香り立て花蘇芳
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「えーと、目蒲さん?」
「何か?」
「今日のことを気にしていらっしゃるんですか?」
「いえ、全く。思い上がりも甚だしい。何故私が貴女如きを心配するんです」
「なんだ、心配して下さらないんですか。寂しいな」
「何、ですか、それは」
晴乃さんはたじろぐ目蒲立会人を横目にへらっと笑うと、また過去の立会い資料映像を観始める。私と目蒲立会人には構ってやれないと背中が語っていた。
晴乃さんは門倉立会人の負傷を切っ掛けにめっきり付き合いが悪くなった。何をしているのか聞いても「秘密」の一言。こういう時の晴乃さんは絶対に話さない。その代わり、私たちを遠ざけるということもしない。最近の夜の事務室では、仕事の手を止めない晴乃さんと、それでも一緒にいたい立会人が屯する歪な状況が続いていた。
そう。丁度今のように。
「第一、貴女が悪いでしょう。弱い癖に生意気だから反感を買うんです」
「うふふ、ごめんなさい。立会人さんっていい人ばっかりだから、油断してました」
「何ですか、その態度は。謝っているつもりですか?それで反省といえるんですかねえ」
苛々を募らす目蒲立会人と、嬉しそうな微笑みを浮かべる晴乃さん。緊張状態は暫く続いたが、目蒲立会人が目を伏せた。
「ハア…呆れました」
そう言うと彼は肩を怒らせながら退室する。ふふ、と晴乃さんがその背中を笑った。
「いいんですか?」
「いいんです。うん。もうちょい」
「は?」
「こっちの話ですよう」
「気になります、そう言われると」
「確かに」
彼女はケラケラと笑い、「もうちょっとで私の手を離れる」と言葉を足した。
「目蒲立会人が?」
「ええ。ちゃーんと甘え方が分かってきたでしょう?あの人」
「理不尽にキレているようにしか見えませんでしたが…」
「亜面さんがいたからです。私と二人きりの時は素直に心配してくれるんですけど、まだ他の人の前だと意地張っちゃいますね。でも、あそこまでできるようになったなら上出来です」
「…以前は、暴力でしか表現出来なかったから、ですか?」
「大正解」
晴乃さんは笑う。そして、椅子を回転させて私に向き直った。
「段々自分の気持ちを自覚できるようになってきたんです、あの人は。人によっては感情がコントロールできなくて、赤ちゃん返りもあり得る時期です。あの程度で済むなんてやっぱり立会人さんですよねえ。とにかく、ああやって感情を表出させて、誰かに受け止めて貰ってを繰り返している内に上手く人に甘えられるようになりますよ。そうしたら私の役目もおしまい」
役目。その言葉が妙に胸に引っかかる。誰に負わされたでもないその役目を終えた時、彼女はどこに行くのだろう。
俄雨を引き連れる雷のように突然現れた彼女だから、雨上がりのように忽然と、雲一つ残さず消えてしまうのだろう。なんとなく、そんなことを夢想した。
「それで、目蒲さんのことは許せそうですか?」
彼女は問う。そして、面食らう私を楽しむように、すっと目を細めた。それがどうにも気に食わず、私は底意地悪くも首を横に振る。
案の定というかなんというか。彼女は笑った。
「亜面さんは大人ですねえ」
「許せない事がですか」
「許せなくても表に出さないからです」
「普通ですよ」
「普通ですね」
なら何で褒めたのか。口に出さなくとも、表情を読まれる。
「だって、ここの人たちお子様ばっかりですもん。めんどくさいったらありゃしない」
「好きだと思ってましたけど、違うんですね」
「まさか。男っていつまでも子どもだから困ります。ホントの子どもだったら可愛いんですけど、いい歳こいた大人ですからね」
「しかも、無駄にガタイがいいから始末に終えませんね」
「やだ亜面さん、分かってる」
彼女は笑って、「亜面さんも怒っていいですからね。あなたが一番年下なんだから、あんな形だけ大きな子どもに気を使わなくていいですよ」と言った。
「そしたらきっと、ママに泣きつくんでしょうね」
「やめて下さい、鳥肌立った」
彼女は私をひと睨みすると、パソコンに向き直る。お話はおしまいということらしい。
「明日は、出来るだけ一緒にいるようにします」
「いりませんよう。気持ちだけで十分」
ひらひらと手を振る晴乃さん。要らないのはきっと本心。でも、好き勝手させてもらおうと心に決める。一緒にいたいのは私。我を通そうと躍起になるのは子どもの専売特許ではないのだ。
「何か?」
「今日のことを気にしていらっしゃるんですか?」
「いえ、全く。思い上がりも甚だしい。何故私が貴女如きを心配するんです」
「なんだ、心配して下さらないんですか。寂しいな」
「何、ですか、それは」
晴乃さんはたじろぐ目蒲立会人を横目にへらっと笑うと、また過去の立会い資料映像を観始める。私と目蒲立会人には構ってやれないと背中が語っていた。
晴乃さんは門倉立会人の負傷を切っ掛けにめっきり付き合いが悪くなった。何をしているのか聞いても「秘密」の一言。こういう時の晴乃さんは絶対に話さない。その代わり、私たちを遠ざけるということもしない。最近の夜の事務室では、仕事の手を止めない晴乃さんと、それでも一緒にいたい立会人が屯する歪な状況が続いていた。
そう。丁度今のように。
「第一、貴女が悪いでしょう。弱い癖に生意気だから反感を買うんです」
「うふふ、ごめんなさい。立会人さんっていい人ばっかりだから、油断してました」
「何ですか、その態度は。謝っているつもりですか?それで反省といえるんですかねえ」
苛々を募らす目蒲立会人と、嬉しそうな微笑みを浮かべる晴乃さん。緊張状態は暫く続いたが、目蒲立会人が目を伏せた。
「ハア…呆れました」
そう言うと彼は肩を怒らせながら退室する。ふふ、と晴乃さんがその背中を笑った。
「いいんですか?」
「いいんです。うん。もうちょい」
「は?」
「こっちの話ですよう」
「気になります、そう言われると」
「確かに」
彼女はケラケラと笑い、「もうちょっとで私の手を離れる」と言葉を足した。
「目蒲立会人が?」
「ええ。ちゃーんと甘え方が分かってきたでしょう?あの人」
「理不尽にキレているようにしか見えませんでしたが…」
「亜面さんがいたからです。私と二人きりの時は素直に心配してくれるんですけど、まだ他の人の前だと意地張っちゃいますね。でも、あそこまでできるようになったなら上出来です」
「…以前は、暴力でしか表現出来なかったから、ですか?」
「大正解」
晴乃さんは笑う。そして、椅子を回転させて私に向き直った。
「段々自分の気持ちを自覚できるようになってきたんです、あの人は。人によっては感情がコントロールできなくて、赤ちゃん返りもあり得る時期です。あの程度で済むなんてやっぱり立会人さんですよねえ。とにかく、ああやって感情を表出させて、誰かに受け止めて貰ってを繰り返している内に上手く人に甘えられるようになりますよ。そうしたら私の役目もおしまい」
役目。その言葉が妙に胸に引っかかる。誰に負わされたでもないその役目を終えた時、彼女はどこに行くのだろう。
俄雨を引き連れる雷のように突然現れた彼女だから、雨上がりのように忽然と、雲一つ残さず消えてしまうのだろう。なんとなく、そんなことを夢想した。
「それで、目蒲さんのことは許せそうですか?」
彼女は問う。そして、面食らう私を楽しむように、すっと目を細めた。それがどうにも気に食わず、私は底意地悪くも首を横に振る。
案の定というかなんというか。彼女は笑った。
「亜面さんは大人ですねえ」
「許せない事がですか」
「許せなくても表に出さないからです」
「普通ですよ」
「普通ですね」
なら何で褒めたのか。口に出さなくとも、表情を読まれる。
「だって、ここの人たちお子様ばっかりですもん。めんどくさいったらありゃしない」
「好きだと思ってましたけど、違うんですね」
「まさか。男っていつまでも子どもだから困ります。ホントの子どもだったら可愛いんですけど、いい歳こいた大人ですからね」
「しかも、無駄にガタイがいいから始末に終えませんね」
「やだ亜面さん、分かってる」
彼女は笑って、「亜面さんも怒っていいですからね。あなたが一番年下なんだから、あんな形だけ大きな子どもに気を使わなくていいですよ」と言った。
「そしたらきっと、ママに泣きつくんでしょうね」
「やめて下さい、鳥肌立った」
彼女は私をひと睨みすると、パソコンに向き直る。お話はおしまいということらしい。
「明日は、出来るだけ一緒にいるようにします」
「いりませんよう。気持ちだけで十分」
ひらひらと手を振る晴乃さん。要らないのはきっと本心。でも、好き勝手させてもらおうと心に決める。一緒にいたいのは私。我を通そうと躍起になるのは子どもの専売特許ではないのだ。