沈丁花の約束
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気付けば彼女が腕の中にいた。佐田国様の笑い声。よくやったぞ目蒲!そのまま殺せ!
そうだ。俺はこの子の首筋を叩いたんだった。
でも、なんで。
俺がこの子を止めたかったからだ。
でも、なんで。
かさかさの髪の毛。その中心にあるつむじを見つめる。渦巻く思考。俺はこの子をどうしたかったんだっけか。
「どうした目蒲!そいつを始末しろ!」
始末しろ、か。そうだ。そうだった。
バツン、と音を立てて記憶が流れ出す。俺は立ち戻る、あの魔法のような夜へ。
「あの女、始末しろ」
「はい」
佐田国様が手短に命令した。彼女が鮮やかに佐田国様を下し、沸き立つ廃坑の中での出来事だった。俺は反射的に頷き、彼女を自分の車へと誘導した。家へ送ると言えば、彼女は何も疑わずついてきた。
「目隠ししなくていいんですか?行きはさせられたんですけど」
「いえ。もう必要ありませんので」
「へえ。勝ったからですか?」
「おや、意外と鈍いですねぇ…あなたをここで始末するよう命令を受けているからですよ」
ミラー越しに見る彼女の目が、見開かれる。命乞いをするだろうか。俺はミラーを気にしつつ、車を道路脇に停めた。
振り返ったその瞬間、彼女は怯えの表情を緩やかに安堵に変えた。そう、確かに俺の言葉より先に微笑みがあった。今だから思う。俺は見抜かれていたのだ。
「逃してもらえませんか…?」
「私が殺さずとも、そのまま家に帰れば確実に佐田国様の手のものがあなたを殺すでしょうからねえ」
「何とか…」
「どうでしょう、暫く私に匿われる気はありませんか?」
「助けて、くれるんですか?」
「そう捉えて頂いて構いません」
彼女の微笑みはどんどん大きくなっていき、最後には極上の笑顔になる。
「ありがとうございます、目蒲さん!」
元気のいい感謝の言葉を思い出せば、思わず口角が上がった。
そうだ。ああそうだ。単純な事だった。目が覚めた。どうかしていた。
「出来かねます、佐田国様」
「は?」
「出来ない、と申し上げたのです。以前ご命令を受けた時も出来ませんでした。私には、出来ません」
爽快な気分だった。出来ない事だってある。それを認めるだけでよかったんだ。
「な、何故だ目蒲!」
「さぁ~?なにせ三ヶ月虐待を続けても死にませんでしたからねぇ。死なないように出来てるんじゃないですか?」
「そんなわけあるか!さっさと縊り殺せ!」
「佐田国様。出来かねると、そう申し上げたのです」
佐田国様の顔が赤らんでいく。あなたの期待に添えないのは、俺にはまだ辛い。
「佐田国様。私はあなたに尽くして参りました。危ない橋も、幾多も渡ってきたつもりです。全ては佐田国様、あなたの理想の為に。あなたが少しでも多く金を手に入れることが出来るように、全力を尽くして参りました。しかし、彼女だけはどうにも無理だった。そこを汲んで頂きたい」
「女に絆されたか…下らん。お前も分かっていたはずだ」
佐田国様は大きくため息をつき、言った。
「俺の望みは大量虐殺…死ねばよかったのだ。より多くの死!!より多くの命を踏みにじれればそれでよかった!その女も、全員!!」
分かっておりましたとも。返す言葉を悩む俺に代わって、佐田国様の前に出たのは嘘喰いだった。
「何だ?ゴミ虫…」
佐田国様の問い掛けに、嘘喰いは無言で返す。佐田国様は合点がいったという顔で、続けた。
「哀れにもがき苦しむ姿が見たいのなら期待はずれだ…。これは天命…そこの腰抜けとは違い、俺は死など恐れん!」
「天命じゃ、ない!アンタが死ぬのは…報いだ。あの子は中々良いことを言っていたね。アンタがやった事は正しい事ではなかったから、アンタは正しく報われない。これは下らん革命下らん人殺しの報いだ」
彼女の言葉が、彼女の意思が嘘喰いを通じて佐田国様を襲う。佐田国様は勝てなかったのだ、このちっぽけな女の子に。嘘喰いが突きつけるのは、まさにそのことだった。
「ところで佐田ちゃんどうして…死んだこともないのに死ぬのが怖くないって分かるの?」
そう言って嘘喰いは佐田国様の眼鏡を踏み割った。キリキリとロープが締まり始める。佐田国様は動じない。そう、死など恐れるはずがないのだ。そんな感情などとうの昔に克服している。奪う事に躊躇のない方だった。何も恐れぬ方だった。いつだって命を捨てる気概で臨んできた。そのお側にいられたことに今も悔いはない。情けなくも土壇場で尻尾を巻いて逃げてしまったが…
「ぐっ…うう~」
佐田国様の呻き声。俺は顔を上げる。佐田国様が俺と、腕の中の彼女を見ていた。
「むぅ…こっ、こんなところで俺は、死ねるか!くそぉ~!助けろ!どちらでもいい~!死にたくない~!」
背筋が凍る、とはまさにこの事だった。それを、俺たちに、言うのか。
「ふ…ふざけるな!なんだそれは!今さら…醜態を晒すな!俺は…俺たちは何のためにこんな…こんな…!」
頭が真っ白になる。この感情をなんと表せばいい。
俺には最早、佐田国様がもがくのを呆然と見ていることしかできなかった。
「痛えだろ?佐田ちゃん…。死なせないよ、怪物のままは。せめて人として、ね」
「ふぅ…終わった終わった。会員に魅せられるのは勝手だけど相手は選ばなきゃね、目蒲…。立会人の質が最近落ちたのか?まっ、それはさておき…目蒲、君、大事に抱えるのはいいけどさ、それ以上骨が折れたら死ぬんじゃない?彼女」
俺は慌てて彼女を車椅子に戻す。その様子を嘘喰いが見て笑った。
そうだ。俺はこの子の首筋を叩いたんだった。
でも、なんで。
俺がこの子を止めたかったからだ。
でも、なんで。
かさかさの髪の毛。その中心にあるつむじを見つめる。渦巻く思考。俺はこの子をどうしたかったんだっけか。
「どうした目蒲!そいつを始末しろ!」
始末しろ、か。そうだ。そうだった。
バツン、と音を立てて記憶が流れ出す。俺は立ち戻る、あの魔法のような夜へ。
「あの女、始末しろ」
「はい」
佐田国様が手短に命令した。彼女が鮮やかに佐田国様を下し、沸き立つ廃坑の中での出来事だった。俺は反射的に頷き、彼女を自分の車へと誘導した。家へ送ると言えば、彼女は何も疑わずついてきた。
「目隠ししなくていいんですか?行きはさせられたんですけど」
「いえ。もう必要ありませんので」
「へえ。勝ったからですか?」
「おや、意外と鈍いですねぇ…あなたをここで始末するよう命令を受けているからですよ」
ミラー越しに見る彼女の目が、見開かれる。命乞いをするだろうか。俺はミラーを気にしつつ、車を道路脇に停めた。
振り返ったその瞬間、彼女は怯えの表情を緩やかに安堵に変えた。そう、確かに俺の言葉より先に微笑みがあった。今だから思う。俺は見抜かれていたのだ。
「逃してもらえませんか…?」
「私が殺さずとも、そのまま家に帰れば確実に佐田国様の手のものがあなたを殺すでしょうからねえ」
「何とか…」
「どうでしょう、暫く私に匿われる気はありませんか?」
「助けて、くれるんですか?」
「そう捉えて頂いて構いません」
彼女の微笑みはどんどん大きくなっていき、最後には極上の笑顔になる。
「ありがとうございます、目蒲さん!」
元気のいい感謝の言葉を思い出せば、思わず口角が上がった。
そうだ。ああそうだ。単純な事だった。目が覚めた。どうかしていた。
「出来かねます、佐田国様」
「は?」
「出来ない、と申し上げたのです。以前ご命令を受けた時も出来ませんでした。私には、出来ません」
爽快な気分だった。出来ない事だってある。それを認めるだけでよかったんだ。
「な、何故だ目蒲!」
「さぁ~?なにせ三ヶ月虐待を続けても死にませんでしたからねぇ。死なないように出来てるんじゃないですか?」
「そんなわけあるか!さっさと縊り殺せ!」
「佐田国様。出来かねると、そう申し上げたのです」
佐田国様の顔が赤らんでいく。あなたの期待に添えないのは、俺にはまだ辛い。
「佐田国様。私はあなたに尽くして参りました。危ない橋も、幾多も渡ってきたつもりです。全ては佐田国様、あなたの理想の為に。あなたが少しでも多く金を手に入れることが出来るように、全力を尽くして参りました。しかし、彼女だけはどうにも無理だった。そこを汲んで頂きたい」
「女に絆されたか…下らん。お前も分かっていたはずだ」
佐田国様は大きくため息をつき、言った。
「俺の望みは大量虐殺…死ねばよかったのだ。より多くの死!!より多くの命を踏みにじれればそれでよかった!その女も、全員!!」
分かっておりましたとも。返す言葉を悩む俺に代わって、佐田国様の前に出たのは嘘喰いだった。
「何だ?ゴミ虫…」
佐田国様の問い掛けに、嘘喰いは無言で返す。佐田国様は合点がいったという顔で、続けた。
「哀れにもがき苦しむ姿が見たいのなら期待はずれだ…。これは天命…そこの腰抜けとは違い、俺は死など恐れん!」
「天命じゃ、ない!アンタが死ぬのは…報いだ。あの子は中々良いことを言っていたね。アンタがやった事は正しい事ではなかったから、アンタは正しく報われない。これは下らん革命下らん人殺しの報いだ」
彼女の言葉が、彼女の意思が嘘喰いを通じて佐田国様を襲う。佐田国様は勝てなかったのだ、このちっぽけな女の子に。嘘喰いが突きつけるのは、まさにそのことだった。
「ところで佐田ちゃんどうして…死んだこともないのに死ぬのが怖くないって分かるの?」
そう言って嘘喰いは佐田国様の眼鏡を踏み割った。キリキリとロープが締まり始める。佐田国様は動じない。そう、死など恐れるはずがないのだ。そんな感情などとうの昔に克服している。奪う事に躊躇のない方だった。何も恐れぬ方だった。いつだって命を捨てる気概で臨んできた。そのお側にいられたことに今も悔いはない。情けなくも土壇場で尻尾を巻いて逃げてしまったが…
「ぐっ…うう~」
佐田国様の呻き声。俺は顔を上げる。佐田国様が俺と、腕の中の彼女を見ていた。
「むぅ…こっ、こんなところで俺は、死ねるか!くそぉ~!助けろ!どちらでもいい~!死にたくない~!」
背筋が凍る、とはまさにこの事だった。それを、俺たちに、言うのか。
「ふ…ふざけるな!なんだそれは!今さら…醜態を晒すな!俺は…俺たちは何のためにこんな…こんな…!」
頭が真っ白になる。この感情をなんと表せばいい。
俺には最早、佐田国様がもがくのを呆然と見ていることしかできなかった。
「痛えだろ?佐田ちゃん…。死なせないよ、怪物のままは。せめて人として、ね」
「ふぅ…終わった終わった。会員に魅せられるのは勝手だけど相手は選ばなきゃね、目蒲…。立会人の質が最近落ちたのか?まっ、それはさておき…目蒲、君、大事に抱えるのはいいけどさ、それ以上骨が折れたら死ぬんじゃない?彼女」
俺は慌てて彼女を車椅子に戻す。その様子を嘘喰いが見て笑った。