「おかえりなさい。待ってましたよ。長丁場でしたね」

晴乃は微笑みを浮かべながら読んでいたファイルを閉じると、自席から立ち上がる。彼女以外の人間が消え失せた事務室はがらんどうとして、物寂しい。日付はもうすぐ変わろうとしていた。

「それ、もしかして今日の報告書ですか？明日で良かったのに」

近寄ってきた晴乃は、そう言いながら手を差し出す。肯定しながらそれを差し出せば、彼女は「ありがとうございます」と大切そうに両手で受け取った。

まだ仕事があるのかと問えば、彼女は首を横に振る。まさか自分を待っていたのかと問うてみる。彼女は否定しなかった。少し驚いた。それを敏感に察した彼女はふふ、と小さく笑う。聞けば、二つ隣の部屋に住み込みで働いているのだそうだ。なぜそんなことになったのか。それには仔細な答えはもらえなかったが、彼女はお屋形様との駆け引きの末、ここで働く代わりに死を猶予されているような事を言った。彼女の説明は無理に要点を隠そうとしていてわかりにくい。お屋形様がらみの事だ。様々口止めされているのかもしれない。掘り下げないのが吉か。

だからお風呂もご飯も終わって、もう寝るだけですよ、と彼女は笑う。つられて笑いながら「そうか」と頷いた。それにしても、自室ではなくなぜこちらにいたのか。それを問うと彼女は軽く頬を膨らませ、「待ってたって、言ったじゃないですか」と言った。そういえば、言ってたわ。

「報告書、いつもその日に出してらっしゃいますよね」

なぜそれを。問えば彼女はさっきまで読んでいたファイルを指差す。注意深く背表紙を見れば、なるほど、そこにあるのは自分の號数と同じだった。目ざとく報告書の日付に気付いて、その日に受理するためにここにいたらしい。礼を言うと、彼女はなんでもないと言う代わりにひらひら手を振った。

「紅茶、淹れましょうか？」

少し悩んで、頷く。日付は既に変わっていたが、少し話していきたい気分だった。

立会い後の紅茶が恒例行事になる、記念すべき最初の日。