ベロニカの突撃
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私が警備員室に入ると、座っていた警備さん達がそわそわと横目で私を見る。声を掛けたいのは山々だが、隣に立っている天然パーマが怖いと見える。なので、私は気を遣って「悪いんですけど、この辞職届を書いてくださった方達にお話ししたい事があるんです。集めてくれません?」と紙の束を押し付けた。彼は頷くと、他の警備員と連れ立って部屋を出ていく。
「警備員を退室させるとは、余裕ですね」
「そうでしょうか?」
しらばっくれたが、言いたい事は分かっていた。つまり、この男は‘自分と二人っきりになっていいのか?’と聞いてきているのだ。
姑息なこの男は、マルコ様を立会人に見張らせた上管理人室に置いていくよう強要した。マルコ様がいると腕力で勝てないからに他ならない。それでいてこうやって私に‘お前の事を憎んでいるぞ、いつでも害を与えられるぞ’とメッセージを送ってくるのだからもう……お里も知れる、という感じ。
さて、この男がそこまで私を無力化させてまでやりたいのは、辞職届を出した警備員達への説得。成功して、私がしでかした事をリセットする事ができれば私とマルコ様はここを無事に出る事ができ、失敗すれば台場さんが感情のままに私達に罰を負わせる事になる。つまり、これは私の卍戦続行を賭けた賭郎勝負。残念ながら、私達が運営に睨まれず穏便に卍戦を行うためには、この勝負に勝って、警備員達に人身売買を再び黙認させる必要があるという訳だ。
「ーー全ては、私の浅慮と力不足です」
集まってくれた警備員達に、私はそう切り出す。ええもう全くその通り。私は反省を込めて目を伏せて、なるべく苦しげに続けた。
「残念ながら……人身売買はこの島の主要産業、との事です。我々は今、多大なる犠牲の上に立っていて……それを辞める事は、プロトポロス自体を辞める事……それはできない。ここには様々な人がいますものね。もう本国には戻れない人も少なくないと聞いています。つまり、我々は代替の産業を確立する必要があります」
そこまで言って、大袈裟にため息をつく。胸元をギュッと握ったところで、台場さんが説明を引き継いだ。
「我々もこの現状には心を痛めておりました。しかし、位置情報を秘匿しながら貿易を行うという事は簡単な事ではありません。必然的にアングラな……今の現状に落ち着いてしまった事、そしてそれを問題だと気付きながらも是正しなかった事をお詫びします。なるべく現在のような形で皆さんにリアルMMOを楽しんでいただきつつ、中身をよりクリーンに作り変えていく事をお約束致しましょう」
「その為には、皆さんのご協力が必要です……どうかこの島が正しい形で生まれ変わる事ができるよう、共に歩んでまいりましょう……例え亀の歩みでも、努力は無駄になりませんわ……」
そう言って、私は近くにあった机に辞職届を並べる。納得して頂けた方から取りに来てくれ、という方針だ。現に汲み取った何人かが回収にやってくる中、挙手をしたのが一人。
「どうかなさいました?」
「あの……具体的には?」
おっと。私はそこまで詰めていなかったので咄嗟に台場さんを見る。すると、彼は小さく呆れを見せた後、「自給率を上げます。外貨に頼る割合が減れば、自ずと必要な臓器の数も減りますので」とにこやかに答えた。だが、直後に「各地に畑を作ります。テイバー国の畑の管理は彼女が」なんていうものだから私は内心びっくりしつつ、なんとか「ええ、頑張りますわね」と笑顔をつくった。
「現状は国力を上げる事で対処しつつ、最終的にはクリーンな貿易システムを構築しましょう」
彼が笑顔で言うと、残りの警備員達もばらばらと辞職届を取りに来てくれた。それを確認した能輪さんが「賭けはノヂシャ様の勝利ですね」と囁くのを、苛立たしい気持ちで受け止める。この場合、勝ち負けってなんなんだろうな。
ーーーーーーーーーー
「天使ちゃん無事か?!」
建物の外、柵の向こうで待っていたマルコ様が、私の姿を見付けるなり大きな声で呼び掛けてきた。同じ声量で叫び返すのも憚られ、私は彼の元に駆け寄る。
「大丈夫ですよ。ご心配ありがとうございました」
「いいのよ。天使ちゃん怪我は無い?ごめんね、マルコがついていけなくて……」
「ふふ。そう思っていただけているだけで心強かったので」
柵越しに少し話して、私は門に回り込んだ。すると、彼も反対側から門へとやってきて、私の手を取る。
「帰ろ、天使ちゃん!」
「そうしましょっか。お酒買って帰りましょうかね。今日はやけ酒です」
たらたら歩きながらそう笑うと、マルコ様が「天使ちゃん、怒ってるの?」と首を傾げた。
「ええもう、とっても。卍戦三日目でこんな無様を晒すとは思いもしませんでしたからね」
「ブザマ?」
「今日はダメダメだったなあ、って意味です」
「どうして?ちゃんと貘兄ちゃんの言う通りにロバートKに聞いてきたよ?」
「その後運営に睨まれちゃいましたもん。やり辛くなっちゃいました」
本当は、最初は辞職届をロバートKと話す為のカードにする筈だったのだ。それがどうだ、台場さんの前にロバートKと会えてしまったから後から来た彼と話す事がなくなってしまって、結果部下を扇動しに来ただけの女になってしまって。実質愉快犯。台場さんはさぞ腹が立った事だろう。何の申し開きも無い。
「私は立会人さんにはなれないなあ」
呟けば、この一年私の望みの為に駆けずり回ってくれた人たちの姿が浮かんできて切なくなる。日が沈み、青黒くなっていく空を見上げると、横からマルコ様が「あのね、マルコ頭が悪いから分からなかったんだけど」と絞り出すような声を出す。
「マルコはね、マルコの身体がマルコのじゃなかった時があるのよ。それはとっても苦しい事よ……マルコは耐えられなくって、ロデムが代わってくれたのよ。ジンシンバイバイ?はきっと、体が売られてしまうって事でしょ?それを止めようとした天使ちゃんはやっぱり天使よ!失敗しちゃったのは残念だけど、とっても偉いよ!」
「そっか……」
私は思わず呟いた。この子は訳も分からずついてきてくれていた。人身売買が具体的に何なのかも分からず、私がどれだけ駄目かも知らずに。
「ありがとうございます」
私は笑顔をつくる。この子を騙し切らなきゃいけない。かつて訳も分からず苦しんだこの子を、訳も分からず苦しむ人々に触れさせてはいけないと思った。「マルコ知ってるよ!袖振り合うもコショウの縁でしょ!」と弾んだ笑顔を見せる彼が、この世界は楽しいところだと思えるように。
「惜しい。コショウじゃなくて多少です」
「タショウ」
「そう、多少。……ねえマルコ様、次はちゃんと成功させますから、安心してくださいね。ジンシンバイバイは悪い事ですもんね」
「うん、天使ちゃんありがとう!マルコも手伝うよ!」
「天使ちゃんはやめてくださいよう」
私が言うと、彼は「晴乃ちゃん!」と元気な声で応えた。
「警備員を退室させるとは、余裕ですね」
「そうでしょうか?」
しらばっくれたが、言いたい事は分かっていた。つまり、この男は‘自分と二人っきりになっていいのか?’と聞いてきているのだ。
姑息なこの男は、マルコ様を立会人に見張らせた上管理人室に置いていくよう強要した。マルコ様がいると腕力で勝てないからに他ならない。それでいてこうやって私に‘お前の事を憎んでいるぞ、いつでも害を与えられるぞ’とメッセージを送ってくるのだからもう……お里も知れる、という感じ。
さて、この男がそこまで私を無力化させてまでやりたいのは、辞職届を出した警備員達への説得。成功して、私がしでかした事をリセットする事ができれば私とマルコ様はここを無事に出る事ができ、失敗すれば台場さんが感情のままに私達に罰を負わせる事になる。つまり、これは私の卍戦続行を賭けた賭郎勝負。残念ながら、私達が運営に睨まれず穏便に卍戦を行うためには、この勝負に勝って、警備員達に人身売買を再び黙認させる必要があるという訳だ。
「ーー全ては、私の浅慮と力不足です」
集まってくれた警備員達に、私はそう切り出す。ええもう全くその通り。私は反省を込めて目を伏せて、なるべく苦しげに続けた。
「残念ながら……人身売買はこの島の主要産業、との事です。我々は今、多大なる犠牲の上に立っていて……それを辞める事は、プロトポロス自体を辞める事……それはできない。ここには様々な人がいますものね。もう本国には戻れない人も少なくないと聞いています。つまり、我々は代替の産業を確立する必要があります」
そこまで言って、大袈裟にため息をつく。胸元をギュッと握ったところで、台場さんが説明を引き継いだ。
「我々もこの現状には心を痛めておりました。しかし、位置情報を秘匿しながら貿易を行うという事は簡単な事ではありません。必然的にアングラな……今の現状に落ち着いてしまった事、そしてそれを問題だと気付きながらも是正しなかった事をお詫びします。なるべく現在のような形で皆さんにリアルMMOを楽しんでいただきつつ、中身をよりクリーンに作り変えていく事をお約束致しましょう」
「その為には、皆さんのご協力が必要です……どうかこの島が正しい形で生まれ変わる事ができるよう、共に歩んでまいりましょう……例え亀の歩みでも、努力は無駄になりませんわ……」
そう言って、私は近くにあった机に辞職届を並べる。納得して頂けた方から取りに来てくれ、という方針だ。現に汲み取った何人かが回収にやってくる中、挙手をしたのが一人。
「どうかなさいました?」
「あの……具体的には?」
おっと。私はそこまで詰めていなかったので咄嗟に台場さんを見る。すると、彼は小さく呆れを見せた後、「自給率を上げます。外貨に頼る割合が減れば、自ずと必要な臓器の数も減りますので」とにこやかに答えた。だが、直後に「各地に畑を作ります。テイバー国の畑の管理は彼女が」なんていうものだから私は内心びっくりしつつ、なんとか「ええ、頑張りますわね」と笑顔をつくった。
「現状は国力を上げる事で対処しつつ、最終的にはクリーンな貿易システムを構築しましょう」
彼が笑顔で言うと、残りの警備員達もばらばらと辞職届を取りに来てくれた。それを確認した能輪さんが「賭けはノヂシャ様の勝利ですね」と囁くのを、苛立たしい気持ちで受け止める。この場合、勝ち負けってなんなんだろうな。
ーーーーーーーーーー
「天使ちゃん無事か?!」
建物の外、柵の向こうで待っていたマルコ様が、私の姿を見付けるなり大きな声で呼び掛けてきた。同じ声量で叫び返すのも憚られ、私は彼の元に駆け寄る。
「大丈夫ですよ。ご心配ありがとうございました」
「いいのよ。天使ちゃん怪我は無い?ごめんね、マルコがついていけなくて……」
「ふふ。そう思っていただけているだけで心強かったので」
柵越しに少し話して、私は門に回り込んだ。すると、彼も反対側から門へとやってきて、私の手を取る。
「帰ろ、天使ちゃん!」
「そうしましょっか。お酒買って帰りましょうかね。今日はやけ酒です」
たらたら歩きながらそう笑うと、マルコ様が「天使ちゃん、怒ってるの?」と首を傾げた。
「ええもう、とっても。卍戦三日目でこんな無様を晒すとは思いもしませんでしたからね」
「ブザマ?」
「今日はダメダメだったなあ、って意味です」
「どうして?ちゃんと貘兄ちゃんの言う通りにロバートKに聞いてきたよ?」
「その後運営に睨まれちゃいましたもん。やり辛くなっちゃいました」
本当は、最初は辞職届をロバートKと話す為のカードにする筈だったのだ。それがどうだ、台場さんの前にロバートKと会えてしまったから後から来た彼と話す事がなくなってしまって、結果部下を扇動しに来ただけの女になってしまって。実質愉快犯。台場さんはさぞ腹が立った事だろう。何の申し開きも無い。
「私は立会人さんにはなれないなあ」
呟けば、この一年私の望みの為に駆けずり回ってくれた人たちの姿が浮かんできて切なくなる。日が沈み、青黒くなっていく空を見上げると、横からマルコ様が「あのね、マルコ頭が悪いから分からなかったんだけど」と絞り出すような声を出す。
「マルコはね、マルコの身体がマルコのじゃなかった時があるのよ。それはとっても苦しい事よ……マルコは耐えられなくって、ロデムが代わってくれたのよ。ジンシンバイバイ?はきっと、体が売られてしまうって事でしょ?それを止めようとした天使ちゃんはやっぱり天使よ!失敗しちゃったのは残念だけど、とっても偉いよ!」
「そっか……」
私は思わず呟いた。この子は訳も分からずついてきてくれていた。人身売買が具体的に何なのかも分からず、私がどれだけ駄目かも知らずに。
「ありがとうございます」
私は笑顔をつくる。この子を騙し切らなきゃいけない。かつて訳も分からず苦しんだこの子を、訳も分からず苦しむ人々に触れさせてはいけないと思った。「マルコ知ってるよ!袖振り合うもコショウの縁でしょ!」と弾んだ笑顔を見せる彼が、この世界は楽しいところだと思えるように。
「惜しい。コショウじゃなくて多少です」
「タショウ」
「そう、多少。……ねえマルコ様、次はちゃんと成功させますから、安心してくださいね。ジンシンバイバイは悪い事ですもんね」
「うん、天使ちゃんありがとう!マルコも手伝うよ!」
「天使ちゃんはやめてくださいよう」
私が言うと、彼は「晴乃ちゃん!」と元気な声で応えた。