見守る瞳のオキザリス
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「んう」と甘ったるい声を出しつつ、先生はテーブルにしなだれかかる。床にはいくつものビール缶が転がっている。
「飲み過ぎじゃない?」
僕は何度目かの進言をするが、軽く睨まれるだけ。それなら一人で飲んだら、と思うが、それは口に出さない。最弱の女王様がせっかく頼ってくれているのだから。
ーーーーーーーーーー
「銅寺さん飲みましょう」
麗らかさとは無縁の据わった瞳で睨みつけるようにして、彼女は僕を誘ってくれた。二時間前のことだ。
どうしたの、と聞こうとして、察してやめた。
誰が来るの、と聞こうとして、思い直す。
結局「仕事が終わったら部屋に行くよ」と答えて、その場を去った。その結果「男性と二人きりになるべきではない」と言った張本人である僕が女の子の部屋に押しかけてしまった訳だけど、仕方がない。ここまで参っちゃった先生を見て主義主張を貫くのも違うと思う。
「しかし、そんな事になってたとはね」
「いつか誰かやるとは思ってましたけど、まさか元ヤンがやるとは」
「何だかんだ言っても現警察だからね。でも、ほっとけば良かったのに」
「だってー、正面切ってお願いされちゃうしー、権田さんもなんか助けるべきみたいな顔してるしー」
「滝さんは?」
「殺せって言うんですよー?それもそれでひどいー」
「本来死ぬ筈だったんだもん」
じい、と墨色の瞳で見つめられるので目をそらす。するとしばらくの後、彼女は「そうなんですけどお」と口を尖らせた。
「みんなホント勝手です」
「勝手、ねえ」
「うん。差し出す方も、受け取る方もさ、赤ちゃんの了承取ったのかと私は問いたい」
「赤ちゃんに了承は取れないよ」
「なら殺すのはおかしい!」
どん、と彼女の右手がテーブルに打ち付けられる。この子もしっかり酔うんだなあと場違いな感想を抱く。
「本人の了承を得られないのにそんなこと決めちゃダメです!もう!勝手だ勝手!ね!」
「同意を求められても…」
「銅寺さんならうんって言ってくれると思ったのにー!」
机に突っ伏して喚く彼女から缶ビールを遠ざけ、ため息。
「あのさ、僕だって殺す時は殺し…あ」
そういえば、この子には嘘が効かない。
「あー、いつから気づいてたの?」
「2日前です。南方さんがあの子連れてきた時、子どもを殺したって報告する時の銅寺さんとそっくりの顔してたから」
「他に誰か…」
「多分、誰も知りません」
「あ、良かった」
いつからやってたんですかあ?と間延びした問いかけを受けて、僕は頭を掻いた。
「いつからだっけな。もうずっと前からだよ」
「ふうん…うふふ」
テーブルに突っ伏したまま、彼女は笑う。
「なに」
「うーん、銅寺さんは優しいなあって」
「どうだろうね」
「うん。嬉しい」
「なにそれ…自己満足だよ。それ以上に殺してるさ」
「でも嬉しい。嫌なこと依頼してるって自覚はあったから」
「なにそれ、罪悪感?」
「うん」
「余計なことを考えるんだから」
「まあねえ。でも割り切れないですよ」
彼女はそう笑うと、遠ざけておいた筈のビールを取り返して飲み干した。
「殺しちゃダメだよって言ったらどうなるんだろうって考えるときはあるんです。でも、そしたら、私が上手く切り抜けられなかったら、死んじゃうから、言えなくて。だから私は知らない人を見殺しにしてる」
奔放に振舞っているように見えても、人質は人質として機能していたようだ。僕はお屋形様が打った楔に想いを馳せる。
「悪いヤツです、私。いつのまにか悪いヤツに成り下がっちゃった」
陰のある笑顔。「あのさ」と、思わず口をついて出る。
「いっそ目蒲立会人を見殺しにしたら?」
目を見開く彼女に、悪問であったことを悟らされる。
「そんなこと、できない」
溜まる涙に引け目を感じつつも、投げられた賽だ。ここで引っ込めることは出来ない。
「でも、目蒲立会人を見捨てるだけで君は自由になれるんだよ?そんな、人殺しの依頼ぐらいで気に病むなら一人諦めなよ」
「…負けず嫌いなんです。今更引き下がるなんてできない」
「なんで、そんなに頑張るのさ。負けず嫌いとか、もうそういう次元じゃないと思うんだけど」
「でも、私やれてますよね?」
自信満々とも取れるその言葉を吐く口元は震えていた。頷いてくれ、と言われているようだ。ああ。
「そんな顔するくらいなら、降りなよ」
「…いやです、それだけは、ぜったいいや。ここで手放すなんて、できない」
あ、とか細い声を上げて、彼女はドアを見る。不思議に思って耳をすませば、泣き声が聞こえる。
「飲み過ぎじゃない?」
僕は何度目かの進言をするが、軽く睨まれるだけ。それなら一人で飲んだら、と思うが、それは口に出さない。最弱の女王様がせっかく頼ってくれているのだから。
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「銅寺さん飲みましょう」
麗らかさとは無縁の据わった瞳で睨みつけるようにして、彼女は僕を誘ってくれた。二時間前のことだ。
どうしたの、と聞こうとして、察してやめた。
誰が来るの、と聞こうとして、思い直す。
結局「仕事が終わったら部屋に行くよ」と答えて、その場を去った。その結果「男性と二人きりになるべきではない」と言った張本人である僕が女の子の部屋に押しかけてしまった訳だけど、仕方がない。ここまで参っちゃった先生を見て主義主張を貫くのも違うと思う。
「しかし、そんな事になってたとはね」
「いつか誰かやるとは思ってましたけど、まさか元ヤンがやるとは」
「何だかんだ言っても現警察だからね。でも、ほっとけば良かったのに」
「だってー、正面切ってお願いされちゃうしー、権田さんもなんか助けるべきみたいな顔してるしー」
「滝さんは?」
「殺せって言うんですよー?それもそれでひどいー」
「本来死ぬ筈だったんだもん」
じい、と墨色の瞳で見つめられるので目をそらす。するとしばらくの後、彼女は「そうなんですけどお」と口を尖らせた。
「みんなホント勝手です」
「勝手、ねえ」
「うん。差し出す方も、受け取る方もさ、赤ちゃんの了承取ったのかと私は問いたい」
「赤ちゃんに了承は取れないよ」
「なら殺すのはおかしい!」
どん、と彼女の右手がテーブルに打ち付けられる。この子もしっかり酔うんだなあと場違いな感想を抱く。
「本人の了承を得られないのにそんなこと決めちゃダメです!もう!勝手だ勝手!ね!」
「同意を求められても…」
「銅寺さんならうんって言ってくれると思ったのにー!」
机に突っ伏して喚く彼女から缶ビールを遠ざけ、ため息。
「あのさ、僕だって殺す時は殺し…あ」
そういえば、この子には嘘が効かない。
「あー、いつから気づいてたの?」
「2日前です。南方さんがあの子連れてきた時、子どもを殺したって報告する時の銅寺さんとそっくりの顔してたから」
「他に誰か…」
「多分、誰も知りません」
「あ、良かった」
いつからやってたんですかあ?と間延びした問いかけを受けて、僕は頭を掻いた。
「いつからだっけな。もうずっと前からだよ」
「ふうん…うふふ」
テーブルに突っ伏したまま、彼女は笑う。
「なに」
「うーん、銅寺さんは優しいなあって」
「どうだろうね」
「うん。嬉しい」
「なにそれ…自己満足だよ。それ以上に殺してるさ」
「でも嬉しい。嫌なこと依頼してるって自覚はあったから」
「なにそれ、罪悪感?」
「うん」
「余計なことを考えるんだから」
「まあねえ。でも割り切れないですよ」
彼女はそう笑うと、遠ざけておいた筈のビールを取り返して飲み干した。
「殺しちゃダメだよって言ったらどうなるんだろうって考えるときはあるんです。でも、そしたら、私が上手く切り抜けられなかったら、死んじゃうから、言えなくて。だから私は知らない人を見殺しにしてる」
奔放に振舞っているように見えても、人質は人質として機能していたようだ。僕はお屋形様が打った楔に想いを馳せる。
「悪いヤツです、私。いつのまにか悪いヤツに成り下がっちゃった」
陰のある笑顔。「あのさ」と、思わず口をついて出る。
「いっそ目蒲立会人を見殺しにしたら?」
目を見開く彼女に、悪問であったことを悟らされる。
「そんなこと、できない」
溜まる涙に引け目を感じつつも、投げられた賽だ。ここで引っ込めることは出来ない。
「でも、目蒲立会人を見捨てるだけで君は自由になれるんだよ?そんな、人殺しの依頼ぐらいで気に病むなら一人諦めなよ」
「…負けず嫌いなんです。今更引き下がるなんてできない」
「なんで、そんなに頑張るのさ。負けず嫌いとか、もうそういう次元じゃないと思うんだけど」
「でも、私やれてますよね?」
自信満々とも取れるその言葉を吐く口元は震えていた。頷いてくれ、と言われているようだ。ああ。
「そんな顔するくらいなら、降りなよ」
「…いやです、それだけは、ぜったいいや。ここで手放すなんて、できない」
あ、とか細い声を上げて、彼女はドアを見る。不思議に思って耳をすませば、泣き声が聞こえる。