アイリス・アポロは野に咲いて
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「ちゃんと馬鹿っぽく見えます?」
「は?」
「なら、よし」
彼女はその若作りな唇の端を上げ、跳ねるように軽やかに鴉山の元へと寄って、「お疲れ様でえす」と間延びした声をかけた。振り返った鴉山は陰鬱な目で彼女を睨む。何となく目蒲立会人を彷彿とさせた。
「君は」
「ひどおい、名乗ったじゃないですかあ。ほらあ、打ち合わせで弥鱈立会人と一緒にいた…」
「ああ」
正体が割れたらいよいよ興味がなくなった様子で、彼は露骨に彼女から視線を外した。伏龍さんはそんな彼の視線の先に回り込む。
「あ、ひどおい!何でそんなに素っ気ないんですかあ?」
「何でってねえ…」
「んー?」
露骨な上目遣い。何を狙ってるんだこの人。色仕掛けをするには素材が…いや、この人心が読めるんだった。危ない危ない。
閑話休題。
伏龍さんはすっと目を細める。そして「私のこと嫌いですかあ?」と聞いた。顔をしかめる鴉山を真正面から捉えつつ、彼女はさらに笑みを深めた。
「えー、嫌い?そんなあ。でも私、結構尽くすタイプですよお?浮気もしませんしぃ、夜だって頑張る方!」
なんて事を。
「てゆーか、知事だなんて凄いですよねえ。元総務省で、って、何かかっこいいし。憧れちゃいますう。なんかあ、出世街道を駆け抜けてきたエリートって感じで」
やっぱり大変でしたよねえ、と首を傾げながら、彼女はすっと目を細めた。その一瞬、空気がピンと張り詰めた。恐らく鴉山は気付かない。戦闘経験を積んだ私たち黒服にしか感じ取れない、僅かな気配。
「お疲れ様」
彼女はその空気をほぐすように柔らかな笑顔を作ると、そう言った。鴉山はそれに面食らって目を丸くし、しばらくの後「ああ」とだけ言った。
「大変でしたよね」
「いや、そうでもない。楽しいことも多かったさ」
「楽しいこと」
「ああ…」
そこで鴉山は表情を和らげ、いくつかの昔話を語り出す。彼女はその話の一つ一つにころころと変わる表情と話を邪魔しない絶妙な相槌で応える。
話が楽しいこと、やりがいがあったこと、苦労したことと移ろい、ついに彼は口を割った。
「立会人の補佐なら、雪井出氏の事は知っているね」
「ええ」
待ちかねた展開である事を一切気取らせず、彼女は頷いた。
「あの時ばかりは肝を冷やした」
「あらー、そんな大変だったんですかあ」
「最初は総務省の施設をどこに売却するかの、些細な問題だったんだよ。それをアイツ…」
「ふうん」
伏龍さんは興味がないという顔をした。いいの?と驚いたのも束の間。鴉山は短く笑った。
「知っているか」
「ええ」
彼女は肩を竦め、「優秀だったでしょ、うちのスタッフ」と言った。鴉山が頷くと、伏龍さんも当然だと言わんばかりに大きく頷く。
「でもね、恩を仇で返す人にはうちのスタッフはもったいないんですよう」
「は?」
「あなた、嘘喰いの賭けを受けちゃいましたよね。困るんです、あれ。真実を暴れて困るのはあなただけじゃない。勝手に受けないで頂きたい」
「はて、そんな文言は契約時にはなかったがね」
「雪井出氏とあなたがどんな契約を交わしたかは我々が関知するところではありません。今回の問題はね、あなたが我々が守ると約束していた範疇を超えてしまったって事。賭けのテーブルに乗せた時点で危ない事は分かっていたでしょう?ダーティーな仕事はね、普通の仕事よりももっとずっとお互いの信頼が必要なんです。なのにあなたはそれを蔑ろにした。だから我々は怒っているんです」
顔には笑みを貼り付けたまま、伏龍さんは鴉山を睨みつける。
「…どうしろと?」
「放棄して下さい、賭郎のアフターケア」
「それは困る」
「困られても、困る。別に今まで隠蔽した事を全て無かったことにするとは言ってません。これ以上のサービスはないよってだけです。後の秘密は自分で守ればいいだけ。守れるから、今回賭けを受けたんでしょう?」
彼女は鴉山をじっと睨んだまま、小首を傾げる。その深い墨色が彼から言葉を取り上げた。
彼の額から汗が零れ、その雫を追うように目を伏せた時、伏龍さんは「この書類にサインして下さい」と言った。
「は?」
「なら、よし」
彼女はその若作りな唇の端を上げ、跳ねるように軽やかに鴉山の元へと寄って、「お疲れ様でえす」と間延びした声をかけた。振り返った鴉山は陰鬱な目で彼女を睨む。何となく目蒲立会人を彷彿とさせた。
「君は」
「ひどおい、名乗ったじゃないですかあ。ほらあ、打ち合わせで弥鱈立会人と一緒にいた…」
「ああ」
正体が割れたらいよいよ興味がなくなった様子で、彼は露骨に彼女から視線を外した。伏龍さんはそんな彼の視線の先に回り込む。
「あ、ひどおい!何でそんなに素っ気ないんですかあ?」
「何でってねえ…」
「んー?」
露骨な上目遣い。何を狙ってるんだこの人。色仕掛けをするには素材が…いや、この人心が読めるんだった。危ない危ない。
閑話休題。
伏龍さんはすっと目を細める。そして「私のこと嫌いですかあ?」と聞いた。顔をしかめる鴉山を真正面から捉えつつ、彼女はさらに笑みを深めた。
「えー、嫌い?そんなあ。でも私、結構尽くすタイプですよお?浮気もしませんしぃ、夜だって頑張る方!」
なんて事を。
「てゆーか、知事だなんて凄いですよねえ。元総務省で、って、何かかっこいいし。憧れちゃいますう。なんかあ、出世街道を駆け抜けてきたエリートって感じで」
やっぱり大変でしたよねえ、と首を傾げながら、彼女はすっと目を細めた。その一瞬、空気がピンと張り詰めた。恐らく鴉山は気付かない。戦闘経験を積んだ私たち黒服にしか感じ取れない、僅かな気配。
「お疲れ様」
彼女はその空気をほぐすように柔らかな笑顔を作ると、そう言った。鴉山はそれに面食らって目を丸くし、しばらくの後「ああ」とだけ言った。
「大変でしたよね」
「いや、そうでもない。楽しいことも多かったさ」
「楽しいこと」
「ああ…」
そこで鴉山は表情を和らげ、いくつかの昔話を語り出す。彼女はその話の一つ一つにころころと変わる表情と話を邪魔しない絶妙な相槌で応える。
話が楽しいこと、やりがいがあったこと、苦労したことと移ろい、ついに彼は口を割った。
「立会人の補佐なら、雪井出氏の事は知っているね」
「ええ」
待ちかねた展開である事を一切気取らせず、彼女は頷いた。
「あの時ばかりは肝を冷やした」
「あらー、そんな大変だったんですかあ」
「最初は総務省の施設をどこに売却するかの、些細な問題だったんだよ。それをアイツ…」
「ふうん」
伏龍さんは興味がないという顔をした。いいの?と驚いたのも束の間。鴉山は短く笑った。
「知っているか」
「ええ」
彼女は肩を竦め、「優秀だったでしょ、うちのスタッフ」と言った。鴉山が頷くと、伏龍さんも当然だと言わんばかりに大きく頷く。
「でもね、恩を仇で返す人にはうちのスタッフはもったいないんですよう」
「は?」
「あなた、嘘喰いの賭けを受けちゃいましたよね。困るんです、あれ。真実を暴れて困るのはあなただけじゃない。勝手に受けないで頂きたい」
「はて、そんな文言は契約時にはなかったがね」
「雪井出氏とあなたがどんな契約を交わしたかは我々が関知するところではありません。今回の問題はね、あなたが我々が守ると約束していた範疇を超えてしまったって事。賭けのテーブルに乗せた時点で危ない事は分かっていたでしょう?ダーティーな仕事はね、普通の仕事よりももっとずっとお互いの信頼が必要なんです。なのにあなたはそれを蔑ろにした。だから我々は怒っているんです」
顔には笑みを貼り付けたまま、伏龍さんは鴉山を睨みつける。
「…どうしろと?」
「放棄して下さい、賭郎のアフターケア」
「それは困る」
「困られても、困る。別に今まで隠蔽した事を全て無かったことにするとは言ってません。これ以上のサービスはないよってだけです。後の秘密は自分で守ればいいだけ。守れるから、今回賭けを受けたんでしょう?」
彼女は鴉山をじっと睨んだまま、小首を傾げる。その深い墨色が彼から言葉を取り上げた。
彼の額から汗が零れ、その雫を追うように目を伏せた時、伏龍さんは「この書類にサインして下さい」と言った。