二輪草の選択
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目蒲さんの助言で、南方さんを呼んでみた。「Lファイル見せて下さい」と頼んでみたら「何言ってるの女史。いくら女史の頼みでも駄目だよ」と呆れられてしまった。ついでに目蒲さんにも「お前の辞書には交渉という言葉はないのか」と呆れられた。
どうにもムカついたので、目にものを見せてやろうと思う。
「交渉なんてうざったらしい事、先生はしません」
「やだこの子、何か言い出した」
「先生が譲歩しちゃいけないんです。だって、先生は教室のルールなんだから」
ふざけた話だよな、と思う。
だけど、私はそうやって生きてきた。
呆れる彼を他所に、私はデスクに適当な裏紙を広げて置いた。そして、「手、おいて下さい。ここの紙の上」と言う。南方さんは「はい?」と訝しみながらも素直に紙の上に手を乗せた。私は引き出しから黒いマジックを取り出し、その手の輪郭をとる。
「いいですか?この下にLファイルがある。この掌を退けたらLファイルが見えちゃいますよ」
「何の話よ」
「つまり、賭けましょうよ、って事です。今から私は十分間必死でこの掌を退けようとします。この掌が動いたら私の勝ち。動かなかったら南方さんの勝ち」
南方さんは、はあ、と間の抜けた声を出した。返事と取れなくもない。私は了解を得たということにして、先へ進める。
「何、女史。どうしてそんなにLファイルが欲しいのかね?」
「平和のためですよ、私達のね」
ーーーーーーーーーー
奇妙な矛盾だ、と思う。俺達の平和の為に、晴乃は今から南方立会人を負かすだから。
彼女は自分のデスクの引き出しを開けると、むんずと筆記用具を掴み、机上に広げた。その上に人差し指を這わせながら暫く逡巡すると、フェルトペンを選び取る。
「多分、南方さんにも目蒲さんにもご理解いただけないと思いますが、私はこれが苦手なんですよ。すぐ指に当てちゃう」
何の話か。首を傾げる俺達を上目遣いで見て笑うと、彼女はきゅぽ、とペンの蓋を取った。
「手、退かしちゃダメですよ。Lファイルを守りたいなら」
彼女はそう微笑みながら南方立会人の親指と人差し指の間にペンを立てる。それを持ち上げるとゆっくりとそれを次は人差し指と中指の間に移動させた。
とん。とん。とん。
ゆっくりと南方立会人の指の間を移動するペン先。
とん。とん。とん、とん、とんっ。
段々スピードを上げるそれ。調子が上がって来たと思った矢先だった。
「あ」
間の抜けた声。南方立会人の中指の第一関節に黒いインクが付着した。
「あーあ」
「本当に苦手なんだねえ、女史」
「うん…焦っちゃう、のかな?」
まあ、練習あるのみです。彼女は自分に言い聞かせるようにそう言うと、手の動きを再開させた。
とん、とん、とん、とんとんとん。
「あ」
次は南方立会人の親指の内側に付着したインクを眺めつつ、彼女は「でも、ちょっと慣れてきました」と言い、ペンに蓋をした。
「次はこれ」
そう言って鉛筆を握ると、また南方立会人の指の間を往復させ始める。意を得たりと南方立会人が笑った。
「女史、それじゃあ吐かないよ」
「そんな、吐いて下さいよう。私と南方さんの仲じゃないですか」
どんな仲だ、と言いかけてやめた。どうせいつの間にか懐柔していたんだろう。
とんとんとんとん、とんとんとんとん。
折り返し地点に到着するたびに一拍置く、もどかしいリズムが響く。
「上手くなってきたねえ、女史」
「うふふ、もっと褒めて…あ」
「痛て。そうでもなかったみたいだねえ」
「おかしいな、中々だと思ってたのに」
「全く、無意味だよ、女史。痛て…こんなんじゃ誰も吐かないのは分かるだろう?俺だって昔はやんちゃしてたんだから、この程度の痛みでは脅されないね」
晴乃は口を尖らせ、次はシャーペンを握る。俺はあまりのお粗末さにため息をつき、晴乃に睨まれる。南方立会人の前で謝る気にはどうしてもなれず、俺は目をそらした。
かつかつかつ、と、小さな音を立てて晴乃のお粗末な拷問が再開される。
「おい、せめてそのカッターを使え」
「…目蒲さんは、黙ってて下さい」
「あと4分だぞ」
「知ってます」
かつかつかつ。シャーペンの音が響く。
「代わってやろうか?」
「それは勘弁願いたいですね。貴方は残酷そうだ」
晴乃は「いい」と、南方立会人を睨み上げる。
「あんまり人が痛がるの、見たくないんです」
ふうん、と南方立会人が声を出した。
「なら、俺のこれも地味に痛いんだけどねえ?」
「分かってますよ、そんなん。早くギブアップして下さいって」
「君がね」
「無理ですよ」
仕方がないじゃない、あんたらじゃ自分を守れないんだから。ぼそっと呟かれた言葉。よく知った青い炎が見えた気がした。
どうにもムカついたので、目にものを見せてやろうと思う。
「交渉なんてうざったらしい事、先生はしません」
「やだこの子、何か言い出した」
「先生が譲歩しちゃいけないんです。だって、先生は教室のルールなんだから」
ふざけた話だよな、と思う。
だけど、私はそうやって生きてきた。
呆れる彼を他所に、私はデスクに適当な裏紙を広げて置いた。そして、「手、おいて下さい。ここの紙の上」と言う。南方さんは「はい?」と訝しみながらも素直に紙の上に手を乗せた。私は引き出しから黒いマジックを取り出し、その手の輪郭をとる。
「いいですか?この下にLファイルがある。この掌を退けたらLファイルが見えちゃいますよ」
「何の話よ」
「つまり、賭けましょうよ、って事です。今から私は十分間必死でこの掌を退けようとします。この掌が動いたら私の勝ち。動かなかったら南方さんの勝ち」
南方さんは、はあ、と間の抜けた声を出した。返事と取れなくもない。私は了解を得たということにして、先へ進める。
「何、女史。どうしてそんなにLファイルが欲しいのかね?」
「平和のためですよ、私達のね」
ーーーーーーーーーー
奇妙な矛盾だ、と思う。俺達の平和の為に、晴乃は今から南方立会人を負かすだから。
彼女は自分のデスクの引き出しを開けると、むんずと筆記用具を掴み、机上に広げた。その上に人差し指を這わせながら暫く逡巡すると、フェルトペンを選び取る。
「多分、南方さんにも目蒲さんにもご理解いただけないと思いますが、私はこれが苦手なんですよ。すぐ指に当てちゃう」
何の話か。首を傾げる俺達を上目遣いで見て笑うと、彼女はきゅぽ、とペンの蓋を取った。
「手、退かしちゃダメですよ。Lファイルを守りたいなら」
彼女はそう微笑みながら南方立会人の親指と人差し指の間にペンを立てる。それを持ち上げるとゆっくりとそれを次は人差し指と中指の間に移動させた。
とん。とん。とん。
ゆっくりと南方立会人の指の間を移動するペン先。
とん。とん。とん、とん、とんっ。
段々スピードを上げるそれ。調子が上がって来たと思った矢先だった。
「あ」
間の抜けた声。南方立会人の中指の第一関節に黒いインクが付着した。
「あーあ」
「本当に苦手なんだねえ、女史」
「うん…焦っちゃう、のかな?」
まあ、練習あるのみです。彼女は自分に言い聞かせるようにそう言うと、手の動きを再開させた。
とん、とん、とん、とんとんとん。
「あ」
次は南方立会人の親指の内側に付着したインクを眺めつつ、彼女は「でも、ちょっと慣れてきました」と言い、ペンに蓋をした。
「次はこれ」
そう言って鉛筆を握ると、また南方立会人の指の間を往復させ始める。意を得たりと南方立会人が笑った。
「女史、それじゃあ吐かないよ」
「そんな、吐いて下さいよう。私と南方さんの仲じゃないですか」
どんな仲だ、と言いかけてやめた。どうせいつの間にか懐柔していたんだろう。
とんとんとんとん、とんとんとんとん。
折り返し地点に到着するたびに一拍置く、もどかしいリズムが響く。
「上手くなってきたねえ、女史」
「うふふ、もっと褒めて…あ」
「痛て。そうでもなかったみたいだねえ」
「おかしいな、中々だと思ってたのに」
「全く、無意味だよ、女史。痛て…こんなんじゃ誰も吐かないのは分かるだろう?俺だって昔はやんちゃしてたんだから、この程度の痛みでは脅されないね」
晴乃は口を尖らせ、次はシャーペンを握る。俺はあまりのお粗末さにため息をつき、晴乃に睨まれる。南方立会人の前で謝る気にはどうしてもなれず、俺は目をそらした。
かつかつかつ、と、小さな音を立てて晴乃のお粗末な拷問が再開される。
「おい、せめてそのカッターを使え」
「…目蒲さんは、黙ってて下さい」
「あと4分だぞ」
「知ってます」
かつかつかつ。シャーペンの音が響く。
「代わってやろうか?」
「それは勘弁願いたいですね。貴方は残酷そうだ」
晴乃は「いい」と、南方立会人を睨み上げる。
「あんまり人が痛がるの、見たくないんです」
ふうん、と南方立会人が声を出した。
「なら、俺のこれも地味に痛いんだけどねえ?」
「分かってますよ、そんなん。早くギブアップして下さいって」
「君がね」
「無理ですよ」
仕方がないじゃない、あんたらじゃ自分を守れないんだから。ぼそっと呟かれた言葉。よく知った青い炎が見えた気がした。