過ぎ去るはエーデルワイス
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
すっかり暗くなった帰り道、家路を歩く足取りは重い。物理的に。というのも、伏龍が電池切れを起こしやがったからだ。
コイツは自分の体力気力の限界を超えて稼働することがよくある。そんな時はこうやって、ことが済んだ途端に場を弁えず眠気を訴え、マジで寝やがる。今回はクララを出た瞬間におんぶを要求してきて、今に至る。一度俺の部屋にお持ち帰りでもしてやったらコイツも身の程を知れるんじゃないだろうか、なんてな。そんなことをしたら親父さんがどう出るか。俺も命は惜しい。
素直に送り届けよう。
俺は伏龍の家にたどり着くと、インターホンを鳴らす。ああ、弥鱈君。という親父さんの低い声。俺はインターホンのカメラに「どうも」と声を掛ける。
「娘が世話を掛けるね」
程なくして玄関を開けた親父さんが苦笑いする。
「今日は、俺が世話を掛けたので」
「ああ、妻から聞いているよ。災難だったね」
とりあえず、上がって。親父さんに促されてお言葉に甘える。いつも通りリビングのソファーに伏龍を転がし、食事の準備をしていたお袋さんに挨拶をすれば、彼女は控え目な笑みを浮かべながら、「楽しかったのね、今日は」と声を掛けてきた。
「いえ、そんなことは」
「いいのよ、悠助君。気にしないで」
彼女はすっとテーブルに目を落とす。伏龍と同じ目をもつ彼女に嘘は効かない。そして、そのせいで彼女はこの家を出られない。人が怖い、らしい。
「そうだよ悠助君。晴乃も君も無事なんだから、'いい経験だった'でいいんだ。もちろん、目的は遂げたんだろ?」
一足先についた食卓で楽しげに笑う親父さんは、伏龍の人格形成を大きく担った人物だ。基本的には愛情深い人だが、向こう見ずで執念深く、正義感が強い。この親にしてこの娘あり、だ。
「お陰様で、明日も高校生です」
「そうかそうか。良かったね」
で、どうやって勝ち取ったんだい?娘には索状痕があるし、悠助君は怪我だらけだし。まさか肉弾戦じゃないだろうね。目に挑戦的な光を宿し、彼は問う。後ろではお袋さんがおどおどとこちらを見つめている。俺は早々に諦め、事実あったことを話し出した。
「厄介なのに目をつけられたな」
親父さんが額を右手で覆いながらそう漏らす。お袋さんがその後ろに立ち、不安げに口元に手を当てている。
「でも、金輪際関わらないと約束しました」
「そっちじゃない。あ、いや、もちろん鞍馬組も十分厄介だから金輪際関わらないって約束をしたのはいい判断だよ、悠助君。でもね、賭郎の方が厄介なんだ」
どっちも目をつけられたかな、母さん。親父さんは振り返り、お袋さんに意見を求めた。彼女はどうでしょう、と首をかしげる。
「賭郎って、なんなんですか?親父さん」
口をついてその言葉が出た。気になってはいた。多分、教えてくれるのはこの人以外にいない。
「フィクサーだよ」
「何の」
「全ての、さ。あまり言ってはいけないが、私たち警察も散々介入を受けてきた。行政、民間、全てに人脈を持ち、全てを思うままに操る。それが賭郎だよ」
平和に暮らすなら、二度と関わり合いにならない方がいい。そう結ぶ親父さんの後ろでは、お袋さんが諦観を湛えて笑う。
「でも、悠助君は行くのね。そう顔に書いてある」
「そうなのかい?おすすめはしないよ。稀に対峙するが、化け物揃いだ」
「それがいいのね。でも、そうかもしれない。あなたにとってなら、あそこは最高の狩り場」
そして、あの子もきっと。お袋さんは伏龍を見つめる。つられて俺も爆睡する彼女に目をやる。
「どうかな、行っちゃうのかな」
「さあね、母さんはどうあって欲しい?」
「私は嫌だな、深淵を覗くことになるわ、あの子。耐えきれるかな」
何かあったんですか、と聞きたくて、口を噤む。恐らく、あったんだろう。
「危ないなら、行かせません」
代わりに俺はそう言った。いいんだよ、あの子が選ぶなら。二人はそう笑った。
コイツは自分の体力気力の限界を超えて稼働することがよくある。そんな時はこうやって、ことが済んだ途端に場を弁えず眠気を訴え、マジで寝やがる。今回はクララを出た瞬間におんぶを要求してきて、今に至る。一度俺の部屋にお持ち帰りでもしてやったらコイツも身の程を知れるんじゃないだろうか、なんてな。そんなことをしたら親父さんがどう出るか。俺も命は惜しい。
素直に送り届けよう。
俺は伏龍の家にたどり着くと、インターホンを鳴らす。ああ、弥鱈君。という親父さんの低い声。俺はインターホンのカメラに「どうも」と声を掛ける。
「娘が世話を掛けるね」
程なくして玄関を開けた親父さんが苦笑いする。
「今日は、俺が世話を掛けたので」
「ああ、妻から聞いているよ。災難だったね」
とりあえず、上がって。親父さんに促されてお言葉に甘える。いつも通りリビングのソファーに伏龍を転がし、食事の準備をしていたお袋さんに挨拶をすれば、彼女は控え目な笑みを浮かべながら、「楽しかったのね、今日は」と声を掛けてきた。
「いえ、そんなことは」
「いいのよ、悠助君。気にしないで」
彼女はすっとテーブルに目を落とす。伏龍と同じ目をもつ彼女に嘘は効かない。そして、そのせいで彼女はこの家を出られない。人が怖い、らしい。
「そうだよ悠助君。晴乃も君も無事なんだから、'いい経験だった'でいいんだ。もちろん、目的は遂げたんだろ?」
一足先についた食卓で楽しげに笑う親父さんは、伏龍の人格形成を大きく担った人物だ。基本的には愛情深い人だが、向こう見ずで執念深く、正義感が強い。この親にしてこの娘あり、だ。
「お陰様で、明日も高校生です」
「そうかそうか。良かったね」
で、どうやって勝ち取ったんだい?娘には索状痕があるし、悠助君は怪我だらけだし。まさか肉弾戦じゃないだろうね。目に挑戦的な光を宿し、彼は問う。後ろではお袋さんがおどおどとこちらを見つめている。俺は早々に諦め、事実あったことを話し出した。
「厄介なのに目をつけられたな」
親父さんが額を右手で覆いながらそう漏らす。お袋さんがその後ろに立ち、不安げに口元に手を当てている。
「でも、金輪際関わらないと約束しました」
「そっちじゃない。あ、いや、もちろん鞍馬組も十分厄介だから金輪際関わらないって約束をしたのはいい判断だよ、悠助君。でもね、賭郎の方が厄介なんだ」
どっちも目をつけられたかな、母さん。親父さんは振り返り、お袋さんに意見を求めた。彼女はどうでしょう、と首をかしげる。
「賭郎って、なんなんですか?親父さん」
口をついてその言葉が出た。気になってはいた。多分、教えてくれるのはこの人以外にいない。
「フィクサーだよ」
「何の」
「全ての、さ。あまり言ってはいけないが、私たち警察も散々介入を受けてきた。行政、民間、全てに人脈を持ち、全てを思うままに操る。それが賭郎だよ」
平和に暮らすなら、二度と関わり合いにならない方がいい。そう結ぶ親父さんの後ろでは、お袋さんが諦観を湛えて笑う。
「でも、悠助君は行くのね。そう顔に書いてある」
「そうなのかい?おすすめはしないよ。稀に対峙するが、化け物揃いだ」
「それがいいのね。でも、そうかもしれない。あなたにとってなら、あそこは最高の狩り場」
そして、あの子もきっと。お袋さんは伏龍を見つめる。つられて俺も爆睡する彼女に目をやる。
「どうかな、行っちゃうのかな」
「さあね、母さんはどうあって欲しい?」
「私は嫌だな、深淵を覗くことになるわ、あの子。耐えきれるかな」
何かあったんですか、と聞きたくて、口を噤む。恐らく、あったんだろう。
「危ないなら、行かせません」
代わりに俺はそう言った。いいんだよ、あの子が選ぶなら。二人はそう笑った。