ダフネの本心
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「あの、私も手伝います」
「結構です」
一番の若手である私や新人の南方立会人を差し置いて本当に一人で片付けを引き受けた目蒲立会人を放ってはおけず、台拭きを握る。彼はそんな私を一瞥し、何も言わず茶碗を洗い出した。
窓を開けて換気をしつつ、テーブルを拭いて、カセットコンロも軽く拭いて。すぐにやる事が無くなった私は目蒲立会人の横に立ち、洗い終わった皿を新しい台拭きで拭いていく。
「一番若いのも認めますが、貴女もいつまでも新人じゃあないんです。後輩にやらせないと舐められますよ」
「目蒲立会人こそ、南方立会人に任せて良かったのではないでしょうか」
「あの粗忽者に任せて茶碗が欠けたらどうします」
棘のある言葉とは裏腹に、目蒲立会人の表情は穏やかだ。最近の目蒲立会人はこういう表情が増えた。丸くなったというか。
「でしたら、私で良かったのでは」
「私は構いません。あくまで貴女の問題です」
丸くなったとはいっても、元々が無口な彼の事。そこで会話が打ち切られてしまい、気まずい沈黙が訪れた。晴乃さんだったらなんて言うだろうと考える。「ありがとうございます」と笑うんだろうか。
「ありがとうございます」
自分も言ってみる。目蒲立会人は「いいえ」とぶっきらぼうに言った。また沈黙が始まってしまう気がしたら、言葉が口をついて飛び出した。
「もしかしたら、目蒲立会人と話したかったのかもしれません」
「どういう風の吹き回しですか」
「ずっと聞いてみたかったんです…どうして晴乃さんを監禁したのか」
目蒲立会人の手が止まる。指先からさらさらと水が落ちていく。洗剤の泡が流れ、排水口に消えていく。
「また、どうしてそんな事を」
「私も昔監禁された事があります。八歳の時に」
「…ああ」
「そいつの事は殺しました。許せなくて。しかし…」
言葉が出なくなる。‘しかし’何なのだろう。目蒲立会人は皿洗いを再開する。彼が洗い終わるまでに聞かないといけないのに。泡が生まれては流れていく。
「私は、あれを監禁した事を後悔していませんよ」
目蒲立会人は、そう言うと最後の鍋に取り掛かる。
「それで良ければお話ししましょう」
彼は大きな鍋を慣れた手つきで洗っている。肘が突っ張らない様に、自然に汚れを取っていく。きっと、いつも水切りかごの前に晴乃さんがいたんだろう。肘を当てない洗い方が自然とできるようになるくらい、いつも。
「ーー私にも、許す道があったのかなって、不安になるんです。お二人を見ていると」
「ご安心下さい。そんな道はありません」
「え」
「私が貴女でも殺していたでしょうねえ。貴女とその男の関係も監禁中の生活も知りませんが、我々とは根本的に違ったのでは」
目蒲立会人はそう言うと、鍋を水切りカゴに入れた。
「さて…紅茶でも淹れましょうか。あれよりは上手く淹れられると思いますよ」
ーーーーーーーーーー
出されたのは、奇しくもあの時と同じストロベリーティーだった。驚きより懐かしさが勝って、黙って口を付ける。
「…美味しいです」
「あれの紅茶の淹れ方が雑過ぎるんです。折角良い茶葉を与えてやっているというのに」
「買い出しは、今も目蒲立会人がしているんですか?」
「ええ。最早習慣です」
「償い、ではなく」
「…昔はそうでしたが…そうですねえ。何からお話ししたものか」
彼は紅茶を一口含み、溜息。
「良い歳した男の考えることではありませんがね…羨ましかったんですよ。不完全な奴等には助けがあって、完璧な自分には何もない。それで困った事はありませんが、どうにも周りと自分との間に一枚壁があるような気がしていました」
ちょっと分かる。むしろ、分かる立会人は多い筈だ。
「そんな中…初めに会ったのは佐田国様です。あの方の事はご存知ですね。あの方もまた、不完全な、壁の向こう側の人間でした。しかし…一つ違ったのは、あの方は本来助けが必要な側にも関わらず…周りを顧みず、孤独に目的を遂げようとしていました。ああ、自分もこうやって生きれば良かったのかと得心がいったのです。…私なら出来たでしょう。驕りではなく、今も思います。しかし、あの方は所詮不完全。その不完全さの尻拭いをいつの間にか私がしていました」
「憧れの人の、見たくない部分を見ない為に」
「おや…流石最年少立会人は理解が早い」
「いえ…多分それ、分かるスタッフ多いと思います」
「どうでしょうねえ。…身を削る毎日の中で、次に出会ったのが晴乃でした。ハングマンの説明も何度も何度も聞き返してやっと理解するような出来の悪い女ですよ。しかし…その女が瞬く間に戦局をひっくり返した。勝負に痺れたのはあれが初めてです。そして、この女性に、自分も助けて欲しいと思ってしまった」
「それで…監禁したんですね」
「ええ…一緒に堕ちていって欲しかったんですよ…それをあの女…がっつり白星獲りにいく奴がありますか…」
「助かったじゃないですか」
「ええ、完膚なきまでに救われました。漸く今、毎日が楽しいですよ」
呆れた様に微笑んで、彼はまた紅茶を一口飲んだ。
「お答えになりましたか」
「はい…でも、目蒲立会人の仰る通りです。私とは違ったみたいです」
「そうですか」
「さて」と彼は立ち上がり、紅茶のカップを片付け始める。私も自分の分を持ってシンクへ歩いていく。
「あれは何と言っていましたか?」
目蒲立会人は不意に振り返って、私にそう問い掛けた。
「あれ… 晴乃さんですか?」
「ええ。話されたのでは?」
「はい。…あれ、晴乃さんからお聞きになってたんですか?」
「有り得んでしょう、あれより先にこっちに来るなど」
「ああ。ふふ…そうですね…目蒲立会人は自分じゃ二進も三進もいかなくなったから本能的に晴乃さんを誘拐して、晴乃さんは可哀想だから助けたそうですよ」
「貴女は答えを持っていた訳ですか」
「しかし…許すべきだったのかは、分からないままです」
「貴女は当時八歳では?あれと張り合える訳がないでしょう」
あれ、というのがあの時の男なのか、晴乃さんなのかはあえて聞かない。どちらにしても、腑に落ちたからだ。悩んでいるのは今の私、殺すしか無かったのは八歳の私。勝ててたまるか。
「ふ。あはは!」
「どうされました、突然」
「まさか目蒲立会人に話して解決するなんて!あはは!」
「後輩と思って仏心を出せば…」
気分を害した様子の目蒲立会人を見て、また笑ってしまう。良い人なのだ。多分、ずっと良い人だったのだ。晴乃さんだけしか気付かなかっただけで。
「結構です」
一番の若手である私や新人の南方立会人を差し置いて本当に一人で片付けを引き受けた目蒲立会人を放ってはおけず、台拭きを握る。彼はそんな私を一瞥し、何も言わず茶碗を洗い出した。
窓を開けて換気をしつつ、テーブルを拭いて、カセットコンロも軽く拭いて。すぐにやる事が無くなった私は目蒲立会人の横に立ち、洗い終わった皿を新しい台拭きで拭いていく。
「一番若いのも認めますが、貴女もいつまでも新人じゃあないんです。後輩にやらせないと舐められますよ」
「目蒲立会人こそ、南方立会人に任せて良かったのではないでしょうか」
「あの粗忽者に任せて茶碗が欠けたらどうします」
棘のある言葉とは裏腹に、目蒲立会人の表情は穏やかだ。最近の目蒲立会人はこういう表情が増えた。丸くなったというか。
「でしたら、私で良かったのでは」
「私は構いません。あくまで貴女の問題です」
丸くなったとはいっても、元々が無口な彼の事。そこで会話が打ち切られてしまい、気まずい沈黙が訪れた。晴乃さんだったらなんて言うだろうと考える。「ありがとうございます」と笑うんだろうか。
「ありがとうございます」
自分も言ってみる。目蒲立会人は「いいえ」とぶっきらぼうに言った。また沈黙が始まってしまう気がしたら、言葉が口をついて飛び出した。
「もしかしたら、目蒲立会人と話したかったのかもしれません」
「どういう風の吹き回しですか」
「ずっと聞いてみたかったんです…どうして晴乃さんを監禁したのか」
目蒲立会人の手が止まる。指先からさらさらと水が落ちていく。洗剤の泡が流れ、排水口に消えていく。
「また、どうしてそんな事を」
「私も昔監禁された事があります。八歳の時に」
「…ああ」
「そいつの事は殺しました。許せなくて。しかし…」
言葉が出なくなる。‘しかし’何なのだろう。目蒲立会人は皿洗いを再開する。彼が洗い終わるまでに聞かないといけないのに。泡が生まれては流れていく。
「私は、あれを監禁した事を後悔していませんよ」
目蒲立会人は、そう言うと最後の鍋に取り掛かる。
「それで良ければお話ししましょう」
彼は大きな鍋を慣れた手つきで洗っている。肘が突っ張らない様に、自然に汚れを取っていく。きっと、いつも水切りかごの前に晴乃さんがいたんだろう。肘を当てない洗い方が自然とできるようになるくらい、いつも。
「ーー私にも、許す道があったのかなって、不安になるんです。お二人を見ていると」
「ご安心下さい。そんな道はありません」
「え」
「私が貴女でも殺していたでしょうねえ。貴女とその男の関係も監禁中の生活も知りませんが、我々とは根本的に違ったのでは」
目蒲立会人はそう言うと、鍋を水切りカゴに入れた。
「さて…紅茶でも淹れましょうか。あれよりは上手く淹れられると思いますよ」
ーーーーーーーーーー
出されたのは、奇しくもあの時と同じストロベリーティーだった。驚きより懐かしさが勝って、黙って口を付ける。
「…美味しいです」
「あれの紅茶の淹れ方が雑過ぎるんです。折角良い茶葉を与えてやっているというのに」
「買い出しは、今も目蒲立会人がしているんですか?」
「ええ。最早習慣です」
「償い、ではなく」
「…昔はそうでしたが…そうですねえ。何からお話ししたものか」
彼は紅茶を一口含み、溜息。
「良い歳した男の考えることではありませんがね…羨ましかったんですよ。不完全な奴等には助けがあって、完璧な自分には何もない。それで困った事はありませんが、どうにも周りと自分との間に一枚壁があるような気がしていました」
ちょっと分かる。むしろ、分かる立会人は多い筈だ。
「そんな中…初めに会ったのは佐田国様です。あの方の事はご存知ですね。あの方もまた、不完全な、壁の向こう側の人間でした。しかし…一つ違ったのは、あの方は本来助けが必要な側にも関わらず…周りを顧みず、孤独に目的を遂げようとしていました。ああ、自分もこうやって生きれば良かったのかと得心がいったのです。…私なら出来たでしょう。驕りではなく、今も思います。しかし、あの方は所詮不完全。その不完全さの尻拭いをいつの間にか私がしていました」
「憧れの人の、見たくない部分を見ない為に」
「おや…流石最年少立会人は理解が早い」
「いえ…多分それ、分かるスタッフ多いと思います」
「どうでしょうねえ。…身を削る毎日の中で、次に出会ったのが晴乃でした。ハングマンの説明も何度も何度も聞き返してやっと理解するような出来の悪い女ですよ。しかし…その女が瞬く間に戦局をひっくり返した。勝負に痺れたのはあれが初めてです。そして、この女性に、自分も助けて欲しいと思ってしまった」
「それで…監禁したんですね」
「ええ…一緒に堕ちていって欲しかったんですよ…それをあの女…がっつり白星獲りにいく奴がありますか…」
「助かったじゃないですか」
「ええ、完膚なきまでに救われました。漸く今、毎日が楽しいですよ」
呆れた様に微笑んで、彼はまた紅茶を一口飲んだ。
「お答えになりましたか」
「はい…でも、目蒲立会人の仰る通りです。私とは違ったみたいです」
「そうですか」
「さて」と彼は立ち上がり、紅茶のカップを片付け始める。私も自分の分を持ってシンクへ歩いていく。
「あれは何と言っていましたか?」
目蒲立会人は不意に振り返って、私にそう問い掛けた。
「あれ… 晴乃さんですか?」
「ええ。話されたのでは?」
「はい。…あれ、晴乃さんからお聞きになってたんですか?」
「有り得んでしょう、あれより先にこっちに来るなど」
「ああ。ふふ…そうですね…目蒲立会人は自分じゃ二進も三進もいかなくなったから本能的に晴乃さんを誘拐して、晴乃さんは可哀想だから助けたそうですよ」
「貴女は答えを持っていた訳ですか」
「しかし…許すべきだったのかは、分からないままです」
「貴女は当時八歳では?あれと張り合える訳がないでしょう」
あれ、というのがあの時の男なのか、晴乃さんなのかはあえて聞かない。どちらにしても、腑に落ちたからだ。悩んでいるのは今の私、殺すしか無かったのは八歳の私。勝ててたまるか。
「ふ。あはは!」
「どうされました、突然」
「まさか目蒲立会人に話して解決するなんて!あはは!」
「後輩と思って仏心を出せば…」
気分を害した様子の目蒲立会人を見て、また笑ってしまう。良い人なのだ。多分、ずっと良い人だったのだ。晴乃さんだけしか気付かなかっただけで。