沈丁花の約束
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「目蒲立会人、今日もお見舞いですか?」
帰宅前の日課である机上の整頓を終えた目蒲立会人に、俺は声を掛けた。「ああ」と、目蒲立会人は短く答えながら鞄を持ち上げた。
「来るか?」
「俺がですか?いいんですか?」
「いいんじゃねえの?」
興味なさそうに答える立会人。いつも通りに振舞っているように見えるが、そもそもこの人が人を誘う事自体が珍しく、俺は横にいる黒服と顔を見合わせた。暫くの後、彼は「行ってこいよ、折角だし」と笑った。
お言葉に甘えることに決めた俺は、黒服にして初めて目蒲立会人の私用車の助手席に乗ることとなった。
「伏龍さん、容体どうですか?」
「起きる気配無し」
「そろそろ20日になりますけど…心配ですね」
「医者は何故生きてるか首傾げてたけどな」
医者の診立ては概ね俺の予想通りだった。栄養失調、軽い内臓破裂、肋骨3本と左腕二箇所と右脚。左腕は変な治り方をしていたのでもう一度折ってくっつけ直しだそうだ。この容体であの日あれだけの立ち回りをしたのだから、大した人である。
「いつ死んでもおかしくなかったですよね、伏龍さん」
「人間としてどうかと思った」
恩人にさらっととんでもない事を言うので、驚いて立会人の横顔を覗いてしまう。しかし、その横顔が初めて見る穏やかな笑顔だったので、俺は息を呑んだ。
「二度とあいつとはやり合わねえ。身が持たん」
柔らかな表情とは裏腹に、目蒲立会人は吐き捨てるように言った。
病院に着くと、目蒲立会人は迷いなく伏龍さんの病室へと進んでいった。受付の看護師達も目蒲立会人に挨拶をして、違和感なく業務に戻っていく。あの日から毎日来ているんだから当たり前か。
目蒲立会人はノックもせず病室に入って行こうとして、「あ」と声を上げた。どうしたんですか?と聞く前に耳に飛び込んで来た声で、俺は全て理解した。
「あー!目蒲さん!よかった無事だったんであいたたた!」
「おまっ…叫ぶからだ!」
目蒲立会人は慌てて伏龍さんの元に駆け寄っていく。慌てふためく目蒲立会人もまた、初めて見る姿だった。
「あーよかった。目蒲さんが死んでたらどうしようかと思ってました」
「あの状況から死んでたまるかよ」
「だって、後追い自殺とかしてたらどうしようって、思うじゃないですか」
目蒲立会人は暫し沈黙し、伏龍さんは「ほら」と唇を突き出した。そんな彼女の唇をぐいと摘み、目蒲立会人は言った。
「自分の心配しとけよ、重症人」
「ふぇ?」
「20日振りだな。元気だったか?」
「ふぇ!?」
はひゅかふりってどーゆーことれすか!?と、ふにゃふにゃの口調で伏龍さんは言った。目蒲立会人はニヤと笑って唇を離す。
「ずっと寝てたぞ、お前」
「ウソ、そんなに寝てたんですか!?」
伏龍さんは何か言って欲しそうに俺を見るので、俺は「20日間です」と言うしかなかった。伏龍さんは頭を抱える。
「そんなに重症だったんですね…」
「聞くか?」
そう言うものの、目蒲立会人は伏龍さんの返事を待たずにぺらぺらと如何に重症だったか、どの様な治療が行われたかを語り出す。伏龍さんの表情が段々青ざめていくのに比例して、立会人の表情は楽しそうになっていく。
基本的にはいい人だが、目蒲立会人にはこういうところがある。
「もう、最悪…」
「精々次監禁されるときは反抗的な態度は慎むんだな」
ちょっと考え込む伏龍さんを見て、目蒲立会人はおや、という表情をした。彼の計算の中では彼女が元気に反論していたのだろう。
「…確かになぁ」
しみじみと、彼女は呟いた。
「私がここまでしたのに、目蒲さん最後までミスらなかった」
俺は思わず深く頷く。
「立会いでやりたくもない不正をやって、立会人室でずっと私といがみ合ってれば絶対に精神的に不安定になってボロを出すよねって、山口さんと話してたんです」
「そうなんです。そしてその時に例の立会い報告書を見せれば、目蒲立会人は何も不正をしていないけど佐田国様とは組ませられないってことにならないかと思ってたんです」
「でも結局、あなたはどんなに憔悴してもミスらなかった。正直悔しいです。まさか山口さんの報告書から全部バレてくなんて思いもしませんでした」
俺たちは顔を見合わせて、「残念でしたね」と言い合った。目蒲立会人はそれを見て肩を竦めた。
「俺が立会いでミスることはないよ。今までも、これからも」
「ご忠告どうも。でも、私二度とあなたとはやり合いません。身が持たない」
強烈に聞き覚えのあるセリフに、俺は思わず吹き出した。伏龍さんは首をかしげるが、笑いの理由を察した目蒲立会人は怖い顔で俺を追い出した。
もちろんぴしゃりと閉められたドアの向こうで爆笑してしまったのは、いうまでもない。なんだ、どっちも化物だと思ったらどっちも人間だった。
帰宅前の日課である机上の整頓を終えた目蒲立会人に、俺は声を掛けた。「ああ」と、目蒲立会人は短く答えながら鞄を持ち上げた。
「来るか?」
「俺がですか?いいんですか?」
「いいんじゃねえの?」
興味なさそうに答える立会人。いつも通りに振舞っているように見えるが、そもそもこの人が人を誘う事自体が珍しく、俺は横にいる黒服と顔を見合わせた。暫くの後、彼は「行ってこいよ、折角だし」と笑った。
お言葉に甘えることに決めた俺は、黒服にして初めて目蒲立会人の私用車の助手席に乗ることとなった。
「伏龍さん、容体どうですか?」
「起きる気配無し」
「そろそろ20日になりますけど…心配ですね」
「医者は何故生きてるか首傾げてたけどな」
医者の診立ては概ね俺の予想通りだった。栄養失調、軽い内臓破裂、肋骨3本と左腕二箇所と右脚。左腕は変な治り方をしていたのでもう一度折ってくっつけ直しだそうだ。この容体であの日あれだけの立ち回りをしたのだから、大した人である。
「いつ死んでもおかしくなかったですよね、伏龍さん」
「人間としてどうかと思った」
恩人にさらっととんでもない事を言うので、驚いて立会人の横顔を覗いてしまう。しかし、その横顔が初めて見る穏やかな笑顔だったので、俺は息を呑んだ。
「二度とあいつとはやり合わねえ。身が持たん」
柔らかな表情とは裏腹に、目蒲立会人は吐き捨てるように言った。
病院に着くと、目蒲立会人は迷いなく伏龍さんの病室へと進んでいった。受付の看護師達も目蒲立会人に挨拶をして、違和感なく業務に戻っていく。あの日から毎日来ているんだから当たり前か。
目蒲立会人はノックもせず病室に入って行こうとして、「あ」と声を上げた。どうしたんですか?と聞く前に耳に飛び込んで来た声で、俺は全て理解した。
「あー!目蒲さん!よかった無事だったんであいたたた!」
「おまっ…叫ぶからだ!」
目蒲立会人は慌てて伏龍さんの元に駆け寄っていく。慌てふためく目蒲立会人もまた、初めて見る姿だった。
「あーよかった。目蒲さんが死んでたらどうしようかと思ってました」
「あの状況から死んでたまるかよ」
「だって、後追い自殺とかしてたらどうしようって、思うじゃないですか」
目蒲立会人は暫し沈黙し、伏龍さんは「ほら」と唇を突き出した。そんな彼女の唇をぐいと摘み、目蒲立会人は言った。
「自分の心配しとけよ、重症人」
「ふぇ?」
「20日振りだな。元気だったか?」
「ふぇ!?」
はひゅかふりってどーゆーことれすか!?と、ふにゃふにゃの口調で伏龍さんは言った。目蒲立会人はニヤと笑って唇を離す。
「ずっと寝てたぞ、お前」
「ウソ、そんなに寝てたんですか!?」
伏龍さんは何か言って欲しそうに俺を見るので、俺は「20日間です」と言うしかなかった。伏龍さんは頭を抱える。
「そんなに重症だったんですね…」
「聞くか?」
そう言うものの、目蒲立会人は伏龍さんの返事を待たずにぺらぺらと如何に重症だったか、どの様な治療が行われたかを語り出す。伏龍さんの表情が段々青ざめていくのに比例して、立会人の表情は楽しそうになっていく。
基本的にはいい人だが、目蒲立会人にはこういうところがある。
「もう、最悪…」
「精々次監禁されるときは反抗的な態度は慎むんだな」
ちょっと考え込む伏龍さんを見て、目蒲立会人はおや、という表情をした。彼の計算の中では彼女が元気に反論していたのだろう。
「…確かになぁ」
しみじみと、彼女は呟いた。
「私がここまでしたのに、目蒲さん最後までミスらなかった」
俺は思わず深く頷く。
「立会いでやりたくもない不正をやって、立会人室でずっと私といがみ合ってれば絶対に精神的に不安定になってボロを出すよねって、山口さんと話してたんです」
「そうなんです。そしてその時に例の立会い報告書を見せれば、目蒲立会人は何も不正をしていないけど佐田国様とは組ませられないってことにならないかと思ってたんです」
「でも結局、あなたはどんなに憔悴してもミスらなかった。正直悔しいです。まさか山口さんの報告書から全部バレてくなんて思いもしませんでした」
俺たちは顔を見合わせて、「残念でしたね」と言い合った。目蒲立会人はそれを見て肩を竦めた。
「俺が立会いでミスることはないよ。今までも、これからも」
「ご忠告どうも。でも、私二度とあなたとはやり合いません。身が持たない」
強烈に聞き覚えのあるセリフに、俺は思わず吹き出した。伏龍さんは首をかしげるが、笑いの理由を察した目蒲立会人は怖い顔で俺を追い出した。
もちろんぴしゃりと閉められたドアの向こうで爆笑してしまったのは、いうまでもない。なんだ、どっちも化物だと思ったらどっちも人間だった。