沈丁花の約束
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特にこだわりのある勝負でもなかったようだけど、やっぱり負けるのはそれなりに悔しかったらしい。お屋形様はご機嫌斜めといった表情。それでもおじいさんが何事か囁くのを聞いて、素直に立ち上がった。
「ロケットかー…そうだよね。会員の鞍馬さんの言う通り、発射されたのはロケット…賭けていたのはミサイルが発射されるか否かだったからねー」
コツコツと革靴が音を立てる。お屋形様の思考のリズムを示すように。
「ロケットは山中に着弾…この廃坑に国家暴力が踏み入る事はまず無いが、周辺にはさすがに手が入るだろう。長居は無用か…」
お屋形様は顔を上げ、こちらを見据える。突然矛先を向けられ、私達はつい背筋を伸ばす。
「號奪戦…この決着あと5秒でつけろ」
夜行さんの頬は緩み、目蒲さんの頬は引き攣る。なるほど夜行さんの方が強いらしい。
「この戦いを見て思った…今の號奪戦は廃止だ。號という位の為、プライドを賭けて戦っていた先人の立会人達に申し訳ない…試合中に仲良く僕らの観戦してるし…號数に古来からの立会人としての意味を取り戻し、號奪戦は生まれ変わる」
痛いところを突かれた二人の目が泳いだのには構わず、お屋形様は次に佐田国さんを見た。
「そして佐田国くんの首吊りを見届けて、今日はお開きにするとしよう」
いいね?そう尋ねるお屋形様に、異を唱える人はいない。
コツコツ。夜行さんが中央に出て行く足音。対する目蒲さんは中々歩き出さないのが少し笑えた。
「負けるの嫌ですか」
「なんで負ける前提なんだよ」
「勝てる気がしないって、顔に書いてありますよ」
仏頂面を作る様が面白くて、私はいよいよ笑えてしまう。
「なら、こうしましょっか。あなたが潔く殴られてきたら私はあなたにボコボコにされたことを水に流します」
あからさまに目蒲さんの目が泳ぐ。
「あれは、お前が喧嘩を売ってくるから…」
「目蒲さん?」
「………いってきます」
「負けたら指差して笑ってあげますからね」
中指を立てて中央に出ていく目蒲さん。
瞬殺されたのは、言うまでもない。
「さて…勝負は終わり…號奪戦は失敗だ。目蒲は粛清!」
「ええ!?」
衝撃のあまり叫んだ。いそいそと佐田国さんと目蒲さんの首にロープを掛けようとしていた黒服さんの手が止まり、お屋形様は面倒臭そうにこちらを向く。
「君が救ったはいいけど、號奪戦に負けたから死ぬってこともあるよね。君、目蒲の名誉を守った上で殉職させるために働きなよ」
「そんな…そんな無茶苦茶が…」
「だって、君はこの条件で承諾して、目蒲は號奪戦に負けたんだから」
「そんな…そんな無茶苦茶が通るなら、なら私も、死にますけど、いいですよね。せっかくスカウトしに来たはいいけど、相手が監禁中の怪我で死んじゃうってことも、ありますもんね」
お屋形様の表情を見つめる。無茶苦茶を言っている自覚はあったけど、意外にもこれはもう一押し。
「せっかく遠路はるばるやって来たのに気楽な気持ちで受けた賭けには負けるしスカウト相手は死んじゃった。世の中そんなもんですよね」
「…自殺は許さないよ」
「自殺じゃないです衰弱死です。大分前から目蒲さんにはもうすぐ死ぬぞって言われてましたもん。咳するともれなく血が出ますし、今だって一周回って体痛くないですし。気を抜いたら死ぬ状態なので多分次寝たら目が覚めません」
めんどくさい女だな!とお屋形様の表情が語っていた。職業柄よく見る表情である。だからこそ、経験上確信した。これはあっちが折れてくれるパターンだ。
「…わかったよ。君が有用性を示し続けられなければ、目蒲は粛清だから」
ほらね!私は高らかにガッツポーズ。山口さんを筆頭に、目蒲さんの部下の数人が拍手をしてくれた。しれっとした顔をしながらも目蒲さんを心配していたのだろう。目蒲さんが大好きな、いい人たちだと思う。拍手に応えようとそちらを向くと、同じ方向に首にロープを巻いた佐田国さんがいた。
「なんですか、その顔」
興ざめだ。本心からそう思った。だってそうでしょ?
「自分も助けてくれないかだなんて、そんなムシのいい話、ある訳ないじゃないですか。私が目蒲さんを助けたのは、この人が守ってくれたからです。あなたから、私を。私はこの人のこといい人だなって思って、部下の人たちから愛されてる姿を見てああやっぱりいい人なんだなって確信して、それで助けようって思ったんです」
「馬鹿を言うな!俺は死など恐れん!」
「ならその目で見るのをやめなさいよ!自分ばっかりそうやって!浩一君のお父さんがその目であなたを見て、あなたは何をした!?」
怒鳴られ、怒鳴り返す。一文字ごとに喉がひりひりと痛む。
「弱者は死ぬ!当然だ!」
「誰が弱者よそんなん誰が決めたのよ!私に負けたような男が偉そ」
まで言ったところで、よく知った苦味と吐き気。ごぽ、と咳によく似た音と共に、私は目蒲さんが用意してくれたワンピースを真っ赤に汚した。ざわつく廃坑。目蒲さんが止めようとする声。うるさいな。
「ははははは!!弱者は死ぬ!言ったぞ!お前が弱者だ!俺じゃない!」
勝ち誇った笑み。初めてあった時と同じもの。
「死なないわよ。死なない約束だもん」
その顔をして、私に負けたじゃない。
「偉そうに。いい?私が怒ってるのはね、あなたが私を殺そうとしたからじゃない。あなたが私たちを尊重しなかったからよ」
「はっ!貴様等など」
「うるさ」
ごぽ。
大声なんか出すんじゃなかった。真っ白かったワンピースがどんどんまだらに染まる。もう話すなって、目蒲さんが叫んだ。
「目蒲さん、ごめんなさい」
それを見ていたら、つい口をついてそんな言葉が出た。でも、今言う事じゃないな。私は口元を拭い、佐田国さんを再び睨む。
「つまんないテロのためによくも浩一君を殺そうとしてくれたわね。教え子を助けようとする私を、よくも笑ったわね。あなたを助けようとする目蒲さんを、よくも雑に扱ってくれたわね。あなたを助ける人が誰もいないのは、あなたが誰も尊重してこなかったからよ。あなたの夢を平気で利用する人がいるのは、あなたのために苦しんでくれる人を平気で利用したからよ。だからあなたはちゃんと目蒲さんに」
あれ?
ぐらり、世界が揺れる。
「ロケットかー…そうだよね。会員の鞍馬さんの言う通り、発射されたのはロケット…賭けていたのはミサイルが発射されるか否かだったからねー」
コツコツと革靴が音を立てる。お屋形様の思考のリズムを示すように。
「ロケットは山中に着弾…この廃坑に国家暴力が踏み入る事はまず無いが、周辺にはさすがに手が入るだろう。長居は無用か…」
お屋形様は顔を上げ、こちらを見据える。突然矛先を向けられ、私達はつい背筋を伸ばす。
「號奪戦…この決着あと5秒でつけろ」
夜行さんの頬は緩み、目蒲さんの頬は引き攣る。なるほど夜行さんの方が強いらしい。
「この戦いを見て思った…今の號奪戦は廃止だ。號という位の為、プライドを賭けて戦っていた先人の立会人達に申し訳ない…試合中に仲良く僕らの観戦してるし…號数に古来からの立会人としての意味を取り戻し、號奪戦は生まれ変わる」
痛いところを突かれた二人の目が泳いだのには構わず、お屋形様は次に佐田国さんを見た。
「そして佐田国くんの首吊りを見届けて、今日はお開きにするとしよう」
いいね?そう尋ねるお屋形様に、異を唱える人はいない。
コツコツ。夜行さんが中央に出て行く足音。対する目蒲さんは中々歩き出さないのが少し笑えた。
「負けるの嫌ですか」
「なんで負ける前提なんだよ」
「勝てる気がしないって、顔に書いてありますよ」
仏頂面を作る様が面白くて、私はいよいよ笑えてしまう。
「なら、こうしましょっか。あなたが潔く殴られてきたら私はあなたにボコボコにされたことを水に流します」
あからさまに目蒲さんの目が泳ぐ。
「あれは、お前が喧嘩を売ってくるから…」
「目蒲さん?」
「………いってきます」
「負けたら指差して笑ってあげますからね」
中指を立てて中央に出ていく目蒲さん。
瞬殺されたのは、言うまでもない。
「さて…勝負は終わり…號奪戦は失敗だ。目蒲は粛清!」
「ええ!?」
衝撃のあまり叫んだ。いそいそと佐田国さんと目蒲さんの首にロープを掛けようとしていた黒服さんの手が止まり、お屋形様は面倒臭そうにこちらを向く。
「君が救ったはいいけど、號奪戦に負けたから死ぬってこともあるよね。君、目蒲の名誉を守った上で殉職させるために働きなよ」
「そんな…そんな無茶苦茶が…」
「だって、君はこの条件で承諾して、目蒲は號奪戦に負けたんだから」
「そんな…そんな無茶苦茶が通るなら、なら私も、死にますけど、いいですよね。せっかくスカウトしに来たはいいけど、相手が監禁中の怪我で死んじゃうってことも、ありますもんね」
お屋形様の表情を見つめる。無茶苦茶を言っている自覚はあったけど、意外にもこれはもう一押し。
「せっかく遠路はるばるやって来たのに気楽な気持ちで受けた賭けには負けるしスカウト相手は死んじゃった。世の中そんなもんですよね」
「…自殺は許さないよ」
「自殺じゃないです衰弱死です。大分前から目蒲さんにはもうすぐ死ぬぞって言われてましたもん。咳するともれなく血が出ますし、今だって一周回って体痛くないですし。気を抜いたら死ぬ状態なので多分次寝たら目が覚めません」
めんどくさい女だな!とお屋形様の表情が語っていた。職業柄よく見る表情である。だからこそ、経験上確信した。これはあっちが折れてくれるパターンだ。
「…わかったよ。君が有用性を示し続けられなければ、目蒲は粛清だから」
ほらね!私は高らかにガッツポーズ。山口さんを筆頭に、目蒲さんの部下の数人が拍手をしてくれた。しれっとした顔をしながらも目蒲さんを心配していたのだろう。目蒲さんが大好きな、いい人たちだと思う。拍手に応えようとそちらを向くと、同じ方向に首にロープを巻いた佐田国さんがいた。
「なんですか、その顔」
興ざめだ。本心からそう思った。だってそうでしょ?
「自分も助けてくれないかだなんて、そんなムシのいい話、ある訳ないじゃないですか。私が目蒲さんを助けたのは、この人が守ってくれたからです。あなたから、私を。私はこの人のこといい人だなって思って、部下の人たちから愛されてる姿を見てああやっぱりいい人なんだなって確信して、それで助けようって思ったんです」
「馬鹿を言うな!俺は死など恐れん!」
「ならその目で見るのをやめなさいよ!自分ばっかりそうやって!浩一君のお父さんがその目であなたを見て、あなたは何をした!?」
怒鳴られ、怒鳴り返す。一文字ごとに喉がひりひりと痛む。
「弱者は死ぬ!当然だ!」
「誰が弱者よそんなん誰が決めたのよ!私に負けたような男が偉そ」
まで言ったところで、よく知った苦味と吐き気。ごぽ、と咳によく似た音と共に、私は目蒲さんが用意してくれたワンピースを真っ赤に汚した。ざわつく廃坑。目蒲さんが止めようとする声。うるさいな。
「ははははは!!弱者は死ぬ!言ったぞ!お前が弱者だ!俺じゃない!」
勝ち誇った笑み。初めてあった時と同じもの。
「死なないわよ。死なない約束だもん」
その顔をして、私に負けたじゃない。
「偉そうに。いい?私が怒ってるのはね、あなたが私を殺そうとしたからじゃない。あなたが私たちを尊重しなかったからよ」
「はっ!貴様等など」
「うるさ」
ごぽ。
大声なんか出すんじゃなかった。真っ白かったワンピースがどんどんまだらに染まる。もう話すなって、目蒲さんが叫んだ。
「目蒲さん、ごめんなさい」
それを見ていたら、つい口をついてそんな言葉が出た。でも、今言う事じゃないな。私は口元を拭い、佐田国さんを再び睨む。
「つまんないテロのためによくも浩一君を殺そうとしてくれたわね。教え子を助けようとする私を、よくも笑ったわね。あなたを助けようとする目蒲さんを、よくも雑に扱ってくれたわね。あなたを助ける人が誰もいないのは、あなたが誰も尊重してこなかったからよ。あなたの夢を平気で利用する人がいるのは、あなたのために苦しんでくれる人を平気で利用したからよ。だからあなたはちゃんと目蒲さんに」
あれ?
ぐらり、世界が揺れる。