からむ宿木
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『やあ』
お屋形様から通信が入ったのは、丁度一回目のドティが終わった時だった。イヤホンを晴乃に返そうとするが、そのまま聞いていろと手振りで示されたので、黙って付け直す。
「お屋形様。何か進展ありました?」
『うん。警視総副総監と賭けをすることにしたんだ。外務卿チームとSATがそれぞれ代表者を選んでタイマンをして、外務卿チームが勝ったら任意の数だけ副総監が持っている秘密を暴露、負けたらSATからその人数がタワーに入場するから。泉江も分かった?』
『了解しました』
「了解…一応確認しますけど、そのタワーってこのタワー?」
『他にどのタワーがあるの。頑張って防いでよね』
「つらい…ねえ夕湖、誰がタイマンやる予定?」
『夜行掃除人に要請するつもりだ』
「よし、勝てる。応援してますとお伝えください」
『ああ』
『じゃあ、任せたから』
『では、失礼します』
「失礼します」
通話が切れたので晴乃にイヤホンを返す。彼女は「目蒲さん、外務卿チームの負けを願うのはどうかと思いますよ」と笑いながら受け取り、自分の耳に装着した。
「何のことか分からんが…現実問題、SAT如きに負けはせんだろ」
「どうでしょ…密葬課がいます」
「強いのか?」
「調べた印象だと、全員Sランク掃除人って感じですね。不意打ちとはいえ門倉さんを殺しかけてますし…」
彼女は目を細め、地上にいるであろう密葬課を睨みつける。彼女が事務室に篭りきりになる原因となった事件を思い出しているのだろう。果たして門っちを瀕死にした人物がいるかは分からないが…いるのなら是非この手で殺したい所だ。
かん、かん、という階段の音を認め、俺は晴乃を引き寄せる。彼女が不思議そうに俺を見上げるのと、非常階段のドアが開くのは同時だった。
「立会人か」
「これはこれは、雹吾様」
彼は真っ直ぐに入力端末へ向かう。その周りを「絶対見るよ、マルコは見るよ」と煩いハエが飛んでいる。よくあれを潰さずにここまで来れたものだ。忍耐に脱帽、と言いたいところだが、勝ちを確信していればこそだろう。彼はマルコ様が見ているのもお構いなしに数字を入力し、直後鳴り響くエラー音に面食らった。
「…マルコ、もう行くね」
ゆっくりと振り向き、マルコ様が入力ナンバーを見ていた事をことを確認した雹吾様に、マルコ様はそう言った。
「ツイてないな…当たっていれば誰も死なずに済んだ…ツイてなかったな、お前は…」
マルコ様が走り出す。当然、雹吾様も追う。
「死人に口なし。ここで死んでもらう」
開幕だ。脱兎の如く嘘喰いの下へ帰らんとするマルコ様に対し、雹吾様は走りつつも周りを注意深く調べ、すぐに武器になるものを見つけ出した。彼は延長コードのプラグ部分を手に取ると、反対の手でリール部分を前方に放り投げた。面食らい後方を確認しようとしたマルコ様を、雹吾様が文字通り蹴り‘飛ばす’。
「ひっ…きゃあああ!!」
ガラスが割れる音に重なるように、晴乃の悲鳴が響いた。「えっ、嫌っ、嘘っ」と窓に駆け寄る彼女をゆっくり歩いて追う。死ぬ訳がない。‘この高さならやりようはある’のだ。無論、そんな事は信じられない彼女は慌てて下を覗き込み、へなへなとその場に座り込んだ。
「嘘ぉ」
「生きてたか?」
「戦ってますよあの人たち…もうやだ帰りたい」
はぁ〜、と深いため息を吐きながら蹲った彼女だったが、直後ハッとして耳に挿したイヤホンを触ると、「分かった、ありがと夕湖」と言った。
「地上も一戦目が始まりました。夜行掃除人対密葬課・嵐堂公平です」
「門っちをやったのは?」
「箕輪勢一です。嵐堂公平は中度自閉軽度知的の人です」
「何だ?」
「要するに障碍者です」
「戦えるのか?」
「…洗脳されているのと同じ状態です。可哀想に。迷いはないし、力もセーブできない」
「ふーん…なあ、大丈夫か?」
晴乃が、止まる。言われたことの意味を数秒かけてゆっくり理解して、それでも信じられないとばかりにゆっくり俺を見上げて…その驚きと嬉しさがないまぜになった紅頬になんとも言えぬ恥ずかしさを覚え、つい「こっち見るなよ」と言ってしまう。
「らしくないと思ってんだろ」
「いえ、あの、らしくないとは思いませんけど…その、嬉しい、です」
「ああ、そう」
横に座ったのは、単に顔を見られたくなかったから。背に当たるガラスの感触は、いつかの風呂場の磨りガラスを思い出させた。晴乃との縁はこれで一年になる。俺はこの一年で、やっと弱くなれたのだろう。彼女と語り合える程に。
「腰がね…抜けちゃったんですよ…立てない…」
「まあ…吃驚するだろうな」
「はい…死んじゃったかと思ったんです」
「人死を見たばかりだからな…あれが初めてか?」
「ええ…いつか見なきゃいけない日が来るとは分かってましたけど…キツいですね」
「俺も未だに慣れん」
晴乃がまた驚いてこちらを見た。俺が頑なに正面を向いていたので目こそ合わなかったが、彼女が微笑んだのが何となく分かった。
「目蒲さん、優しいですよね」
「お前しか言わんぞ、それ」
「私しか知らないなんて勿体ない」
「お前にも見せているつもりはない」
胡座をかいた膝の上に頬杖をつく。彼女はまだ笑っているんだろうか。確認は、敢えてしない。
「見えちゃうんですもん」
「大変だな」
「そんなこともないですよ」
「知りたくないことも、分かるんだろ、お前」
「知りたくないこと…っていうのは、意外と無くて。ううん、知られたくないことも気付いちゃうのは良くないけど…頑張って気付かないフリをしてるから、まあ」
「それは大変と言わないのか?」
「…言うかなぁ…じゃあ…大変かも。…ああでも、そればっかじゃないですよ。目蒲さんにも、会えましたし」
今度は俺が驚いて彼女を見る番だった。照れて真っ赤になった彼女が俺を見つめ返す。
「…後悔してるって思ってました?」
「お…おう」
「してないって最初に言ったじゃないですか…もう…知ってましたけど…」
「あんな風に…ボロ雑巾みたいになって…軟禁されて…後悔してない筈がないと…」
「それは…嫌か嫌じゃないかでいえばもちろん嫌でしたけど…でも、貴方の側についててあげたかったから」
「…なんで」
彼女は真っ赤な頬に手の甲を当てて冷やしながら、眉間に少し皺を寄せた。ゆっくりと言葉を選んで、口を開く。
「私、理不尽って嫌いで」
「ああ…」
「自分がそういう目に遭うのももちろん嫌ですけど…人が理不尽に遭うのを見る方が嫌なんですよ…その人は悪くないのに、誰もその人を助けないのがやるせなくって…だから、私は助けようって思ってるんです。誰が逃げ出しても、私だけはって」
「要するに…俺は可哀想な誰かさんだった訳だ」
「何ですかそれ…嫌味な…」
「昔お前の大親友に言われた」
「あー…あいつめ。まあ…うーん…そっか。ホントはちょっとだけ違いますけどね」
「どういうことだよ」
「秘密です。…貴方は助かろうとしてなかった。あんなに苦しかったのに。自分じゃどうにもできなかったのに。だから…貴方が私を捕まえてくれた時、頼ってもらえたんだって嬉しかったんです」
「訳分かんねえ」
「いつか分かりますよ」
憎まれ口を叩いたものの、本当は胸にあったものがストンと落ちたのを感じていた。そうなのだ。俺は佐田国様に自分を見ていた。愚直に己を信じ、邁進する姿に強かった自分を。あの時賭郎の猛者の中で埋もれていた自分が、何者かになれる夢を見ていた。
ある筈もない。全ては幻想だったのだ。
最後に残った、ちっぽけな自分以外。
「なあ…お前を監禁して良かったって言ったら、流石に嫌か?」
「嬉しいですよ?当たり前じゃないですか」
「変な女」
「褒め言葉として受け取っておきますね」
彼女は笑う。多分、俺も笑っていた。
お屋形様から通信が入ったのは、丁度一回目のドティが終わった時だった。イヤホンを晴乃に返そうとするが、そのまま聞いていろと手振りで示されたので、黙って付け直す。
「お屋形様。何か進展ありました?」
『うん。警視総副総監と賭けをすることにしたんだ。外務卿チームとSATがそれぞれ代表者を選んでタイマンをして、外務卿チームが勝ったら任意の数だけ副総監が持っている秘密を暴露、負けたらSATからその人数がタワーに入場するから。泉江も分かった?』
『了解しました』
「了解…一応確認しますけど、そのタワーってこのタワー?」
『他にどのタワーがあるの。頑張って防いでよね』
「つらい…ねえ夕湖、誰がタイマンやる予定?」
『夜行掃除人に要請するつもりだ』
「よし、勝てる。応援してますとお伝えください」
『ああ』
『じゃあ、任せたから』
『では、失礼します』
「失礼します」
通話が切れたので晴乃にイヤホンを返す。彼女は「目蒲さん、外務卿チームの負けを願うのはどうかと思いますよ」と笑いながら受け取り、自分の耳に装着した。
「何のことか分からんが…現実問題、SAT如きに負けはせんだろ」
「どうでしょ…密葬課がいます」
「強いのか?」
「調べた印象だと、全員Sランク掃除人って感じですね。不意打ちとはいえ門倉さんを殺しかけてますし…」
彼女は目を細め、地上にいるであろう密葬課を睨みつける。彼女が事務室に篭りきりになる原因となった事件を思い出しているのだろう。果たして門っちを瀕死にした人物がいるかは分からないが…いるのなら是非この手で殺したい所だ。
かん、かん、という階段の音を認め、俺は晴乃を引き寄せる。彼女が不思議そうに俺を見上げるのと、非常階段のドアが開くのは同時だった。
「立会人か」
「これはこれは、雹吾様」
彼は真っ直ぐに入力端末へ向かう。その周りを「絶対見るよ、マルコは見るよ」と煩いハエが飛んでいる。よくあれを潰さずにここまで来れたものだ。忍耐に脱帽、と言いたいところだが、勝ちを確信していればこそだろう。彼はマルコ様が見ているのもお構いなしに数字を入力し、直後鳴り響くエラー音に面食らった。
「…マルコ、もう行くね」
ゆっくりと振り向き、マルコ様が入力ナンバーを見ていた事をことを確認した雹吾様に、マルコ様はそう言った。
「ツイてないな…当たっていれば誰も死なずに済んだ…ツイてなかったな、お前は…」
マルコ様が走り出す。当然、雹吾様も追う。
「死人に口なし。ここで死んでもらう」
開幕だ。脱兎の如く嘘喰いの下へ帰らんとするマルコ様に対し、雹吾様は走りつつも周りを注意深く調べ、すぐに武器になるものを見つけ出した。彼は延長コードのプラグ部分を手に取ると、反対の手でリール部分を前方に放り投げた。面食らい後方を確認しようとしたマルコ様を、雹吾様が文字通り蹴り‘飛ばす’。
「ひっ…きゃあああ!!」
ガラスが割れる音に重なるように、晴乃の悲鳴が響いた。「えっ、嫌っ、嘘っ」と窓に駆け寄る彼女をゆっくり歩いて追う。死ぬ訳がない。‘この高さならやりようはある’のだ。無論、そんな事は信じられない彼女は慌てて下を覗き込み、へなへなとその場に座り込んだ。
「嘘ぉ」
「生きてたか?」
「戦ってますよあの人たち…もうやだ帰りたい」
はぁ〜、と深いため息を吐きながら蹲った彼女だったが、直後ハッとして耳に挿したイヤホンを触ると、「分かった、ありがと夕湖」と言った。
「地上も一戦目が始まりました。夜行掃除人対密葬課・嵐堂公平です」
「門っちをやったのは?」
「箕輪勢一です。嵐堂公平は中度自閉軽度知的の人です」
「何だ?」
「要するに障碍者です」
「戦えるのか?」
「…洗脳されているのと同じ状態です。可哀想に。迷いはないし、力もセーブできない」
「ふーん…なあ、大丈夫か?」
晴乃が、止まる。言われたことの意味を数秒かけてゆっくり理解して、それでも信じられないとばかりにゆっくり俺を見上げて…その驚きと嬉しさがないまぜになった紅頬になんとも言えぬ恥ずかしさを覚え、つい「こっち見るなよ」と言ってしまう。
「らしくないと思ってんだろ」
「いえ、あの、らしくないとは思いませんけど…その、嬉しい、です」
「ああ、そう」
横に座ったのは、単に顔を見られたくなかったから。背に当たるガラスの感触は、いつかの風呂場の磨りガラスを思い出させた。晴乃との縁はこれで一年になる。俺はこの一年で、やっと弱くなれたのだろう。彼女と語り合える程に。
「腰がね…抜けちゃったんですよ…立てない…」
「まあ…吃驚するだろうな」
「はい…死んじゃったかと思ったんです」
「人死を見たばかりだからな…あれが初めてか?」
「ええ…いつか見なきゃいけない日が来るとは分かってましたけど…キツいですね」
「俺も未だに慣れん」
晴乃がまた驚いてこちらを見た。俺が頑なに正面を向いていたので目こそ合わなかったが、彼女が微笑んだのが何となく分かった。
「目蒲さん、優しいですよね」
「お前しか言わんぞ、それ」
「私しか知らないなんて勿体ない」
「お前にも見せているつもりはない」
胡座をかいた膝の上に頬杖をつく。彼女はまだ笑っているんだろうか。確認は、敢えてしない。
「見えちゃうんですもん」
「大変だな」
「そんなこともないですよ」
「知りたくないことも、分かるんだろ、お前」
「知りたくないこと…っていうのは、意外と無くて。ううん、知られたくないことも気付いちゃうのは良くないけど…頑張って気付かないフリをしてるから、まあ」
「それは大変と言わないのか?」
「…言うかなぁ…じゃあ…大変かも。…ああでも、そればっかじゃないですよ。目蒲さんにも、会えましたし」
今度は俺が驚いて彼女を見る番だった。照れて真っ赤になった彼女が俺を見つめ返す。
「…後悔してるって思ってました?」
「お…おう」
「してないって最初に言ったじゃないですか…もう…知ってましたけど…」
「あんな風に…ボロ雑巾みたいになって…軟禁されて…後悔してない筈がないと…」
「それは…嫌か嫌じゃないかでいえばもちろん嫌でしたけど…でも、貴方の側についててあげたかったから」
「…なんで」
彼女は真っ赤な頬に手の甲を当てて冷やしながら、眉間に少し皺を寄せた。ゆっくりと言葉を選んで、口を開く。
「私、理不尽って嫌いで」
「ああ…」
「自分がそういう目に遭うのももちろん嫌ですけど…人が理不尽に遭うのを見る方が嫌なんですよ…その人は悪くないのに、誰もその人を助けないのがやるせなくって…だから、私は助けようって思ってるんです。誰が逃げ出しても、私だけはって」
「要するに…俺は可哀想な誰かさんだった訳だ」
「何ですかそれ…嫌味な…」
「昔お前の大親友に言われた」
「あー…あいつめ。まあ…うーん…そっか。ホントはちょっとだけ違いますけどね」
「どういうことだよ」
「秘密です。…貴方は助かろうとしてなかった。あんなに苦しかったのに。自分じゃどうにもできなかったのに。だから…貴方が私を捕まえてくれた時、頼ってもらえたんだって嬉しかったんです」
「訳分かんねえ」
「いつか分かりますよ」
憎まれ口を叩いたものの、本当は胸にあったものがストンと落ちたのを感じていた。そうなのだ。俺は佐田国様に自分を見ていた。愚直に己を信じ、邁進する姿に強かった自分を。あの時賭郎の猛者の中で埋もれていた自分が、何者かになれる夢を見ていた。
ある筈もない。全ては幻想だったのだ。
最後に残った、ちっぽけな自分以外。
「なあ…お前を監禁して良かったって言ったら、流石に嫌か?」
「嬉しいですよ?当たり前じゃないですか」
「変な女」
「褒め言葉として受け取っておきますね」
彼女は笑う。多分、俺も笑っていた。