過ぎ去るはエーデルワイス
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ディレクターズカット:優しくしてくれる人
※47ページ、弥鱈君との喧嘩後の話。
「のうメカ、待たんかい」
門っちが呼びかけるのを敢えて無視しつつ、足早に廊下を歩く。この長身にリーゼントという出で立ちのこの男はとにかく悪目立ちする。勘弁してくれないか、と言いたくなるが、この注目の中で不機嫌で人を遠ざける自分というものを顕著に見せるのも不甲斐なく思え、何も言わずだだ足を早める。「のう、メカ」と、門っちがまた呼びかける。
「飲みに行かんか」
「はぁ?!」
つい立ち止まると、門っちはこれ幸いと俺の横に並んだ。
「なんで俺なんだよ」
「むっちゃ不機嫌やけえ、慰めたろ思うてな」
「いい」
「よし、行くぞ」
「いや、ニュアンスで分かったろ。断ったんだよ」
「分からんかったわー」
睨みを効かせると、門っちは人の悪い笑みを浮かべる。
「第一、お互い慰めたりとかいう柄じゃないだろ。銅寺立会人でも誘えよ」
「今日はお前と飲みたいんじゃ」
「俺はそういう気分じゃない」
ワシはそういう気分なんじゃ。人の悪い笑みを色濃くしながら彼は言った。
結局連れ込まれた居酒屋で、門っちはビールを二杯頼んだ。お通しの枝豆をもしゃもしゃ食べながら、「今日はワシのおごりじゃ。気がすむまで食え」と彼は笑う。お言葉に甘え、ぐいとビールを飲み干した。見たことのない晴乃の姿を見て、それを跳ね除ける弥鱈立会人の姿を見て、門っちには押し切られ、既にヤケだった。
新しいビールが運ばれてきて、それも一気に飲み干す。視界がかっと熱くなったような感覚に、そういえば空きっ腹だったことを思い出す。まあいいやと三杯目。今はとにかく酔いたかった。
流石に飲みすぎやないかと門っちが提言したのは五杯目に差し掛かった時。うるせえ、と返した気がする。
「随分と人間臭いことをするんじゃのう」
「人間臭いも何も、人間なんだが」
まあ、そうなんじゃがの。門っちは苦笑いを向ける。
「お前は完璧じゃった」
今の完璧じゃないみたいじゃないか。睨みつけると、門っちは肩をすくめる。
「前のお前に隙はなかった。何事にも動じず淡々と事に当たる優秀な立会人やけえ、ワシはお前を突き崩したくて近付いた」
衝撃の告白である。
「知りたかったんじゃ。どちらがより優秀な支配者なのか」
だが、'門倉立会人'らしいとも言える。俺はビールを一口飲み、「悪かったな、意外と不甲斐なくて」と自虐的に笑う。
「ほんまにのう。随分とまあ、情けなくなったわ」
なんじゃ、年下の女にべったり依存しよって。そう門っちは鼻で笑う。反論しようとして、あれを貶す言葉が浮かばない事に気づく。
「誰にも盗られとうない、誰にも触られとうないっちゅうんが、よお分かる。一丁前に嫉妬しよって」
「別に、俺のじゃない」
「ほら、その目じゃ」
門っちは膝を叩いて笑い、ふと真剣な表情になる。
「ええか。どんなに不甲斐なく思われようが、お前はチビ助を離すべきやない。チビ助だけがお前を優しくしてくれる」
「…お前、に、じゃなくて?」
「お前を、じゃ。別にお前に優しい奴は幾らでもおる。じゃがのう、お前の心を穏やかにして、優しくしてくれるのはチビ助だけじゃ。誰に情けない言われようが、絶対手放すな」
俺を優しく、か。俺は門っちの言葉をビールと共に流し込んだ。