白い芥子は不安げに
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伏龍は興味深そうにキョロキョロと辺りを見回す。自分にとってはよく使われる会場も、初めての彼女には様々なものが目新しく映るらしい。豪奢なシャンデリアを、大理石の床を、料理の並んだテーブルを、老若男女の招待客を、ウキウキした表情で眺めている。
「こういう所は初めてなの?」
「ええ、もう、根っからの庶民ですので」
やっと視点を僕に合わせて、彼女は質問に答える。僅かに上気した頬が彼女の興奮をよく表している。凄いですね、と、僕に同意を求めてくるのに首をかしげる。普通だよ、と返せば、彼女はその言葉にさえ凄いと言った。とりあえず慣れたように振る舞うように伝えると、彼女は恥じらって笑う。
そんな彼女を正気に戻したのは、「おーい、蜂名さん!」と、僕を呼ぶ声だった。
「大船か」
「ひさしぶりですね。そちらの方は?」
大船はシャンパン片手に寄ってくると、早速と言わんばかりに問い掛ける。すかさず伏龍が笑顔を作り、名刺を差し出した。
「初めまして。私、新しく蜂名の秘書となりました、伏龍晴乃と申します」
「これは、お美しい秘書さんですね。羨ましい限りです」
私こういうものです、と大船は自分の名刺を差し出し、伏龍のものと交換する。
「確かに、真面目なGACKTって感じですね」
名刺と顔を交互に見て、彼女はそう呟いた。初対面の相手に何を言ってるんだとギョッとしかけるが、大船が照れたように頭を掻き、「GACKTはよしてくださいよー」と笑ったのを見て改める。
「あ、そこ弄ってよかったの?いつ言ってみようかと思ってたんだ」
「いやいや、蜂名さんまで何を言ってるんですか。全く。そんな感じじゃないでしょう。あはは」
「ふふ。お噂は蜂名より聞いておりましたが、予想以上にGACKTで驚きました」
「噂?やだなあ。蜂名さん、何を話したんですか」
「蜂名は大船様を大変信頼しておりまして、いつも裏表のない人物であるやら、仕事に対して誠実であるやら話しておりました」
彼女の話を、大船は大変気持ちよさそうに聞いている。彼女が「先日も大変お世話になったそうで。今日は会えて光栄です」と話を締めくくると、大船は感極まった様子で僕を見つめた。
「蜂名…君が私をそんな風に思ってくれていたとは知らなかったぞ!共に日本を良くしていこう!」
がしぃっ!と、僕は熱い抱擁を余儀なくされた。まあいい。うん。甘んじて受けよう。
「若い者は熱いなあ。是非その熱意でこれからの時代を牽引していってほしいものだね」
「尾野上検事局長!」
大船が声に気付き、バッと離れる。お恥ずかしいところを!と慌てた様子の大船を、穏やかに微笑む尾野上を、そして開放感に満ち溢れているはずの僕の表情を伏龍は順に確認し、どうやら実際の力関係を見抜いたようだった。わざわざ尾野上を煽てることはしない代わりに、目が合ったタイミングで恭しく一礼。後は僕ら三人の会話にたまに相槌を入れつつ、静かに聞いていた。
他の者についても、彼女は即座に僕と相手との関係を見抜き、褒め、傾聴し、必要とあれば僕のフォローに回る。名脇役である。
「久しぶりの外はどう?」
僕は客人が途切れたタイミングで、彼女に声を掛ける。この頃には既に彼女と僕でいい警官と悪い警官の役割が出来、それにより心の余裕と緩い信頼関係が出来上がっていた。
「異世界から異世界、って感じです」
彼女はふふ、と微笑んだ。
「大変?」
「大変ですよう。きっかけがなかったらお目にかかれない世界ですもん」
あ、でも、嫌じゃないです。毎日とっても楽しいって思ってます。彼女はひらひらと手を振りながらそう自己フォローした。僕は頷く。
「目蒲がいるから?」
「なんで目蒲さんなんですか」
彼女は少し驚いた様子で、笑う。
「目蒲と仲良しなんでしょ?」
「仲良しですよう、そりゃあ。でも別に、目蒲さんがいればそれだけでいいわ!ってレベルじゃないです」
「なら、なんで?」
「なんで…楽しいか?」
「うん」
「だって、皆さんとっても良くしてくれます。目蒲さんとだけじゃなくて、誰といても楽しいです」
笑いながら、彼女はテーブルにあった葡萄をヒョイと口に放り込む。そして「幸せ」と小さく呟いた。
「幸せなんだ」
「美味しいですからね」
「美味しいと幸せになるんだ」
随分安いじゃない、と言い掛けて、流石に口を噤んだ。彼女には無意味だったようで、苦笑いをされる。
「賭郎の皆さんが優しくしてくださって、お屋か…蜂名様が私を評価して、連れ出してくださって、しかも葡萄まで美味しい。葡萄単品の幸せじゃなくて、葡萄がトドメの幸せです」
流石に美味しい葡萄だけじゃ幸せにはなれないですねー。彼女は笑う。本当によく笑う人だ、と半ば感心する。
感覚記憶、という言葉が浮かぶ。平たく言えば記憶は五感と結びつきやすい、というもの。彼女は今の幸せを葡萄と結びつけているのかもしれない。きっと、彼女を取り巻く様々な味が、匂いが、景色が、音が、感触が、彼女に幸せを思い起こさせるのだろう。
それは、なんと羨ましいことなのだろうか。僕は負けじと葡萄を食んだ。
「こういう所は初めてなの?」
「ええ、もう、根っからの庶民ですので」
やっと視点を僕に合わせて、彼女は質問に答える。僅かに上気した頬が彼女の興奮をよく表している。凄いですね、と、僕に同意を求めてくるのに首をかしげる。普通だよ、と返せば、彼女はその言葉にさえ凄いと言った。とりあえず慣れたように振る舞うように伝えると、彼女は恥じらって笑う。
そんな彼女を正気に戻したのは、「おーい、蜂名さん!」と、僕を呼ぶ声だった。
「大船か」
「ひさしぶりですね。そちらの方は?」
大船はシャンパン片手に寄ってくると、早速と言わんばかりに問い掛ける。すかさず伏龍が笑顔を作り、名刺を差し出した。
「初めまして。私、新しく蜂名の秘書となりました、伏龍晴乃と申します」
「これは、お美しい秘書さんですね。羨ましい限りです」
私こういうものです、と大船は自分の名刺を差し出し、伏龍のものと交換する。
「確かに、真面目なGACKTって感じですね」
名刺と顔を交互に見て、彼女はそう呟いた。初対面の相手に何を言ってるんだとギョッとしかけるが、大船が照れたように頭を掻き、「GACKTはよしてくださいよー」と笑ったのを見て改める。
「あ、そこ弄ってよかったの?いつ言ってみようかと思ってたんだ」
「いやいや、蜂名さんまで何を言ってるんですか。全く。そんな感じじゃないでしょう。あはは」
「ふふ。お噂は蜂名より聞いておりましたが、予想以上にGACKTで驚きました」
「噂?やだなあ。蜂名さん、何を話したんですか」
「蜂名は大船様を大変信頼しておりまして、いつも裏表のない人物であるやら、仕事に対して誠実であるやら話しておりました」
彼女の話を、大船は大変気持ちよさそうに聞いている。彼女が「先日も大変お世話になったそうで。今日は会えて光栄です」と話を締めくくると、大船は感極まった様子で僕を見つめた。
「蜂名…君が私をそんな風に思ってくれていたとは知らなかったぞ!共に日本を良くしていこう!」
がしぃっ!と、僕は熱い抱擁を余儀なくされた。まあいい。うん。甘んじて受けよう。
「若い者は熱いなあ。是非その熱意でこれからの時代を牽引していってほしいものだね」
「尾野上検事局長!」
大船が声に気付き、バッと離れる。お恥ずかしいところを!と慌てた様子の大船を、穏やかに微笑む尾野上を、そして開放感に満ち溢れているはずの僕の表情を伏龍は順に確認し、どうやら実際の力関係を見抜いたようだった。わざわざ尾野上を煽てることはしない代わりに、目が合ったタイミングで恭しく一礼。後は僕ら三人の会話にたまに相槌を入れつつ、静かに聞いていた。
他の者についても、彼女は即座に僕と相手との関係を見抜き、褒め、傾聴し、必要とあれば僕のフォローに回る。名脇役である。
「久しぶりの外はどう?」
僕は客人が途切れたタイミングで、彼女に声を掛ける。この頃には既に彼女と僕でいい警官と悪い警官の役割が出来、それにより心の余裕と緩い信頼関係が出来上がっていた。
「異世界から異世界、って感じです」
彼女はふふ、と微笑んだ。
「大変?」
「大変ですよう。きっかけがなかったらお目にかかれない世界ですもん」
あ、でも、嫌じゃないです。毎日とっても楽しいって思ってます。彼女はひらひらと手を振りながらそう自己フォローした。僕は頷く。
「目蒲がいるから?」
「なんで目蒲さんなんですか」
彼女は少し驚いた様子で、笑う。
「目蒲と仲良しなんでしょ?」
「仲良しですよう、そりゃあ。でも別に、目蒲さんがいればそれだけでいいわ!ってレベルじゃないです」
「なら、なんで?」
「なんで…楽しいか?」
「うん」
「だって、皆さんとっても良くしてくれます。目蒲さんとだけじゃなくて、誰といても楽しいです」
笑いながら、彼女はテーブルにあった葡萄をヒョイと口に放り込む。そして「幸せ」と小さく呟いた。
「幸せなんだ」
「美味しいですからね」
「美味しいと幸せになるんだ」
随分安いじゃない、と言い掛けて、流石に口を噤んだ。彼女には無意味だったようで、苦笑いをされる。
「賭郎の皆さんが優しくしてくださって、お屋か…蜂名様が私を評価して、連れ出してくださって、しかも葡萄まで美味しい。葡萄単品の幸せじゃなくて、葡萄がトドメの幸せです」
流石に美味しい葡萄だけじゃ幸せにはなれないですねー。彼女は笑う。本当によく笑う人だ、と半ば感心する。
感覚記憶、という言葉が浮かぶ。平たく言えば記憶は五感と結びつきやすい、というもの。彼女は今の幸せを葡萄と結びつけているのかもしれない。きっと、彼女を取り巻く様々な味が、匂いが、景色が、音が、感触が、彼女に幸せを思い起こさせるのだろう。
それは、なんと羨ましいことなのだろうか。僕は負けじと葡萄を食んだ。