エンゼルランプの腕の中
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「これ食べたら服買いに行こっか」と提案してみるも、ヴォジャは渋い顔。私は「だって、そのセーラー服のままじゃ目立つよ?」と重ねて声を掛けた。
「そんな事より、それは何?」
「ジャパニーズパンケーキだよう」
「朝から?」
彼女はナイフで私の皿を指し、顔を顰める。失礼な奴め。このやたら空気を含んだ分厚いパンケーキのロマンが分からないなんて。
「一切れあげようか?美味しいよ?」
「朝からおやつはいらないわ。第一、貴女のボスが‘立会人が仕掛けてくるのは今日だ’と断言していたのに、そんな栄養にならなさそうなメニューで…」
「大丈夫大丈夫。私は体動かさないから、糖分だけ取れれば」
「それにしても、酷い」
私はパンケーキの上に鎮座している生クリームのタワーの中心を狙い、メープルソースを垂らす。狙い通り下にあるパンケーキ目掛けていくつもの筋を作るそれに満足感を覚えつつ、直器君達はどうしているかしらとふと考えた。私達は昨日最上さんと会ってしまったので、警戒の為ホテルに泊まり、朝一で二手に分かれ、栄羽さんとコンタクトを取る為和向奴書店を目指す事にしたのだ。ガクトさんは突然家に帰れなくなってしまった事に大層ショックを受けていたが、仕方がない。日常とはかくも簡単に失われてしまうものなのだ。裏社会は理不尽なものだから、そこに嘴を突っ込むなら少なからず理不尽と付き合っていかなければならない。ガクトさんは、何かを差し出す覚悟が足りなかった。世の中はアンパンマン方式で回っていない。正義でも悪でも、勝った方が勝ちなのだ。だから、ガクトさんは、勝ちたければ直器君を味方にし続けるしかない。その結果賭郎を軽く敵に回すことになってしまったが、それは勝利の為に必要な犠牲なのだ。
さて、私はパンケーキを一口分切り取り、生クリームのタワーを潜らせる。贅沢に白いドレスを纏ったパンケーキを口に入れると、軽やかな甘さが広がった。
「追手は、何が来る?」
「多分、大幹部」
具体的には、夜行掃除人か棟耶さんのどちらかだ。私はともかく、お屋形様を立会人に会わせたくはない筈だ。記憶喪失なのだから。
「強い?」
「引くほど強い。…あ、カラカルさん!夜行掃除人がカラカルさんと引き分けてるよ」
ヴォジャは分かりやすく顰めっ面になる。
「相当ね」
「相当なのよ」
「私の服はこのままでいいわ。潜伏を優先しましょう」
「えー」
「行きたかったの?」
「そりゃあね」
久々の下界にも関わらず、いつも横に直器君がいた為、あまり服は見れなかったのだ。折角だからヴォジャの服を口実にと思っていたが、仕方がない。立会人さん達と遭遇するリスクには代え難い。私は軽くため息を吐いて、パンケーキを食べ進める。美味しい。こういう外食でしか堪能できない味は本当に嬉しいものだ。
美味しい美味しいと食べ進めると、ヴォジャも向かいの席で何かを観念した様で、目の前にあるソーセージマフィンに手を出す。
「美味しい?」
「…まあまあね」
「良かった」
彼女が食べる姿を少しの間眺め、自分も食事を再開する。生クリームのタワーを上から少しずつ削っていく静かな時間を、静かな殺気が妨害する。
「…ヴォジャ?」
殺気の発信源はヴォジャ。私は彼女の視線を辿り、こちらを睨みながら自動ドアをくぐる亜面さんを見つける。私はナイフを強く握るヴォジャの手に自分の手を乗せ、もう片方の手を亜面さんに向かって挙げた。勿論、亜面さんが気を緩める事はない。ヴォジャもだ。お互いがお互いを警戒し合いながら、亜面さんは歩を進め、ヴォジャは待ち受ける。
「亜面さん、お掛けになって下さいな」
私はテーブルのすぐそばまで来た彼女に、そう笑いかける。「そうさせて貰います」と答える彼女の声はまだ固いが、私は気にせず店員さんに水をお願いした。
「晴乃さん、戻って来て下さい」
「勘弁して下さいよ。粛清されに帰るようなもんじゃないですか」
「ああ…弥鱈立会人の予想通りですね」
「弥鱈君?」
髪を撫で付ける亜面さんに、「今私ってどういう扱いになってるんですか?」と聞いてみる。彼女は自分の袖口を弄りながら少し迷って、口を開く。
「幹部には、晴乃さんがお屋形様を連れて失踪したと告げられていますが… 伏龍会には、晴乃さんがお屋形様の記憶喪失の対処の為に大幹部の静止を振り切り飛び出したと、真実が伝えられています。晴乃さん、大幹部の皆さんは晴乃さんが立会人にお屋形様を捜索させる為に裏切った振りをしていると勘違いしています。今なら戻れるんです。戻って下さい」
なんと、好意的に解釈して頂いていたらしい。驚きである。しかも、亜面さんが私が素で裏切っていると理解してくれているという事は、上手く弥鱈君が根回ししてくれたという事だろう。全てが有難い方向に動いているという事か。だが…それでいいのか?私は考える。直器君とガクトさんの事を放っておいて、そのまま戻るのか?何より、私は賭郎に戻りたいのか?
「…でも、人質が脱走して戻ってきたところでですよ?皆‘おかえり!待ってたよ!’ってなります?」
「なりませんね。最終的にはお屋形様がお決めになる事ですが、大幹部の皆さんは、晴乃さんが立会人として正式に賭郎入りする事で手打ちにしたい考えでした」
「うへえ」
「人質?」
「あ、そうだった。ごめんヴォジャ」
私はヴォジャが置いてきぼりを食らっている事を思い出して、ずっと握っていた手を離す。彼女も手に持っていたナイフを離し、敵意はない事を亜面さんに態度で示す。
「今更だけど、こちら立会人の亜面さん。で、こっちが元アイデアル協力者のヴォジャです。どっちも私の友達ですので、お手柔らかに」
二人は全く友好的ではない感じで頭を下げ合う。丁度そのタイミングで、店員さんが水を運んできてくれた。その隙を縫い、亜面さんがポケットに手を差し入れる。
「先生の前で悪さはさせませんよ、亜面さん」
彼女は面白いくらいに動揺するので、私は面白くなって「手は机」と更に指示を出す。「相変わらずですね」と、彼女は憎々しげに呻き、指示通り机に手を乗せた。
「そんな事より、それは何?」
「ジャパニーズパンケーキだよう」
「朝から?」
彼女はナイフで私の皿を指し、顔を顰める。失礼な奴め。このやたら空気を含んだ分厚いパンケーキのロマンが分からないなんて。
「一切れあげようか?美味しいよ?」
「朝からおやつはいらないわ。第一、貴女のボスが‘立会人が仕掛けてくるのは今日だ’と断言していたのに、そんな栄養にならなさそうなメニューで…」
「大丈夫大丈夫。私は体動かさないから、糖分だけ取れれば」
「それにしても、酷い」
私はパンケーキの上に鎮座している生クリームのタワーの中心を狙い、メープルソースを垂らす。狙い通り下にあるパンケーキ目掛けていくつもの筋を作るそれに満足感を覚えつつ、直器君達はどうしているかしらとふと考えた。私達は昨日最上さんと会ってしまったので、警戒の為ホテルに泊まり、朝一で二手に分かれ、栄羽さんとコンタクトを取る為和向奴書店を目指す事にしたのだ。ガクトさんは突然家に帰れなくなってしまった事に大層ショックを受けていたが、仕方がない。日常とはかくも簡単に失われてしまうものなのだ。裏社会は理不尽なものだから、そこに嘴を突っ込むなら少なからず理不尽と付き合っていかなければならない。ガクトさんは、何かを差し出す覚悟が足りなかった。世の中はアンパンマン方式で回っていない。正義でも悪でも、勝った方が勝ちなのだ。だから、ガクトさんは、勝ちたければ直器君を味方にし続けるしかない。その結果賭郎を軽く敵に回すことになってしまったが、それは勝利の為に必要な犠牲なのだ。
さて、私はパンケーキを一口分切り取り、生クリームのタワーを潜らせる。贅沢に白いドレスを纏ったパンケーキを口に入れると、軽やかな甘さが広がった。
「追手は、何が来る?」
「多分、大幹部」
具体的には、夜行掃除人か棟耶さんのどちらかだ。私はともかく、お屋形様を立会人に会わせたくはない筈だ。記憶喪失なのだから。
「強い?」
「引くほど強い。…あ、カラカルさん!夜行掃除人がカラカルさんと引き分けてるよ」
ヴォジャは分かりやすく顰めっ面になる。
「相当ね」
「相当なのよ」
「私の服はこのままでいいわ。潜伏を優先しましょう」
「えー」
「行きたかったの?」
「そりゃあね」
久々の下界にも関わらず、いつも横に直器君がいた為、あまり服は見れなかったのだ。折角だからヴォジャの服を口実にと思っていたが、仕方がない。立会人さん達と遭遇するリスクには代え難い。私は軽くため息を吐いて、パンケーキを食べ進める。美味しい。こういう外食でしか堪能できない味は本当に嬉しいものだ。
美味しい美味しいと食べ進めると、ヴォジャも向かいの席で何かを観念した様で、目の前にあるソーセージマフィンに手を出す。
「美味しい?」
「…まあまあね」
「良かった」
彼女が食べる姿を少しの間眺め、自分も食事を再開する。生クリームのタワーを上から少しずつ削っていく静かな時間を、静かな殺気が妨害する。
「…ヴォジャ?」
殺気の発信源はヴォジャ。私は彼女の視線を辿り、こちらを睨みながら自動ドアをくぐる亜面さんを見つける。私はナイフを強く握るヴォジャの手に自分の手を乗せ、もう片方の手を亜面さんに向かって挙げた。勿論、亜面さんが気を緩める事はない。ヴォジャもだ。お互いがお互いを警戒し合いながら、亜面さんは歩を進め、ヴォジャは待ち受ける。
「亜面さん、お掛けになって下さいな」
私はテーブルのすぐそばまで来た彼女に、そう笑いかける。「そうさせて貰います」と答える彼女の声はまだ固いが、私は気にせず店員さんに水をお願いした。
「晴乃さん、戻って来て下さい」
「勘弁して下さいよ。粛清されに帰るようなもんじゃないですか」
「ああ…弥鱈立会人の予想通りですね」
「弥鱈君?」
髪を撫で付ける亜面さんに、「今私ってどういう扱いになってるんですか?」と聞いてみる。彼女は自分の袖口を弄りながら少し迷って、口を開く。
「幹部には、晴乃さんがお屋形様を連れて失踪したと告げられていますが… 伏龍会には、晴乃さんがお屋形様の記憶喪失の対処の為に大幹部の静止を振り切り飛び出したと、真実が伝えられています。晴乃さん、大幹部の皆さんは晴乃さんが立会人にお屋形様を捜索させる為に裏切った振りをしていると勘違いしています。今なら戻れるんです。戻って下さい」
なんと、好意的に解釈して頂いていたらしい。驚きである。しかも、亜面さんが私が素で裏切っていると理解してくれているという事は、上手く弥鱈君が根回ししてくれたという事だろう。全てが有難い方向に動いているという事か。だが…それでいいのか?私は考える。直器君とガクトさんの事を放っておいて、そのまま戻るのか?何より、私は賭郎に戻りたいのか?
「…でも、人質が脱走して戻ってきたところでですよ?皆‘おかえり!待ってたよ!’ってなります?」
「なりませんね。最終的にはお屋形様がお決めになる事ですが、大幹部の皆さんは、晴乃さんが立会人として正式に賭郎入りする事で手打ちにしたい考えでした」
「うへえ」
「人質?」
「あ、そうだった。ごめんヴォジャ」
私はヴォジャが置いてきぼりを食らっている事を思い出して、ずっと握っていた手を離す。彼女も手に持っていたナイフを離し、敵意はない事を亜面さんに態度で示す。
「今更だけど、こちら立会人の亜面さん。で、こっちが元アイデアル協力者のヴォジャです。どっちも私の友達ですので、お手柔らかに」
二人は全く友好的ではない感じで頭を下げ合う。丁度そのタイミングで、店員さんが水を運んできてくれた。その隙を縫い、亜面さんがポケットに手を差し入れる。
「先生の前で悪さはさせませんよ、亜面さん」
彼女は面白いくらいに動揺するので、私は面白くなって「手は机」と更に指示を出す。「相変わらずですね」と、彼女は憎々しげに呻き、指示通り机に手を乗せた。