エンゼルランプの腕の中
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「あ」
私は思わず声を上げる。ヴォジャと合流し、やっとの思いで和向奴書店までたどり着いたと思ったら、店の前でガクトさんが主婦のおばちゃんの世間話に聞き入っているではないか。
「おお晴乃さん!大変だぞ!」
私に気付いて駆け寄って来たガクトさんに「どうしたの?」と聞くと、彼は片手にエコバッグを持ったおばちゃんを紹介してくる。彼女は一見困ったような顔を作りつつも、話したくて仕方がないとばかりに目を輝かせている。何とも口の軽そうなおばちゃんであるが、情報ってのはこういうおばちゃんが収集し、尾鰭を付けてばら撒きまくるものなのだ。とりあえず聞くとする。
「何の話だったんですか?」
「和向奴書店なんだが…ここだけ異様に古いから気になったんだ。そうしたら…」
「そうなのよー!さっきこの子にも話したんだけどねーえ?ここって昔はほんっとに品揃えも良くって知る人ぞ知る名店って感じだったのよ?でもお孫さんの代になったら全っ然ダメ!ほんっと、前の店主は本の知識なんかも素晴らしくって、珍しい本もたーくさん置いてらしたのよー。あの頃は良かったわー。今なんかもう、客が売った本適当に店に出すだけで、楽しみも何もありゃしない!これならちょっと行ったところにあるブックオフの方がマシよねえ。でも…」
この後も長々と続いたが、おばちゃんの話を要約するとこうだ。和向奴書店は祖父から孫へ経営が渡った途端に傾いてしまい、やばい筋からお金を借りる事となる。すわ店が乗っ取られるとなったところで物好きな金持ちがそのままの形で店を続ける事を条件に買い取ってくれたらしい。
「なあ晴乃さん、ちょっと怪しいと思わないか?蜂名と貴女がこの店で何をしたいかは知らないが…」
「ううん…いや、何かあるとは思ってたから良いんですけど…」
ーーそう、それは正に本の注文用紙が受理されてしまった時から直器君が訝しんでいた事だった。
「晴乃君、注文書が受理されたんだけど」
「良かったじゃない」
直器君はこれ以上ない程に人を見下した顔で、「君が栄羽は死んだって言ったんでしょ」と嘲ったが、訳がわからん。
「夏目漱石だって太宰治だって、筆者の没後も読めるじゃない」
「それは出版社が発行してるからでしょ。はちの王子さまは個人出版」
「それ先に言ってよ」
「そうでなきゃ暗号に使う訳がないじゃない。察しが悪いんだから」
「カチンと来る言い方するなぁ、もう」
とはいえ、こんな重要そうな話を前に喧嘩するのも馬鹿らしい。私は仕方がなく彼の暴言を水に流し、「賭郎は絡んでない筈。だって、本の事が分かってたら大幹部はあそこまで狼狽えなかったと思うから」と話を進める。
「君のような協力者が他にいた可能性は?」
「無い…かな。お屋形様の側には必ずお屋形様付きが居たからね。貴方が私室にいる時も必ず居たよ」
「お屋形様付きに知られずに交友を広げる事は不可能…か」
「貴方が、作るぞ!っていう熱い気持ちを持ってなきゃ無理かな」
「持ってそうだったかい?」
「いや、私で満足してたよ」
「だろうね」
「照れる」
「しかし、そうなるとこれは何だ…?」
賭郎以外の誰かが、お屋形様付き達にも言わなかった栄羽さんとの秘密を知っている。
「なんか、ムカつくよね」
私は真剣に考えるその横顔に、そう言葉を掛けた。直器君ははっと私を見て、ちょっと笑う。
「うん、ムカつく」
「栄羽さんとの秘密の約束なのにね」
「お仕置きが必要だ」
「協力するぜ」
「ありがとう」
直器君はにっと笑って「虎穴に入らずんば虎児を得ず、だ。少なくともこの本の先にいる相手は僕の記憶について何らかを知っている」と結論付けた。
ーーという訳で、何かあるのは知っていた。それが確信に変わったからとて、狼狽えるようなことでは無い。
「はあ」
私はため息をつく。最近こればっかりだ。
「行きましょ。直器君がその金持ちぶん殴る前に止めなきゃ」
私は歩き出す。半歩後ろにガクトさんとヴォジャがついて来ている。
和向奴書店は、趣のある本屋さんだった。入口まで高く積まれた本達と、古本特有の黴の匂い。嫌いじゃない雰囲気の奥の方に、全てをぶち壊す殺気が漏れている。
「蜂名、どうしたんだ!」
気付いたガクトさんが直器君の背中に駆け寄って行くのを、美しい隻眼が名残惜しそうに見つめている。
ーーもっと、お話ししたかったのに。
見送るその目はそう語る。ああそうか。そうか。
「貘様…貴方…」
「やあ、晴乃チャン」
目を合わせた彼の軽薄な笑顔。だが、裏に覆い隠した悲しみの大きさに泣きそうになる。邪魔してごめんって言いそうになる喉を、右手で抑える。
貘様も、この人と友達だったなんて。
「晴乃君、知り合いかい?」
「ええ…賭郎会員、斑目貘様でございます。お屋形様」
「ふうん…。成る程、君はここへ一人で?僕はついさっきまで君が一人だったとしたらそれが君の災いと思ってたけど、どうやら僕が一人でなかった事が僕の災いだったようだ。言ってる意味分かるかな?」
「ははっ!四人がかりで何言ってるの?こっちは一人!困るなぁー」
「いいだろう…三人とも、下がるんだ。斑目貘…まどろっこしい話はしたくない。僕は君の名前を先日ある人物から聞いた…彼が言っている事が本当かどうか分からないが…ややこしい事は抜きにして、どうだろう。ここにその人物を交え、三人で話してみるというのは。彼の話では君とも多少の因縁があるそうじゃないか」
直器君がヴォジャの携帯で電話を掛け始める。という事は…相手はアイデアルのボス。どういうつもりで、何を狙っているの?私は直器君の背中を見守る事しか出来ない。
「よく聞いて?これは一度っきりの機会だ」
繋がった電話の向こうに、直器君が語りかける。
「今僕は斑目貘と居る。今から言う場所に君一人で、その携帯を持ったまま丸腰で来て欲しい…10分以内に。…君がそう思う事を誰も否定しないだろう。それが正常な判断だ。これほど目に見えた罠はない…ただ、それはこれが罠だった時の話だ。そしてこれは罠ではない。斑目貘と君を交え話がしたい…身の安全は保証する。お互い偶然携帯の電源を入れた状態だったからこそ今話が出来ている。更に君が時間通りに指定の場所に来れる状況下にいるとしたら、これは奇跡に近い…だが、ここで君が正常な決断を下すとするならば、会う事を諦める。そして二度と君と交わる事は無いと思っていい。携帯を処分して君とのホットラインは途切れる事になり、ダイヤの件も…諦めてもらう。…10分で君の声色で喋る人物を見つけ、その携帯を持たせる事が可能ならやむを得ないよ。もう一度言う。これは一度きりのチャンス…二度は訪れない…場所はメールで伝える。じゃあ、楽しみにしているよ」
私は思わず声を上げる。ヴォジャと合流し、やっとの思いで和向奴書店までたどり着いたと思ったら、店の前でガクトさんが主婦のおばちゃんの世間話に聞き入っているではないか。
「おお晴乃さん!大変だぞ!」
私に気付いて駆け寄って来たガクトさんに「どうしたの?」と聞くと、彼は片手にエコバッグを持ったおばちゃんを紹介してくる。彼女は一見困ったような顔を作りつつも、話したくて仕方がないとばかりに目を輝かせている。何とも口の軽そうなおばちゃんであるが、情報ってのはこういうおばちゃんが収集し、尾鰭を付けてばら撒きまくるものなのだ。とりあえず聞くとする。
「何の話だったんですか?」
「和向奴書店なんだが…ここだけ異様に古いから気になったんだ。そうしたら…」
「そうなのよー!さっきこの子にも話したんだけどねーえ?ここって昔はほんっとに品揃えも良くって知る人ぞ知る名店って感じだったのよ?でもお孫さんの代になったら全っ然ダメ!ほんっと、前の店主は本の知識なんかも素晴らしくって、珍しい本もたーくさん置いてらしたのよー。あの頃は良かったわー。今なんかもう、客が売った本適当に店に出すだけで、楽しみも何もありゃしない!これならちょっと行ったところにあるブックオフの方がマシよねえ。でも…」
この後も長々と続いたが、おばちゃんの話を要約するとこうだ。和向奴書店は祖父から孫へ経営が渡った途端に傾いてしまい、やばい筋からお金を借りる事となる。すわ店が乗っ取られるとなったところで物好きな金持ちがそのままの形で店を続ける事を条件に買い取ってくれたらしい。
「なあ晴乃さん、ちょっと怪しいと思わないか?蜂名と貴女がこの店で何をしたいかは知らないが…」
「ううん…いや、何かあるとは思ってたから良いんですけど…」
ーーそう、それは正に本の注文用紙が受理されてしまった時から直器君が訝しんでいた事だった。
「晴乃君、注文書が受理されたんだけど」
「良かったじゃない」
直器君はこれ以上ない程に人を見下した顔で、「君が栄羽は死んだって言ったんでしょ」と嘲ったが、訳がわからん。
「夏目漱石だって太宰治だって、筆者の没後も読めるじゃない」
「それは出版社が発行してるからでしょ。はちの王子さまは個人出版」
「それ先に言ってよ」
「そうでなきゃ暗号に使う訳がないじゃない。察しが悪いんだから」
「カチンと来る言い方するなぁ、もう」
とはいえ、こんな重要そうな話を前に喧嘩するのも馬鹿らしい。私は仕方がなく彼の暴言を水に流し、「賭郎は絡んでない筈。だって、本の事が分かってたら大幹部はあそこまで狼狽えなかったと思うから」と話を進める。
「君のような協力者が他にいた可能性は?」
「無い…かな。お屋形様の側には必ずお屋形様付きが居たからね。貴方が私室にいる時も必ず居たよ」
「お屋形様付きに知られずに交友を広げる事は不可能…か」
「貴方が、作るぞ!っていう熱い気持ちを持ってなきゃ無理かな」
「持ってそうだったかい?」
「いや、私で満足してたよ」
「だろうね」
「照れる」
「しかし、そうなるとこれは何だ…?」
賭郎以外の誰かが、お屋形様付き達にも言わなかった栄羽さんとの秘密を知っている。
「なんか、ムカつくよね」
私は真剣に考えるその横顔に、そう言葉を掛けた。直器君ははっと私を見て、ちょっと笑う。
「うん、ムカつく」
「栄羽さんとの秘密の約束なのにね」
「お仕置きが必要だ」
「協力するぜ」
「ありがとう」
直器君はにっと笑って「虎穴に入らずんば虎児を得ず、だ。少なくともこの本の先にいる相手は僕の記憶について何らかを知っている」と結論付けた。
ーーという訳で、何かあるのは知っていた。それが確信に変わったからとて、狼狽えるようなことでは無い。
「はあ」
私はため息をつく。最近こればっかりだ。
「行きましょ。直器君がその金持ちぶん殴る前に止めなきゃ」
私は歩き出す。半歩後ろにガクトさんとヴォジャがついて来ている。
和向奴書店は、趣のある本屋さんだった。入口まで高く積まれた本達と、古本特有の黴の匂い。嫌いじゃない雰囲気の奥の方に、全てをぶち壊す殺気が漏れている。
「蜂名、どうしたんだ!」
気付いたガクトさんが直器君の背中に駆け寄って行くのを、美しい隻眼が名残惜しそうに見つめている。
ーーもっと、お話ししたかったのに。
見送るその目はそう語る。ああそうか。そうか。
「貘様…貴方…」
「やあ、晴乃チャン」
目を合わせた彼の軽薄な笑顔。だが、裏に覆い隠した悲しみの大きさに泣きそうになる。邪魔してごめんって言いそうになる喉を、右手で抑える。
貘様も、この人と友達だったなんて。
「晴乃君、知り合いかい?」
「ええ…賭郎会員、斑目貘様でございます。お屋形様」
「ふうん…。成る程、君はここへ一人で?僕はついさっきまで君が一人だったとしたらそれが君の災いと思ってたけど、どうやら僕が一人でなかった事が僕の災いだったようだ。言ってる意味分かるかな?」
「ははっ!四人がかりで何言ってるの?こっちは一人!困るなぁー」
「いいだろう…三人とも、下がるんだ。斑目貘…まどろっこしい話はしたくない。僕は君の名前を先日ある人物から聞いた…彼が言っている事が本当かどうか分からないが…ややこしい事は抜きにして、どうだろう。ここにその人物を交え、三人で話してみるというのは。彼の話では君とも多少の因縁があるそうじゃないか」
直器君がヴォジャの携帯で電話を掛け始める。という事は…相手はアイデアルのボス。どういうつもりで、何を狙っているの?私は直器君の背中を見守る事しか出来ない。
「よく聞いて?これは一度っきりの機会だ」
繋がった電話の向こうに、直器君が語りかける。
「今僕は斑目貘と居る。今から言う場所に君一人で、その携帯を持ったまま丸腰で来て欲しい…10分以内に。…君がそう思う事を誰も否定しないだろう。それが正常な判断だ。これほど目に見えた罠はない…ただ、それはこれが罠だった時の話だ。そしてこれは罠ではない。斑目貘と君を交え話がしたい…身の安全は保証する。お互い偶然携帯の電源を入れた状態だったからこそ今話が出来ている。更に君が時間通りに指定の場所に来れる状況下にいるとしたら、これは奇跡に近い…だが、ここで君が正常な決断を下すとするならば、会う事を諦める。そして二度と君と交わる事は無いと思っていい。携帯を処分して君とのホットラインは途切れる事になり、ダイヤの件も…諦めてもらう。…10分で君の声色で喋る人物を見つけ、その携帯を持たせる事が可能ならやむを得ないよ。もう一度言う。これは一度きりのチャンス…二度は訪れない…場所はメールで伝える。じゃあ、楽しみにしているよ」