過ぎ去るはエーデルワイス
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「弥鱈君はすごいねえ」
卒業式も終わり、生徒も疎らな昇降口の目の前にある花壇の淵に腰掛けて、私は言った。すぐ隣で佇む弥鱈君が「どーも」と短く返す。
「ねー、ホントに行っちゃうの?」
このまま沈黙してしまうとこれで解散になってしまいそうで、私はそう問いかける。
「しつこいな、アンタも」
弥鱈君は微笑んで、憎まれ口を叩く。その横顔を見つめるのが辛くなって、私はまだ咲く気配を見せない桜を見上げる。
「だって、予想外過ぎてさ」
「秋にはもう言ってただろ」
「でもねー」
桜の枝に複雑に切り取られた隙間から、空が見える。綿雲がゆっくりと移動していく。
「やっぱりさ、アメリカは遠いよ」
「そーだな」
「なんなの、朝が夜で夜が朝って。不思議な世界」
「小学校で習うヤツだぞそれ。頼むぜ」
「いやそういう意味じゃ」
「センターやり直すか?」
「待って、知ってる、知ってる」
「怪しいな、アンタは」
「失礼な」
「俺が居なけりゃアンタは大学に受からなかった」
「私が居なかったら弥鱈君は高校卒業できなかった」
売り言葉に買い言葉でそう言ってみて、顔を見合わせて、笑ってしまう。持ちつ持たれつなのだ、私たちは。
6月のあの日のことは、夢だったのではないかとさえ思う時がある。それだけの非日常が、次の日にはまるで何事も無かったかのような平和に戻っていたのだから。でも、それが賭郎とやらの力なのだろう。「きっちり取り立ててやって頂戴ね」とキセルを燻らす鞍馬さんの、綺麗に手入れされた右手を思い出す。切間さんは本当にきっちり綺麗に仕事をしてくれたみたいで、しれっと日常を返してくれた萩原先生の、「お前ら、凄いな」という呟き以外に私たちの頑張りを証明するものは残っていなかった。
「弥鱈君はさ」
賭郎に入らないの?という問いが、喉元で引っかかる。確信めいたものはあるのに、聞けない。知らなかったけど臆病なのだ、意外と、私は。
「何」
「ごめん、やっぱいい」
「あ、そ」
「うん。大学、頑張って」
「アンタもな」
「もう、無理だったら日本に帰ってきなよ?そしたら一緒の大学入り直そ」
「教育大は却下」
「なんでさ」
「明らかに向いてねえよ、俺」
「そうかな」
「子供好きに見えるか?」
「ないね」
「ホラな」
弥鱈君はちょっと笑って、「アンタは似合うと思う。教師」と言った。「どうだろうね、できるかな」と微笑みを返す。彼は肩を竦めた。
「アンタの側には、絶対アンタを助ける奴が現れるさ」
「…それは、弥鱈君じゃなくて?」
「俺がいーの?」
「え」
「何」
「ううん。ごめん。ちょっと今、迷った」
答えを促す彼に、私は微笑む。
「マナー違反な、気がするんだよね。弥鱈君にはやりたいことがあって、それを分かってて引き止めるのってだめじゃない?さみしいけどさ」
ふうん、と彼は空を仰ぎ、相槌を打つ。暫し迷って、彼はまた口を開く。
「意外とさ、アンタは執着しないんだな、俺に」
「…してるよ」
「どこが?」
「見えないところで」
「何、それ」
「言わない」
ああ、今顔見たら泣きそうだ。私は空に集中する。流れる雲の数を懸命に数える。
「また会える?」
さーな、と弥鱈君は笑う。私はまだ重い腰を上げられそうになくて、次の話題を探す。
桜の向こうでは、淡い青が広がっている。
卒業式も終わり、生徒も疎らな昇降口の目の前にある花壇の淵に腰掛けて、私は言った。すぐ隣で佇む弥鱈君が「どーも」と短く返す。
「ねー、ホントに行っちゃうの?」
このまま沈黙してしまうとこれで解散になってしまいそうで、私はそう問いかける。
「しつこいな、アンタも」
弥鱈君は微笑んで、憎まれ口を叩く。その横顔を見つめるのが辛くなって、私はまだ咲く気配を見せない桜を見上げる。
「だって、予想外過ぎてさ」
「秋にはもう言ってただろ」
「でもねー」
桜の枝に複雑に切り取られた隙間から、空が見える。綿雲がゆっくりと移動していく。
「やっぱりさ、アメリカは遠いよ」
「そーだな」
「なんなの、朝が夜で夜が朝って。不思議な世界」
「小学校で習うヤツだぞそれ。頼むぜ」
「いやそういう意味じゃ」
「センターやり直すか?」
「待って、知ってる、知ってる」
「怪しいな、アンタは」
「失礼な」
「俺が居なけりゃアンタは大学に受からなかった」
「私が居なかったら弥鱈君は高校卒業できなかった」
売り言葉に買い言葉でそう言ってみて、顔を見合わせて、笑ってしまう。持ちつ持たれつなのだ、私たちは。
6月のあの日のことは、夢だったのではないかとさえ思う時がある。それだけの非日常が、次の日にはまるで何事も無かったかのような平和に戻っていたのだから。でも、それが賭郎とやらの力なのだろう。「きっちり取り立ててやって頂戴ね」とキセルを燻らす鞍馬さんの、綺麗に手入れされた右手を思い出す。切間さんは本当にきっちり綺麗に仕事をしてくれたみたいで、しれっと日常を返してくれた萩原先生の、「お前ら、凄いな」という呟き以外に私たちの頑張りを証明するものは残っていなかった。
「弥鱈君はさ」
賭郎に入らないの?という問いが、喉元で引っかかる。確信めいたものはあるのに、聞けない。知らなかったけど臆病なのだ、意外と、私は。
「何」
「ごめん、やっぱいい」
「あ、そ」
「うん。大学、頑張って」
「アンタもな」
「もう、無理だったら日本に帰ってきなよ?そしたら一緒の大学入り直そ」
「教育大は却下」
「なんでさ」
「明らかに向いてねえよ、俺」
「そうかな」
「子供好きに見えるか?」
「ないね」
「ホラな」
弥鱈君はちょっと笑って、「アンタは似合うと思う。教師」と言った。「どうだろうね、できるかな」と微笑みを返す。彼は肩を竦めた。
「アンタの側には、絶対アンタを助ける奴が現れるさ」
「…それは、弥鱈君じゃなくて?」
「俺がいーの?」
「え」
「何」
「ううん。ごめん。ちょっと今、迷った」
答えを促す彼に、私は微笑む。
「マナー違反な、気がするんだよね。弥鱈君にはやりたいことがあって、それを分かってて引き止めるのってだめじゃない?さみしいけどさ」
ふうん、と彼は空を仰ぎ、相槌を打つ。暫し迷って、彼はまた口を開く。
「意外とさ、アンタは執着しないんだな、俺に」
「…してるよ」
「どこが?」
「見えないところで」
「何、それ」
「言わない」
ああ、今顔見たら泣きそうだ。私は空に集中する。流れる雲の数を懸命に数える。
「また会える?」
さーな、と弥鱈君は笑う。私はまだ重い腰を上げられそうになくて、次の話題を探す。
桜の向こうでは、淡い青が広がっている。