エンゼルランプの腕の中
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結局ヴォジャの服は買い替えた。上背のある彼女がセーラー服のままでは、どうしても目に付きやすいからだ。ヴォジャが目立てば、自ずと私も注目を浴びてしまう。立会人さんに先に発見されるのは避けたい。
「はあ」
しかし、大好きな立会人さん達と敵対してしまう日が来るなんて。ついため息が出る。もわ、と吐いた息が白くなるのを見て冬を感じた。街のイルミネーションは昼間でもそれなりに情緒を感じさせる。私はしばらくの間、白くなる吐息と街路樹に巻き付けられた電球を楽しんだ。
「よお、チビ」
懐かしい声に呼び止められ、私は視線を少しだけ落とす。
「門倉さん…そっか。復帰なさったんですね。南方さんもお久しぶりです」
「丁度お前と入れ替わりじゃ。人様の復帰にとんでもないスキャンダル被せよって」
「あはは。それはすみません」
立ち止まった私の両脇を挟むように、二人が並ぶ。脚力では敵うはずもない事は分かっているので、私は構わず歩き続けることに決める。
「女史、お屋形様はどちらだい?」
「別行動ですよう。二人で捕まっちゃ元も子もないんで」
「そうか。なら、君を捕まえてから聞き出すしかないのかな」
「やってみろってんですよ」
私は両手を振り上げる。当然二人はその手を直ぐに掴み…
「うおっ?!」
「ぐっ!」
袖口に仕込んであった催涙スプレーを起動させた。そう、手首を握られると自動的に袖口からスプレーが発射される優れ物を、お屋形様が昨日作ってくれたのだ。
運の良いことに、門倉さんの方にクリティカルヒットだったようだ。彼はうめき声をあげながら手を離し、両目を抑える。その分をカバーしようと南方さんが目をしばつかせながら私を抱えようとする。だが、後ろで私を見張っていたヴォジャがそれを許さない。
「ギャハハ!」
後方から駆け寄ってきたヴォジャが、私の手首ごと南方さんの手を跳ね除ける。思わず「痛った!」と声が出るが、まあ、私含め誰も気にしない。南方さんはヴォジャに向き直り、私はとにかく前へ走る。潤んだ視界で門倉さんが追ってくるが、ヴォジャに南方さんをぶつけられてバランスを崩した。周りにギャラリーができ始める中、何とか人々の間をくぐり抜けて走る。
不意に悪戯心が湧き、私は振り向いて「男と浮気する方が悪いのよばーか!」と叫んでみた。結果的に凄い勢いでギャラリーが増えたが、まあ、ざまあみやがれである。私はあんたらに喧嘩を売られた事、まだ根に持っているのだ。
「泣くなら浮気しなければいいのに」とか「どっちが元彼かなあ」とか野次馬が好き勝手言う中ーー「あの子超筋肉フェチじゃん」とかも聞こえた。放っとけ!ーー私は走る。
3ブロック程離れたところで歩を緩めて振り返ると、さっきよりも野次馬が減って見えた。決着が着いたのか?私は見えるはずがないと分かっていながらも爪先で立ち、三人を確認しようと頑張ってみる。当然、見えない。さてどうしたものか。ヴォジャを待つか、そのまま行くか。
…行くか。
私はヴォジャが追いつけるよう、多少ペースを落としてまた歩き出す。隠れる事にあまり意味はないだろう。どうせ戦略ではあちらには敵わない。利があるのはあくまで会敵後の化かし合いだ。堂々いこうじゃないか。
「はあ」
もわ、と、また白い煙が出る。とは言え、できればもう立会人さんには会わずに済ませたいところだ。こんな寒空の下で何人も戦いたくはない。そもそも、戦って退けたところで、一時的に敵が減るに過ぎない。本当ならばさっきの段階で亜面さんも門倉さんも南方さんも殺さなければいけなかったのだろう。生かして帰した以上、一時間後には三人とも戦線に復帰するに決まっている。殺したくない、戻りたくない。子供みたいなわがままが、どんどん自分の首を絞めていく。全部は無理だ。ならば、優先順位をつけなければ。
賭郎を出る事と、お屋形様の記憶を取り戻す事。大きな望みはこの二つ。ただし、前者を叶える為には後者を叶える必要がある。何故なら、私にとっての唯一の問題は、‘私の軟禁が解かれた事を証明するものが一つもない’という事だからだ。別に、賭郎とすっぱり縁を切って金輪際関わらないようにしたいとは微塵も思っていない。賭郎は嫌いだが、そこにいる人達は大好きだ。また会いたいと願う相手は、最早弥鱈君だけではない。つまり、私にとっての最良は‘お屋形様のワイルドカードのみ続投し、肩書きは一般人’である。本当はあと一息でここまで漕ぎ着けられる筈だったのだ。それを…お屋形様め、栄羽立会人の没前まで記憶を吹っ飛ばすなんてやってくれるじゃないか。一般人扱いになった後でゆっくりお屋形様の記憶探しをするつもりがこんな事になって…賭郎みんな泣きたい気持ちだろうが、一番泣きたいのは絶対に私である。
そう、問題は‘賭郎を出てからお屋形様の記憶’の順番を逆にせざるを得なくなった事だ。輪を掛けて悪い事に、考え無しに飛び出てしまったせいで、戻ったら立会人入りである。つまり、正式に賭郎の一員となり、一般人に戻る目は無くなる。もっと言えば、お屋形様の部下にがっちり組み込まれる以上、今までのような付き合いは出来なくなり、友達として彼の記憶喪失の為に奔走もできなくなるだろう。
自分が人を殺すようになる事もお屋形様の記憶も諦めて立会人として命を繋ぐか、命を捨てる覚悟でお屋形様の記憶を取り戻すか。結局はこの二択。誰も譲歩なんてしてくれない以上、優先順位なんてなかったのだ。オールオアナッシング。そうなれば、答えなんて一つじゃないか。全部欲しいに決まってる。自分の命が賭けのテーブルに乗るのなんて慣れっこだ。
「はあ」
しかし、大好きな立会人さん達と敵対してしまう日が来るなんて。ついため息が出る。もわ、と吐いた息が白くなるのを見て冬を感じた。街のイルミネーションは昼間でもそれなりに情緒を感じさせる。私はしばらくの間、白くなる吐息と街路樹に巻き付けられた電球を楽しんだ。
「よお、チビ」
懐かしい声に呼び止められ、私は視線を少しだけ落とす。
「門倉さん…そっか。復帰なさったんですね。南方さんもお久しぶりです」
「丁度お前と入れ替わりじゃ。人様の復帰にとんでもないスキャンダル被せよって」
「あはは。それはすみません」
立ち止まった私の両脇を挟むように、二人が並ぶ。脚力では敵うはずもない事は分かっているので、私は構わず歩き続けることに決める。
「女史、お屋形様はどちらだい?」
「別行動ですよう。二人で捕まっちゃ元も子もないんで」
「そうか。なら、君を捕まえてから聞き出すしかないのかな」
「やってみろってんですよ」
私は両手を振り上げる。当然二人はその手を直ぐに掴み…
「うおっ?!」
「ぐっ!」
袖口に仕込んであった催涙スプレーを起動させた。そう、手首を握られると自動的に袖口からスプレーが発射される優れ物を、お屋形様が昨日作ってくれたのだ。
運の良いことに、門倉さんの方にクリティカルヒットだったようだ。彼はうめき声をあげながら手を離し、両目を抑える。その分をカバーしようと南方さんが目をしばつかせながら私を抱えようとする。だが、後ろで私を見張っていたヴォジャがそれを許さない。
「ギャハハ!」
後方から駆け寄ってきたヴォジャが、私の手首ごと南方さんの手を跳ね除ける。思わず「痛った!」と声が出るが、まあ、私含め誰も気にしない。南方さんはヴォジャに向き直り、私はとにかく前へ走る。潤んだ視界で門倉さんが追ってくるが、ヴォジャに南方さんをぶつけられてバランスを崩した。周りにギャラリーができ始める中、何とか人々の間をくぐり抜けて走る。
不意に悪戯心が湧き、私は振り向いて「男と浮気する方が悪いのよばーか!」と叫んでみた。結果的に凄い勢いでギャラリーが増えたが、まあ、ざまあみやがれである。私はあんたらに喧嘩を売られた事、まだ根に持っているのだ。
「泣くなら浮気しなければいいのに」とか「どっちが元彼かなあ」とか野次馬が好き勝手言う中ーー「あの子超筋肉フェチじゃん」とかも聞こえた。放っとけ!ーー私は走る。
3ブロック程離れたところで歩を緩めて振り返ると、さっきよりも野次馬が減って見えた。決着が着いたのか?私は見えるはずがないと分かっていながらも爪先で立ち、三人を確認しようと頑張ってみる。当然、見えない。さてどうしたものか。ヴォジャを待つか、そのまま行くか。
…行くか。
私はヴォジャが追いつけるよう、多少ペースを落としてまた歩き出す。隠れる事にあまり意味はないだろう。どうせ戦略ではあちらには敵わない。利があるのはあくまで会敵後の化かし合いだ。堂々いこうじゃないか。
「はあ」
もわ、と、また白い煙が出る。とは言え、できればもう立会人さんには会わずに済ませたいところだ。こんな寒空の下で何人も戦いたくはない。そもそも、戦って退けたところで、一時的に敵が減るに過ぎない。本当ならばさっきの段階で亜面さんも門倉さんも南方さんも殺さなければいけなかったのだろう。生かして帰した以上、一時間後には三人とも戦線に復帰するに決まっている。殺したくない、戻りたくない。子供みたいなわがままが、どんどん自分の首を絞めていく。全部は無理だ。ならば、優先順位をつけなければ。
賭郎を出る事と、お屋形様の記憶を取り戻す事。大きな望みはこの二つ。ただし、前者を叶える為には後者を叶える必要がある。何故なら、私にとっての唯一の問題は、‘私の軟禁が解かれた事を証明するものが一つもない’という事だからだ。別に、賭郎とすっぱり縁を切って金輪際関わらないようにしたいとは微塵も思っていない。賭郎は嫌いだが、そこにいる人達は大好きだ。また会いたいと願う相手は、最早弥鱈君だけではない。つまり、私にとっての最良は‘お屋形様のワイルドカードのみ続投し、肩書きは一般人’である。本当はあと一息でここまで漕ぎ着けられる筈だったのだ。それを…お屋形様め、栄羽立会人の没前まで記憶を吹っ飛ばすなんてやってくれるじゃないか。一般人扱いになった後でゆっくりお屋形様の記憶探しをするつもりがこんな事になって…賭郎みんな泣きたい気持ちだろうが、一番泣きたいのは絶対に私である。
そう、問題は‘賭郎を出てからお屋形様の記憶’の順番を逆にせざるを得なくなった事だ。輪を掛けて悪い事に、考え無しに飛び出てしまったせいで、戻ったら立会人入りである。つまり、正式に賭郎の一員となり、一般人に戻る目は無くなる。もっと言えば、お屋形様の部下にがっちり組み込まれる以上、今までのような付き合いは出来なくなり、友達として彼の記憶喪失の為に奔走もできなくなるだろう。
自分が人を殺すようになる事もお屋形様の記憶も諦めて立会人として命を繋ぐか、命を捨てる覚悟でお屋形様の記憶を取り戻すか。結局はこの二択。誰も譲歩なんてしてくれない以上、優先順位なんてなかったのだ。オールオアナッシング。そうなれば、答えなんて一つじゃないか。全部欲しいに決まってる。自分の命が賭けのテーブルに乗るのなんて慣れっこだ。