香り立て花蘇芳
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立会人任命式へは、事務員が一人出席することになっている。式後の立会人執務室を始め主要な場所への案内や部下の手配など様々な手続きを任されている為、最初から式にいた方がスムーズということらしい。今まではこの仕事は権田さんのものだったが、今回から私へと引き継がれてしまった。権田さんは割と杓子定規な所があって、人間相手よりペーパーワークの方が得意なのだ。私と真逆。適材適所というヤツだ。まあ、当然の流れといえよう。文句はない。だが、私の立場を思うと憂鬱になる。私は賭郎に軟禁された人質という立場でありながら、発言力は幹部並。自分でも如何なものかと思う。本当なら賭郎サイドが発言力に見合う地位を与えてくれるか、立場に見合う扱いをすべきだが、ワイルドカードという謎職についてしまったから普通に昇進することはないだろう。そして幸いなことに、賭郎の人たちは意外と相手の身分に頓着しない。もちろん、私という本来ならどこまでも粗末に扱える人間をこうやって尊重してもらえているというのはとてもありがたいことだ。文句はない。ある訳がない。でも、いや、だからこそ、新しく来る人間は、幹部と同列であるかのように振る舞う事務を見てどう思うかを考えると不安になるのだ。前からいた人たちは経緯も理由も知っているから一見暴挙のように見える私の行動を許容してくれているし、真似しようとはしない。でも、新しい人はそうはいかない。お屋形様はフレンドリーな方だと勘違いするかもしれないし、私が人質と知って憤慨するかもしれない。お屋形様に無礼を働いて痛い目に合うかもしれないし、私を排除して賭郎を正しい形に戻そうとするかもしれない。それはとても正しいことだと思う。文句はない。問題を放置した私たちが悪いのだから。ただ、憂鬱なだけ。
はあ、と大きくため息をつけば、横にいた夕湖がくすりと笑った。
「酷いな、こっちはこんなに沈んでるのに」
「いや、すまない。晴乃は相変わらずだなと思ってな」
「そうかな?」
「ああ。喜怒哀楽が分かりやすい」
「みんなと比べたらねえ」
夕湖は続々と集まり、整列を始める立会人さんたちを眺めつつ言う。
「門倉のことか?」
「うんにゃ、それもない訳じゃないけど、どっちかというと後釜の方。どんな人だろうね」
「元ヤンだそうだ」
「元ヤンかあ」
「元教師としてはどうなんだ?」
「元、ってやめてよ。…まあ、ちょっと警戒はしちゃうね」
「元ヤン対元教師で話題になってるぞ」
「誰よ言ってるの」
「大体弥鱈だ」
「ぶん殴ってやる!」
「突然怖いぞ晴乃?!」
集まる視線。みんな静かに整列していたから仕方がないね。私は夕湖と目配せしあって、ピンと背筋を伸ばした。程なくして、おじいちゃんが南方さんを引き連れて入室してくる。
あれ?
私はついつい首を傾げた。遠いからあまり確信は持てないのだが、何だか今、南方さんがわざわざこっちを見たように見えたのだ。しかも、悪感情と共に。
ねえ夕湖。ホントに元ヤン対元教師、あり得るかもしれないよ。
心の中で語りかけつつ、私はさして楽しくない任命式をやり過ごした。
ーーーーーーーーーー
立会人任命式が終わり、立会人さんたちはぞろぞろ集会室を後にする。各々の職務に戻っていくのだろう。羨ましい。私は今から何故か自分に反感を持っているお兄さんと二人きりなのに。上座へと歩いていけば、残っていた立会人さんたちが励ますように笑いかけてくれた。
「南方立会人、立会人殿の諸手続きを仰せつかりました、事務の伏龍晴乃と申します」
「ああ…例の」
ぶん、と風を切る音と暗転する視界。突然殴りかかってきた南方さんの拳を、私の前に躍り出た銅寺さんが掴んだのだ。ああ、庇ってくれたのか。それを認識したのは、銅寺さんが喋り始めてやっとだった。
「何のつもりですか?」
問いかけを受けて南方さんがツツと唇を撫でた。その裏にあるのは警戒。誰にだ。私にか。何でだ。私は事務だぞ。それ以外に見えているのか。なら何故だ。どこで情報を仕入れた。馬鹿馬鹿しい。一人しかいないだろう。
門倉さん、何を教えたんだよ。
舌打ちしたいのを堪え、見続ける。
「噂通り、愛されてるねえ?」
「ねー、どういうつもりだったのって聞いてるんだけど」
南方さんの拳を握る銅寺さんの右腕が小刻みに震えている。相当の力が加わっている。
荷重に耐えきれなかったかのように、二人の拳はばちんと弾かれた。
「なに、羽虫がいたものでねえ」
「君より號数が上なのが残念でならないな。ねえ弥鱈立会人、號奪戦しない?」
「はぁ~…私はこの號が気に入っていますので~。それに、ソイツが許さないでしょう」
顎で示されれば、当然立会人さんたちの視線が集中する。弥鱈君め、普通に立会人から引き摺り下ろしてくれるのが一番有難いって分かってるくせに。
「…そうですね。立会人さんが羽虫がいたと仰るならいたのでしょう。何も問題はありませんよ」
でも、この人を使わないと'立会人さんたち'が忙しくなっちゃうっていうなら仕方がない。私はどこまでいっても立会人贔屓なのである。いいでしょういいでしょう、やってやりましょう元ヤン対元教師。
はあ、と大きくため息をつけば、横にいた夕湖がくすりと笑った。
「酷いな、こっちはこんなに沈んでるのに」
「いや、すまない。晴乃は相変わらずだなと思ってな」
「そうかな?」
「ああ。喜怒哀楽が分かりやすい」
「みんなと比べたらねえ」
夕湖は続々と集まり、整列を始める立会人さんたちを眺めつつ言う。
「門倉のことか?」
「うんにゃ、それもない訳じゃないけど、どっちかというと後釜の方。どんな人だろうね」
「元ヤンだそうだ」
「元ヤンかあ」
「元教師としてはどうなんだ?」
「元、ってやめてよ。…まあ、ちょっと警戒はしちゃうね」
「元ヤン対元教師で話題になってるぞ」
「誰よ言ってるの」
「大体弥鱈だ」
「ぶん殴ってやる!」
「突然怖いぞ晴乃?!」
集まる視線。みんな静かに整列していたから仕方がないね。私は夕湖と目配せしあって、ピンと背筋を伸ばした。程なくして、おじいちゃんが南方さんを引き連れて入室してくる。
あれ?
私はついつい首を傾げた。遠いからあまり確信は持てないのだが、何だか今、南方さんがわざわざこっちを見たように見えたのだ。しかも、悪感情と共に。
ねえ夕湖。ホントに元ヤン対元教師、あり得るかもしれないよ。
心の中で語りかけつつ、私はさして楽しくない任命式をやり過ごした。
ーーーーーーーーーー
立会人任命式が終わり、立会人さんたちはぞろぞろ集会室を後にする。各々の職務に戻っていくのだろう。羨ましい。私は今から何故か自分に反感を持っているお兄さんと二人きりなのに。上座へと歩いていけば、残っていた立会人さんたちが励ますように笑いかけてくれた。
「南方立会人、立会人殿の諸手続きを仰せつかりました、事務の伏龍晴乃と申します」
「ああ…例の」
ぶん、と風を切る音と暗転する視界。突然殴りかかってきた南方さんの拳を、私の前に躍り出た銅寺さんが掴んだのだ。ああ、庇ってくれたのか。それを認識したのは、銅寺さんが喋り始めてやっとだった。
「何のつもりですか?」
問いかけを受けて南方さんがツツと唇を撫でた。その裏にあるのは警戒。誰にだ。私にか。何でだ。私は事務だぞ。それ以外に見えているのか。なら何故だ。どこで情報を仕入れた。馬鹿馬鹿しい。一人しかいないだろう。
門倉さん、何を教えたんだよ。
舌打ちしたいのを堪え、見続ける。
「噂通り、愛されてるねえ?」
「ねー、どういうつもりだったのって聞いてるんだけど」
南方さんの拳を握る銅寺さんの右腕が小刻みに震えている。相当の力が加わっている。
荷重に耐えきれなかったかのように、二人の拳はばちんと弾かれた。
「なに、羽虫がいたものでねえ」
「君より號数が上なのが残念でならないな。ねえ弥鱈立会人、號奪戦しない?」
「はぁ~…私はこの號が気に入っていますので~。それに、ソイツが許さないでしょう」
顎で示されれば、当然立会人さんたちの視線が集中する。弥鱈君め、普通に立会人から引き摺り下ろしてくれるのが一番有難いって分かってるくせに。
「…そうですね。立会人さんが羽虫がいたと仰るならいたのでしょう。何も問題はありませんよ」
でも、この人を使わないと'立会人さんたち'が忙しくなっちゃうっていうなら仕方がない。私はどこまでいっても立会人贔屓なのである。いいでしょういいでしょう、やってやりましょう元ヤン対元教師。