水仙の排撃
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「語るに落ちるたぁこの事だな」
「もう、ほっといて下さいよう」
閑散としたホテルロビー。晴乃チャンが投げやりにカードを机に放るのを、伽羅さんが見て笑う。俺も笑いつつ、ぶすくれた晴乃チャンが差し出してきたカードの中から一枚選び取る。そして、揃ったカードと一緒に机の中央、ディスカードパイルに山になっている捨て札の1番上に乗せた。
「変な挙動をする女だとは思っていたが、そうか」
「ねー。こんなおとぎ話みたいなタネあるんだ」
「はああ」
大きなため息。落とされた肩に向かって「俺たちも知ってるつもりになってたんだねー。晴乃チャンかわいー」と煽れば、肩はズルズル下がりきって、彼女は遂に机に突っ伏した。その隙に手札を拝見する。成る程、ババは伽羅さんの手元らしい。次に俺は伽羅さんに目配せし、半ば笑い混じりの睥睨を受けた。
「最悪ですよもう…もう…賭郎にいる人みんな知ってたからあ…なんかみんな知ってる気になってたんですよお…そらそうだ言わなきゃバレる訳ないのに…ああ悔しい…」
「まあまあ。味方じゃない、俺達」
「不倶戴天の敵ですってば」
「好きになったとも言ってたじゃない」
「ちょっとだけじゃないですかあ」
はああ、と彼女はまたため息をついて、顔を上げた。そして、視界に入った俺の指先に何の違和感を感じたか、視線を鋭くさせ、舐めるように顔面へと上げていく。
「悪さ、しましたねえ?」
「へえ?」
分かるんだ。俺は感心する。
「悪さ?言いがかりだよ、晴乃チャン」
「…ならいいんです。大変失礼しました」
「ね、何で何で。チャンスだよ」
「私の?貴方の?」
「もちろん、晴乃チャンのだよ」
「はあ」
彼女はまたため息をついた。伽羅さんが「その思慮深さがさっきも発揮されてりゃあな」と笑う。
ーーそう。彼女は先程運営から帰ってきたばかり。名目は定期報告。しかし、畑の運営が三日でどうにかなるわけもない。首につけた鎖がしっかり機能しているかの確認、その為だけの招集だ。
「はあ」
その時もため息をついていたというのは、同行させた伽羅さんからの報告。彼女が裏切るとも力不足とも思ってはいない。それでも伽羅さんをつけたのは、先に首輪をつけたのはこちらであると主張する必要があったからだ。
「それで、ノヂシャさん。畑の進捗についてご報告を」
伽羅さんの報告の中、晴乃チャンが顔を上げる。5畳程の小さな会議室、参加している管理者達の視線は、残らず彼女に注がれている。
「確保していただいた分の種も苗も、全て植え終わりました」
「そうですか」
先を促した筈の台馬の言葉が流れてしまったので、管理者達の表情が一様に怪訝なものになる。
「…それで?」
「順調に育ってます」
晴乃チャンが涼しい顔で言い放ったのに耐えきれなかったのは中立班長、円堂。彼は食いしばった歯の隙間から「貴様、女を使ったな?」と低い声で問い掛けた。
「色仕掛けとは人聞きの悪い」
「違う!しらばっくれるな!中立地帯の女を使っただろう!」
「ああー、そっち!」
彼女は大袈裟に頷いて、「女性は仕事が丁寧で助かりますね」と笑顔を作った。
「あれは力仕事のための女じゃないんだぞ!女が畑に出ている間風俗業務はどうなっていたと思っている…?」
「止まってましたね。午前中くらいいいじゃないですか」
「いい訳ないだろうが!」
晴乃チャンを一喝しても足りなかった円堂は、「午前中っていうのは闘技場が開く前の穴場の時間なんだよ…ちょっと考えれば分かるだろうがよ…」と小言を呟いている。それに対して彼女が「じゃあ、次はその男性方にもお手伝いしていただきましょうね。そんなに体力有り余ってるってんならね」と嘯いたのは、もちろん嫌味十割。
「奴隷を雇うための元手はお渡しした筈ですが?」
「ちゃんと奴隷を雇用しました」
「なぜ男性の奴隷を使わなかったのですか?まさか、クエストの貼り方を知らなかったとは言いますまい」
「だってあれ、仲介料取られますし」
「それが雇用を生む」
「一理ある」
晴乃チャンは腕を組み、わざとらしく考えるフリをした。そして、「…でも、奴隷にまでお金が十分に落ちていっていないじゃないですか。これは正しい経済の姿でしょうかね?」と、また嫌味。
「残念ですが、奴隷あってこそのプロトポロスです」
「でも、原作にそんな身分は無かったじゃないですかあ」
「ここはリアルMMO。主役を勇者でなく市井に置くとなれば、物語性とスリルは必須です」
「でも、一度奴隷に落ちたら正攻法じゃ戻ってこれない。市井の落ちこぼれは主役じゃないと言ってるのも同じです」
睨み合う晴乃チャンと円堂の間に、台馬が「奴隷という困難な身分をどう乗りこなすか。これもまた物語です」と割って入った。
「一歩踏み外せば臓器提供なのに?笑わせますね」
「ゲームオーバー。これもまたゲーム性です」
「怖いなあ。こんなの、助けてあげたくなっちゃうのは道理じゃないですか?」
「楽しめないなら離脱するという手もありますよ」
「ご心配なく。楽しんでますよ…というか、燃えてますよ、私」
「それは迷惑な話ですね。どうぞご自分の立場を思い出していただきたく」
「だからいい子にしてるじゃないですかあ。ちゃんとルールの内側にいますよ」
こうも減らず口な女がいるものかと閉口する台馬。彼女の言う事に一理あるのは、彼女は開墾の為の土地と種や苗、そして労働力確保の為の金を手渡されていた。男の奴隷30人程が丸一日耕せば十分開墾できそうな面積の土地と、クエストを出し、それを雇うのに十分な額。それを彼女はどうしたか。ゴラゴラを介し、彼が経営する風俗店17店舗全ての女に声を掛けて志願者を募ったのだ。賃金は男の奴隷を1日働かせるのが3ビオスなのに対し、半日で1ビオスと割安。しかし、一部の売れっ子を除けば仕事の無い午前中のこと。女たちには十分な小遣い稼ぎだった。
浮いた金はどこに行ったか。学校だ。彼女は子どもたちを集めて勉強を教え始めたのだ。既に壊滅…とは言わないまでも、大革命を控えているプロトポロス。元の世界に戻らざるを得なくなる親子も多いはずだ。これは彼女なりの救いの一手だった。
勿論、運営はいい顔をしない。奴隷に稼がれては困るし、碌に読み書きもできない将来層が減るのも良くない。
「いいでしょう。そちらの考えは分かりました」
「ええ、ご理解いただけたようでとっても嬉しいです」
売り言葉に買い言葉で、堂々巡りに似た形で白熱していくやり取り。そこに水を差したのは伽羅さんだった。
「待て…いいだろう。別の奴らを使わせりゃあいいんだな?」
「げ」と露骨に顔を顰める晴乃チャンをさておき、伽羅さんは続ける。
「問題ねえ…この女は放っておけ」
「話が通じる方もいるようですね…ただし、‘別の奴ら’ではありません。必ず‘正規の奴隷’です」
「ああ…」
伽羅さんは唸るような低い声で相槌を打つと、晴乃チャンの首根っこを掴み、退出した。もちろん晴乃チャンは「ちょっと!」と抗議するが、力では敵わないし、彼女もそれは重々承知しているし、だ。
「もう、ほっといて下さいよう」
閑散としたホテルロビー。晴乃チャンが投げやりにカードを机に放るのを、伽羅さんが見て笑う。俺も笑いつつ、ぶすくれた晴乃チャンが差し出してきたカードの中から一枚選び取る。そして、揃ったカードと一緒に机の中央、ディスカードパイルに山になっている捨て札の1番上に乗せた。
「変な挙動をする女だとは思っていたが、そうか」
「ねー。こんなおとぎ話みたいなタネあるんだ」
「はああ」
大きなため息。落とされた肩に向かって「俺たちも知ってるつもりになってたんだねー。晴乃チャンかわいー」と煽れば、肩はズルズル下がりきって、彼女は遂に机に突っ伏した。その隙に手札を拝見する。成る程、ババは伽羅さんの手元らしい。次に俺は伽羅さんに目配せし、半ば笑い混じりの睥睨を受けた。
「最悪ですよもう…もう…賭郎にいる人みんな知ってたからあ…なんかみんな知ってる気になってたんですよお…そらそうだ言わなきゃバレる訳ないのに…ああ悔しい…」
「まあまあ。味方じゃない、俺達」
「不倶戴天の敵ですってば」
「好きになったとも言ってたじゃない」
「ちょっとだけじゃないですかあ」
はああ、と彼女はまたため息をついて、顔を上げた。そして、視界に入った俺の指先に何の違和感を感じたか、視線を鋭くさせ、舐めるように顔面へと上げていく。
「悪さ、しましたねえ?」
「へえ?」
分かるんだ。俺は感心する。
「悪さ?言いがかりだよ、晴乃チャン」
「…ならいいんです。大変失礼しました」
「ね、何で何で。チャンスだよ」
「私の?貴方の?」
「もちろん、晴乃チャンのだよ」
「はあ」
彼女はまたため息をついた。伽羅さんが「その思慮深さがさっきも発揮されてりゃあな」と笑う。
ーーそう。彼女は先程運営から帰ってきたばかり。名目は定期報告。しかし、畑の運営が三日でどうにかなるわけもない。首につけた鎖がしっかり機能しているかの確認、その為だけの招集だ。
「はあ」
その時もため息をついていたというのは、同行させた伽羅さんからの報告。彼女が裏切るとも力不足とも思ってはいない。それでも伽羅さんをつけたのは、先に首輪をつけたのはこちらであると主張する必要があったからだ。
「それで、ノヂシャさん。畑の進捗についてご報告を」
伽羅さんの報告の中、晴乃チャンが顔を上げる。5畳程の小さな会議室、参加している管理者達の視線は、残らず彼女に注がれている。
「確保していただいた分の種も苗も、全て植え終わりました」
「そうですか」
先を促した筈の台馬の言葉が流れてしまったので、管理者達の表情が一様に怪訝なものになる。
「…それで?」
「順調に育ってます」
晴乃チャンが涼しい顔で言い放ったのに耐えきれなかったのは中立班長、円堂。彼は食いしばった歯の隙間から「貴様、女を使ったな?」と低い声で問い掛けた。
「色仕掛けとは人聞きの悪い」
「違う!しらばっくれるな!中立地帯の女を使っただろう!」
「ああー、そっち!」
彼女は大袈裟に頷いて、「女性は仕事が丁寧で助かりますね」と笑顔を作った。
「あれは力仕事のための女じゃないんだぞ!女が畑に出ている間風俗業務はどうなっていたと思っている…?」
「止まってましたね。午前中くらいいいじゃないですか」
「いい訳ないだろうが!」
晴乃チャンを一喝しても足りなかった円堂は、「午前中っていうのは闘技場が開く前の穴場の時間なんだよ…ちょっと考えれば分かるだろうがよ…」と小言を呟いている。それに対して彼女が「じゃあ、次はその男性方にもお手伝いしていただきましょうね。そんなに体力有り余ってるってんならね」と嘯いたのは、もちろん嫌味十割。
「奴隷を雇うための元手はお渡しした筈ですが?」
「ちゃんと奴隷を雇用しました」
「なぜ男性の奴隷を使わなかったのですか?まさか、クエストの貼り方を知らなかったとは言いますまい」
「だってあれ、仲介料取られますし」
「それが雇用を生む」
「一理ある」
晴乃チャンは腕を組み、わざとらしく考えるフリをした。そして、「…でも、奴隷にまでお金が十分に落ちていっていないじゃないですか。これは正しい経済の姿でしょうかね?」と、また嫌味。
「残念ですが、奴隷あってこそのプロトポロスです」
「でも、原作にそんな身分は無かったじゃないですかあ」
「ここはリアルMMO。主役を勇者でなく市井に置くとなれば、物語性とスリルは必須です」
「でも、一度奴隷に落ちたら正攻法じゃ戻ってこれない。市井の落ちこぼれは主役じゃないと言ってるのも同じです」
睨み合う晴乃チャンと円堂の間に、台馬が「奴隷という困難な身分をどう乗りこなすか。これもまた物語です」と割って入った。
「一歩踏み外せば臓器提供なのに?笑わせますね」
「ゲームオーバー。これもまたゲーム性です」
「怖いなあ。こんなの、助けてあげたくなっちゃうのは道理じゃないですか?」
「楽しめないなら離脱するという手もありますよ」
「ご心配なく。楽しんでますよ…というか、燃えてますよ、私」
「それは迷惑な話ですね。どうぞご自分の立場を思い出していただきたく」
「だからいい子にしてるじゃないですかあ。ちゃんとルールの内側にいますよ」
こうも減らず口な女がいるものかと閉口する台馬。彼女の言う事に一理あるのは、彼女は開墾の為の土地と種や苗、そして労働力確保の為の金を手渡されていた。男の奴隷30人程が丸一日耕せば十分開墾できそうな面積の土地と、クエストを出し、それを雇うのに十分な額。それを彼女はどうしたか。ゴラゴラを介し、彼が経営する風俗店17店舗全ての女に声を掛けて志願者を募ったのだ。賃金は男の奴隷を1日働かせるのが3ビオスなのに対し、半日で1ビオスと割安。しかし、一部の売れっ子を除けば仕事の無い午前中のこと。女たちには十分な小遣い稼ぎだった。
浮いた金はどこに行ったか。学校だ。彼女は子どもたちを集めて勉強を教え始めたのだ。既に壊滅…とは言わないまでも、大革命を控えているプロトポロス。元の世界に戻らざるを得なくなる親子も多いはずだ。これは彼女なりの救いの一手だった。
勿論、運営はいい顔をしない。奴隷に稼がれては困るし、碌に読み書きもできない将来層が減るのも良くない。
「いいでしょう。そちらの考えは分かりました」
「ええ、ご理解いただけたようでとっても嬉しいです」
売り言葉に買い言葉で、堂々巡りに似た形で白熱していくやり取り。そこに水を差したのは伽羅さんだった。
「待て…いいだろう。別の奴らを使わせりゃあいいんだな?」
「げ」と露骨に顔を顰める晴乃チャンをさておき、伽羅さんは続ける。
「問題ねえ…この女は放っておけ」
「話が通じる方もいるようですね…ただし、‘別の奴ら’ではありません。必ず‘正規の奴隷’です」
「ああ…」
伽羅さんは唸るような低い声で相槌を打つと、晴乃チャンの首根っこを掴み、退出した。もちろん晴乃チャンは「ちょっと!」と抗議するが、力では敵わないし、彼女もそれは重々承知しているし、だ。