過ぎ去るはエーデルワイス
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不思議なことに、起きたらグラタンの匂いがした。作りかけで寝たから、そんな匂いがしちゃいけない気がするんだけど。
よいしょ。
寝ても取りきれなかった疲れを持て余しながら、私は何とか体を起こす。藤のパーテーションの向こう側へとゆるゆる足を引きずっていけば、そこにいたのはグラタンを持った夕湖。
「おはよう」
「うん、おはよう。グラタンやってくれてたの?」
「ああ。お前とこの部屋を放置して行くのも気が引けてな」
「そっか、ありがとう」
食欲はあるか?と問われ、私は首を縦に振る。ここ数年やらなかったから忘れかけていたけど、号泣するということは中々に体力を消費するものだ。
夕湖は手慣れた様子でテーブルを整える。私の部屋なんだけどな、と笑うと、彼女も笑った。そしてそのまま我が物顔で着席を促すので、私は恭しくそこに正座する。
「お前はホントにタフだなぁ」
感心したように夕湖が言うので、私はグラタンを冷ましながら首をかしげる。
「普通、あそこまで派手に喧嘩して、にこにこ笑ってはいられないと思うんだ、私は」
「そうかな?」
「もっと八つ当たりしたり、もっと拗ねたり、もっと愚痴っていいと思うが、お前はしないんだな」
しないよと笑えば、夕湖はなぜか困り顔。私は黙して次の言葉を促す。
「無理をしているように、見えるんだ。思い込みかもしれんが。今はお前のように心が読めたらと思う。そうしたらきっと私たちはお前に無理をさせない。私たちにはその能力がある」
膝の上に作られた握り拳は、固く握られて真っ白に骨を浮き上がらせていた。それをじっと見つめながら、彼女は想いを吐き捨てる。
「でも、お前は助けを求めない。色んな奴がお前に救われてきた。お前に…その、愛されてるって思ってる。お前の愛情に応えたいと思ってる。でも、お前はその機会をくれない。私たちは当てずっぽうでやるしかない。お前に何が必要なのか、分からないまま」
「みんなが」
「みんなだ。分かるか?私たちは自分を完璧だと思っている。何でも自分で出来る。自分でやってきた。半端な助けなんてむしろ邪魔だと思ってたさ。必要なのは仲間じゃない、指示通りに動く部下だって思ってたさ。それが、お前の喧嘩1つのためにこんな風に頭寄せ合って、屈辱なんだよ!天下の賭郎の、幹部クラスがお前とグラタン食べる時間の為だけに奔走してるんだよ!馬鹿じゃないのかと思うね!」
あーなんか、同じようなセリフを昔叫んだ気がするぞ。
涙が出てきたのは、さっき泣いたばっかりで、まだ涙腺が緩んだままだからなのだ、多分。私は高校生の時からそんなこと分かっていた筈だったのに、忘れていた。
「ごめん」
口をついて出た謝罪に、彼女はしかめっ面。
「何に謝ってるんだ」
「なんだろ。ごめん、わかんない」
夕湖がくれるティッシュを使い、目頭を抑える。夕湖の怒りたいような、慰めたいような複雑な顔が滲んだ景色の向こう側に見える。
「私、何したかったんだろ」
自問自答に近い問い。それを人の前でしてしまう幼い自分に、少なからず驚いた。
「どうなりたいんだろ」
でも、止まらない。夕湖に心配をかけたいわけじゃない。それなのに。
「どうしたらいいんだろ」
夕湖は私から少し離れた場所にグラタンをずらすと、自分は横にずれてきた。私の背中に手を回し、慣れない手つきで撫でる。
「私は弥鱈の気持ちが分かる」
グラタンをじっと見つめながら、彼女はポツリと言った。
「私も、お前に人を殺させたくない」
目蒲がお前を連れてきたことだけは、感謝してる。お前が来てくれなかったら、私たちは多分ずっと苦しかった。私たちは、一人で戦わなきゃいけなかった。でも、お前の前では、何というか、みんな正常だ。助け合いましょうとか、協力しましょうとか、認め合いましょうとか、お前の正しさが伝播するのを感じるんだ。だから、だからこそ、お前が変わってしまったらと思うと恐ろしい。お前の正しさが失われた後、私たちはあの息苦しさの中に戻るのかと思うと辛いよ。だから、私はお前を連れてきた目蒲のことをたまに憎らしく思う。まあ…今回の一件で、二度と関わるなに評価が落ちたがな。
夕湖はおどけてそう付け足す。そして、また真面目な顔をして、「だから、結婚という、自分の人生を捧げるような選択肢を与えてまでお前を守ろうとした弥鱈の気持ちが分かる。私だってお前が人を殺すというのなら、私の人生を懸けてそれを阻止するだろうから」と言った。
結婚するぞ、と宣った弥鱈君の顔を思い出す。そして、昨日何年かぶりに対面した時の顔を。
あいつも、私と同じぐらい辛かったのではないか。
あいつが私と離れる為に揮った覚悟は、もしかしたら私があいつに会う為に揮った執念と同じぐらいなのではないか。
「私がしたことって、残酷だったのかな」
私がそう聞くと、夕湖は「本当のところは弥鱈しか知らんよ」と笑った。
よいしょ。
寝ても取りきれなかった疲れを持て余しながら、私は何とか体を起こす。藤のパーテーションの向こう側へとゆるゆる足を引きずっていけば、そこにいたのはグラタンを持った夕湖。
「おはよう」
「うん、おはよう。グラタンやってくれてたの?」
「ああ。お前とこの部屋を放置して行くのも気が引けてな」
「そっか、ありがとう」
食欲はあるか?と問われ、私は首を縦に振る。ここ数年やらなかったから忘れかけていたけど、号泣するということは中々に体力を消費するものだ。
夕湖は手慣れた様子でテーブルを整える。私の部屋なんだけどな、と笑うと、彼女も笑った。そしてそのまま我が物顔で着席を促すので、私は恭しくそこに正座する。
「お前はホントにタフだなぁ」
感心したように夕湖が言うので、私はグラタンを冷ましながら首をかしげる。
「普通、あそこまで派手に喧嘩して、にこにこ笑ってはいられないと思うんだ、私は」
「そうかな?」
「もっと八つ当たりしたり、もっと拗ねたり、もっと愚痴っていいと思うが、お前はしないんだな」
しないよと笑えば、夕湖はなぜか困り顔。私は黙して次の言葉を促す。
「無理をしているように、見えるんだ。思い込みかもしれんが。今はお前のように心が読めたらと思う。そうしたらきっと私たちはお前に無理をさせない。私たちにはその能力がある」
膝の上に作られた握り拳は、固く握られて真っ白に骨を浮き上がらせていた。それをじっと見つめながら、彼女は想いを吐き捨てる。
「でも、お前は助けを求めない。色んな奴がお前に救われてきた。お前に…その、愛されてるって思ってる。お前の愛情に応えたいと思ってる。でも、お前はその機会をくれない。私たちは当てずっぽうでやるしかない。お前に何が必要なのか、分からないまま」
「みんなが」
「みんなだ。分かるか?私たちは自分を完璧だと思っている。何でも自分で出来る。自分でやってきた。半端な助けなんてむしろ邪魔だと思ってたさ。必要なのは仲間じゃない、指示通りに動く部下だって思ってたさ。それが、お前の喧嘩1つのためにこんな風に頭寄せ合って、屈辱なんだよ!天下の賭郎の、幹部クラスがお前とグラタン食べる時間の為だけに奔走してるんだよ!馬鹿じゃないのかと思うね!」
あーなんか、同じようなセリフを昔叫んだ気がするぞ。
涙が出てきたのは、さっき泣いたばっかりで、まだ涙腺が緩んだままだからなのだ、多分。私は高校生の時からそんなこと分かっていた筈だったのに、忘れていた。
「ごめん」
口をついて出た謝罪に、彼女はしかめっ面。
「何に謝ってるんだ」
「なんだろ。ごめん、わかんない」
夕湖がくれるティッシュを使い、目頭を抑える。夕湖の怒りたいような、慰めたいような複雑な顔が滲んだ景色の向こう側に見える。
「私、何したかったんだろ」
自問自答に近い問い。それを人の前でしてしまう幼い自分に、少なからず驚いた。
「どうなりたいんだろ」
でも、止まらない。夕湖に心配をかけたいわけじゃない。それなのに。
「どうしたらいいんだろ」
夕湖は私から少し離れた場所にグラタンをずらすと、自分は横にずれてきた。私の背中に手を回し、慣れない手つきで撫でる。
「私は弥鱈の気持ちが分かる」
グラタンをじっと見つめながら、彼女はポツリと言った。
「私も、お前に人を殺させたくない」
目蒲がお前を連れてきたことだけは、感謝してる。お前が来てくれなかったら、私たちは多分ずっと苦しかった。私たちは、一人で戦わなきゃいけなかった。でも、お前の前では、何というか、みんな正常だ。助け合いましょうとか、協力しましょうとか、認め合いましょうとか、お前の正しさが伝播するのを感じるんだ。だから、だからこそ、お前が変わってしまったらと思うと恐ろしい。お前の正しさが失われた後、私たちはあの息苦しさの中に戻るのかと思うと辛いよ。だから、私はお前を連れてきた目蒲のことをたまに憎らしく思う。まあ…今回の一件で、二度と関わるなに評価が落ちたがな。
夕湖はおどけてそう付け足す。そして、また真面目な顔をして、「だから、結婚という、自分の人生を捧げるような選択肢を与えてまでお前を守ろうとした弥鱈の気持ちが分かる。私だってお前が人を殺すというのなら、私の人生を懸けてそれを阻止するだろうから」と言った。
結婚するぞ、と宣った弥鱈君の顔を思い出す。そして、昨日何年かぶりに対面した時の顔を。
あいつも、私と同じぐらい辛かったのではないか。
あいつが私と離れる為に揮った覚悟は、もしかしたら私があいつに会う為に揮った執念と同じぐらいなのではないか。
「私がしたことって、残酷だったのかな」
私がそう聞くと、夕湖は「本当のところは弥鱈しか知らんよ」と笑った。