からむ宿木
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「目蒲さん落としましたよ」
晴乃さんがそう仰いながら目蒲立会人のハンカチを拾おうと屈まれたところで一閃。捨隈様が懐からナイフをお出しになり、猫議員の首をお掻きになりました。
(ほう)
何、この夜行、これしきでは驚きません。捨隈様が何かをするのは予測できていたことです。あの下郎はもう用済み。下手に生かして足を引っ張られるよりも、ここで殺しておいた方が後のためというもの。私に再三確認をなさったのはその為だったのでしょう。しかし、感心すべきはあの若き立会人です。あのタイミングでハンカチを落としたという事はつまり、一早くこの男が何をするか察知し、彼女を庇ったという事。心が読める彼女と接している内に、彼もまたその能力を得たのでしょうか?
笑止、ですな。ある訳がない。
彼女が顔を上げる前に死体が見えないように立ち位置を変えるあたり、紳士ではありませんか。彼は立派に護衛役を果たしている。それでいい。彼女を守る事は、賭郎を守る事に直結するのですから。
ーーーーーーーーーー
「い~加減寝ろよな~」
「うるさいなあ。ほっといて」
丁度一ヶ月前の夜になりますでしょうか。晴乃さんの素っ気ない声に驚いて、私は事務室を覗き込みました。すぐに気が付いた弥鱈立会人が「ど~も~」と気の抜けた声で挨拶してきますので、私も「お疲れ様です」と返しました。やっと私にお気づきになった晴乃さんが「ぎゃ」と相変わらずの色気のない悲鳴を上げました。
「やだ夜行さん、お疲れ様です」
「ええ、お疲れ様です。だいぶ苛立っておられますね。珈琲でもお入れいたしましょうか」
「すみません、苦いのダメなんです」
「良いものを飲めば変わるかも知れませんよ」
「賭郎の豆でダメならどの豆でもダメですよう。それよりどうされました?」
「何、爺が夜の散歩を楽しんでおっただけですよ」
「またまた」
軽い口調と裏腹に、私の嘘を見抜いた彼女はすっと目を細めます。
「賭けの報酬、くれるんですか?」
「ええ。明日、お時間をいただきたいのですが」
「分かりました。じゃ、夜行さんの部屋に行きますね」
「よろしくお願いします。それより何をしておられたのですか?」
「つまんない事務仕事ですよ」
「その割には、真剣そうでしたが」
埒があかぬと弥鱈立会人を見れば、彼は肩を竦めて「コイツ、立会人だけでは飽き足らず会員まで把握しようと頑張っているんですよ~。余計なお世話だって言ってやってください~」と答えて下さいました。晴乃さんが「言わないでよ」と小さく彼を小突きます。
「ほう。会員の」
「あはは」
「もう立会人に怪我はさせないそうですよ~」
「それはそれは」
もし把握することができれば、賭郎にとっての利益は計り知れません。できれば、の話ですが。
「途方もない話ですね。今は誰の情報を集めておられるのですか?」
問いかけつつも、私は自ら近寄ってパソコンのディスプレイを覗き込みました。
「梟、ですか」
「いえ、梟さんはもう大体分かってて。今はこっちの」
「捨隈悟」
「そう」
「しかし、この男はもう…」
死んでいるのでは、と言いかけ、止める。違う。捨隈様が梟の逆鱗に触れて殺されたとは我々の見解に過ぎない。姿を消しただけ。
「梟さんはこの勝負、態と負けています。だからこの二人は仲間なんです」
「ほう…」
「ホラ正直に言えよ伏龍。何の仲間かは全くわかりませんってよ」
「うるさいばーか」
「お前のがばーか」
睨む晴乃さんと、ヘラヘラと笑う弥鱈立会人。二人のやり取りを見ながら思います。
この方は賭郎でこそ輝く。その直感は間違いではなかった。
「ふむ、いいでしょう。役に立つかは分かりませんが、私が把握している限りの会員の情報をお教えします」
何故なら、彼女は我々の知で暴で、我々を守るのですから。
ーーーーーーーーーー
「なあに目蒲さん」
目蒲さんが突然前に出てきたので面食らって、声を掛けて、直ぐに理解した。
濃い、血の匂いがした。
ぐるぐると巡る感情と思考。さっきのあれ、あの捨隈さんの冷たい目。あれが殺意。初めて知った。本物の殺意はあんなにも静かで、あんなにも鋭い。
この人の背中から出てはいけない。私は卑怯だから、そんな甘えたことを考える。私が向き合うべきものに向き合ってもらおうだなんて良くない。そう分かっていても、体は裏腹。意気地なしの右手が、目蒲さんのスーツの背中を掴んだ。
晴乃さんがそう仰いながら目蒲立会人のハンカチを拾おうと屈まれたところで一閃。捨隈様が懐からナイフをお出しになり、猫議員の首をお掻きになりました。
(ほう)
何、この夜行、これしきでは驚きません。捨隈様が何かをするのは予測できていたことです。あの下郎はもう用済み。下手に生かして足を引っ張られるよりも、ここで殺しておいた方が後のためというもの。私に再三確認をなさったのはその為だったのでしょう。しかし、感心すべきはあの若き立会人です。あのタイミングでハンカチを落としたという事はつまり、一早くこの男が何をするか察知し、彼女を庇ったという事。心が読める彼女と接している内に、彼もまたその能力を得たのでしょうか?
笑止、ですな。ある訳がない。
彼女が顔を上げる前に死体が見えないように立ち位置を変えるあたり、紳士ではありませんか。彼は立派に護衛役を果たしている。それでいい。彼女を守る事は、賭郎を守る事に直結するのですから。
ーーーーーーーーーー
「い~加減寝ろよな~」
「うるさいなあ。ほっといて」
丁度一ヶ月前の夜になりますでしょうか。晴乃さんの素っ気ない声に驚いて、私は事務室を覗き込みました。すぐに気が付いた弥鱈立会人が「ど~も~」と気の抜けた声で挨拶してきますので、私も「お疲れ様です」と返しました。やっと私にお気づきになった晴乃さんが「ぎゃ」と相変わらずの色気のない悲鳴を上げました。
「やだ夜行さん、お疲れ様です」
「ええ、お疲れ様です。だいぶ苛立っておられますね。珈琲でもお入れいたしましょうか」
「すみません、苦いのダメなんです」
「良いものを飲めば変わるかも知れませんよ」
「賭郎の豆でダメならどの豆でもダメですよう。それよりどうされました?」
「何、爺が夜の散歩を楽しんでおっただけですよ」
「またまた」
軽い口調と裏腹に、私の嘘を見抜いた彼女はすっと目を細めます。
「賭けの報酬、くれるんですか?」
「ええ。明日、お時間をいただきたいのですが」
「分かりました。じゃ、夜行さんの部屋に行きますね」
「よろしくお願いします。それより何をしておられたのですか?」
「つまんない事務仕事ですよ」
「その割には、真剣そうでしたが」
埒があかぬと弥鱈立会人を見れば、彼は肩を竦めて「コイツ、立会人だけでは飽き足らず会員まで把握しようと頑張っているんですよ~。余計なお世話だって言ってやってください~」と答えて下さいました。晴乃さんが「言わないでよ」と小さく彼を小突きます。
「ほう。会員の」
「あはは」
「もう立会人に怪我はさせないそうですよ~」
「それはそれは」
もし把握することができれば、賭郎にとっての利益は計り知れません。できれば、の話ですが。
「途方もない話ですね。今は誰の情報を集めておられるのですか?」
問いかけつつも、私は自ら近寄ってパソコンのディスプレイを覗き込みました。
「梟、ですか」
「いえ、梟さんはもう大体分かってて。今はこっちの」
「捨隈悟」
「そう」
「しかし、この男はもう…」
死んでいるのでは、と言いかけ、止める。違う。捨隈様が梟の逆鱗に触れて殺されたとは我々の見解に過ぎない。姿を消しただけ。
「梟さんはこの勝負、態と負けています。だからこの二人は仲間なんです」
「ほう…」
「ホラ正直に言えよ伏龍。何の仲間かは全くわかりませんってよ」
「うるさいばーか」
「お前のがばーか」
睨む晴乃さんと、ヘラヘラと笑う弥鱈立会人。二人のやり取りを見ながら思います。
この方は賭郎でこそ輝く。その直感は間違いではなかった。
「ふむ、いいでしょう。役に立つかは分かりませんが、私が把握している限りの会員の情報をお教えします」
何故なら、彼女は我々の知で暴で、我々を守るのですから。
ーーーーーーーーーー
「なあに目蒲さん」
目蒲さんが突然前に出てきたので面食らって、声を掛けて、直ぐに理解した。
濃い、血の匂いがした。
ぐるぐると巡る感情と思考。さっきのあれ、あの捨隈さんの冷たい目。あれが殺意。初めて知った。本物の殺意はあんなにも静かで、あんなにも鋭い。
この人の背中から出てはいけない。私は卑怯だから、そんな甘えたことを考える。私が向き合うべきものに向き合ってもらおうだなんて良くない。そう分かっていても、体は裏腹。意気地なしの右手が、目蒲さんのスーツの背中を掴んだ。