アセビよ、貴方の手を引いて
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船長室に置かれた無数のモニターには、それぞれ対応する防犯カメラの映像が映っている。私はその中の一つ、甲板の映像に映っては消える二人の姿をぼんやりと見ていた。
蜂名と晴乃。不思議な二人だった。一人の正体は分かっている。切間創一…賭郎お屋形様。もう一人は誰?あの美しい目の持ち主は。
全てのコンテナの確認を終わらせたのであろう晴乃が、蜂名の元へ駆け寄っていく。二人は何やら話し合っているが、この防犯カメラでは音声は捉えられない。しかし、今やどうでもいい話か。私はもう、この勝負を降りたのだ。完膚なきまでに負けてしまった。あの女の、蜂名に向けられた絶大な愛の前に、なすすべもなく。
あの女は蜂名を人殺しにしたくない、その一心で行動していた。それは蜂名の望みとは違ったけれど、それでも蜂名の為だった。蜂名と私は同じ。合理性のかけらもない理想主義者であるあの女が疎ましくてたまらない。うざったい。殺してしまいたい。
でも、できない。あの女の、あの真っ直ぐな愛を手放せないから。
画面の向こうでは、二人がどこかへ歩き出すのが見える。行き先はブリッジでは無いだろう。本来、勝負の成り行きはどうでもいい筈だ。あの女がいる以上大船の生存はマストだろうが、誰が兵器密輸の黒幕か分からない以上、素直にここにある兵器を押収するより、派手にニュースにでもして、慌てふためき行動を起こす黒幕を炙り出すのが吉。その為には、この船に何らかのトラブルを起こすーー例えば、沈めるとかーーべきであり、それはこの船が出航しようがしまいが出来る事。恐らく彼らは、バラスト水を全て抜きに行くのだろう。
でも、私にはもう関係のない話。
椅子に深く体を埋め、ゆっくりと息を吐く。この船と一緒に死ぬのも、また運命か。
ーーぱたぱたと軽い足音が駆けてくる。きっと黒服ね、とスルーし掛けて、いやこんな素人臭い足音な訳ないでしょうと慌てて体を起こす。
「あった船長室だ!」
上機嫌で飛び込んできた晴乃が、私を見つけてもっと笑顔になった。
「あっ、ヴォジャさん!ごめんね、寝てた?」
「…いえ」
「そっかなら良かった!無線お借りしたかったんだけど、私は弱いし直器君は怪我人だから、船員さんからむしり取る訳にはいかなくてさ。穏便に据え置き型を探しにきたんだ」
「…そう。そこにあるわ」
「ありがとうー!」
彼女は無線に駆け寄ると、「ええと」と人差し指をボタンの上で彷徨かせる。その間背中がガラ空きになっているのを、彼女は分かっているんだろうか。
「赤いボタンを押しながら喋るの」
「成る程!」
彼女は早速無線を起動した。そして、私を見ると、「しーっ」と人差し指を唇に当てた。無線のコール音が続く。
『…ヴォジャか。鼠は捉えたか?』
「ガクトさん聞いて!D3とJ3とF 7!残り一隻に届くかどうかはガクトさん次第だよ!頑張って!」
無線を置いて、大袈裟に汗を拭く仕草をする彼女に、「多分‘頑張って’は入らなかったわよ」と教えておく。ブリッジのカメラを見るに、父は咄嗟に無線を破壊したようだった。
「A1とJ1の事は、知らせないの?」
「うん、ホントはガクトさんには負けて貰った方が都合がいいんだけど、それも可哀想な話じゃない?最後の一つはヒントだけ!」
直器君の受け売りだけどね!と笑う彼女に、「貴女は何なの?」と問い掛ける。答えが得られても得られなくても、これきりにするつもりだった。
「私?私は…何だろうね。多分、ただの小鹿ちゃんなのよ。獣だらけの森で何とか生き延びてるだけの、ね。あはは」
「貴女が?」
とてもそうは思えない。そんな非難の声を彼女は笑って受け止めた。
「小鹿に生まれたからって、小鹿に育つ必要はない。そうでしょ?」
生まれてすぐ無用とされたからとて、無用に育つ必要はない。
「そうかもね」
私はまた目を瞑り、椅子に深く掛け直した。彼女は優しい目で私を見て、「じゃ、またね」と笑った。
ーー間もなくして、父は負けた。
蜂名と晴乃。不思議な二人だった。一人の正体は分かっている。切間創一…賭郎お屋形様。もう一人は誰?あの美しい目の持ち主は。
全てのコンテナの確認を終わらせたのであろう晴乃が、蜂名の元へ駆け寄っていく。二人は何やら話し合っているが、この防犯カメラでは音声は捉えられない。しかし、今やどうでもいい話か。私はもう、この勝負を降りたのだ。完膚なきまでに負けてしまった。あの女の、蜂名に向けられた絶大な愛の前に、なすすべもなく。
あの女は蜂名を人殺しにしたくない、その一心で行動していた。それは蜂名の望みとは違ったけれど、それでも蜂名の為だった。蜂名と私は同じ。合理性のかけらもない理想主義者であるあの女が疎ましくてたまらない。うざったい。殺してしまいたい。
でも、できない。あの女の、あの真っ直ぐな愛を手放せないから。
画面の向こうでは、二人がどこかへ歩き出すのが見える。行き先はブリッジでは無いだろう。本来、勝負の成り行きはどうでもいい筈だ。あの女がいる以上大船の生存はマストだろうが、誰が兵器密輸の黒幕か分からない以上、素直にここにある兵器を押収するより、派手にニュースにでもして、慌てふためき行動を起こす黒幕を炙り出すのが吉。その為には、この船に何らかのトラブルを起こすーー例えば、沈めるとかーーべきであり、それはこの船が出航しようがしまいが出来る事。恐らく彼らは、バラスト水を全て抜きに行くのだろう。
でも、私にはもう関係のない話。
椅子に深く体を埋め、ゆっくりと息を吐く。この船と一緒に死ぬのも、また運命か。
ーーぱたぱたと軽い足音が駆けてくる。きっと黒服ね、とスルーし掛けて、いやこんな素人臭い足音な訳ないでしょうと慌てて体を起こす。
「あった船長室だ!」
上機嫌で飛び込んできた晴乃が、私を見つけてもっと笑顔になった。
「あっ、ヴォジャさん!ごめんね、寝てた?」
「…いえ」
「そっかなら良かった!無線お借りしたかったんだけど、私は弱いし直器君は怪我人だから、船員さんからむしり取る訳にはいかなくてさ。穏便に据え置き型を探しにきたんだ」
「…そう。そこにあるわ」
「ありがとうー!」
彼女は無線に駆け寄ると、「ええと」と人差し指をボタンの上で彷徨かせる。その間背中がガラ空きになっているのを、彼女は分かっているんだろうか。
「赤いボタンを押しながら喋るの」
「成る程!」
彼女は早速無線を起動した。そして、私を見ると、「しーっ」と人差し指を唇に当てた。無線のコール音が続く。
『…ヴォジャか。鼠は捉えたか?』
「ガクトさん聞いて!D3とJ3とF 7!残り一隻に届くかどうかはガクトさん次第だよ!頑張って!」
無線を置いて、大袈裟に汗を拭く仕草をする彼女に、「多分‘頑張って’は入らなかったわよ」と教えておく。ブリッジのカメラを見るに、父は咄嗟に無線を破壊したようだった。
「A1とJ1の事は、知らせないの?」
「うん、ホントはガクトさんには負けて貰った方が都合がいいんだけど、それも可哀想な話じゃない?最後の一つはヒントだけ!」
直器君の受け売りだけどね!と笑う彼女に、「貴女は何なの?」と問い掛ける。答えが得られても得られなくても、これきりにするつもりだった。
「私?私は…何だろうね。多分、ただの小鹿ちゃんなのよ。獣だらけの森で何とか生き延びてるだけの、ね。あはは」
「貴女が?」
とてもそうは思えない。そんな非難の声を彼女は笑って受け止めた。
「小鹿に生まれたからって、小鹿に育つ必要はない。そうでしょ?」
生まれてすぐ無用とされたからとて、無用に育つ必要はない。
「そうかもね」
私はまた目を瞑り、椅子に深く掛け直した。彼女は優しい目で私を見て、「じゃ、またね」と笑った。
ーー間もなくして、父は負けた。