アマドコロを頼りに
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「はあ?」
開かれた扉の向こうで寛いでいた目蒲が目を丸くする。
「あー目蒲さん、二本目のんでる!」
対する伏龍は全く疑問に答えず別の事を指摘してくるのだが、目蒲は何も気を悪くした風はなく、「気のせいだ」と宣った。彼女も特にビールに何か執着があったわけではないらしく、もう、と一息ついて私を手近なクッションに座らせた。そして目蒲に一言「ちょっと見てて下さいね」と言うと、さっと奥へ行ってしまう。
ほらやっぱり。彼女はちゃんと尊重されている。
もし今のやり取りを他の誰ががしたら、目蒲はなんと答えていただろう。自分の疑問を置き去りにされて尚、「気のせいだ」なんておどけてくれるだろうか。しれっと用事を言い渡して、素直に応じてくれるだろうか。きっとそんなことはなかっただろう。何倍もの嫌味が飛んでくるはずだ。それが目蒲鬼郎という男の本来の人となりであり、地位も力も劣る伏龍は何の対抗手段も持たず、ただ彼の逆鱗に触れぬように振る舞うのか本来の姿だ。
「ハァ」
目蒲が私をチラと見遣り、ため息をつく。来たぞ、と思った。ただでさえ傷付いている相手に、こうやって大袈裟なため息から辛辣な追い討ちをかけるのが目蒲の本来の姿だ。きっと彼女はされたことがないから、こいつがいても私をここに引き込んだのだろう。
「そもそも銅寺立会人の報告書を受け取りに行った筈なんですがね、あれは」
相槌を打とうとして、私はまだ自分の唇が重いのに気付く。途方にくれて膝を抱える。目蒲は気に留めず、続きを話し出す。
「全く、何がどうなってあなたにすり替わるんですかねえ」
目蒲はぐいとビールを飲む。そして、「あれにはもっと予想の範疇で生きて欲しいものです」と締めくくった。
あれ?普通の愚痴?
私は予想外の事に少し驚いて、目蒲の表情を盗み見る。しかしそれは目蒲に気付かれ、がっつり目が合った。表情の読み取りにくい陰気な瞳が、睨みつけるかのようにすっと細まった。
「大概ですねえ」
目蒲は立ち上がり、伏龍と同じ場所へ消えていった。二人でいくつか話したと思うと、目蒲がビールとグラスを持って戻って来た。つまり、私が飲みたいと思っていると勘違いしたらしい。全然違うし。
目蒲はドンと私の目の前にグラスを置くと、そこにビールを注いだ。トクトクと勢いよくビールがグラスを満たしていく。
「ほら、飲みなさい」
何故か命令形。滑稽に思えた。心が緩んで、私の口から言葉が滑り出した。
「お前らしくもない」
「ええ、私らしくない」
棘のある言葉を出してしまった、反撃が来るか、と思ったが、目蒲はそれを受け入れる。
「そして、あなたらしくもない」
彼はそう付け加える。グラスを空けて、またビールを注ぐ。残り少ない缶の中身が、グラスを半分程満たした。
あなたらしくもない、か。しゅわしゅわと消えていくビールの泡を眺めて思う。泉江夕湖は毅然としているべきだ。外務卿として在るべきだ。確かにこれでは似合わない。でも、今の私にそれができるだろうか。重い体を引きずって、昨日と同じように明日振る舞えるだろうか。分からない。
ビールに手を伸ばす。口をつければ、冷たい感触が口内に広がった。
程なく伏龍が夕飯を持って来た。ほわほわと湯気を立てる食事達がやたらと美味しそうに見える。目蒲も同じ感想をもったのだろう。「おい、俺にも肉じゃが」とねだった。伏龍は顎で使われた事に怒りつつも、素直に肉じゃがを付けにいった。
「ほら泉江さん、食べないなら'あーん'で食べさせちゃいますよ?」
目蒲の肉じゃがを片手に戻って来た伏龍は、そう言って悪戯っぽく微笑む。それは嫌だなと思い、ゆっくり箸を持ち、白米を口に入れる。そうすれば次は味のあるものが食べたくなって、味噌汁に口をつける。
「お口に合います?」
伏龍が尋ねるのに頷いて、また白米を一口。それを見た彼女は嬉しそうに笑うと、目蒲とのんびり話し始めた。
「そういえばさっき銅寺さんが仕事用のトランプ無くなったーって嘆いてたんですよ」
「何やってんだあいつ」
「いやそれがですね?なんでかなーって二人で探したら、不思議な事に滝さんの机にトランプがあったんですよ。しかも付箋に'銅寺に返す'って書いてあって」
「はあ?」
「よくよく思い出したら、私達3日前に七並べして遊んでました」
「おいおい…」
「目蒲さんもしょっちゅうネクタイ忘れていくし、皆さん意外とうっかりさんですね」
そう言いながらあらぬ方向を見る彼女の視線を追えば、部屋の隅にネクタイがとぐろを巻いていた。目蒲がわざとらしく舌打ちをするのを彼女は笑う。
ああやっぱり、私はこの子が苦手だ。気付いてしまった。分かりたくなんかなかった。醜い私は、浅はかにもこの子に嫉妬しているのだ。でももうホントに嫌なんだ。自分の足で、支えもなくて歩くのが。この子みたいにさ、誰かに優しくできて、誰がが優しくしてくれて、にこにこ笑って生きているのが羨ましくて仕方がないんだ。暇な時間に七並べして、夜は晩酌して。周りに心許せる人がいるのが悔しい。ちょっと怒ったって喧嘩にならないで、態度を改めてもらえるのが妬ましい。
考え始めたらもう止まらなくて、尚更自分が惨めになって、もう駄目だった。ダムが決壊するみたいに、気持ちが目から溢れ出した。
開かれた扉の向こうで寛いでいた目蒲が目を丸くする。
「あー目蒲さん、二本目のんでる!」
対する伏龍は全く疑問に答えず別の事を指摘してくるのだが、目蒲は何も気を悪くした風はなく、「気のせいだ」と宣った。彼女も特にビールに何か執着があったわけではないらしく、もう、と一息ついて私を手近なクッションに座らせた。そして目蒲に一言「ちょっと見てて下さいね」と言うと、さっと奥へ行ってしまう。
ほらやっぱり。彼女はちゃんと尊重されている。
もし今のやり取りを他の誰ががしたら、目蒲はなんと答えていただろう。自分の疑問を置き去りにされて尚、「気のせいだ」なんておどけてくれるだろうか。しれっと用事を言い渡して、素直に応じてくれるだろうか。きっとそんなことはなかっただろう。何倍もの嫌味が飛んでくるはずだ。それが目蒲鬼郎という男の本来の人となりであり、地位も力も劣る伏龍は何の対抗手段も持たず、ただ彼の逆鱗に触れぬように振る舞うのか本来の姿だ。
「ハァ」
目蒲が私をチラと見遣り、ため息をつく。来たぞ、と思った。ただでさえ傷付いている相手に、こうやって大袈裟なため息から辛辣な追い討ちをかけるのが目蒲の本来の姿だ。きっと彼女はされたことがないから、こいつがいても私をここに引き込んだのだろう。
「そもそも銅寺立会人の報告書を受け取りに行った筈なんですがね、あれは」
相槌を打とうとして、私はまだ自分の唇が重いのに気付く。途方にくれて膝を抱える。目蒲は気に留めず、続きを話し出す。
「全く、何がどうなってあなたにすり替わるんですかねえ」
目蒲はぐいとビールを飲む。そして、「あれにはもっと予想の範疇で生きて欲しいものです」と締めくくった。
あれ?普通の愚痴?
私は予想外の事に少し驚いて、目蒲の表情を盗み見る。しかしそれは目蒲に気付かれ、がっつり目が合った。表情の読み取りにくい陰気な瞳が、睨みつけるかのようにすっと細まった。
「大概ですねえ」
目蒲は立ち上がり、伏龍と同じ場所へ消えていった。二人でいくつか話したと思うと、目蒲がビールとグラスを持って戻って来た。つまり、私が飲みたいと思っていると勘違いしたらしい。全然違うし。
目蒲はドンと私の目の前にグラスを置くと、そこにビールを注いだ。トクトクと勢いよくビールがグラスを満たしていく。
「ほら、飲みなさい」
何故か命令形。滑稽に思えた。心が緩んで、私の口から言葉が滑り出した。
「お前らしくもない」
「ええ、私らしくない」
棘のある言葉を出してしまった、反撃が来るか、と思ったが、目蒲はそれを受け入れる。
「そして、あなたらしくもない」
彼はそう付け加える。グラスを空けて、またビールを注ぐ。残り少ない缶の中身が、グラスを半分程満たした。
あなたらしくもない、か。しゅわしゅわと消えていくビールの泡を眺めて思う。泉江夕湖は毅然としているべきだ。外務卿として在るべきだ。確かにこれでは似合わない。でも、今の私にそれができるだろうか。重い体を引きずって、昨日と同じように明日振る舞えるだろうか。分からない。
ビールに手を伸ばす。口をつければ、冷たい感触が口内に広がった。
程なく伏龍が夕飯を持って来た。ほわほわと湯気を立てる食事達がやたらと美味しそうに見える。目蒲も同じ感想をもったのだろう。「おい、俺にも肉じゃが」とねだった。伏龍は顎で使われた事に怒りつつも、素直に肉じゃがを付けにいった。
「ほら泉江さん、食べないなら'あーん'で食べさせちゃいますよ?」
目蒲の肉じゃがを片手に戻って来た伏龍は、そう言って悪戯っぽく微笑む。それは嫌だなと思い、ゆっくり箸を持ち、白米を口に入れる。そうすれば次は味のあるものが食べたくなって、味噌汁に口をつける。
「お口に合います?」
伏龍が尋ねるのに頷いて、また白米を一口。それを見た彼女は嬉しそうに笑うと、目蒲とのんびり話し始めた。
「そういえばさっき銅寺さんが仕事用のトランプ無くなったーって嘆いてたんですよ」
「何やってんだあいつ」
「いやそれがですね?なんでかなーって二人で探したら、不思議な事に滝さんの机にトランプがあったんですよ。しかも付箋に'銅寺に返す'って書いてあって」
「はあ?」
「よくよく思い出したら、私達3日前に七並べして遊んでました」
「おいおい…」
「目蒲さんもしょっちゅうネクタイ忘れていくし、皆さん意外とうっかりさんですね」
そう言いながらあらぬ方向を見る彼女の視線を追えば、部屋の隅にネクタイがとぐろを巻いていた。目蒲がわざとらしく舌打ちをするのを彼女は笑う。
ああやっぱり、私はこの子が苦手だ。気付いてしまった。分かりたくなんかなかった。醜い私は、浅はかにもこの子に嫉妬しているのだ。でももうホントに嫌なんだ。自分の足で、支えもなくて歩くのが。この子みたいにさ、誰かに優しくできて、誰がが優しくしてくれて、にこにこ笑って生きているのが羨ましくて仕方がないんだ。暇な時間に七並べして、夜は晩酌して。周りに心許せる人がいるのが悔しい。ちょっと怒ったって喧嘩にならないで、態度を改めてもらえるのが妬ましい。
考え始めたらもう止まらなくて、尚更自分が惨めになって、もう駄目だった。ダムが決壊するみたいに、気持ちが目から溢れ出した。