彼女の手を引いたからだ。あろうことか、彼女は私の手を引きながら迷子になったのだ。ここはどこだろう、と眉をハの字にする彼女を見て、途方に暮れたかったのは私の方だ。
締まらない女性。この子は一体私のなんなんだろう。
「ねえ、何が起きたんですか?!」
芝生の上に向き合わされ、彼女はまだ目に怒りを残したまま、そう詰め寄る。我慢していたものが堰を切って溢れ出てきたかのようだった。僕は答えられない。頭に浮かぶのは、栄羽の姿。
「忘れちゃったんですか?!ねえ、お屋形様、教えてください!なんでですか?これが初めてですか?私どうしたらいいんですか?」
彼女はさっきと同じく、無遠慮な程に見透かす。程なくして、全てを悟った墨色の瞳は悲しげに見開かれた。
「そっか…私、伏龍晴乃です」
そう力なく言うと、彼女はヘナヘナと座り込んだ。どうしよう、と、途方に暮れた声。
「晴乃君…何故…私と君はここに?」
ゆるゆると彼女は私に視点を合わせる。憔悴した表情。それでも彼女は話し出す。
「私達は…お屋形様の先月のお遊びで賭郎に不信感を持ってしまった警察や政治家の方と、また信頼関係を結び直すためにここに来ました…。私が一緒に来たのは、私が人の表情を読めるからです」
成る程。私はなんとなく状況を察する。お遊びとはつまり、内閣暗謀の事だろう。幸い根回し時点までは記憶にある。私は他を補うべく、彼女にいくつか質問をした。それらに答えていく中で、彼女は徐々に冷静さを取り戻していったようだった。
「取り乱して、すみませんでした」
彼女はポツリとそう漏らす。
「構わないよ」
「でも、」
彼女は私を見上げる。縋るような目つき。私は彼女の目の高さに合わせ、地面に膝をついた。
「でも私、あなたの事責めました。一番途方に暮れてるのはあなたって分かってたのに」
「いいよ。寧ろ、よく気付いた」
彼女は綺麗にセットされた髪を気遣うように撫でた。
「でも、確かに、気付けてよかった。お屋形様のこと」
三度目の、無遠慮な瞳。私は明け渡す気持ちで彼女を見つめ返した。
「もう気付けたから、これからも気付ける。絶対見逃さない。でも、私は事務だから、いつも一緒にはいないから」
彼女はハンドバッグからペンを取り出す。そして、私の右手を掴むと、そこに何事か書きはじめた。むず痒い感覚。
「だから、次は、私に掛けて。何とかするから。次にいつ、どれくらい忘れるかなんか分かんないけど、きっとそんなすぐにまた起きないって信じて言います」
私は右手に書かれた文字をまじまじと見つめる。私に読みやすいよう、逆さに書かれた文字。
「それは私の名前と携帯の番号です。覚えてください。大丈夫。まさか事務があなたの秘密を知ってるだなんて、誰も思わない。確かに、立会人さんみたいに賢くないから、あなたが願う通りには動かないかもしれない。でも、何とかする。絶対に何とかするから、掛けて下さい。どこにいたとしても、絶対にあなたを助けに行きます」
私はただ右手を見つめ続ける。そして、その手をぐっと握り込む。
栄羽、君以外に私に気付く者が現れるなんてね。私は君の言いつけ通り、細心の注意をもって隠してきたつもりだ。笑うかい?
そもそも、彼女は誰であったか。
見慣れたパーティー会場の一テーブル、メロンを美味しそうに食べる女性を見つめる。柔らかい脂肪に包まれた身体。こちら側の人間ではないことがよく分かる。恐らくどこかの令嬢。視線に気付いた彼女が私を見上げ、驚きの表情を浮かべる。私は咄嗟に繕おうと、「この後どうする?」と問い掛けた。
「仰せのままに」
彼女は私に向き直る。無遠慮な程に真っ直ぐに覗かれる。出方を伺われている。
なんだこの子は。
背中にぞわりと走る感覚。彼女の瞳は睨むように細められる。
「なんで、今更恐れるんです?」
「恐れてなんかいないよ、私と君の仲じゃない?」
彼女の表情は、もはや怒っていると形容して差し支えないレベルに達していた。
「どんな仲ですか」
「パーティーに一緒に来るような」
「それってどんな仲です?同僚?恋人?友達?ねえ、'お屋形様'」
初手を見誤った。こちら側の人間だったか。彼女にとってのこれは、確認作業。
「質問を変えましょう、蜂名様。私の名前を教えてください、あなたの口から」
睨まれ、たじろぐ。ふと頭に浮かんだのは、遠い小学生の頃、教室の前に立たされて叱責を受ける幼い頃のクラスメイトの姿だった。
その数秒の間に、彼女は答えにたどり着いたのだろう。大きなため息と共に、私の手を取った。
「一旦立て直しますよ」
彼女はツカツカと外に歩いていく。私は手を引かれ、なされるがままについて行った。
中庭にたどり着いたのは、偏に私が途中から彼女の手を引いたからだ。あろうことか、彼女は私の手を引きながら迷子になったのだ。ここはどこだろう、と眉をハの字にする彼女を見て、途方に暮れたかったのは私の方だ。
締まらない女性。この子は一体私のなんなんだろう。
「ねえ、何が起きたんですか?!」
芝生の上に向き合わされ、彼女はまだ目に怒りを残したまま、そう詰め寄る。我慢していたものが堰を切って溢れ出てきたかのようだった。僕は答えられない。頭に浮かぶのは、栄羽の姿。
「忘れちゃったんですか?!ねえ、お屋形様、教えてください!なんでですか?これが初めてですか?私どうしたらいいんですか?」
彼女はさっきと同じく、無遠慮な程に見透かす。程なくして、全てを悟った墨色の瞳は悲しげに見開かれた。
「そっか…私、伏龍晴乃です」
そう力なく言うと、彼女はヘナヘナと座り込んだ。どうしよう、と、途方に暮れた声。
「晴乃君…何故…私と君はここに?」
ゆるゆると彼女は私に視点を合わせる。憔悴した表情。それでも彼女は話し出す。
「私達は…お屋形様の先月のお遊びで賭郎に不信感を持ってしまった警察や政治家の方と、また信頼関係を結び直すためにここに来ました…。私が一緒に来たのは、私が人の表情を読めるからです」
成る程。私はなんとなく状況を察する。お遊びとはつまり、内閣暗謀の事だろう。幸い根回し時点までは記憶にある。私は他を補うべく、彼女にいくつか質問をした。それらに答えていく中で、彼女は徐々に冷静さを取り戻していったようだった。
「取り乱して、すみませんでした」
彼女はポツリとそう漏らす。
「構わないよ」
「でも、」
彼女は私を見上げる。縋るような目つき。私は彼女の目の高さに合わせ、地面に膝をついた。
「でも私、あなたの事責めました。一番途方に暮れてるのはあなたって分かってたのに」
「いいよ。寧ろ、よく気付いた」
彼女は綺麗にセットされた髪を気遣うように撫でた。
「でも、確かに、気付けてよかった。お屋形様のこと」
三度目の、無遠慮な瞳。私は明け渡す気持ちで彼女を見つめ返した。
「もう気付けたから、これからも気付ける。絶対見逃さない。でも、私は事務だから、いつも一緒にはいないから」
彼女はハンドバッグからペンを取り出す。そして、私の右手を掴むと、そこに何事か書きはじめた。むず痒い感覚。
「だから、次は、私に掛けて。何とかするから。次にいつ、どれくらい忘れるかなんか分かんないけど、きっとそんなすぐにまた起きないって信じて言います」
私は右手に書かれた文字をまじまじと見つめる。私に読みやすいよう、逆さに書かれた文字。
「それは私の名前と携帯の番号です。覚えてください。大丈夫。まさか事務があなたの秘密を知ってるだなんて、誰も思わない。確かに、立会人さんみたいに賢くないから、あなたが願う通りには動かないかもしれない。でも、何とかする。絶対に何とかするから、掛けて下さい。どこにいたとしても、絶対にあなたを助けに行きます」
私はただ右手を見つめ続ける。そして、その手をぐっと握り込む。
栄羽、君以外に私に気付く者が現れるなんてね。私は君の言いつけ通り、細心の注意をもって隠してきたつもりだ。笑うかい?