沈丁花の約束
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伏龍さんが倒れてしまったのを見て、その場は諦めて立ち上がった。とりあえず、バケツとコップを片付けなければ。
ピンクに染まったバケツの中身が目に入り、大きくため息をついた。俺はそれを持ち上げて、給湯室にむかう。
伏龍さんはもう、長くはないだろうな。
彼女があの人に向ける勝気な瞳が、裏で俺に向ける穏やかな笑顔が不意に脳裏に浮かぶ。正反対の二つの表情は、どちらも矛盾なく彼女の性格をよく表しているように思えた。
勢いをつけてバケツの水をシンクに流す。ざ、と短い音を立ててそれは排水管に吸い込まれていったが、跳ねっ返りの水滴がワイシャツの袖を汚す。しまった。手遅れだとはわかっていながらも慌てて袖をまくる。
「失敗しないと分からない時もありますからね」
伏龍さんの声が聞こえた気がした。かつて目蒲立会人を指して発したのと同じ言葉だった。念の為執務室を確認するが、案の定彼女はまだ倒れて起き上がる様子も見せない。
「だから、早目に失敗させてしまうのも愛情ですよ。もちろんその時のフォローを万全にしておくのが条件ですが」
そうだ。彼女は確かにそう続けたのだった。そして俺は「それって子どもにやるんですか」と聞いたんだ。彼女が「それ以外の誰にやるんですか」と笑っていたのをよく覚えている。あの目蒲立会人が子どもと同じ扱いなのがとても滑稽に思えたからだ。
当然目蒲立会人は子供ではなく、伏龍さんは熾烈な駆け引きを始める事になる。
俺はバケツを洗い終え、水を止める。捲っていた袖を直し、バケツを元あった場所に戻す。最後に現状復帰が完了したのを確認して、俺は執務室に戻った。可哀想に、伏龍さんは気絶したままだ。か細い腕に出来たいくつもの傷を見るたびに柄にもなく心が痛む。
貴女は何をするつもりなんですか。貴女は何故それをするんですか。そこまでする価値は、あの人にあるんですか。そう疑問に思う一方で、こう願う俺もいた。あの人を助けてください。あの人は騙されているだけなんです。本当のあの人は、こんなことをする人じゃないんです。
俺は貴女に逃げてほしい。でも、貴女に俺たちを救ってもほしいんです。
床に落ちたままになっていた手錠の鍵を、伏龍さんのポケットにしまう。矛盾する二つの願いへの答えを彼女に委ねてしまうのを自覚しながら。
ピンクに染まったバケツの中身が目に入り、大きくため息をついた。俺はそれを持ち上げて、給湯室にむかう。
伏龍さんはもう、長くはないだろうな。
彼女があの人に向ける勝気な瞳が、裏で俺に向ける穏やかな笑顔が不意に脳裏に浮かぶ。正反対の二つの表情は、どちらも矛盾なく彼女の性格をよく表しているように思えた。
勢いをつけてバケツの水をシンクに流す。ざ、と短い音を立ててそれは排水管に吸い込まれていったが、跳ねっ返りの水滴がワイシャツの袖を汚す。しまった。手遅れだとはわかっていながらも慌てて袖をまくる。
「失敗しないと分からない時もありますからね」
伏龍さんの声が聞こえた気がした。かつて目蒲立会人を指して発したのと同じ言葉だった。念の為執務室を確認するが、案の定彼女はまだ倒れて起き上がる様子も見せない。
「だから、早目に失敗させてしまうのも愛情ですよ。もちろんその時のフォローを万全にしておくのが条件ですが」
そうだ。彼女は確かにそう続けたのだった。そして俺は「それって子どもにやるんですか」と聞いたんだ。彼女が「それ以外の誰にやるんですか」と笑っていたのをよく覚えている。あの目蒲立会人が子どもと同じ扱いなのがとても滑稽に思えたからだ。
当然目蒲立会人は子供ではなく、伏龍さんは熾烈な駆け引きを始める事になる。
俺はバケツを洗い終え、水を止める。捲っていた袖を直し、バケツを元あった場所に戻す。最後に現状復帰が完了したのを確認して、俺は執務室に戻った。可哀想に、伏龍さんは気絶したままだ。か細い腕に出来たいくつもの傷を見るたびに柄にもなく心が痛む。
貴女は何をするつもりなんですか。貴女は何故それをするんですか。そこまでする価値は、あの人にあるんですか。そう疑問に思う一方で、こう願う俺もいた。あの人を助けてください。あの人は騙されているだけなんです。本当のあの人は、こんなことをする人じゃないんです。
俺は貴女に逃げてほしい。でも、貴女に俺たちを救ってもほしいんです。
床に落ちたままになっていた手錠の鍵を、伏龍さんのポケットにしまう。矛盾する二つの願いへの答えを彼女に委ねてしまうのを自覚しながら。