白い芥子は不安げに
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時間ぴったりに、お屋形様の部屋の扉を叩く音。私はお屋形様に目配せすると、その扉を開けた。
「あ、お疲れ様です、棟耶さん」
案の定ノックの主は伏龍だった。私は挨拶を返し、彼女を部屋に招き入れる。少し緊張した面持ちの彼女を見ると、やはり普段仕事で目にする人種とはなんとなく違う、と感じた。彼女は緊張する時は素直に緊張するらしい。事務室での振る舞いといい、'あの一件'で想像されるイメージとは全く異なる姿は見る度に私を不思議な気持ちにさせる。果たしてあの目蒲に徹底抗戦したり、報告書において私たちの意識の隙をついたりした彼女と、目の前の彼女は同一人物なのだろうか。
ふと、彼女がこちらを見つめているのに気付く。「どうした、不思議そうな顔をして」と問うと、「やだ、棟耶さんが先に不思議そうな顔をしてたんじゃないですか」と返ってきた。私の方も顔に出ていたらしい。失礼、と言いながら、つい髪を撫で付けた。
「ちゃんと来たね、伏龍」
「そりゃ来ますよー」
お屋形様の問い掛けに、彼女はけらけら笑って答える。目尻に緊張を残したまま、努めて自然に振舞おうとする姿は、やはり一般人のそれだと思った。
「はい、じゃあこれね」
どさり。お屋形様が出してきたのは、今日の参加者の写真とプロフィールが載ったリストだ。お屋形様の備忘録にと作られていたものだが、彼女に丁度いいとお屋形様が引っ張り出してきたものだった。
「これってつまり…」
「うん。覚えてね。あと、これが君の名刺」
「…頑張ります」
緊張は一気にピークに達したようだった。「もしや記憶力に自信が無いのか?」と試しに聞くと、彼女は口を真一文字に結んで頷いた。相当ピンチらしい。しかし、お屋形様は容赦なく「さて、ドレス選ぼっか」と明るい声を出した。伏龍は時間をくれと目で訴えるも、お屋形様には汲んで頂けず終わった。
応接間の奥に案内すれば、伏龍は歓声を上げた。ここはお屋形様の遊び部屋となっており、ビリヤード台や卓上サッカーなど、様々な遊び道具が置いてある。彼女も元々は小学校の教員。お屋形様とセンスの似通うところがあるのかもしれない。
しかし、彼女の意識は沢山ラックにかかったパーティードレスたちの中、恭しく頭を下げるスタイリストによって、すぐに現実に戻ってくる。
「あ、はじめまして」
「はじめまして、伏龍様。お話に聞いておりましたよりずっと可愛らしい方で驚きました。今日はよろしくお願い致します」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
双方頭を下げ、早速衣装合わせに取り掛かる。特に伏龍はこの後どれだけ暗記の時間を作れるかが勝負なのだろう。分かりやすく、微笑ましい。
さて、私も仕事に取り掛かろう。そう思い、カメラを取り出す。ドレスを選んでいた伏龍がそれに気づき、訝しげな目をこちらに向けた。その表情が愉快だったので、早速一枚撮影しておく。
「え、なんで….なんで今、棟耶さん…」
「私は今日は撮影係だ」
「さつえいがかり?」
なんでそれがいるの?と言う代わりに、彼女は耳が肩に付かんばかりに首を傾げた。ポーカーフェイスとは無縁の世界に生きてきた彼女は表情はくるくる回り、見ている者を飽きさせない。さて、なんと答えてやろうか、と逡巡するが、末に出てきたのは「備忘録用にな」という味気ない答え。間違ってはいないが、本当の理由は賭郎のトップシークレット。明かすわけにはいかない。しかし、彼女はそれでひとまず納得らしい。それ以上食ってかかることはせず、代わりに「でも、私を撮る意味はなかったと思うんです…」とぶちぶち言っている。それについては全く反論の余地がない。
若干不機嫌さを見せていた彼女だが、黒いドレスを見つけて表情を明るくさせた。それを掲げて、「見てください、立会人さんっぽい!」と嬉しそうに見せてくる。お屋形様はそれに「なら着てきたら?」と素っ気なく答えた。彼女は元気な返事と共に頷くと、足早に簡易的に建てられた更衣室に入っていく。
程なくして、勢いよくカーテンが開いて、何故か自慢気な表情の伏龍が出てきた。お屋形様が目配せするのを見て、私は一枚写真を撮る。
「伏龍、君、絶望的に黒が似合わないんだね」
「え、なんでわざわざ写真撮らせてから言うんですか?!」
「備忘録に挟もうと思って」
「それ、忘れていいやつだと思います」
ていうか、そんなに似合わないですか私?と聞いてくる彼女から、全力で目をそらす。はっきり言って、彼女がフォーマルワンピースで日々を過ごしているのは大正解だと思う。立会人とお揃いのスーツなんぞ着たら、立会人皆毎日若干の違和感を抱きながら彼女を見ることになったかもしれない。黒を喜んでいた彼女には、とても言えないが。
「あ、お疲れ様です、棟耶さん」
案の定ノックの主は伏龍だった。私は挨拶を返し、彼女を部屋に招き入れる。少し緊張した面持ちの彼女を見ると、やはり普段仕事で目にする人種とはなんとなく違う、と感じた。彼女は緊張する時は素直に緊張するらしい。事務室での振る舞いといい、'あの一件'で想像されるイメージとは全く異なる姿は見る度に私を不思議な気持ちにさせる。果たしてあの目蒲に徹底抗戦したり、報告書において私たちの意識の隙をついたりした彼女と、目の前の彼女は同一人物なのだろうか。
ふと、彼女がこちらを見つめているのに気付く。「どうした、不思議そうな顔をして」と問うと、「やだ、棟耶さんが先に不思議そうな顔をしてたんじゃないですか」と返ってきた。私の方も顔に出ていたらしい。失礼、と言いながら、つい髪を撫で付けた。
「ちゃんと来たね、伏龍」
「そりゃ来ますよー」
お屋形様の問い掛けに、彼女はけらけら笑って答える。目尻に緊張を残したまま、努めて自然に振舞おうとする姿は、やはり一般人のそれだと思った。
「はい、じゃあこれね」
どさり。お屋形様が出してきたのは、今日の参加者の写真とプロフィールが載ったリストだ。お屋形様の備忘録にと作られていたものだが、彼女に丁度いいとお屋形様が引っ張り出してきたものだった。
「これってつまり…」
「うん。覚えてね。あと、これが君の名刺」
「…頑張ります」
緊張は一気にピークに達したようだった。「もしや記憶力に自信が無いのか?」と試しに聞くと、彼女は口を真一文字に結んで頷いた。相当ピンチらしい。しかし、お屋形様は容赦なく「さて、ドレス選ぼっか」と明るい声を出した。伏龍は時間をくれと目で訴えるも、お屋形様には汲んで頂けず終わった。
応接間の奥に案内すれば、伏龍は歓声を上げた。ここはお屋形様の遊び部屋となっており、ビリヤード台や卓上サッカーなど、様々な遊び道具が置いてある。彼女も元々は小学校の教員。お屋形様とセンスの似通うところがあるのかもしれない。
しかし、彼女の意識は沢山ラックにかかったパーティードレスたちの中、恭しく頭を下げるスタイリストによって、すぐに現実に戻ってくる。
「あ、はじめまして」
「はじめまして、伏龍様。お話に聞いておりましたよりずっと可愛らしい方で驚きました。今日はよろしくお願い致します」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
双方頭を下げ、早速衣装合わせに取り掛かる。特に伏龍はこの後どれだけ暗記の時間を作れるかが勝負なのだろう。分かりやすく、微笑ましい。
さて、私も仕事に取り掛かろう。そう思い、カメラを取り出す。ドレスを選んでいた伏龍がそれに気づき、訝しげな目をこちらに向けた。その表情が愉快だったので、早速一枚撮影しておく。
「え、なんで….なんで今、棟耶さん…」
「私は今日は撮影係だ」
「さつえいがかり?」
なんでそれがいるの?と言う代わりに、彼女は耳が肩に付かんばかりに首を傾げた。ポーカーフェイスとは無縁の世界に生きてきた彼女は表情はくるくる回り、見ている者を飽きさせない。さて、なんと答えてやろうか、と逡巡するが、末に出てきたのは「備忘録用にな」という味気ない答え。間違ってはいないが、本当の理由は賭郎のトップシークレット。明かすわけにはいかない。しかし、彼女はそれでひとまず納得らしい。それ以上食ってかかることはせず、代わりに「でも、私を撮る意味はなかったと思うんです…」とぶちぶち言っている。それについては全く反論の余地がない。
若干不機嫌さを見せていた彼女だが、黒いドレスを見つけて表情を明るくさせた。それを掲げて、「見てください、立会人さんっぽい!」と嬉しそうに見せてくる。お屋形様はそれに「なら着てきたら?」と素っ気なく答えた。彼女は元気な返事と共に頷くと、足早に簡易的に建てられた更衣室に入っていく。
程なくして、勢いよくカーテンが開いて、何故か自慢気な表情の伏龍が出てきた。お屋形様が目配せするのを見て、私は一枚写真を撮る。
「伏龍、君、絶望的に黒が似合わないんだね」
「え、なんでわざわざ写真撮らせてから言うんですか?!」
「備忘録に挟もうと思って」
「それ、忘れていいやつだと思います」
ていうか、そんなに似合わないですか私?と聞いてくる彼女から、全力で目をそらす。はっきり言って、彼女がフォーマルワンピースで日々を過ごしているのは大正解だと思う。立会人とお揃いのスーツなんぞ着たら、立会人皆毎日若干の違和感を抱きながら彼女を見ることになったかもしれない。黒を喜んでいた彼女には、とても言えないが。