捩花そよぐ夜の道
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結局行くことにしたのは、別に彼女の「でも私があなたの監禁を乗り越えられたのだってこの人の歌があったからですよ?!いいですかこの人は私達の恩人なんです。恩人のライブで座席が空いているなんていけないことだと思いませんか目蒲さん!どうなんですか目蒲さん!」という奇天烈な説得に応じたからでも、そのアーティストに興味があったからでもない。
ただ、このライブが座席指定のものだと気付いたからだ。
ロビーで確認したチケットに記載されていた座席はSブロック。大分ステージから遠い。薄々感づいていたが、この女は運が悪いらしい。俺に捕まる位だ、その時点で相当だろう。俺は自虐的な気分になって笑う。馬鹿な女。幸せだけを摘み取って生きればいいものを。そうすれば今日ライブTシャツを纏って浮かれている集団の中にいたのは彼女だった筈だ。彼女なら彼等と同じようにこのアーティストのライブを楽しめていただろうに。ここで仏頂面を決め込む俺なんかじゃなくて。
ああそうさ。俺なんかじゃなくて自分の幸せを選んでおけばよかったんだ。本当に馬鹿な女。それを十二分に理解して、それでも縋る俺と同じ位。
スタッフがEブロックまでを呼んだのをきっかけに、何となくロビーを見渡す。数種類しかないライブTシャツを着た没個性的な集団の中から、隣の座席のチケットを持つ人間を探した。そもそも今回この話を引き受けたのは、社交的な彼女が一人でライブに行く筈がないと踏んだからだ。彼女を知る人間に会ってみたい。たったそれだけの好奇心を満たす為だった。彼女は誰とこの場に来るつもりだったのだろうか。友人か、家族か、恋人か。それとも一人きりで?俺は命の恩人のことを何一つ知らない。知りたい。実にくだらないが、ただそれだけだった。
Sブロックが呼ばれ、立ち上がる。そして薄暗い会場へと歩いた。他人のチケットがばれないか不安だったが、幸いスタッフの目に伏龍晴乃の文字は留まらなかったようだった。
座席に着くと会場に漂う独特な熱気に、やられそうになる。ライブの開始まではまだあるにもかかわらず、全員がステージを気にしているこの異様さよ。携帯を取り出したのは盗み聞きをするのに気付かれにくくする意図に加え、そんな熱気から己を守る為だった。そして、両脇に耳をすます。
右側に座るのは彼女と同じ年嵩の女性。彼女と比べるとどことなく派手な感じがするが、それは彼女の職業のことがあるのでなんとも言えない。だが、この女性は逆鱗の女性と一緒に来たようだった。3人でライブに来ることもあるだろうが、来れなかったもう一人を案じるような様子は無い。どうだろうな、と内心首を傾げ、保留にしておく。では反対側はというと、俺よりも大分若い印象を受ける男性。こちらはどうだろうか。見たところ一人客のようだが、ステージをまっすぐに見つめる横顔を横目に眺める。他の客と比べ落ち着いた雰囲気から、彼はあまりこのアーティストに興味が無いのではないかと推察する。それが一人客となれば、彼女と来る筈だったのは彼ではないかと考えざるを得ない。そう言われれば、真面目そうな雰囲気も何となく彼女と合いそうに思える。恋人だったのだろうか。確かにあの面倒見の良さは年下受けしそうだ。
というか、俺は一体何を考えているんだ。
思考を掻き消すように、髪をわしゃわしゃと掻き毟る。やめだ。もうすぐライブが始まる。
ただ、このライブが座席指定のものだと気付いたからだ。
ロビーで確認したチケットに記載されていた座席はSブロック。大分ステージから遠い。薄々感づいていたが、この女は運が悪いらしい。俺に捕まる位だ、その時点で相当だろう。俺は自虐的な気分になって笑う。馬鹿な女。幸せだけを摘み取って生きればいいものを。そうすれば今日ライブTシャツを纏って浮かれている集団の中にいたのは彼女だった筈だ。彼女なら彼等と同じようにこのアーティストのライブを楽しめていただろうに。ここで仏頂面を決め込む俺なんかじゃなくて。
ああそうさ。俺なんかじゃなくて自分の幸せを選んでおけばよかったんだ。本当に馬鹿な女。それを十二分に理解して、それでも縋る俺と同じ位。
スタッフがEブロックまでを呼んだのをきっかけに、何となくロビーを見渡す。数種類しかないライブTシャツを着た没個性的な集団の中から、隣の座席のチケットを持つ人間を探した。そもそも今回この話を引き受けたのは、社交的な彼女が一人でライブに行く筈がないと踏んだからだ。彼女を知る人間に会ってみたい。たったそれだけの好奇心を満たす為だった。彼女は誰とこの場に来るつもりだったのだろうか。友人か、家族か、恋人か。それとも一人きりで?俺は命の恩人のことを何一つ知らない。知りたい。実にくだらないが、ただそれだけだった。
Sブロックが呼ばれ、立ち上がる。そして薄暗い会場へと歩いた。他人のチケットがばれないか不安だったが、幸いスタッフの目に伏龍晴乃の文字は留まらなかったようだった。
座席に着くと会場に漂う独特な熱気に、やられそうになる。ライブの開始まではまだあるにもかかわらず、全員がステージを気にしているこの異様さよ。携帯を取り出したのは盗み聞きをするのに気付かれにくくする意図に加え、そんな熱気から己を守る為だった。そして、両脇に耳をすます。
右側に座るのは彼女と同じ年嵩の女性。彼女と比べるとどことなく派手な感じがするが、それは彼女の職業のことがあるのでなんとも言えない。だが、この女性は逆鱗の女性と一緒に来たようだった。3人でライブに来ることもあるだろうが、来れなかったもう一人を案じるような様子は無い。どうだろうな、と内心首を傾げ、保留にしておく。では反対側はというと、俺よりも大分若い印象を受ける男性。こちらはどうだろうか。見たところ一人客のようだが、ステージをまっすぐに見つめる横顔を横目に眺める。他の客と比べ落ち着いた雰囲気から、彼はあまりこのアーティストに興味が無いのではないかと推察する。それが一人客となれば、彼女と来る筈だったのは彼ではないかと考えざるを得ない。そう言われれば、真面目そうな雰囲気も何となく彼女と合いそうに思える。恋人だったのだろうか。確かにあの面倒見の良さは年下受けしそうだ。
というか、俺は一体何を考えているんだ。
思考を掻き消すように、髪をわしゃわしゃと掻き毟る。やめだ。もうすぐライブが始まる。