からむ宿木
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「はっ!水っ、水から離れて!」
AEDによって復活したマーティンが、慌てて起き上がった。私はひとまず胸を撫で下ろし、レコーダーを鞍馬さんに渡してAEDを片付けに立ち上がる。
「蘭子組長… 晴乃…」
「便利な道具じゃないか。一体誰が思いついたんだろうねぇ。止まりかけた心臓に電気を流すと再び正常に動き出すって…」
「何故…どうして私を助けたんですか?」
AEDが再びトラップとして使われることのないよう、ケースにきっちりと戻し終わった私は、マーティンの元に戻りながら言葉を引き継いだ。
「友達だからですよ、マーティン」
「友達…」
少しの間呆然とした後、マーティンはくっくっと笑い始める。
「何て…何て皮肉なんだ…心疾患の親友ニコラの心臓を止めて殺したこの私が…友達によって生かされるなんて…」
「殺した?」
「私が…彼を殺した…」
嘘だ。
「…あの日が私の性癖の始まりだったのです…些細な口喧嘩が元で…次の日命を失ってもおかしくないニコラと…私は口も利かなくなってしまいました…私は限られた二人の時間を失ったもどかしさと自責の念で頭がおかしくなりそうでした…耐えられなくなった私が彼の部屋を訪れたある日…それは起こりました…ニコラは言ったのです。「マーティン、ごめん…僕は君が羨ましかったんだ…何で僕だけこんな体で生まれたのって…もう耐えられない…お願いだよマーティン…ねえ、友達でしょ?僕をこのまま…殺して」と。今までおくびにも見せなかった弱さ…私にだけ見せた最初で最後の弱さだったんです」
「そう…ずっと、隠してたんですね…」
「ニコラは…私が彼に憐れみの目を向けることを恐れていたんだと思います…でも…私は彼を憐れまない…何故なら彼は純粋…とても美しかったから…私は彼の首を絞めました…それは同時に私の中で初めて何かが壊れてしまった時でもあったんです。強く…何よりも尊かったニコラをこの手にかけたのですから」
嘘と誤認。それが彼の記憶を歪めている。
「その後私はアイデアルに拾われ数々の罪を犯してきました。組織のせいにするつもりも毛頭ありません。全ては私自身の弱さが招いた結果です。私はこのタワーで死に場所を探していたのかもしれません。あの世で彼に謝りたかった…組織を裏切り死のうとしていただけだったのかも…」
「ある男が言ってたね。潔く死ぬより生への執着の方が辛く苦しいってね…」
「いいですね、それ」
「あんたも聞いてただろ…ああ、あんたはあの時死んでたね」
「死んでた?どういうことですか…」
鞍馬さんが笑って炭鉱での事を話し始める。成る程、確かに終盤は気絶していた。それはいいや。私は鞍馬さんが作ってくれた時間を使い、考える。ニコラを殺したと言うのは嘘。喧嘩の後、耐えられなくなって首を絞めたのは本当。ニコラの最後の言葉は半々。アイデアルに拾われたのも本当。まずは良かった。あの日レストランで見た、マーティンがカラカルさんに送る、愛情とは似て非なるドロドロした眼差し。彼を調べる内に、恐らくカラカルさんこそが彼の最終目標だから、あの瞳なのだと仮説を立てた。それは正解だったのだろう。そう、マーティンは最初の殺人に成功して味を占めたのではない。最初の殺人に失敗したから、他の殺しで成功体験を積もうとしているのだ。
ともすれば、どうしてマーティンは何故アイデアルに拾われる必要があった?マーティンは友達に請われ、殺人未遂をしただけだ。悪い事だが、表社会にいられなくなる程ではない。意図的に伏せられた何かがある訳だ。他の殺しが。
私は思い出す。カラカルさんは自分の名前を覚えていないことを。
「ねえマーティン、ニコラの親御さんは?」
ぴしりと音を立てて、マーティンの仮面が割れた。下から出てきたのは怪物。情念の怪物。これは、やばい。頭がガンガンアラートを鳴らす。だが、私は敢えてそれを無視する。でなきゃ‘ニコラ’が救われない。彼は今でも闇の中にいる。
「あっはっは。そっか。やっぱり殺したか。おかしいと思った。じゃなきゃその状況から殺しに失敗する訳がない」
「わわわ私は殺した!ニコラを!85人の尊い命を!」
「そっかそっか。たくさん頑張ったね。でも今日で打ち止め。貴方は失敗するんだよ。また、ね」
ぶん、と風を切る音がして、私は吹っ飛んだ。マーティンが腕で薙いだのだ。スチールラックにしこたまぶつけた頭にたんこぶができた予感がするが、まあいい。
「晴乃…私たち友達だろう…私は全てを曝け出した…」
「いやあまさか。貴方はあくまで可哀想な誰かさんだよ」
私は携帯のライトでマーティンを照らす。最後の答え合わせだ。
「ニコラの病室に戻った貴方は彼から自分を殺すよう懇願された!貴方は受け入れた!そして最初に殺したんだ、ニコラの両親を!それは貴方の配慮だった、ニコラが寂しくないように!でも…でもそれを知ったニコラは怒った!抵抗した!だから貴方は殺せなかったんだ!当たり前だよ、ニコラは本気で怒ってたんだから!可哀想に。今でもだ!」
「ああ違うううう!ニコラは最後まで私を愛していたああ!」
「違くない!顔に書いてある!」
私は背にしていたスチールラックから、急いで鋲打ち機を探し出す。マーティンが仕込んでたやつだ。
バスッバスッという間抜けな音。多分一弾くらい当たっている筈。
「鞍馬さん走って!」
何とか逃げ延びよう。目蒲さんが来てくれるまで。
AEDによって復活したマーティンが、慌てて起き上がった。私はひとまず胸を撫で下ろし、レコーダーを鞍馬さんに渡してAEDを片付けに立ち上がる。
「蘭子組長… 晴乃…」
「便利な道具じゃないか。一体誰が思いついたんだろうねぇ。止まりかけた心臓に電気を流すと再び正常に動き出すって…」
「何故…どうして私を助けたんですか?」
AEDが再びトラップとして使われることのないよう、ケースにきっちりと戻し終わった私は、マーティンの元に戻りながら言葉を引き継いだ。
「友達だからですよ、マーティン」
「友達…」
少しの間呆然とした後、マーティンはくっくっと笑い始める。
「何て…何て皮肉なんだ…心疾患の親友ニコラの心臓を止めて殺したこの私が…友達によって生かされるなんて…」
「殺した?」
「私が…彼を殺した…」
嘘だ。
「…あの日が私の性癖の始まりだったのです…些細な口喧嘩が元で…次の日命を失ってもおかしくないニコラと…私は口も利かなくなってしまいました…私は限られた二人の時間を失ったもどかしさと自責の念で頭がおかしくなりそうでした…耐えられなくなった私が彼の部屋を訪れたある日…それは起こりました…ニコラは言ったのです。「マーティン、ごめん…僕は君が羨ましかったんだ…何で僕だけこんな体で生まれたのって…もう耐えられない…お願いだよマーティン…ねえ、友達でしょ?僕をこのまま…殺して」と。今までおくびにも見せなかった弱さ…私にだけ見せた最初で最後の弱さだったんです」
「そう…ずっと、隠してたんですね…」
「ニコラは…私が彼に憐れみの目を向けることを恐れていたんだと思います…でも…私は彼を憐れまない…何故なら彼は純粋…とても美しかったから…私は彼の首を絞めました…それは同時に私の中で初めて何かが壊れてしまった時でもあったんです。強く…何よりも尊かったニコラをこの手にかけたのですから」
嘘と誤認。それが彼の記憶を歪めている。
「その後私はアイデアルに拾われ数々の罪を犯してきました。組織のせいにするつもりも毛頭ありません。全ては私自身の弱さが招いた結果です。私はこのタワーで死に場所を探していたのかもしれません。あの世で彼に謝りたかった…組織を裏切り死のうとしていただけだったのかも…」
「ある男が言ってたね。潔く死ぬより生への執着の方が辛く苦しいってね…」
「いいですね、それ」
「あんたも聞いてただろ…ああ、あんたはあの時死んでたね」
「死んでた?どういうことですか…」
鞍馬さんが笑って炭鉱での事を話し始める。成る程、確かに終盤は気絶していた。それはいいや。私は鞍馬さんが作ってくれた時間を使い、考える。ニコラを殺したと言うのは嘘。喧嘩の後、耐えられなくなって首を絞めたのは本当。ニコラの最後の言葉は半々。アイデアルに拾われたのも本当。まずは良かった。あの日レストランで見た、マーティンがカラカルさんに送る、愛情とは似て非なるドロドロした眼差し。彼を調べる内に、恐らくカラカルさんこそが彼の最終目標だから、あの瞳なのだと仮説を立てた。それは正解だったのだろう。そう、マーティンは最初の殺人に成功して味を占めたのではない。最初の殺人に失敗したから、他の殺しで成功体験を積もうとしているのだ。
ともすれば、どうしてマーティンは何故アイデアルに拾われる必要があった?マーティンは友達に請われ、殺人未遂をしただけだ。悪い事だが、表社会にいられなくなる程ではない。意図的に伏せられた何かがある訳だ。他の殺しが。
私は思い出す。カラカルさんは自分の名前を覚えていないことを。
「ねえマーティン、ニコラの親御さんは?」
ぴしりと音を立てて、マーティンの仮面が割れた。下から出てきたのは怪物。情念の怪物。これは、やばい。頭がガンガンアラートを鳴らす。だが、私は敢えてそれを無視する。でなきゃ‘ニコラ’が救われない。彼は今でも闇の中にいる。
「あっはっは。そっか。やっぱり殺したか。おかしいと思った。じゃなきゃその状況から殺しに失敗する訳がない」
「わわわ私は殺した!ニコラを!85人の尊い命を!」
「そっかそっか。たくさん頑張ったね。でも今日で打ち止め。貴方は失敗するんだよ。また、ね」
ぶん、と風を切る音がして、私は吹っ飛んだ。マーティンが腕で薙いだのだ。スチールラックにしこたまぶつけた頭にたんこぶができた予感がするが、まあいい。
「晴乃…私たち友達だろう…私は全てを曝け出した…」
「いやあまさか。貴方はあくまで可哀想な誰かさんだよ」
私は携帯のライトでマーティンを照らす。最後の答え合わせだ。
「ニコラの病室に戻った貴方は彼から自分を殺すよう懇願された!貴方は受け入れた!そして最初に殺したんだ、ニコラの両親を!それは貴方の配慮だった、ニコラが寂しくないように!でも…でもそれを知ったニコラは怒った!抵抗した!だから貴方は殺せなかったんだ!当たり前だよ、ニコラは本気で怒ってたんだから!可哀想に。今でもだ!」
「ああ違うううう!ニコラは最後まで私を愛していたああ!」
「違くない!顔に書いてある!」
私は背にしていたスチールラックから、急いで鋲打ち機を探し出す。マーティンが仕込んでたやつだ。
バスッバスッという間抜けな音。多分一弾くらい当たっている筈。
「鞍馬さん走って!」
何とか逃げ延びよう。目蒲さんが来てくれるまで。