水仙の排撃
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「さてはて、今日は観察日記を書いてもらいましょうね」
翌日の事。晴乃さんは畑に子ども達を集めると、おもむろに紙と鉛筆を配り始めて言った。受け取った子ども達はそれをしげしげと眺めていたが、彼女が注意事項を述べ始めた途端、全員視線を上げてそちらに注目する。
地面、太陽、陰は描かないだの、五感を使って観察するだの。昔聞いたそのままを言い終わった彼女が手を叩くと、子ども達は各々野菜のそばにしゃがみ込んで鉛筆を動かし始めた。僕も近寄って、野菜を観察する子ども達を観察する。周りの子どもが1人顔を上げ、「おじさん、今日はどうしたの?」だなんて。
「みんな何してるのかな、と思って」
「ふうん」
男の子は聞いてきたくせに興味なさげに目を逸らしたと思うと、ぱっと走り去ってしまう。子どもは勝手だ。手持ち無沙汰になった僕は、やっぱり部屋に戻ろうと踵を返す。
「おじさん!」
その時、背中に声がかかったので振り返る。さっきの子だ。彼は僕のすぐそばまで来たと思うと立ち止まり、ひらりと紙一枚突き出してくる。
「はい、ちゃんとやらなきゃ先生怒るよ」
「え、うん。ありがとう」
咄嗟に受け取って、処理に困る。A4の紙の上半分には大きな四角、下半分には十本程の罫線。つまりは観察日記だったからだ。
「え、と」
咄嗟に晴乃さんを見る。既にこっちを見ていた彼女は、大きな声で「ほうら梶君、みんなもう始めてますよ」とおどけてみせた。僕はその雰囲気に流され、足元のブロッコリーの前にしゃがみ込む。
昨日植えたばかりのブロッコリー苗だけど、既に土に馴染んだのか、元々ここで発芽したかのような我が物顔で育っている。現状では葉ばかりで、一見してもブロッコリーとは分からない。いつ頃ブロッコリーになるのだろう。僕がここにいる内に見られるだろうか?考えている内に、ついこののどかな時間に没入してしまう。そのせいで、僕は晴乃さんの接近に気付かなかった。
「ほうれん草、早めに収穫しないといけません」
「へ?!」
「んふふ。邪魔しちゃいました?」
「い、いいえ…」
目を伏せる僕の視線の先を追うように、彼女は隣にしゃがみ込む。
「…ええと、どうして早めに収穫しないといけないんですか?」
「だって、私達あと21日でこの島を出ますし」
「でも、だからって無理に収穫しなくても」
「まあ、そうなんですけどね」
変な事を言う人だ。僕は思う。例えばほうれん草の世話をこの島の人達に任せたからといって、誰かが彼女を責める事はないだろう。何なら、昨日植えた野菜の大半は実がなるのを見られずに終わる。何せ、1ヶ月もいられない。
「任せてもいいと思いますけどね」
「どうしようかな」
彼女は頬を指で潰しながら呟くと、立ち上がって他の子どもの進捗を見に行った。僕も何だか馬鹿らしくなって、立ち上がる。すると彼女は振り返って「もう描き終わったんですか?早いですね」と釘を刺してきた。
ーーーーーーーーーー
「あの人ってどういう人なんですか?」
などと門倉さんに聞いてみたのは、午後のレベル上げに向かう闘技場への道すがら。晴乃さんは女性部門に出場するため、出発時間が違う。探りを入れてみたのは、だからこそのほんの出来心だ。当然門倉さんは「私からは何とも」というすげない答えが返ってきた。代わりに「なんか冷たい人だよな」と答えてくれたのは、横を歩くチャンプさんだ。
「冷たいですか」
「分かる分かる!こっちが盛り上がってる時も全然乗ってこないよねー!」
「それある!」
りゅうせいの言葉を皮切りに、つれないだのお高くとまってるだのと盛り上がりを見せるレベル上げメンバー。これは門倉さん、気を悪くするんじゃないだろうか?僕はそっと背後を確認する。
何という事だろう。引くほど笑顔じゃないか。
え、どういう事。僕は慌てて正面に向き直る。背中の冷や汗が凄い。え、怒り過ぎて笑ってる?まさか面白くて笑ってる?怖すぎるどちらにしても怖すぎる。晴乃さんとどういう関係だったんだこの人は。思考を巡らせる僕の横では、マルコが「てんっ…晴乃ちゃんはいい子よ!今は大忙しなのっ!」と反論している。
「でもさ、あんまりにもそっけなくない?」
「それはりゅうせいが困ってないから!天使ちゃんは困ってる人の味方よ!」
「アンパンマンかよ」
「そもそも天使ちゃんって何なの」
ゲラゲラと笑う彼らに、マルコはムキになって「天使ちゃんは晴乃ちゃん!助けてたのよ、捨隈助ける為に帝国タワーから飛び降りたの!」と唾を飛ばす。「捨隈って誰だよ」という声を皮切りに笑い声が上がるのは当たり前だ。だって、そんな事普通なら信じられない。
けど、僕からしたら目玉が飛び出るような情報で。
「え、マルコ何それ」
「ホントよ!」
「いや、疑っては無いけど…」
「とにかく、晴乃ちゃんは優しい子よ!」
話には入らずに先頭を歩いていた貘さんの肩がくつくつと揺れる。という事は、その横を歩く伽羅さんもせせら笑っている事だろう。僕は咄嗟に反論をやめ、「そうなんだ」とだけ返した。
「い、いやいや待って、どゆこと?」
りゅうせいが突っ込んできたのに気を良くし、「気になるか?」と弾んだ声を出すマルコ。それに「マー君、話すならホテルでにしてね」と貘さんが諌める。
保留にされると余計に気になるじゃないか。助け舟を求めて視線をさまよわせた先にいた門倉さんは、さっきまでとは打って変わった静かな微笑で、僕らのやりとりを眺めている。
翌日の事。晴乃さんは畑に子ども達を集めると、おもむろに紙と鉛筆を配り始めて言った。受け取った子ども達はそれをしげしげと眺めていたが、彼女が注意事項を述べ始めた途端、全員視線を上げてそちらに注目する。
地面、太陽、陰は描かないだの、五感を使って観察するだの。昔聞いたそのままを言い終わった彼女が手を叩くと、子ども達は各々野菜のそばにしゃがみ込んで鉛筆を動かし始めた。僕も近寄って、野菜を観察する子ども達を観察する。周りの子どもが1人顔を上げ、「おじさん、今日はどうしたの?」だなんて。
「みんな何してるのかな、と思って」
「ふうん」
男の子は聞いてきたくせに興味なさげに目を逸らしたと思うと、ぱっと走り去ってしまう。子どもは勝手だ。手持ち無沙汰になった僕は、やっぱり部屋に戻ろうと踵を返す。
「おじさん!」
その時、背中に声がかかったので振り返る。さっきの子だ。彼は僕のすぐそばまで来たと思うと立ち止まり、ひらりと紙一枚突き出してくる。
「はい、ちゃんとやらなきゃ先生怒るよ」
「え、うん。ありがとう」
咄嗟に受け取って、処理に困る。A4の紙の上半分には大きな四角、下半分には十本程の罫線。つまりは観察日記だったからだ。
「え、と」
咄嗟に晴乃さんを見る。既にこっちを見ていた彼女は、大きな声で「ほうら梶君、みんなもう始めてますよ」とおどけてみせた。僕はその雰囲気に流され、足元のブロッコリーの前にしゃがみ込む。
昨日植えたばかりのブロッコリー苗だけど、既に土に馴染んだのか、元々ここで発芽したかのような我が物顔で育っている。現状では葉ばかりで、一見してもブロッコリーとは分からない。いつ頃ブロッコリーになるのだろう。僕がここにいる内に見られるだろうか?考えている内に、ついこののどかな時間に没入してしまう。そのせいで、僕は晴乃さんの接近に気付かなかった。
「ほうれん草、早めに収穫しないといけません」
「へ?!」
「んふふ。邪魔しちゃいました?」
「い、いいえ…」
目を伏せる僕の視線の先を追うように、彼女は隣にしゃがみ込む。
「…ええと、どうして早めに収穫しないといけないんですか?」
「だって、私達あと21日でこの島を出ますし」
「でも、だからって無理に収穫しなくても」
「まあ、そうなんですけどね」
変な事を言う人だ。僕は思う。例えばほうれん草の世話をこの島の人達に任せたからといって、誰かが彼女を責める事はないだろう。何なら、昨日植えた野菜の大半は実がなるのを見られずに終わる。何せ、1ヶ月もいられない。
「任せてもいいと思いますけどね」
「どうしようかな」
彼女は頬を指で潰しながら呟くと、立ち上がって他の子どもの進捗を見に行った。僕も何だか馬鹿らしくなって、立ち上がる。すると彼女は振り返って「もう描き終わったんですか?早いですね」と釘を刺してきた。
ーーーーーーーーーー
「あの人ってどういう人なんですか?」
などと門倉さんに聞いてみたのは、午後のレベル上げに向かう闘技場への道すがら。晴乃さんは女性部門に出場するため、出発時間が違う。探りを入れてみたのは、だからこそのほんの出来心だ。当然門倉さんは「私からは何とも」というすげない答えが返ってきた。代わりに「なんか冷たい人だよな」と答えてくれたのは、横を歩くチャンプさんだ。
「冷たいですか」
「分かる分かる!こっちが盛り上がってる時も全然乗ってこないよねー!」
「それある!」
りゅうせいの言葉を皮切りに、つれないだのお高くとまってるだのと盛り上がりを見せるレベル上げメンバー。これは門倉さん、気を悪くするんじゃないだろうか?僕はそっと背後を確認する。
何という事だろう。引くほど笑顔じゃないか。
え、どういう事。僕は慌てて正面に向き直る。背中の冷や汗が凄い。え、怒り過ぎて笑ってる?まさか面白くて笑ってる?怖すぎるどちらにしても怖すぎる。晴乃さんとどういう関係だったんだこの人は。思考を巡らせる僕の横では、マルコが「てんっ…晴乃ちゃんはいい子よ!今は大忙しなのっ!」と反論している。
「でもさ、あんまりにもそっけなくない?」
「それはりゅうせいが困ってないから!天使ちゃんは困ってる人の味方よ!」
「アンパンマンかよ」
「そもそも天使ちゃんって何なの」
ゲラゲラと笑う彼らに、マルコはムキになって「天使ちゃんは晴乃ちゃん!助けてたのよ、捨隈助ける為に帝国タワーから飛び降りたの!」と唾を飛ばす。「捨隈って誰だよ」という声を皮切りに笑い声が上がるのは当たり前だ。だって、そんな事普通なら信じられない。
けど、僕からしたら目玉が飛び出るような情報で。
「え、マルコ何それ」
「ホントよ!」
「いや、疑っては無いけど…」
「とにかく、晴乃ちゃんは優しい子よ!」
話には入らずに先頭を歩いていた貘さんの肩がくつくつと揺れる。という事は、その横を歩く伽羅さんもせせら笑っている事だろう。僕は咄嗟に反論をやめ、「そうなんだ」とだけ返した。
「い、いやいや待って、どゆこと?」
りゅうせいが突っ込んできたのに気を良くし、「気になるか?」と弾んだ声を出すマルコ。それに「マー君、話すならホテルでにしてね」と貘さんが諌める。
保留にされると余計に気になるじゃないか。助け舟を求めて視線をさまよわせた先にいた門倉さんは、さっきまでとは打って変わった静かな微笑で、僕らのやりとりを眺めている。