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リビングに落ちていたカッターを拾い上げて、私はため息を着いた。
ついていた血をティッシュで拭う。
「愛子さん、またやったの?」
「……」
「愛子さん」
「……仕方ないじゃない……」
「やってもいいけど後始末は自分でやって」
「ごめんなさい……」
スイッチがオフの時はいつもこうだ。
彼女の左手首から流れる赤色も、もう見慣れている。
愛子さんは、一応私の母親だ。
血が繋がってる訳じゃない。彼女は私の父の再婚相手で、正式には「義母」となる。
父と妹が亡くなってからは、この自傷癖とうつ病を患っている女性と私は暮らしていた。
「ごめんなさい……今日も仕事行けなくて……それで……」
「はいはい。わかってるから」
愛子さんは何も悪くないよ。
そう言うと彼女は少しほっとした顔をして、「明日は頑張るから……」とぼそぼそ呟いた。
愛子さんは何も悪くない。
あの日、父と妹があんな死に方をしなければ、彼女はこんな風にならなかった。私もだ。
「縁ちゃん、お勉強はどう?」
「順調だよ。先生にも、もっと上を狙えるって言われた」
「そう。お母さん嬉しい……」
「じゃあもう勉強戻るね。ご飯はそこに置いてあるから適当に食べて」
「あ、うん……」
愛子さんは、きっと私に酷く負い目を感じているのだろう。
血の繋がらない母親。うつ病に罹り自傷癖がつき、仕事にもまともに行けず生活保護を貰っている。
世間から見たら酷い母親なのかもしれない。父と子を一人亡くしたのは辛いかもしれないが、残ったもう一人をきちんと守れと、叱責されてしまうだろう。
私が死ねばよかった。
あの時泣いて逃げなければ、妹を突き飛ばせば、愛子さんに実子を残してあげられたのに。
でも現実は義母と継子が一組、都会の片隅のボロアパートで静かに息をしている。
結局外に出てきてしまった。
いつもの小さな公園には行く気になれなくて、海の見える規模が大きい方に来てみた。
この時間ではカップルもいない。潮の匂いが鼻をくすぐり、髪をさらさらと撫でた。
「おや、今日はこちらにいらっしゃるんですか」
「え?」
シンプルなジャケットを着たお兄さんが、髪を抑えて立っている。
「お兄さん……」
今日はキャップもマスクもしていない。
その姿はやっぱりどう見ても人気アイドルの「HiMERU」だった。
「奇遇ですね」
「ええ………」
もう隠す気すらないのか。
「何も言わないんですね」
彼はくすりと笑う。
「……あまり、言わない方がいいのかと」
何も言わない。
ただ微笑んで、スマホをポケットから取り出した。
QRコードをこちらに見せる。
「交換しましょう、連絡先」
「あ、え、はい……?」
私はLINEを開き、それを読み取った。
「『十条要』……?」
「それが俺の名前です」
果たしてこれが本名なのか、偽名なのか。
それすらも図りかねてしまう。
首を傾げる私を見て、十条さんは優しく「本名ですよ」と笑った。
ライブDVDで見た「HiMERU」と確かに同一人物なのに、どこかが違う。
「縁さんというんですね、あなた」
「あ、はい。縁です」
なんか普通に連絡先交換しちゃったけど、この人芸能人だよな。
まずいのでは?スキャンダルとかにならないか?と辺りを見回すと、彼は「友人に見張りを頼んでいますから大丈夫ですよ」とまた笑う。察しのいい人だ。
「なんで連絡先を……?」
「俺があなたと仲良くなりたいと思ったからですよ。言ったでしょう、「惹かれた」と」
このお方、本当にいつもいきなりだ。
調子が狂わされるというかなんというか、ペースが独特というか。
あと正確には「気になった」くらいじゃなかったっけ。
「友人と思ってもらえれば幸いです。では」
十条さんは最後に少し嬉しそうな笑顔を見せ、私の手にミンティアのレモン&ハーブを置いて去っていった。
「……はあ」
十条さんは、どうもめちゃくちゃマメな人らしい。
マメ過ぎてもう「あれ、あなたトークを日記かメモ帳と勘違いしてらっしゃいます?」というくらいにはメッセージを送ってくる。
朝イチにまず挨拶と本日の天気と気温と湿度。「今日は一枚羽織ものを持っていくといいでしょう」とか言ってくれるのは有難い。
そしてぽこぽこその日食べたスイーツやらロケ弁やらケータリングやら、新しく買った服やアクセの写真なんかも送ってくる。
スタイリッシュでクールな見た目からはとても想像がつかない。こんなのファンが知ったら大興奮だろう。
たまに会うと「差し上げます」とか言って一体おいくら万円するんだか検討もつかないような服やお菓子をくれるものだから面食らってしまった。
かと思えばそれとなく「今の時期はこの範囲なのでは?」とか言って青チャートの応用問題の解法を送ってくるからたまらない。勉強もできるタイプの人だったのか。
学校では相変わらず担任が私にハイレベルな学校を勧め、家では母親が自傷行為をしたり仕事に行けなかったりした。
それなのに何故か私の髪のパサつきは直り肌の治安は良くなり、酷かった心窩部痛もめっきり来なくなったのだ。
「……不思議だな」
死にたいと思う暇もない。
孤独を、あまり感じない。
毎日送られてくる写真やメッセージが、少し楽しみになってくる。
十条さんのおかげもあったりするのかな、と何となく思いながら、私の四月は終わった。
ついていた血をティッシュで拭う。
「愛子さん、またやったの?」
「……」
「愛子さん」
「……仕方ないじゃない……」
「やってもいいけど後始末は自分でやって」
「ごめんなさい……」
スイッチがオフの時はいつもこうだ。
彼女の左手首から流れる赤色も、もう見慣れている。
愛子さんは、一応私の母親だ。
血が繋がってる訳じゃない。彼女は私の父の再婚相手で、正式には「義母」となる。
父と妹が亡くなってからは、この自傷癖とうつ病を患っている女性と私は暮らしていた。
「ごめんなさい……今日も仕事行けなくて……それで……」
「はいはい。わかってるから」
愛子さんは何も悪くないよ。
そう言うと彼女は少しほっとした顔をして、「明日は頑張るから……」とぼそぼそ呟いた。
愛子さんは何も悪くない。
あの日、父と妹があんな死に方をしなければ、彼女はこんな風にならなかった。私もだ。
「縁ちゃん、お勉強はどう?」
「順調だよ。先生にも、もっと上を狙えるって言われた」
「そう。お母さん嬉しい……」
「じゃあもう勉強戻るね。ご飯はそこに置いてあるから適当に食べて」
「あ、うん……」
愛子さんは、きっと私に酷く負い目を感じているのだろう。
血の繋がらない母親。うつ病に罹り自傷癖がつき、仕事にもまともに行けず生活保護を貰っている。
世間から見たら酷い母親なのかもしれない。父と子を一人亡くしたのは辛いかもしれないが、残ったもう一人をきちんと守れと、叱責されてしまうだろう。
私が死ねばよかった。
あの時泣いて逃げなければ、妹を突き飛ばせば、愛子さんに実子を残してあげられたのに。
でも現実は義母と継子が一組、都会の片隅のボロアパートで静かに息をしている。
結局外に出てきてしまった。
いつもの小さな公園には行く気になれなくて、海の見える規模が大きい方に来てみた。
この時間ではカップルもいない。潮の匂いが鼻をくすぐり、髪をさらさらと撫でた。
「おや、今日はこちらにいらっしゃるんですか」
「え?」
シンプルなジャケットを着たお兄さんが、髪を抑えて立っている。
「お兄さん……」
今日はキャップもマスクもしていない。
その姿はやっぱりどう見ても人気アイドルの「HiMERU」だった。
「奇遇ですね」
「ええ………」
もう隠す気すらないのか。
「何も言わないんですね」
彼はくすりと笑う。
「……あまり、言わない方がいいのかと」
何も言わない。
ただ微笑んで、スマホをポケットから取り出した。
QRコードをこちらに見せる。
「交換しましょう、連絡先」
「あ、え、はい……?」
私はLINEを開き、それを読み取った。
「『十条要』……?」
「それが俺の名前です」
果たしてこれが本名なのか、偽名なのか。
それすらも図りかねてしまう。
首を傾げる私を見て、十条さんは優しく「本名ですよ」と笑った。
ライブDVDで見た「HiMERU」と確かに同一人物なのに、どこかが違う。
「縁さんというんですね、あなた」
「あ、はい。縁です」
なんか普通に連絡先交換しちゃったけど、この人芸能人だよな。
まずいのでは?スキャンダルとかにならないか?と辺りを見回すと、彼は「友人に見張りを頼んでいますから大丈夫ですよ」とまた笑う。察しのいい人だ。
「なんで連絡先を……?」
「俺があなたと仲良くなりたいと思ったからですよ。言ったでしょう、「惹かれた」と」
このお方、本当にいつもいきなりだ。
調子が狂わされるというかなんというか、ペースが独特というか。
あと正確には「気になった」くらいじゃなかったっけ。
「友人と思ってもらえれば幸いです。では」
十条さんは最後に少し嬉しそうな笑顔を見せ、私の手にミンティアのレモン&ハーブを置いて去っていった。
「……はあ」
十条さんは、どうもめちゃくちゃマメな人らしい。
マメ過ぎてもう「あれ、あなたトークを日記かメモ帳と勘違いしてらっしゃいます?」というくらいにはメッセージを送ってくる。
朝イチにまず挨拶と本日の天気と気温と湿度。「今日は一枚羽織ものを持っていくといいでしょう」とか言ってくれるのは有難い。
そしてぽこぽこその日食べたスイーツやらロケ弁やらケータリングやら、新しく買った服やアクセの写真なんかも送ってくる。
スタイリッシュでクールな見た目からはとても想像がつかない。こんなのファンが知ったら大興奮だろう。
たまに会うと「差し上げます」とか言って一体おいくら万円するんだか検討もつかないような服やお菓子をくれるものだから面食らってしまった。
かと思えばそれとなく「今の時期はこの範囲なのでは?」とか言って青チャートの応用問題の解法を送ってくるからたまらない。勉強もできるタイプの人だったのか。
学校では相変わらず担任が私にハイレベルな学校を勧め、家では母親が自傷行為をしたり仕事に行けなかったりした。
それなのに何故か私の髪のパサつきは直り肌の治安は良くなり、酷かった心窩部痛もめっきり来なくなったのだ。
「……不思議だな」
死にたいと思う暇もない。
孤独を、あまり感じない。
毎日送られてくる写真やメッセージが、少し楽しみになってくる。
十条さんのおかげもあったりするのかな、と何となく思いながら、私の四月は終わった。