芍薬の意地
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
もしかしたら、自分は彼女に失礼なのかもしれない。先のやりとりを反芻して、ふと思った。これまでも鉄面皮だの慇懃無礼だの愛想がないだの散々言われてきた自分だが、それは気にならなかったし、恐らくこれからも改めることはないだろう。所詮は自分の人生を横切るだけの他人。しかも、割とよく死ぬので一生関わらなくてもよくなる場合が多い。
では、彼女なら、伏龍晴乃が相手ならどうだろう。
自分の為に命を懸け、あまつさえ一緒に生きようと約束してくれた相手である。彼女が死ぬときは自分も死ぬときだ。他の者とは格が違う。勿論今までも彼女を最大限尊重してきたつもりだが、最近彼女が求めているのがどうやら償いや埋め合わせでなく、文字通り一緒に生きることなのだと気付いてからは、自分にしてはかなり社交的に日々を過ごしている。
そんな彼女を咄嗟に指して使った言葉が「事務の」。自分の為に必死になってくれる相手に対してはあんまりではなかろうか。
だが、今更なんと呼べばいい。名前で?苗字で?あだ名で?どれで呼んだとしても、彼女は返事を返してくれるだろう。むしろ、だからこそ今までの無礼が罷り通っていたというもの。そんな彼女だ、相談したら「そのままでいいんじゃないですか?」くらい言いそうだ。だから相談はできない。
頭を抱え込みたい気分だった。もちろん、しないが。
事務室に寄れば、件の彼女とそれを取り巻く立会人達。
「ばっはっは伏龍!報告書を持ってきたぞ!さあ持て成せ!」
「お帰りなさいヰ近さん。…なんでそんな高い位置で報告書を持ってるんですか?」
「取れ!」
「へ?!」
爪先立ちで腕をピンと伸ばす彼女を部屋中に響く声で笑うのは、ヰ近立会人。彼は彼女を苗字で呼ぶらしい。
「何をやっとる…キシャンは…後がつっかえとる…」
それを諌めつつ、ヰ近立会人の手からするりと報告書を抜き取ったのは間紙立会人。「ホレ、晴乃嬢」とそれを彼女に手渡す…と見せかけて、彼女の手に触れる直前でひゅっと上に持ち上げる。彼は彼女を名前で呼ぶらしい。
「ええー、間紙さんまで何するんですかもう…」
「悪戯心よ。ホレ」
「ありがとうございま…ちょっと!」
二回目に引っかかった彼女が抗議の声を上げた。彼は喉奥で笑い、今度こそ報告書を手渡した。
二人を捌くと、次は最上立会人の応対が始まる。
「今日も楽しいわね、私の子犬ちゃん?」
「もうちょっと楽しくない毎日でも全然構わないんですけど…」
「なら私のところで静かに過ごす?」
「いえ、お気持ちは嬉しいですが、黒服をする力はないですねー」
「あなたはベッドにいればいいわ」
「?!」
衝撃のスカウトに彼女は目を丸くする。そいつはそれで有名だぞ、と心の中で彼女に語りかけておいた。しかし、最上立会人はあだ名で呼ぶのか。確かに子犬は的を射ているな、と尻尾をぶん回しながら駆け寄ってくる彼女を想像しつつ思った。
最上立会人は専属のところに派遣されるらしく、業務上のやり取りは簡単に済んだ。
「お待たせしました目蒲さん。大丈夫ですか?なにか悩み事ですか?」
「自分でもしょうもないことだと思ってる。気にすんな」
「そうですか…」
そこで会話が一瞬止まる。おや?と思ったところで、彼女は苦虫を噛み潰したような顔で今日の立会いについて説明を始めた。
「あなたを派遣するのがとってもとっても気乗りしないんですけど…今日は獏様の立会いです」
夜行立会人が掃除人として動いていること、能輪立会人がスカウトの旅に出ていること、派遣したはずのフリーの立会人が何人か、何度せっついても報告書を出さないトラブルが続いている事を話し始める。その間にもどんどん噛み潰す苦虫の数が増えているかのように、彼女の表情はどんどん曇る。
「そんなに嫌か」
「ええ…あなたがトラブルに巻き込まれるのも嫌ですけど、あの人に詮索されるのも嫌なんです。絶対私たちのこと、聞いてきますよね」
「だろうな」
「いっそ門倉さんに行ってもらっちゃおうかとも思ったんですけど、門倉さんが夕湖と外務卿のお仕事に行くことになって」
「遂に立会人を同伴させることに成功したのか」
「あ!そうなんですそうなんです!門倉さんが上手く言いくるめてくれたみたいで、門倉さんのご指名付きで電話が来たんです」
「ふうん…よかったな」
「ホーントに!夕湖、ずっと大変そうにしてましたもん」
さっきの苦虫顔はどこへやら、にこにこ嬉しそうな彼女に立会いの場所と時間を確認すれば、彼女は今から例の廃ビルに行くよう伝えてきた。俺は了解と口に出す代わりに右手を上げる。彼女もいつも通りに「いってらっしゃい。お気をつけて」と笑顔を作った。
では、彼女なら、伏龍晴乃が相手ならどうだろう。
自分の為に命を懸け、あまつさえ一緒に生きようと約束してくれた相手である。彼女が死ぬときは自分も死ぬときだ。他の者とは格が違う。勿論今までも彼女を最大限尊重してきたつもりだが、最近彼女が求めているのがどうやら償いや埋め合わせでなく、文字通り一緒に生きることなのだと気付いてからは、自分にしてはかなり社交的に日々を過ごしている。
そんな彼女を咄嗟に指して使った言葉が「事務の」。自分の為に必死になってくれる相手に対してはあんまりではなかろうか。
だが、今更なんと呼べばいい。名前で?苗字で?あだ名で?どれで呼んだとしても、彼女は返事を返してくれるだろう。むしろ、だからこそ今までの無礼が罷り通っていたというもの。そんな彼女だ、相談したら「そのままでいいんじゃないですか?」くらい言いそうだ。だから相談はできない。
頭を抱え込みたい気分だった。もちろん、しないが。
事務室に寄れば、件の彼女とそれを取り巻く立会人達。
「ばっはっは伏龍!報告書を持ってきたぞ!さあ持て成せ!」
「お帰りなさいヰ近さん。…なんでそんな高い位置で報告書を持ってるんですか?」
「取れ!」
「へ?!」
爪先立ちで腕をピンと伸ばす彼女を部屋中に響く声で笑うのは、ヰ近立会人。彼は彼女を苗字で呼ぶらしい。
「何をやっとる…キシャンは…後がつっかえとる…」
それを諌めつつ、ヰ近立会人の手からするりと報告書を抜き取ったのは間紙立会人。「ホレ、晴乃嬢」とそれを彼女に手渡す…と見せかけて、彼女の手に触れる直前でひゅっと上に持ち上げる。彼は彼女を名前で呼ぶらしい。
「ええー、間紙さんまで何するんですかもう…」
「悪戯心よ。ホレ」
「ありがとうございま…ちょっと!」
二回目に引っかかった彼女が抗議の声を上げた。彼は喉奥で笑い、今度こそ報告書を手渡した。
二人を捌くと、次は最上立会人の応対が始まる。
「今日も楽しいわね、私の子犬ちゃん?」
「もうちょっと楽しくない毎日でも全然構わないんですけど…」
「なら私のところで静かに過ごす?」
「いえ、お気持ちは嬉しいですが、黒服をする力はないですねー」
「あなたはベッドにいればいいわ」
「?!」
衝撃のスカウトに彼女は目を丸くする。そいつはそれで有名だぞ、と心の中で彼女に語りかけておいた。しかし、最上立会人はあだ名で呼ぶのか。確かに子犬は的を射ているな、と尻尾をぶん回しながら駆け寄ってくる彼女を想像しつつ思った。
最上立会人は専属のところに派遣されるらしく、業務上のやり取りは簡単に済んだ。
「お待たせしました目蒲さん。大丈夫ですか?なにか悩み事ですか?」
「自分でもしょうもないことだと思ってる。気にすんな」
「そうですか…」
そこで会話が一瞬止まる。おや?と思ったところで、彼女は苦虫を噛み潰したような顔で今日の立会いについて説明を始めた。
「あなたを派遣するのがとってもとっても気乗りしないんですけど…今日は獏様の立会いです」
夜行立会人が掃除人として動いていること、能輪立会人がスカウトの旅に出ていること、派遣したはずのフリーの立会人が何人か、何度せっついても報告書を出さないトラブルが続いている事を話し始める。その間にもどんどん噛み潰す苦虫の数が増えているかのように、彼女の表情はどんどん曇る。
「そんなに嫌か」
「ええ…あなたがトラブルに巻き込まれるのも嫌ですけど、あの人に詮索されるのも嫌なんです。絶対私たちのこと、聞いてきますよね」
「だろうな」
「いっそ門倉さんに行ってもらっちゃおうかとも思ったんですけど、門倉さんが夕湖と外務卿のお仕事に行くことになって」
「遂に立会人を同伴させることに成功したのか」
「あ!そうなんですそうなんです!門倉さんが上手く言いくるめてくれたみたいで、門倉さんのご指名付きで電話が来たんです」
「ふうん…よかったな」
「ホーントに!夕湖、ずっと大変そうにしてましたもん」
さっきの苦虫顔はどこへやら、にこにこ嬉しそうな彼女に立会いの場所と時間を確認すれば、彼女は今から例の廃ビルに行くよう伝えてきた。俺は了解と口に出す代わりに右手を上げる。彼女もいつも通りに「いってらっしゃい。お気をつけて」と笑顔を作った。