からむ宿木

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「気がーつけーば、えがーおまーでー、こわーばーる人たーちー」

場違いに明るい声が寒空に響く。さして下手でも上手でもない歌声だが、本人が楽しそうなのでいつも止めずに聞くことにしている。

さて、彼女はどれくらい分かっているのだろうか。俺は目の前に近づいてきた帝国タワーを見上げながら考える。この戦いで、嘘喰いは屋形越えの挑戦権を勝ち取ること。お屋形様はそれをお受けになる気でいること。夜行立会人は切間立会人に強奪戦を挑むつもりでいること。

というか、三番目に関しては俺が伝えていなかったから知る由もないか。

「なあ」

声を掛けると歌声が止まり、何となく勿体無いような気持ちになった。だが、伝えねばなるまい。俺は振り向いた晴乃の不思議そうな目を見つめ返しながら、続ける。

「夜行立会人は號奪戦をするつもりだぞ」
「ああ…ついに決心したんですか」
「ああ、止めてくれるな、と伝えるよう言われた」
「やだなあ。何でそんなことするやら」

彼女はそう言うと、続きを歌い出す。

心が錆びてポケットの中身も生き絶えてる癖に。何を感じてる?私の庭を汚さないで、今は。

心が錆びて、か。俺たちは完璧であるが故に、目の前で起きている事象の先の先まで分かってしまう。何を喜び、何を悲観しろと言うのか。人生は思い通りなのに。そして、だからこそ強大な、運命をも捻じ曲げる存在に惹かれてしまうのだ。仕方があるまい。

夜行立会人が嘘喰いに惹かれるように、俺がお前に惹かれるように。

「そうだ、獏様の次のお相手ってどなたですか?」
「は?…ああ。猫登民政党議員だ」

すると彼女は「へ?!」と大きな声を出したので驚く。

「どうした」
「や、猫登って、あの猫登?!」
「どうした、不勉強なお前でも知ってる議員の名前が出て嬉しいのか」
「違っ…てか待って失礼な!怒りますよ?!」
「既に怒ってるぞ」
「ああもう!」

彼女は一際大きな声で怒鳴ったところで、大きく深呼吸。次に低い声で言った。

「私、高校生の時に猫議員と会ったことありますよ。クラスメイトと援交してたんです」
「…弥鱈立会人と賭郎勝負した相手か」
「それです」

「まだ生きてたんですねえ」と言う声は本当に嫌そうで、同情よりむしろ笑えた。

「お前は分かりやすいな」
「何ですか突然」
「いや。猫は鞍馬蘭子の傀儡だ。恐らく、お前に負け、鞍馬に弱みを握られたその日からな」
「でしょうね。ざまあみやがれです」
「えらく突き放すじゃないか」
「私も善人じゃありませんからね。酷いことしたなら、報いを受けないと。…このこと、嘘喰いは?」
「知らない筈だ」
「なんというか、運が悪い」
「お前と同じだな。兄妹か?」
「まさか」

彼女は帝国タワーの入り口に目を向ける。そして「うわ、ホントにいるよ。やだなあ」と苦虫を噛み潰したような顔をした。

「ああそうだ目蒲さん。一応、伝えておきます」

彼女はこちらを見上げる。

「もし、猫議員と一緒にいるのが鞍馬さんならいいんですけど…もしも、捨隈さんだったら…この戦い、鞍馬組とアイデアル、そして獏様の三つ巴になります。気合い入れておいて下さいね…って、貴方にはいいニュースでしたか」
「分かるか」
「顔に書いてあります、楽しそうって」

捨隈悟。成る程、その二つと繋がっていたとはな。しかも専属である亘立会人は先日この女に櫛灘立会人捜索の命を受け、羨ましいことにグランドキャニオン旅行に行っている。となれば、来るのは切間立会人。號奪戦も必ず起きる。最高の場に居合わせることが出来そうだ。
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