アセビよ、貴方の手を引いて
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『正義でも悪でもいい。自分で決めたい。賭郎は…いいえ、この裏社会という場所は、私にそれをさせてくれませんでした。だから嫌いです』
「…はあ」
夜行掃除人がこれ見よがしに大袈裟な溜息を吐くので、私は仕方がなく「どうした、夜行掃除人」と声を掛ける。そもそも彼は何故わざわざ参號立会人室でトランシーバーアプリのアーカイブを聴いているのだろうか。
「お屋形様の記憶を吹っ飛ばしたのは、間違いなくコイツの仕業だろうな」
「だろうな。だが…誰の事も責められまい。伏龍はトランシーバーが起動している事は知らなかったし、目蒲はお屋形様の記憶喪失を知らなかった」
「いや…責める気は無えさ。ただ、今までもこんなのがきっかけで吹っ飛んでたと思うと、な」
「…お屋形様の心の繊細さに気付けなかった、我々の罪だ」
伏龍の言葉は、確かに心にしまっておくべきものだったが、意外ではなかった。それは彼女の‘厳密には賭郎ではない’という頑なな姿や、彼女が行ってきた小さな待遇改善達から推し量ることができた。紅茶による切り替えに端を発し、外務卿と立会人の連携案、號奪戦を起こさない采配など、彼女の行いの一つ一つから、彼女がこの組織がもつ特有の冷たさに納得できていないことが察せられた。どでかい嫌いの沼の中にある、キラキラ光る好きとは、まさに彼女のここでの生活を端的に表した言葉だったのだろう。賭郎は嫌い、だが構成員は好き。何とも彼女らしいではないか。
「気付いてはいたが、実際に言葉にされると傷付く、って奴なんだろうがよ」
彼はがしがし後頭部を掻くと、またため息をついた。
「伏龍も伏龍だ…。もっと気を遣って賭郎自体好きになりやがれ」
「彼女には無理だろう」
「ったく、厄介な小娘だ」
「全く同意だな。だが…だからこそこの状況をひっくり返すことができた、とも言える」
「味方で良かったよなあ」
「辛うじてな」
「お屋形様の味方、賭郎の敵ってか?ああ、嫌になる。そりゃあお屋形様も記憶を吹っ飛ばしたくなるぞ」
「全くだ」
ーーお屋形様の記憶喪失について考える時、必ず思い出すのは部屋の壁一面に貼り付けられた大量のA5用紙と、目をまん丸に見開いた伏龍。
「ぐはあ!どうした晴乃!」
「いや…その、え?」
「すまないな、伏龍。私が声を掛けた」
「あ…そういう事でしたら…その、散らかってますが…どうぞ」
彼女は約束通り、一晩でお屋形様付き達がいつ、どこで、どんな時に記憶を無くし、その結果どうなったかをひたすら書き綴ったその用紙全てに目を通した。そしてそれらをカテゴライズして、壁に貼り付けて我々を待ち構えていた。
「すみません、先に謝っときます。徹夜してるので、お話中あくびは出るし話はとっ散らかる予感がしてますが…寝たら話す事忘れそうなので、このままやらせてください」
そういうと彼女は早速大きめのあくびを一つして、「お願いします」と一礼した。言い方の感じから、懇願ではなく単純に授業開始の合図が出ただけだろう。
「今から話す事は、全て素人の仮説。そう捉えて下さい。私も教育心理学、行動心理学は勉強しましたが、結局はかじった程度。ですが、推測を誰より近くでお屋形様を見ていた皆さんにお伝えする事に意味があると信じています」
彼女はそう言うと、「お屋形様の記憶喪失が起こる理由は、大きく分けて二つです」と指を二本立て、壁に寄っていく。
「一つは立会人に敵わないと感じた時。もう一つはその記憶が業務に差し支えると感じた時です。前者はここら辺、後者はここら辺に貼り付けたのですが…」
気の早い夜行掃除人が壁ににじり寄るので、伏龍は場所を譲る。その様子を見て、私達も文字が読める位置まで近付いた。
「おい」
「はい」
「どう見るんだこれ」
夜行掃除人は素直である。私も困っていたところだ。
「そうですね…それぞれ、例を挙げてみていきましょう。まず、立会人に敵わないと感じた時。これは古株さん全員が原因となった事例を持ってるのでご実感頂きやすいかと思いますが…これを例に取りましょう。夜行立会人が書いてくださった物です。お屋形様が18歳の時、羽田空港で、お屋形様を襲ってきたマフィアを夜行さんが退けた後に記憶喪失になりました。この結果お屋形様は出発前の混乱を忘れてイギリスに行けたとの事ですが…さて、何故混乱を忘れると良いんでしょう?」
「ぐはは!何故、と問われると難しいな!何かヒントはないのか?」
「そうですねえ…じゃあ、皆さんなら、夜行さんが何と戦ってたら忘れたくなります?」
「…熊かのう」
戦うと聞いて、ぱっと思いついてしまったであろう言葉を発した能輪立会人。笑ってやろうかと思ったが、意外にも伏龍はそれを「いいセン行ってますよ。どうして嫌ですか?」と肯定する。
「そりゃあ、のう。同僚が漫画みたいな事しとったら嫌じゃろうて」
「…そうか、ぐはは、俺なら妃古壱がゴジラと戦ってたら嫌いになるぞっ!」
「そうですよねえ。ゴジラと戦ってる夜行さんなんて見たら、誰でも‘凄い!’って思っちゃいますよね」
二人の言葉で私も気付く。立会人に敵わないと感じた時。そういう前提だったな。
「だが…高校時の創一でもマフィア程度対処出来たはずだ。何を負い目に感じることがある?」
「私だって日本語さえ通じれば対処は出来ますよ。でも、そういう問題じゃないんです。やっぱり夜行さんの戦い方って、かっこいいじゃないですか。皆さんがそう思うから、パーフェクト死神なんて呼ばれるんですもんね?」
お屋形様にも、伏龍にも、勿論我々にも出来る敵性勢力への対処。誰のが一番洗練されているか?と問えば…答えは一つか。私はひっそりと自分の書いた事例を探す。やはり、ある。その事実は私を誇らしくも悲しくもさせた。
「しかし… 晴乃さん、お屋形様は我々を使役するお立場…何を負い目を感じることがありましょう?」
妃古壱さんが困ったように顎を撫でながら、伏龍を見る。彼女もまた困ったように「私だったら、ですけど」と笑った。
「貴方達完璧超人の上司になるって想像するだけで胃に穴が開きそうです。夜行さんは平気ですか?」
「…仰る通り、ですね。ただでさえ完璧を求められるお屋形様というプレッシャーの中、付き人が自分にはとても出来ない鮮やかな手腕で刺客を倒す…使役する立場だから自分は出来なくて良いとは、とても割り切れないでしょう」
随分自画自賛するじゃあないか、とは言わない。うむ。ぎりぎり事実として聞き流すことが出来る。
「そう…そうなんですよ。完璧の傍らにいる立会人。じゃあ、完璧ってどこにあるの?そう、お屋形様です。少なくとも、解釈の一つではある筈です。立会人がやるから大丈夫なんて、私がお屋形様なら口が裂けても言えません。そうですよね?お屋形様は文字通り‘屋形’なんですもん」
「…はあ」
夜行掃除人がこれ見よがしに大袈裟な溜息を吐くので、私は仕方がなく「どうした、夜行掃除人」と声を掛ける。そもそも彼は何故わざわざ参號立会人室でトランシーバーアプリのアーカイブを聴いているのだろうか。
「お屋形様の記憶を吹っ飛ばしたのは、間違いなくコイツの仕業だろうな」
「だろうな。だが…誰の事も責められまい。伏龍はトランシーバーが起動している事は知らなかったし、目蒲はお屋形様の記憶喪失を知らなかった」
「いや…責める気は無えさ。ただ、今までもこんなのがきっかけで吹っ飛んでたと思うと、な」
「…お屋形様の心の繊細さに気付けなかった、我々の罪だ」
伏龍の言葉は、確かに心にしまっておくべきものだったが、意外ではなかった。それは彼女の‘厳密には賭郎ではない’という頑なな姿や、彼女が行ってきた小さな待遇改善達から推し量ることができた。紅茶による切り替えに端を発し、外務卿と立会人の連携案、號奪戦を起こさない采配など、彼女の行いの一つ一つから、彼女がこの組織がもつ特有の冷たさに納得できていないことが察せられた。どでかい嫌いの沼の中にある、キラキラ光る好きとは、まさに彼女のここでの生活を端的に表した言葉だったのだろう。賭郎は嫌い、だが構成員は好き。何とも彼女らしいではないか。
「気付いてはいたが、実際に言葉にされると傷付く、って奴なんだろうがよ」
彼はがしがし後頭部を掻くと、またため息をついた。
「伏龍も伏龍だ…。もっと気を遣って賭郎自体好きになりやがれ」
「彼女には無理だろう」
「ったく、厄介な小娘だ」
「全く同意だな。だが…だからこそこの状況をひっくり返すことができた、とも言える」
「味方で良かったよなあ」
「辛うじてな」
「お屋形様の味方、賭郎の敵ってか?ああ、嫌になる。そりゃあお屋形様も記憶を吹っ飛ばしたくなるぞ」
「全くだ」
ーーお屋形様の記憶喪失について考える時、必ず思い出すのは部屋の壁一面に貼り付けられた大量のA5用紙と、目をまん丸に見開いた伏龍。
「ぐはあ!どうした晴乃!」
「いや…その、え?」
「すまないな、伏龍。私が声を掛けた」
「あ…そういう事でしたら…その、散らかってますが…どうぞ」
彼女は約束通り、一晩でお屋形様付き達がいつ、どこで、どんな時に記憶を無くし、その結果どうなったかをひたすら書き綴ったその用紙全てに目を通した。そしてそれらをカテゴライズして、壁に貼り付けて我々を待ち構えていた。
「すみません、先に謝っときます。徹夜してるので、お話中あくびは出るし話はとっ散らかる予感がしてますが…寝たら話す事忘れそうなので、このままやらせてください」
そういうと彼女は早速大きめのあくびを一つして、「お願いします」と一礼した。言い方の感じから、懇願ではなく単純に授業開始の合図が出ただけだろう。
「今から話す事は、全て素人の仮説。そう捉えて下さい。私も教育心理学、行動心理学は勉強しましたが、結局はかじった程度。ですが、推測を誰より近くでお屋形様を見ていた皆さんにお伝えする事に意味があると信じています」
彼女はそう言うと、「お屋形様の記憶喪失が起こる理由は、大きく分けて二つです」と指を二本立て、壁に寄っていく。
「一つは立会人に敵わないと感じた時。もう一つはその記憶が業務に差し支えると感じた時です。前者はここら辺、後者はここら辺に貼り付けたのですが…」
気の早い夜行掃除人が壁ににじり寄るので、伏龍は場所を譲る。その様子を見て、私達も文字が読める位置まで近付いた。
「おい」
「はい」
「どう見るんだこれ」
夜行掃除人は素直である。私も困っていたところだ。
「そうですね…それぞれ、例を挙げてみていきましょう。まず、立会人に敵わないと感じた時。これは古株さん全員が原因となった事例を持ってるのでご実感頂きやすいかと思いますが…これを例に取りましょう。夜行立会人が書いてくださった物です。お屋形様が18歳の時、羽田空港で、お屋形様を襲ってきたマフィアを夜行さんが退けた後に記憶喪失になりました。この結果お屋形様は出発前の混乱を忘れてイギリスに行けたとの事ですが…さて、何故混乱を忘れると良いんでしょう?」
「ぐはは!何故、と問われると難しいな!何かヒントはないのか?」
「そうですねえ…じゃあ、皆さんなら、夜行さんが何と戦ってたら忘れたくなります?」
「…熊かのう」
戦うと聞いて、ぱっと思いついてしまったであろう言葉を発した能輪立会人。笑ってやろうかと思ったが、意外にも伏龍はそれを「いいセン行ってますよ。どうして嫌ですか?」と肯定する。
「そりゃあ、のう。同僚が漫画みたいな事しとったら嫌じゃろうて」
「…そうか、ぐはは、俺なら妃古壱がゴジラと戦ってたら嫌いになるぞっ!」
「そうですよねえ。ゴジラと戦ってる夜行さんなんて見たら、誰でも‘凄い!’って思っちゃいますよね」
二人の言葉で私も気付く。立会人に敵わないと感じた時。そういう前提だったな。
「だが…高校時の創一でもマフィア程度対処出来たはずだ。何を負い目に感じることがある?」
「私だって日本語さえ通じれば対処は出来ますよ。でも、そういう問題じゃないんです。やっぱり夜行さんの戦い方って、かっこいいじゃないですか。皆さんがそう思うから、パーフェクト死神なんて呼ばれるんですもんね?」
お屋形様にも、伏龍にも、勿論我々にも出来る敵性勢力への対処。誰のが一番洗練されているか?と問えば…答えは一つか。私はひっそりと自分の書いた事例を探す。やはり、ある。その事実は私を誇らしくも悲しくもさせた。
「しかし… 晴乃さん、お屋形様は我々を使役するお立場…何を負い目を感じることがありましょう?」
妃古壱さんが困ったように顎を撫でながら、伏龍を見る。彼女もまた困ったように「私だったら、ですけど」と笑った。
「貴方達完璧超人の上司になるって想像するだけで胃に穴が開きそうです。夜行さんは平気ですか?」
「…仰る通り、ですね。ただでさえ完璧を求められるお屋形様というプレッシャーの中、付き人が自分にはとても出来ない鮮やかな手腕で刺客を倒す…使役する立場だから自分は出来なくて良いとは、とても割り切れないでしょう」
随分自画自賛するじゃあないか、とは言わない。うむ。ぎりぎり事実として聞き流すことが出来る。
「そう…そうなんですよ。完璧の傍らにいる立会人。じゃあ、完璧ってどこにあるの?そう、お屋形様です。少なくとも、解釈の一つではある筈です。立会人がやるから大丈夫なんて、私がお屋形様なら口が裂けても言えません。そうですよね?お屋形様は文字通り‘屋形’なんですもん」