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新学期というのはなんとも面倒臭いものだと思う。
「縁、今年もまた同じクラスだねー!」
梓と絵里とは、また同じクラスになった。
「今年は流星隊P丸出しでいこうと思う」
「いつもじゃねえか」
私の周りは特に何も変わらない。
「ねえ今年でうちら受験生とかヤバくない?」
「やばいやばい」
「縁はいいよねなんだかんだ成績いいから」
「梓はとんでもねえもんな」
「とんでもねえってなんだよ」
変わらず騒がしくドルオタが多く、受験生になってもまだいまいち実感に欠ける。
それでも環境は変わり、私の気分は下がるのだ。
桜は、もう盛りを過ぎていた。
校舎の三階から眺める木々は、淡い花と新緑が混ざって何とも言えない色合いになっている。
お兄さんは、最近公園に来ない。
その分テレビでCrazy:BやHiMERUの名前を聞く頻度は上がっているから、きっと忙しいんだろうと思っている。
調べたところ、彼はまだ17歳らしい。凄いな、同い年なのに芸能活動なんて。
私なんて何もしていない。言われた通りに生きているだけだ。
そんなにお金もないから独学で、行ける偏差値の、多分国立大学に行って。
そこから私の人生に何があるんだろう。
あの日から全てが止まってしまったのに、体は育って季節は移ろうのだ。容赦なく、美しく。
高校三年生ともなると、毎日深夜徘徊をするほどの余裕も、最近はなくなってきてしまった。
幸い今まできちんとそれなりに机に向かってきたからか、偏差値や得点はそれなりに高い位置をキープ出来ている。
それに伴って担任からの期待値は上がり、母親からの視線は強くなる。
「こいつもしかしていけんじゃね?」というあの目は私を萎縮させ、それから逃げるためにひたすらテキストを解き続けるしかなかった。
「死んだような顔してますね」と、その日久しぶりに会ったお兄さんは言った。
「受験生なんですよ……」
「おや、大学ですか?」
「はい」
彼は小さく笑った。この人は私の見立てが合っていれば同い年のはずだけど、もう大学くらい軽く卒業していそうな雰囲気がある。
「国立ですか?」
「よくおわかりですね」
うちあんまりお金ないから、国立しか行けないんです。
そう言うと、お兄さんは「大変でしょう」と呟く。彼は自力で私立大学の学費くらい軽く払えるんだろうな、と私は持っていたレモネードを飲みながら思った。
「勉強、辛いですか?」
「いえ、それはそこまで……。なんというか、周囲の視線のが体にきます」
「期待されてると?」
「はい」
ふむ、と彼はマスクで覆われた顎に指を置いた。
「成績は今のところ?」
「学年一位を保ってます」
「おや、それは凄いですね」
「勉強してると誰も何も言わないし、楽なんです」
「ああ……」
それで、周囲に期待されてしまうのですね。と呟いて、彼はポケットから飴を取り出した。
「差し上げます」
「あ、どうも……」
コーラ味の大玉だ。お兄さんのイメージに似つかわしい、アルミのギラギラした包みが街灯に反射する。
「あなたは、どうも視線を集めやすい人のようですね」
「え?」
私の前にしゃがみ込んだお兄さんは、こちらをじっと見つめている。
垂れた蜂蜜色の瞳。一つに結ばれた青い髪。
「俺も、あの日あなたがここにぼんやりと座っているのが気になってこの公園に入った人間です。あなたは、多分、他人が強く惹かれる何かを持っているのだと思います」
「へ……」
「俺の場合はあなたの座る姿でした。先生や親御さんにとっては、それがあなたの成績なのでしょう」
彼はこちらから目を逸らさない。
「普通、多少成績が良かったくらいではそこまで周囲に期待もされませんし、視線も集めません。あんなにたくさんお菓子も貰えませんし」
「まあ、それは……」
「とにかく、あなたは目立つんです。とても」
そして、マスク越しに彼は何かを呟いた。
「……勉強、頑張ってください」
「え、あ、はい」
ぽむ、と私の頭を一つ撫でて彼は公園を出ていった。
髪の毛に残る仄かな温かさと口に放り込んだコーラ味が、じんわりと私の心を染めていた。
確かに、私は幼い頃から目立ちやすかったように思う。
どこに行っても縁ちゃん縁ちゃん、主張なんてしたことがないのに常に真っ先に意見を求められ、いじめっ子にもいじめられっ子にも「大丈夫?」と何故か声をかけられていた。
私を心配する素振りをする人が、とにかく多かったのだ。
父と妹が死んだ日を境に、それは一気に増えた。
身内を亡くしたことを知る人はもちろん、知らない人からも。
道行く人から「お嬢ちゃん大丈夫?飴ちゃんあげようねえ」といきなり飴玉を貰うこともあった。
思えば、確かに異常なほど「目立っている」。
あのお兄さんの「あなたは人の視線を集めやすい」というのも頷けた。
……それなのに、なんで私はこんなに孤独なんだろう。
家庭環境が特殊なのはわかってるけど、それ以上に優しい人に囲まれて生きてきた。不健康な生活を憂いてくれる友達も、学費と生活費を出してくれる親もいる。
だというのに、私はどうしてずっと独りなんだろう。
「消えたい……」
小さな呟きは、古びたブランコが軋む音に掻き消された。
「縁、今年もまた同じクラスだねー!」
梓と絵里とは、また同じクラスになった。
「今年は流星隊P丸出しでいこうと思う」
「いつもじゃねえか」
私の周りは特に何も変わらない。
「ねえ今年でうちら受験生とかヤバくない?」
「やばいやばい」
「縁はいいよねなんだかんだ成績いいから」
「梓はとんでもねえもんな」
「とんでもねえってなんだよ」
変わらず騒がしくドルオタが多く、受験生になってもまだいまいち実感に欠ける。
それでも環境は変わり、私の気分は下がるのだ。
桜は、もう盛りを過ぎていた。
校舎の三階から眺める木々は、淡い花と新緑が混ざって何とも言えない色合いになっている。
お兄さんは、最近公園に来ない。
その分テレビでCrazy:BやHiMERUの名前を聞く頻度は上がっているから、きっと忙しいんだろうと思っている。
調べたところ、彼はまだ17歳らしい。凄いな、同い年なのに芸能活動なんて。
私なんて何もしていない。言われた通りに生きているだけだ。
そんなにお金もないから独学で、行ける偏差値の、多分国立大学に行って。
そこから私の人生に何があるんだろう。
あの日から全てが止まってしまったのに、体は育って季節は移ろうのだ。容赦なく、美しく。
高校三年生ともなると、毎日深夜徘徊をするほどの余裕も、最近はなくなってきてしまった。
幸い今まできちんとそれなりに机に向かってきたからか、偏差値や得点はそれなりに高い位置をキープ出来ている。
それに伴って担任からの期待値は上がり、母親からの視線は強くなる。
「こいつもしかしていけんじゃね?」というあの目は私を萎縮させ、それから逃げるためにひたすらテキストを解き続けるしかなかった。
「死んだような顔してますね」と、その日久しぶりに会ったお兄さんは言った。
「受験生なんですよ……」
「おや、大学ですか?」
「はい」
彼は小さく笑った。この人は私の見立てが合っていれば同い年のはずだけど、もう大学くらい軽く卒業していそうな雰囲気がある。
「国立ですか?」
「よくおわかりですね」
うちあんまりお金ないから、国立しか行けないんです。
そう言うと、お兄さんは「大変でしょう」と呟く。彼は自力で私立大学の学費くらい軽く払えるんだろうな、と私は持っていたレモネードを飲みながら思った。
「勉強、辛いですか?」
「いえ、それはそこまで……。なんというか、周囲の視線のが体にきます」
「期待されてると?」
「はい」
ふむ、と彼はマスクで覆われた顎に指を置いた。
「成績は今のところ?」
「学年一位を保ってます」
「おや、それは凄いですね」
「勉強してると誰も何も言わないし、楽なんです」
「ああ……」
それで、周囲に期待されてしまうのですね。と呟いて、彼はポケットから飴を取り出した。
「差し上げます」
「あ、どうも……」
コーラ味の大玉だ。お兄さんのイメージに似つかわしい、アルミのギラギラした包みが街灯に反射する。
「あなたは、どうも視線を集めやすい人のようですね」
「え?」
私の前にしゃがみ込んだお兄さんは、こちらをじっと見つめている。
垂れた蜂蜜色の瞳。一つに結ばれた青い髪。
「俺も、あの日あなたがここにぼんやりと座っているのが気になってこの公園に入った人間です。あなたは、多分、他人が強く惹かれる何かを持っているのだと思います」
「へ……」
「俺の場合はあなたの座る姿でした。先生や親御さんにとっては、それがあなたの成績なのでしょう」
彼はこちらから目を逸らさない。
「普通、多少成績が良かったくらいではそこまで周囲に期待もされませんし、視線も集めません。あんなにたくさんお菓子も貰えませんし」
「まあ、それは……」
「とにかく、あなたは目立つんです。とても」
そして、マスク越しに彼は何かを呟いた。
「……勉強、頑張ってください」
「え、あ、はい」
ぽむ、と私の頭を一つ撫でて彼は公園を出ていった。
髪の毛に残る仄かな温かさと口に放り込んだコーラ味が、じんわりと私の心を染めていた。
確かに、私は幼い頃から目立ちやすかったように思う。
どこに行っても縁ちゃん縁ちゃん、主張なんてしたことがないのに常に真っ先に意見を求められ、いじめっ子にもいじめられっ子にも「大丈夫?」と何故か声をかけられていた。
私を心配する素振りをする人が、とにかく多かったのだ。
父と妹が死んだ日を境に、それは一気に増えた。
身内を亡くしたことを知る人はもちろん、知らない人からも。
道行く人から「お嬢ちゃん大丈夫?飴ちゃんあげようねえ」といきなり飴玉を貰うこともあった。
思えば、確かに異常なほど「目立っている」。
あのお兄さんの「あなたは人の視線を集めやすい」というのも頷けた。
……それなのに、なんで私はこんなに孤独なんだろう。
家庭環境が特殊なのはわかってるけど、それ以上に優しい人に囲まれて生きてきた。不健康な生活を憂いてくれる友達も、学費と生活費を出してくれる親もいる。
だというのに、私はどうしてずっと独りなんだろう。
「消えたい……」
小さな呟きは、古びたブランコが軋む音に掻き消された。