ベロニカの突撃
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「21日間、賭郎立会人にこの島における治外法権が欲しいのです」
「賭郎……立会人」
俺は視界の端で、机の向こうの男を観察する。台場、と名乗る男はそのまっすぐな背筋を崩さぬまま、そっと机に視線を落としている、斜視のある瞳と辛うじて纏められた癖毛が男の無表情に不気味なエッセンスを与え、油断ならなさに拍車を掛けている。しかし、恐らくあちらも思う事は同じ。
さぞ不気味だろう、賭郎という存在は。そして、そこから訪れた使者である俺は。
「にわかには信じ難い話……だがいずれ、こんな日が来る事は分かっていました。しかし、どうにも貴方の話には現実味がない。我々に悟られず奴隷として12名を入島……ここまではいいとして、市民プレイヤーとしての入島者に加え、不正に侵入した者までいるとは……普通の組織にはできない行為ですよ?」
「ええ……しかし、事実です。それができるのが賭郎、そして……単騎でそれを成し遂げるのが、今回卍戦のゲームプレイヤーに選ばれた12名です……彼等がこの島に及ぼす被害を最小限にする為には、我々の手を取るのが最善。これはそういう取り引きのつもりです」
「とはいえ、貴方がたの賭けなど本来我々には預かり知らぬ話。貴方がたをまとめてBANするという手もあります」
「果たしてできますかね〜?現状規約違反を犯しているのは立会人の一部です。彼らを追放すれば、卍戦プレイヤー達はアンコントローラブルになる事でしょう。運営に矛先を向けるのも時間の問題……現に今御社らを欺き、秘密裏に外界と連絡を取ろうと画策するロバートKを銅寺立会人が止めている。我々を追放するという事はつまり、彼等の不正行為を御社自身の力で制御するという事に他ならない……違いますか?」
台場がじっとりとした視線で非難してくるが、賽はすでに投げられている。入島時点で見抜けなかった時点で負けだ。俺は唾で風船を作り、飛ばす。元々粘着力の弱い唾なので、それはすぐに形を失った。
「それでも、不正の度に一人一人BANしていけば済む話」
「どうでしょうね。12回の攻撃の内、どこまで耐えられるか見ものです。現に……2回目の攻撃は、既に始まっている」
「なっ?!」
台場は腰を浮かすが、俺は協力関係に無い組織がどうなろうが構わない、とどっしり椅子に座ったままの姿で示す。ちら、と向けられた視線に「構いませんよ、中座なさっても」と促す。しかし、それには及ばなかった。直後にけたたましくドアがノックされたからだ。
「台場さん!来客中大変申し訳ありません、至急相談が!」
俺は台場の顔から血の気が引くのを、傍観者らしく目の端で見ていた。
ーーーーーーーーーー
「しめしめ、ですね」
10センチはあるだろうかという紙の束を両手で持って、私は思わず言った。マルコ様が焦って「天使ちゃん、‘しー’でしょ!」と私の口を塞ぐ。大きな手のひらが私の目から下を覆うのを紙の束でタップして辞めさせると、私は「もう大丈夫ですよ」と笑い掛ける。
「なんで?悪霊退治は?」
「ここまで来たらもう私の事をシスターだと思ってくれている人なんていませんよ。ねえ?」
廊下を先導する男性に話を振ったのは悪戯心。彼は怯えと共に、ひっそりと振り返って視線をよこす。私と目があった途端慌ててまた前を見たので、私は面白くなって「ほらね、マルコ様」と紙束で彼の肩を叩いた。
運営管理室へと続く廊下まで辿り着くのに、体感で30分くらい。警備の方々は予想以上にちょろかった。とはいえ、末端なんてそんなものだろう。彼らは皆一様にプロトポロスを運営する側であるという自負と倫理にもとる事をしているという罪悪感に挟まれて悶々としていたので、そこをつけば一発だった。そして、その結果がこの辞職願の束という訳。
「でも、悪霊は?」
懲りずに聞いてくる彼は、どうやらいつの間にか目的を取り違えて覚えてしまったようだ。否定するのも忍びなく、私は「悪霊を退治するより悪霊を作ってる元を断つ方が早いですからね」と答えておいた。彼が分かっていないなりに神妙な顔で頷くので、思わず口元が弛む。
「まあ、なんとかなりますよ」
私は言った。先導の男性が「あちらです」と手を伸ばす先には、重たそうなスチール製のドア。彼は手を伸ばし、ドアノブに手を掛ける。
大きく開かれたドアの向こう側にあったのは、殺風景な事務室。来客をもてなすためのソファも、心安らかにさせる絵画も無い。ただこの部屋の主が座るであろう重厚な事務机と、「PROTOPOROS」という文字が書かれている額縁があるのみだ。完全な作業部屋。私はあの事務机に座って待てばいいのだろうか。男性を仰ぎ見るが、彼は気まずそうに「それでは、ここでお待ちください」とだけ言って退室しようとする始末。
「え、本当にここで待ってていいんですか?」
思わず私は尋ねる。すると、彼は「台場がすぐに応対に参りますので」と言い退け、本当に逃げ出してしまった。「嘘やん」と思わず口から漏れる。
「え?そんなにビビる事ある?」
「はっ!……ごめんね天使ちゃん、マルコちょっと体が大きいから」
「いやあ……マルコ様のせいじゃないと思いますよ……」
「天使ちゃんのせい?」
「うんまあ、おそらく」
「天使ちゃんなのに?」
「ホントにね。プレイヤーで一番温厚なのは私なのに」
全くもう、と腰に手を当てると、マルコ様がこくんと首を傾げた。
ふと、がた、と上方で音がしたのを聞き咎めて私とマルコ様は部屋を見回す。出所はすぐに分かった。私を背中に隠したマルコ様が睨みつける先で、通風口の蓋ががたがた揺れていたので。
「天使ちゃん、下がってるのよ」
「はい」
私はマルコ様の言う通りに背後で小さくなりながら、通気口の様子を伺う。がん、がん、がんという、蓋を留めるネジを力任せに外そうとする音。音の数に比例してねじが弛んでいく。がん、がん、がん、がこ。音が変わったのを最後に蓋は外れて、がしゃんと音を立てて落下した。
その直後に現れたのは、血まみれの腕。
「いぎゃー!!」
思わず叫んだ。あまりにもホラー映画すぎる。マルコ様が「落ち着いて!」と叫ぶが、それで落ち着ける筈がない。目の前ではぽたぽた血を落としながら、頭が、肩が生えてきている。
「やだやだ何なんですか?!もう無理怖いよー!」
「天使ちゃん、マルコがいるよ!マルコがいるから!」
「あかんですってあんなん噛まれたらゾンビになるやつですもん!」
「なるの……?!」
「絶対!!」
マルコ様の目に不安が宿ったと思えば、彼は私の前から横に移動してくる。私達は手を取り合い、ゾンビと距離を取った。しかし、ゾンビの方はそんな事知ったこっちゃないという感じで通風口から這い出てきて、どたっという重たげな音と共に地面に落ちた。
「ひいぃ?!」
「天使ちゃんどうしよう?!」
ゾンビは俯いたまま「ゔゔ」とうめき声を上げ、立ち上がった。そして、私達を無視して事務机に向かって足を引きずっていく。手を取りあったまままた一歩下がった私達だったが、マルコ様がポツリと「ロバートK?」と呟いたので、正気を取り戻す。
「へ?……あれ?」
言われれば確かに。我々をガン無視しているように見えてちゃんと耳に声は届いているようで、彼の体は図星の反応を返してきている。
「ロバートK……そのパソコンで何を?」
その問い掛けに彼がギロリと睨んで返したので、マルコ様が改めて前に出て私の盾となる。二人の間に火花が散り始めたその時、今まではただ壁際に控えていただけだった能輪さんが「お嬢さん、そのゾンビに関ってはなりませんよ」と突然口を挟んだかと思えば。
「う、うわああぁぁ?!」
もう一体、ゾンビが出現したのである。
「賭郎……立会人」
俺は視界の端で、机の向こうの男を観察する。台場、と名乗る男はそのまっすぐな背筋を崩さぬまま、そっと机に視線を落としている、斜視のある瞳と辛うじて纏められた癖毛が男の無表情に不気味なエッセンスを与え、油断ならなさに拍車を掛けている。しかし、恐らくあちらも思う事は同じ。
さぞ不気味だろう、賭郎という存在は。そして、そこから訪れた使者である俺は。
「にわかには信じ難い話……だがいずれ、こんな日が来る事は分かっていました。しかし、どうにも貴方の話には現実味がない。我々に悟られず奴隷として12名を入島……ここまではいいとして、市民プレイヤーとしての入島者に加え、不正に侵入した者までいるとは……普通の組織にはできない行為ですよ?」
「ええ……しかし、事実です。それができるのが賭郎、そして……単騎でそれを成し遂げるのが、今回卍戦のゲームプレイヤーに選ばれた12名です……彼等がこの島に及ぼす被害を最小限にする為には、我々の手を取るのが最善。これはそういう取り引きのつもりです」
「とはいえ、貴方がたの賭けなど本来我々には預かり知らぬ話。貴方がたをまとめてBANするという手もあります」
「果たしてできますかね〜?現状規約違反を犯しているのは立会人の一部です。彼らを追放すれば、卍戦プレイヤー達はアンコントローラブルになる事でしょう。運営に矛先を向けるのも時間の問題……現に今御社らを欺き、秘密裏に外界と連絡を取ろうと画策するロバートKを銅寺立会人が止めている。我々を追放するという事はつまり、彼等の不正行為を御社自身の力で制御するという事に他ならない……違いますか?」
台場がじっとりとした視線で非難してくるが、賽はすでに投げられている。入島時点で見抜けなかった時点で負けだ。俺は唾で風船を作り、飛ばす。元々粘着力の弱い唾なので、それはすぐに形を失った。
「それでも、不正の度に一人一人BANしていけば済む話」
「どうでしょうね。12回の攻撃の内、どこまで耐えられるか見ものです。現に……2回目の攻撃は、既に始まっている」
「なっ?!」
台場は腰を浮かすが、俺は協力関係に無い組織がどうなろうが構わない、とどっしり椅子に座ったままの姿で示す。ちら、と向けられた視線に「構いませんよ、中座なさっても」と促す。しかし、それには及ばなかった。直後にけたたましくドアがノックされたからだ。
「台場さん!来客中大変申し訳ありません、至急相談が!」
俺は台場の顔から血の気が引くのを、傍観者らしく目の端で見ていた。
ーーーーーーーーーー
「しめしめ、ですね」
10センチはあるだろうかという紙の束を両手で持って、私は思わず言った。マルコ様が焦って「天使ちゃん、‘しー’でしょ!」と私の口を塞ぐ。大きな手のひらが私の目から下を覆うのを紙の束でタップして辞めさせると、私は「もう大丈夫ですよ」と笑い掛ける。
「なんで?悪霊退治は?」
「ここまで来たらもう私の事をシスターだと思ってくれている人なんていませんよ。ねえ?」
廊下を先導する男性に話を振ったのは悪戯心。彼は怯えと共に、ひっそりと振り返って視線をよこす。私と目があった途端慌ててまた前を見たので、私は面白くなって「ほらね、マルコ様」と紙束で彼の肩を叩いた。
運営管理室へと続く廊下まで辿り着くのに、体感で30分くらい。警備の方々は予想以上にちょろかった。とはいえ、末端なんてそんなものだろう。彼らは皆一様にプロトポロスを運営する側であるという自負と倫理にもとる事をしているという罪悪感に挟まれて悶々としていたので、そこをつけば一発だった。そして、その結果がこの辞職願の束という訳。
「でも、悪霊は?」
懲りずに聞いてくる彼は、どうやらいつの間にか目的を取り違えて覚えてしまったようだ。否定するのも忍びなく、私は「悪霊を退治するより悪霊を作ってる元を断つ方が早いですからね」と答えておいた。彼が分かっていないなりに神妙な顔で頷くので、思わず口元が弛む。
「まあ、なんとかなりますよ」
私は言った。先導の男性が「あちらです」と手を伸ばす先には、重たそうなスチール製のドア。彼は手を伸ばし、ドアノブに手を掛ける。
大きく開かれたドアの向こう側にあったのは、殺風景な事務室。来客をもてなすためのソファも、心安らかにさせる絵画も無い。ただこの部屋の主が座るであろう重厚な事務机と、「PROTOPOROS」という文字が書かれている額縁があるのみだ。完全な作業部屋。私はあの事務机に座って待てばいいのだろうか。男性を仰ぎ見るが、彼は気まずそうに「それでは、ここでお待ちください」とだけ言って退室しようとする始末。
「え、本当にここで待ってていいんですか?」
思わず私は尋ねる。すると、彼は「台場がすぐに応対に参りますので」と言い退け、本当に逃げ出してしまった。「嘘やん」と思わず口から漏れる。
「え?そんなにビビる事ある?」
「はっ!……ごめんね天使ちゃん、マルコちょっと体が大きいから」
「いやあ……マルコ様のせいじゃないと思いますよ……」
「天使ちゃんのせい?」
「うんまあ、おそらく」
「天使ちゃんなのに?」
「ホントにね。プレイヤーで一番温厚なのは私なのに」
全くもう、と腰に手を当てると、マルコ様がこくんと首を傾げた。
ふと、がた、と上方で音がしたのを聞き咎めて私とマルコ様は部屋を見回す。出所はすぐに分かった。私を背中に隠したマルコ様が睨みつける先で、通風口の蓋ががたがた揺れていたので。
「天使ちゃん、下がってるのよ」
「はい」
私はマルコ様の言う通りに背後で小さくなりながら、通気口の様子を伺う。がん、がん、がんという、蓋を留めるネジを力任せに外そうとする音。音の数に比例してねじが弛んでいく。がん、がん、がん、がこ。音が変わったのを最後に蓋は外れて、がしゃんと音を立てて落下した。
その直後に現れたのは、血まみれの腕。
「いぎゃー!!」
思わず叫んだ。あまりにもホラー映画すぎる。マルコ様が「落ち着いて!」と叫ぶが、それで落ち着ける筈がない。目の前ではぽたぽた血を落としながら、頭が、肩が生えてきている。
「やだやだ何なんですか?!もう無理怖いよー!」
「天使ちゃん、マルコがいるよ!マルコがいるから!」
「あかんですってあんなん噛まれたらゾンビになるやつですもん!」
「なるの……?!」
「絶対!!」
マルコ様の目に不安が宿ったと思えば、彼は私の前から横に移動してくる。私達は手を取り合い、ゾンビと距離を取った。しかし、ゾンビの方はそんな事知ったこっちゃないという感じで通風口から這い出てきて、どたっという重たげな音と共に地面に落ちた。
「ひいぃ?!」
「天使ちゃんどうしよう?!」
ゾンビは俯いたまま「ゔゔ」とうめき声を上げ、立ち上がった。そして、私達を無視して事務机に向かって足を引きずっていく。手を取りあったまままた一歩下がった私達だったが、マルコ様がポツリと「ロバートK?」と呟いたので、正気を取り戻す。
「へ?……あれ?」
言われれば確かに。我々をガン無視しているように見えてちゃんと耳に声は届いているようで、彼の体は図星の反応を返してきている。
「ロバートK……そのパソコンで何を?」
その問い掛けに彼がギロリと睨んで返したので、マルコ様が改めて前に出て私の盾となる。二人の間に火花が散り始めたその時、今まではただ壁際に控えていただけだった能輪さんが「お嬢さん、そのゾンビに関ってはなりませんよ」と突然口を挟んだかと思えば。
「う、うわああぁぁ?!」
もう一体、ゾンビが出現したのである。