沈丁花の約束
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大丈夫ですか。そう声を掛けられて遠慮がちに肩に触れられて、やっと目が覚めた。外は暗く、私はどうやらとても長い時間寝ていたんだと気付く。
「伏龍さん、体どうですか」
「昼間にこんなに寝たの初めてです」
「いやそうじゃくて」
「ですよね。はい。見た目通りです。痛いですよ」
あはは、と笑ってみるけど、今日も山口さんは渋い顔で返してくる。やっぱり私とこの事で笑い合う気は無いらしい。ならいいや。私は居直るような気持ちで早速本題に入る。
「報告書、見せてください」
「え」
「立会いだったんですよね?」
「いや、そうなんですけど、そんなに急がなくてもほら、伏龍さん手当ても食事もまだですし」
魅力的な申し出に心が揺らぐ。確かに昨日は食べる物をもらう前に寝落ちしてしまったんだった。お腹はぺこぺこだ。いや、でも、そろそろ目蒲さんの様子がおかしかった。立会い前にあそこまで調子を崩していたということは、きっと既に相当のストレスを抱えているはずだ。どんな立会いになったのか知りたい気持ちもある。
「先に報告書にしましょう」
「はぁ」
「ちょっとそれどういうため息ですか」
「逆にどうしてわからないんですか」
そう言われてもわからないものはわからない。突っ込んで聞いてみようとしたけど、山口さんが報告書を手渡してきたのでなんとなくやめた。
「こっちが今回の報告書で、こっちが参考用の書類です。場所もゲームも前と同じです」
「相変わらず創意工夫のない人たちですねぇ」
「え、それ俺も含まれてますか」
「え、山口さんもゲーム考えてたんですかごめんなさい。私てっきり目蒲さんと佐田国さんが考えてると思って」
いやそうですけど、と山口さんが口ごもる。この反応は、どうやら何かしら関わっていたな。私はこれ以上はドツボにはまる気がしたので、会話をやめて報告書に目を落とした。なるほど報告書も同じゲームが6回目ともなると大いに既視感がある。これなら簡単だ。私は鉛筆を握り、手直しを始めた。
「どうして逃げなかったんですか」
山口さんが不意に言った。手錠で繋がれた両手に悪戦苦闘していた手を一度止めて山口さんを見る。
「どうしてですか」
山口さんが重ねて問いかけた。
「昨日はあの後一度も起きれなかったんですよ。なんなら今だってすごく眠いんです。ずっと疲れが取れなくて」
はあー。山口さんは巨大なため息と共に、わざとらしくうなだれた。私は何も言わず、鉛筆を握りなおした。とりあえず目の前のことを終わらせたかった。
「やっぱり昨日俺考えたんです」
「考えたんですか」
「はい。聞いてくれますか」
「これやりながらでよければ」
それでいいです。とのお言葉を頂いたので、私は心置きなく作業を続ける。
「俺、目蒲立会人を止められるのは伏龍さんだけだと思います。」
「それはどうも」
「でも、伏龍さんにはそんな義理、ないじゃないですか」
「いやいや。一飯の恩義があるって、言ったじゃないですか」
「でも、それじゃ釣り合わないですよね」
「そうですかね」
「そうですよ。だから、何で伏龍さんが俺たちの為にここまでしてくれるのかなーって、考えたんです」
「ほうほう」
なぜかそこで会話が途切れたので、思わず顔を上げる。目が合った。先を促す。苦笑が帰ってきた。
「でも俺、全然わからなくて」
素直な言葉に、私も笑ってしまう。
「負けず嫌いなんですよ。ここまでボコボコにされて、尻尾を巻いて逃げるなんて今更できない。ホントそれだけですよ。きっかけはあなたの言葉でしたけど、今はそんな感じ」
拉致されて、初めてこの部屋にやってきた日の夜を思い出す。私は目蒲さんがくれようとしたご飯を断り、ひどく怒らせたんだっけ。
「別に、一つも後悔してませんけどね」
でも、誰もいなくなった後の部屋でひた謝る山口さんの姿はくるものがあったなあ。本当はあんなことする人じゃないんです、佐田国と会って変になっちゃったんです。許してあげてくださいって。自分のデスクから飴なんか持ってきて、そんなんでお腹は膨れないんだけどありがたくもらったんだ。食べてあげないと、居た堪れなくて。
「ホント、あの人には早く目を覚まして欲しいところですよね。じゃないと私達が必死で報告書に小細工した意味がなくなっちゃう」
山口さんが微笑んだ。そう。最初は大きな体を申し訳なさそうに丸めて謝るこの人があまりに不憫で、書類の小細工を申し出たんだ。この人が信じるあの人を、守ってやりたかった。
まあ、今では最初の理由なんてどうでもよくなってしまっているんだけどね。
「さ、直し終わりましたよ。修正して提出してきてください」
「いつもありがとうございます」
山口さんが鞄からゼリー飲料を取り出し、封を開けた。書類を私の手から取ると、交換とばかりにそのゼリー飲料を握らせる。自分のデスクに戻ってパソコンと向かい合う彼を眺めながら、私はそれに口をつけた。ちうちう吸うたびに喉が痛くて、これはもしかしたら自分で思う以上にあちこち傷ついてるのかも、と恐ろしく思いながら、さっさと手直しを終わらせて提出に向かう山口さんを見送った。
「伏龍さん、体どうですか」
「昼間にこんなに寝たの初めてです」
「いやそうじゃくて」
「ですよね。はい。見た目通りです。痛いですよ」
あはは、と笑ってみるけど、今日も山口さんは渋い顔で返してくる。やっぱり私とこの事で笑い合う気は無いらしい。ならいいや。私は居直るような気持ちで早速本題に入る。
「報告書、見せてください」
「え」
「立会いだったんですよね?」
「いや、そうなんですけど、そんなに急がなくてもほら、伏龍さん手当ても食事もまだですし」
魅力的な申し出に心が揺らぐ。確かに昨日は食べる物をもらう前に寝落ちしてしまったんだった。お腹はぺこぺこだ。いや、でも、そろそろ目蒲さんの様子がおかしかった。立会い前にあそこまで調子を崩していたということは、きっと既に相当のストレスを抱えているはずだ。どんな立会いになったのか知りたい気持ちもある。
「先に報告書にしましょう」
「はぁ」
「ちょっとそれどういうため息ですか」
「逆にどうしてわからないんですか」
そう言われてもわからないものはわからない。突っ込んで聞いてみようとしたけど、山口さんが報告書を手渡してきたのでなんとなくやめた。
「こっちが今回の報告書で、こっちが参考用の書類です。場所もゲームも前と同じです」
「相変わらず創意工夫のない人たちですねぇ」
「え、それ俺も含まれてますか」
「え、山口さんもゲーム考えてたんですかごめんなさい。私てっきり目蒲さんと佐田国さんが考えてると思って」
いやそうですけど、と山口さんが口ごもる。この反応は、どうやら何かしら関わっていたな。私はこれ以上はドツボにはまる気がしたので、会話をやめて報告書に目を落とした。なるほど報告書も同じゲームが6回目ともなると大いに既視感がある。これなら簡単だ。私は鉛筆を握り、手直しを始めた。
「どうして逃げなかったんですか」
山口さんが不意に言った。手錠で繋がれた両手に悪戦苦闘していた手を一度止めて山口さんを見る。
「どうしてですか」
山口さんが重ねて問いかけた。
「昨日はあの後一度も起きれなかったんですよ。なんなら今だってすごく眠いんです。ずっと疲れが取れなくて」
はあー。山口さんは巨大なため息と共に、わざとらしくうなだれた。私は何も言わず、鉛筆を握りなおした。とりあえず目の前のことを終わらせたかった。
「やっぱり昨日俺考えたんです」
「考えたんですか」
「はい。聞いてくれますか」
「これやりながらでよければ」
それでいいです。とのお言葉を頂いたので、私は心置きなく作業を続ける。
「俺、目蒲立会人を止められるのは伏龍さんだけだと思います。」
「それはどうも」
「でも、伏龍さんにはそんな義理、ないじゃないですか」
「いやいや。一飯の恩義があるって、言ったじゃないですか」
「でも、それじゃ釣り合わないですよね」
「そうですかね」
「そうですよ。だから、何で伏龍さんが俺たちの為にここまでしてくれるのかなーって、考えたんです」
「ほうほう」
なぜかそこで会話が途切れたので、思わず顔を上げる。目が合った。先を促す。苦笑が帰ってきた。
「でも俺、全然わからなくて」
素直な言葉に、私も笑ってしまう。
「負けず嫌いなんですよ。ここまでボコボコにされて、尻尾を巻いて逃げるなんて今更できない。ホントそれだけですよ。きっかけはあなたの言葉でしたけど、今はそんな感じ」
拉致されて、初めてこの部屋にやってきた日の夜を思い出す。私は目蒲さんがくれようとしたご飯を断り、ひどく怒らせたんだっけ。
「別に、一つも後悔してませんけどね」
でも、誰もいなくなった後の部屋でひた謝る山口さんの姿はくるものがあったなあ。本当はあんなことする人じゃないんです、佐田国と会って変になっちゃったんです。許してあげてくださいって。自分のデスクから飴なんか持ってきて、そんなんでお腹は膨れないんだけどありがたくもらったんだ。食べてあげないと、居た堪れなくて。
「ホント、あの人には早く目を覚まして欲しいところですよね。じゃないと私達が必死で報告書に小細工した意味がなくなっちゃう」
山口さんが微笑んだ。そう。最初は大きな体を申し訳なさそうに丸めて謝るこの人があまりに不憫で、書類の小細工を申し出たんだ。この人が信じるあの人を、守ってやりたかった。
まあ、今では最初の理由なんてどうでもよくなってしまっているんだけどね。
「さ、直し終わりましたよ。修正して提出してきてください」
「いつもありがとうございます」
山口さんが鞄からゼリー飲料を取り出し、封を開けた。書類を私の手から取ると、交換とばかりにそのゼリー飲料を握らせる。自分のデスクに戻ってパソコンと向かい合う彼を眺めながら、私はそれに口をつけた。ちうちう吸うたびに喉が痛くて、これはもしかしたら自分で思う以上にあちこち傷ついてるのかも、と恐ろしく思いながら、さっさと手直しを終わらせて提出に向かう山口さんを見送った。