エンゼルランプの腕の中
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ーー時は一時間ほど遡るだろうか。
信号が赤になったタイミングで助手席に座る伏龍のヘッドフォンを外せば、当然彼女は目的地に着いたと勘違いして目隠しのゴムに手を掛けた。
「目隠しは外すな」
「えっ…うん」
止めれば素直なもので、彼女は耳元に添えた両手をおずおずと膝に戻す。
「…いいの?」
「後ろの三人ならやべえけど、アンタは聴覚だけじゃ何も出来ねえ」
「なんって無礼な弥鱈君なんだ。礼節を弁えた弥鱈君を返せ」
「元々いねえわ」
俺は信号が青になったのを確認して、アクセルを踏み込む。バックミラー越しに後部座席の貘様、ラロ様、そしてお屋形様が素直に座っているのを確認して、車を加速させた。両陣営が指名した協力者は曲者揃いだが、兎に角この四人が一際ヤバいと判断した俺は、こいつらをいの一番に卍の中にぶち込むことに決めたのだ。そして、視覚と聴覚を奪ってから車に乗せてしまえば、俺が一人だけ助手席に乗せた事にも気付くまい。こうして俺は、秘密裏に伏龍と話す機会を得たのだった。
「なぁ〜。アンタ今何考えてんの?」
「今?難しい事聞くなぁ…」
彼女は車のサイドガラスに頭を預け、暫く沈黙する。俺はごちゃついた東京の街並みを走り抜けながら返答を待った。
「…きっと、百回人生があったら百回とも卍に入る羽目になってただろうな、って事、かなあ」
「そりゃアンタらしいな」
「そう?」
「おー。後悔とかしなさそう」
「してるよ。してるからこんな事考えちゃう訳よ。分かる?」
「結局ここに来るならそれはもう後悔じゃねえのよ」
「えー?そうかなあ」
「反省してねえだろ?」
「…してません」
「ならそれは後悔じゃねえ。嫌なだけだ」
「うお、金言」
そう言うと彼女は大きなため息を吐いた。
「嫌なだけかぁ…そうだねえ。卍戦嫌だなあ」
「なぁ…なのに何でアンタ、あんな事したんだよ」
「まず…死にたくないし、人も殺したくないんだよね。でも、このまま戻ったら立会人だから、どっちかは諦めなきゃいけない訳じゃん?」
「まぁ〜、粛清か立会人かだわな」
「ね?だから、お屋形様の記憶を取り戻したいの」
「繋がってねえよ」
「ばーか」
「アンタのがばーか」
「いい?この私が一年間育んできた友情だよ?もうそれはエクスカリバーみたいなもんなのよ」
「エクスカリバーのせいで訳わかんねえ」
「ほっといて」
むくれる伏龍はさておき、俺は納得する。確かに、お屋形様が伏龍を粛清したくないと思わせる事ができれば、彼女の言う‘死にたくない、殺したくない’の内‘死にたくない’はクリアできる。メリットのある話だ。しかし…
「その為に梟まで卍に招き入れてんじゃ、世話ねえな」
「否定できない」
「いいじゃねえか、今のお屋形様でも十分アンタを生かそうとするだろうぜ」
「それはさ、次の記憶喪失が起こらない前提だよね。お屋形様はね、私の粛清が決まったら絶対にこの一週間を忘れるよ。で、問題無く私を殺す」
引き締まった唇から彼女の本気を感じ、俺は茶化せなくなる。
「お屋形様が私の事を思い出してもう二度と忘れないようにすることが、私の唯一の勝利条件なんだよね。そうなって初めて、お屋形様は私の事を尊重した決断をしてくれる。死にたくないし殺したくないっていう我が儘にも付き合ってくれる。だから、今は詳しく言えないけど…梟さんまで含めて卍に入るのは、お屋形様にとって必要な事なんだ」
弥鱈立会人、物事には適度ってものがある。確かに先生の愛情深さと強かさは美徳だよ。だから、それはその環境に適した形で生き続ける。誰かが生かし続ける。大切に思う誰かが。
ふと、銅寺立会人の言葉を思い出す。彼女の愛情深さと強かさは、確かにこの賭郎の中で生き延びてきたのだろう。お屋形様をも揺り動かす程の力となって。
「俺さあ」
「ん?」
「アンタ、このままお屋形様と一緒に失踪するんだと思ってた」
「何でまた」
「そうすりゃ、リーダーを失って賭郎は瓦解するだろ?」
「ああ…実はそれね、一瞬考えた」
「やっぱ?」
「でもさ、弥鱈君賭郎好きでしょ?」
「…おー」
だからさ、と彼女は笑う。優しい奴なのだ。
「壊したくなかったんだよね。私は一抜けするけど。大嫌いだもん」
「そりゃどうも…で?アンタは‘大嫌いな賭郎’のボスの為にまた命を賭ける訳?」
「うん…要領悪いよね。自分でも分かってる」
「アンタらしくていいと思うぜ」
本心からそう言えば、しっかり伝わったようで彼女は照れ笑いする。
「わりーけど、卍戦が始まったら味方はしてやれねえぜ」
「分かってる。でも期待してるから」
「ばーか」
‘頑張れよ’とは態々言わない。何も言わずとも、勝負が始まれば必死で頑張ってくれるだろうから。ただ、どんな結末になったとしても、生きて帰ってくれればいい。そう願いながら、俺はヘッドフォンを返す。
信号が赤になったタイミングで助手席に座る伏龍のヘッドフォンを外せば、当然彼女は目的地に着いたと勘違いして目隠しのゴムに手を掛けた。
「目隠しは外すな」
「えっ…うん」
止めれば素直なもので、彼女は耳元に添えた両手をおずおずと膝に戻す。
「…いいの?」
「後ろの三人ならやべえけど、アンタは聴覚だけじゃ何も出来ねえ」
「なんって無礼な弥鱈君なんだ。礼節を弁えた弥鱈君を返せ」
「元々いねえわ」
俺は信号が青になったのを確認して、アクセルを踏み込む。バックミラー越しに後部座席の貘様、ラロ様、そしてお屋形様が素直に座っているのを確認して、車を加速させた。両陣営が指名した協力者は曲者揃いだが、兎に角この四人が一際ヤバいと判断した俺は、こいつらをいの一番に卍の中にぶち込むことに決めたのだ。そして、視覚と聴覚を奪ってから車に乗せてしまえば、俺が一人だけ助手席に乗せた事にも気付くまい。こうして俺は、秘密裏に伏龍と話す機会を得たのだった。
「なぁ〜。アンタ今何考えてんの?」
「今?難しい事聞くなぁ…」
彼女は車のサイドガラスに頭を預け、暫く沈黙する。俺はごちゃついた東京の街並みを走り抜けながら返答を待った。
「…きっと、百回人生があったら百回とも卍に入る羽目になってただろうな、って事、かなあ」
「そりゃアンタらしいな」
「そう?」
「おー。後悔とかしなさそう」
「してるよ。してるからこんな事考えちゃう訳よ。分かる?」
「結局ここに来るならそれはもう後悔じゃねえのよ」
「えー?そうかなあ」
「反省してねえだろ?」
「…してません」
「ならそれは後悔じゃねえ。嫌なだけだ」
「うお、金言」
そう言うと彼女は大きなため息を吐いた。
「嫌なだけかぁ…そうだねえ。卍戦嫌だなあ」
「なぁ…なのに何でアンタ、あんな事したんだよ」
「まず…死にたくないし、人も殺したくないんだよね。でも、このまま戻ったら立会人だから、どっちかは諦めなきゃいけない訳じゃん?」
「まぁ〜、粛清か立会人かだわな」
「ね?だから、お屋形様の記憶を取り戻したいの」
「繋がってねえよ」
「ばーか」
「アンタのがばーか」
「いい?この私が一年間育んできた友情だよ?もうそれはエクスカリバーみたいなもんなのよ」
「エクスカリバーのせいで訳わかんねえ」
「ほっといて」
むくれる伏龍はさておき、俺は納得する。確かに、お屋形様が伏龍を粛清したくないと思わせる事ができれば、彼女の言う‘死にたくない、殺したくない’の内‘死にたくない’はクリアできる。メリットのある話だ。しかし…
「その為に梟まで卍に招き入れてんじゃ、世話ねえな」
「否定できない」
「いいじゃねえか、今のお屋形様でも十分アンタを生かそうとするだろうぜ」
「それはさ、次の記憶喪失が起こらない前提だよね。お屋形様はね、私の粛清が決まったら絶対にこの一週間を忘れるよ。で、問題無く私を殺す」
引き締まった唇から彼女の本気を感じ、俺は茶化せなくなる。
「お屋形様が私の事を思い出してもう二度と忘れないようにすることが、私の唯一の勝利条件なんだよね。そうなって初めて、お屋形様は私の事を尊重した決断をしてくれる。死にたくないし殺したくないっていう我が儘にも付き合ってくれる。だから、今は詳しく言えないけど…梟さんまで含めて卍に入るのは、お屋形様にとって必要な事なんだ」
弥鱈立会人、物事には適度ってものがある。確かに先生の愛情深さと強かさは美徳だよ。だから、それはその環境に適した形で生き続ける。誰かが生かし続ける。大切に思う誰かが。
ふと、銅寺立会人の言葉を思い出す。彼女の愛情深さと強かさは、確かにこの賭郎の中で生き延びてきたのだろう。お屋形様をも揺り動かす程の力となって。
「俺さあ」
「ん?」
「アンタ、このままお屋形様と一緒に失踪するんだと思ってた」
「何でまた」
「そうすりゃ、リーダーを失って賭郎は瓦解するだろ?」
「ああ…実はそれね、一瞬考えた」
「やっぱ?」
「でもさ、弥鱈君賭郎好きでしょ?」
「…おー」
だからさ、と彼女は笑う。優しい奴なのだ。
「壊したくなかったんだよね。私は一抜けするけど。大嫌いだもん」
「そりゃどうも…で?アンタは‘大嫌いな賭郎’のボスの為にまた命を賭ける訳?」
「うん…要領悪いよね。自分でも分かってる」
「アンタらしくていいと思うぜ」
本心からそう言えば、しっかり伝わったようで彼女は照れ笑いする。
「わりーけど、卍戦が始まったら味方はしてやれねえぜ」
「分かってる。でも期待してるから」
「ばーか」
‘頑張れよ’とは態々言わない。何も言わずとも、勝負が始まれば必死で頑張ってくれるだろうから。ただ、どんな結末になったとしても、生きて帰ってくれればいい。そう願いながら、俺はヘッドフォンを返す。