過ぎ去るはエーデルワイス
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2人は叫ぶ。
互いの愛を証明する為に。
互いの愛を拒絶する為に。
7
自我をなくした獣のようだ。俺は初めて見る彼女の姿に戸惑う。出会って半年になるだろうか。賭郎の中じゃ、俺が一番彼女を知っていると思っていた。睨みあげる勝気な瞳も、ゆったりとした三日月を描く唇も、怒った時の握り拳も、悪戯っぽい犬歯も。
なら、これは何だよ。
吠える彼女は確かに泣いていた。泣きじゃくりながら必死で訴えていた。瀕死まで痛めつけても涙ひとつ流さなかった女が、こんなことで泣いていた。
もうどこにも行きたくない。
ここまできたんだから。
ここにいさせて。
その痛切な訴えの全てを「関係ねえよ」と、弥鱈立会人は切り捨てる。おいおい、あんまりだろ。普通言うか?お前なんかをそこまで慕ってくれた女に。お前なんかにゃ勿体無い程の女に。
「関係ないって何、弥鱈君が勝手に関係なくしたんじゃん。なんでそんなこといえるの!ひどい、ひどい!」
「うるせえ!いいから、いいからここから離れろって!なんでそれだけのことがわかんねえんだよ強情女!」
「わかんないよ!別にいいじゃんか私がどこにいようが!弥鱈君私のことなんかどうでもいいんじゃん!置き去りにした癖に!私のことなんか忘れ」
ぼご、と、嫌な音。弥鱈立会人が晴乃の顔の真横の壁に穴を開けた。彼女が息を呑んだ僅かな時を縫う様に、弥鱈立会人は言う。
「2を8つ。なあ、分かれよ」
ふわりと浮かぶシャボンの様な、消え入りそうなその声は、晴乃の目から大きな大きな涙の粒を誘う。
「なんで、なんでよ」
晴乃は右手の甲で溢れる想いを拭い去る。それを見咎めた弥鱈立会人は迷い無く自分の胸ポケットから立会人の象徴であるハンカチを取り出し、黙して次々と溢れるそれを拭った。
「寂しかったのに。会いたかったのに。なんで置いていったの」
「ここじゃ、幸せになれない。俺はアンタが教師になったって聞いて、心底安心していたんだ。あんたに似合うと思ってた。アンタは人を幸せにして、自分も幸せになるって信じてたんだ。それが、こんな場所で」
「待ってよ。あっちでも私、全然幸せじゃなかった。なんで置いていかれて幸せになれるの」
「着いてきた方が、不幸だろ。アンタ、人殺すか?」
「やだ、やだけど、でも、寂しいのも嫌。ね、あなたがいないとどこにも行けないよ、私。そうでしょ?」
「アンタ、ズルくなったよな」
「ズルくもなるよ。当たり前でしょ。おもちゃ箱のおもちゃじゃないんだから、私だって生きていかなきゃいけなかったんだから、箱の中であなたを待ち続けるなんてできなかったんだもん。ズルくなった。強かにもなった。でもね、あなたがいたら、変わらずに済んだ」
「ほら、」
「ズルい?嫌いになったでしょ。その方がいいよね。嫌いになろうよ、私たち」
「なんだよ、それ」
「だって、もう、辛いもん」
「ここまできたなら責任取るっつの。結婚しよう。それで、賭郎と関わるのは俺だけにしようぜ」
「弥鱈君は、相変わらず分からず屋」
晴乃は静かに立ち上がった。つられる様に立ち上がった弥鱈立会人の目をまっすぐに見つめる。
「そういうトコ、大嫌い。私ね、あなたと一緒ならそれで幸せだったよ。あなたは最後まで分かってくれなかったけど」
目を見開いた彼に何も声をかけることなく、彼女はそっと彼の手首を押し、涙を拭く手を拒んだ。彼は何も言わずハンカチをしまう。無造作に押し込まれたそれは、まるで彼の心模様の様だとぼんやり思う。
「あ、そ」
彼はそれだけ言って、部屋を出て行った。
互いの愛を証明する為に。
互いの愛を拒絶する為に。
7
自我をなくした獣のようだ。俺は初めて見る彼女の姿に戸惑う。出会って半年になるだろうか。賭郎の中じゃ、俺が一番彼女を知っていると思っていた。睨みあげる勝気な瞳も、ゆったりとした三日月を描く唇も、怒った時の握り拳も、悪戯っぽい犬歯も。
なら、これは何だよ。
吠える彼女は確かに泣いていた。泣きじゃくりながら必死で訴えていた。瀕死まで痛めつけても涙ひとつ流さなかった女が、こんなことで泣いていた。
もうどこにも行きたくない。
ここまできたんだから。
ここにいさせて。
その痛切な訴えの全てを「関係ねえよ」と、弥鱈立会人は切り捨てる。おいおい、あんまりだろ。普通言うか?お前なんかをそこまで慕ってくれた女に。お前なんかにゃ勿体無い程の女に。
「関係ないって何、弥鱈君が勝手に関係なくしたんじゃん。なんでそんなこといえるの!ひどい、ひどい!」
「うるせえ!いいから、いいからここから離れろって!なんでそれだけのことがわかんねえんだよ強情女!」
「わかんないよ!別にいいじゃんか私がどこにいようが!弥鱈君私のことなんかどうでもいいんじゃん!置き去りにした癖に!私のことなんか忘れ」
ぼご、と、嫌な音。弥鱈立会人が晴乃の顔の真横の壁に穴を開けた。彼女が息を呑んだ僅かな時を縫う様に、弥鱈立会人は言う。
「2を8つ。なあ、分かれよ」
ふわりと浮かぶシャボンの様な、消え入りそうなその声は、晴乃の目から大きな大きな涙の粒を誘う。
「なんで、なんでよ」
晴乃は右手の甲で溢れる想いを拭い去る。それを見咎めた弥鱈立会人は迷い無く自分の胸ポケットから立会人の象徴であるハンカチを取り出し、黙して次々と溢れるそれを拭った。
「寂しかったのに。会いたかったのに。なんで置いていったの」
「ここじゃ、幸せになれない。俺はアンタが教師になったって聞いて、心底安心していたんだ。あんたに似合うと思ってた。アンタは人を幸せにして、自分も幸せになるって信じてたんだ。それが、こんな場所で」
「待ってよ。あっちでも私、全然幸せじゃなかった。なんで置いていかれて幸せになれるの」
「着いてきた方が、不幸だろ。アンタ、人殺すか?」
「やだ、やだけど、でも、寂しいのも嫌。ね、あなたがいないとどこにも行けないよ、私。そうでしょ?」
「アンタ、ズルくなったよな」
「ズルくもなるよ。当たり前でしょ。おもちゃ箱のおもちゃじゃないんだから、私だって生きていかなきゃいけなかったんだから、箱の中であなたを待ち続けるなんてできなかったんだもん。ズルくなった。強かにもなった。でもね、あなたがいたら、変わらずに済んだ」
「ほら、」
「ズルい?嫌いになったでしょ。その方がいいよね。嫌いになろうよ、私たち」
「なんだよ、それ」
「だって、もう、辛いもん」
「ここまできたなら責任取るっつの。結婚しよう。それで、賭郎と関わるのは俺だけにしようぜ」
「弥鱈君は、相変わらず分からず屋」
晴乃は静かに立ち上がった。つられる様に立ち上がった弥鱈立会人の目をまっすぐに見つめる。
「そういうトコ、大嫌い。私ね、あなたと一緒ならそれで幸せだったよ。あなたは最後まで分かってくれなかったけど」
目を見開いた彼に何も声をかけることなく、彼女はそっと彼の手首を押し、涙を拭く手を拒んだ。彼は何も言わずハンカチをしまう。無造作に押し込まれたそれは、まるで彼の心模様の様だとぼんやり思う。
「あ、そ」
彼はそれだけ言って、部屋を出て行った。