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春休みに入った。
そしてバイトを辞めた。
理由は、普段は放任の癖にこういう時だけ目が覚める母親が「進路をきちんと考えなさい。やりたいことないんだったらバイト辞めて勉強して、いい大学行って」と言ったから。
確かに一理ある。高偏差値の難関大学に行けば、ある程度潰しが効くし。
バイトを辞めるともれなく私が深夜にほっつき歩く用のお菓子買ったりサブスクに払う用の金が無くなるから困るんだけど。
そんなこんなでこの春休みは勉強、家事、深夜徘徊の三つで完結することになった。
なんで私こんな所にいるんだろ。
梓の家のソファに座らされ、黄色に光るキンブレを持たされながらそんなことを思った。
目の前には大画面テレビ、流れるのはCrazy:Bの「Be The Party Bee!」。つまりライブDVDだ。
「こはきゅーーーーん!!!!」
「やべぇ椎名ニキめっちゃかわええ」
「燐音きゅん……えっちぃ……」
「HiMERUかっこよすぎて三万回は愛した」
騒いでいるのはクラスの女子達。
どうもこれは「ライブチケット戦争に落ちた人用ライブDVD鑑賞会」らしい。
それに何故か私も呼ばれた。なんで?
「ほら縁、HiMERUのアップだよ!」
「やっぱソロで長くやってただけあるわー安定感凄いしエロい」
「わかるHiMERU超エロい」
その超エロいHiMERUと多分私会ってるんだよなあ……と私はあの公園を思い出した。
目の前のスーパーパリピ陽キャなライブとは大違いの静けさと、そろそろ満開を迎えそうな桜の木。
私はどうも梓達にHiMERUのファンだと勘違いされているらしかった。違うんですけどね。
「ほーら縁ーHiMERUのMCだよー」
「喋り方丁寧で可愛いよね」
「わかる。ちょっと癖あってかわいい」
「一人称HiMERUなの本当にかわいい」
よくはしゃぐなあ……と出されているポテチを摘んだ。あ、これ美味しい。
確か、あのお兄さんの一人称は「俺」だった。話し方も特に癖のない敬語で、ライブ映像の中のHiMERUとは異なっている。
でも話す声は全く同じだ。
不思議だ。まるで人格が変わってるみたい。
確かそういう病気あったな。多重人格?正式名称なんだっけ?
「あ、縁がポテチ全部食べた」
「えっ、あ、ごめん」
「いいよいいよ、たまにはミンティア以外も食べな」
「ほら縁ーチョコだよー」
「縁不健康な生き方してそうだから鞄にお菓子詰め込んどこうぜ」
勝手に持ってきたトートが開けられ、ドバーッと中にチョコやら飴やらを入れられる。食費が浮くな。
「なんなら縁家でご飯食べてく?ママが作ってくれるから」
「え、マジで?いーなー」
「あんたらは家で食えよ」
「冷たっ」
梓の家はお金持ちだ。
確かお父さんが社長さんで、お母さんが専業主婦。二人ともとても優しい人だ。
「ご飯はみんなの分作るわよ。食べてってね」
「やったー!」
「梓ママ神!ありがとうございます!」
料理も上手で、こうしてみんなによく振る舞ってくれる。
「縁ちゃんは、お母さん大丈夫?」
「あ、はい。基本夕飯は私作るので……」
「偉いわね。うちの梓とはえらい違いだわ」
いい匂いのするお母さんににっこりと微笑まれる。うちの母親とはかなり違うな。
「確かに、縁ちゃんはもう少しご飯を食べた方がいいわ。将来大変になっちゃうから」
「お気遣いありがとうございます」
「いいのよ、そんなにかしこまらなくて。好きな食べ物はある?」
「いえ、特には……」
「わかったわ。じゃあ、少量でもしっかり栄養が取れるものにするわね。他のみんなは?」
「卵!」とか「肉!」とか騒ぐクラスメイト達に言って、私は広いリビングを抜け出した。
『友達んとこでご飯ご馳走になることになったから、今日は適当に済ませて』
トイレの中で母親に向けてメッセージを送信し、小さく溜息をついた。
広い家は落ち着かないし、テレビの大音量や騒ぐ女の子達の声で少し疲れている。
梓もお母さんも、その他の子だって悪い子は一人もいない。みんな私のことを心配してくれてるし、優しく接してくれている。
私が悪いのだ。
恵まれた環境にいるはずなのに、ちゃんと誰かに愛されてるはずなのに、孤独だと思ってしまう私が。
あの日のあの瞬間から動けない私が、どこにもいけない私が。
全て、私が悪いのだ。
「お兄さんに会いたいなあ……」
低く穏やかな声が聞きたい。
ブランコを鳴らして桜を見るあの時間が、酷く恋しい。
「縁ー?UNDEADのライブ見るよー!」
「はーい!」
私はトイレから出て、また賑やかな空間に戻った。
結局、梓の家を出たのは23時過ぎだった。
「車で送っていこうか」という梓のお父さんからの申し出は断って、意地でも歩くことにした。
そう遠くもないし、車庫にある立派なBMWはなんとなく乗りたくなかったからだ。
そうしていつもの公園に辿り着くと、なんと今日は珍しくお兄さんが先にいた。
本当に脚が長いし細いな。
「おや」
「どうも」
隣のブランコに腰掛ける。
山ほど入れられた大判のエコバッグを追加されてるし、トートバッグが自宅を出た時より重い。開けると、中にはお菓子が大量に詰め込まれていた。
中から二つチュッパチャプスを取り出して、片方をお兄さんに差し出す。コーラ味だ。
「いいんですか?」
「友達にいっぱいもらったんです。これ以外にもたくさんあります」
「なら頂きますね」
今日のお兄さんはいつもより声色が優しい。普段は真冬の午前中の陽光くらいなのに、今日はまるで午後の木漏れ日だ。
私はお兄さんにエコバッグの中を見せた。
この中全部お菓子です。と言うと、流石に驚いたようだ。
「お好きなの何個でも取ってってください。本当に凄い量あるんです」
「これは確かに多いですね」
彼はキャベツ太郎を二袋とチュッパチャプスのストロベリーとラムネをそれぞれ一つ、わなげチョコを一つ取った。もっと持ってっていいのに。
「頂きますね」
「どうぞどうぞ」
それから二人で駄菓子を食べた。無言だ。
目の前にある満開の桜を、ぼんやりと見る。
「満開ですね」
「はい」
この人との会話は、学校で女の子達とするものとは少し違う。
声を出すのは少しだけ、それも、風が吹けば飛ぶような囁きだ。
あとはブランコの間の沈黙を二人で味わうだけ。
そして、時がくればどちらかが帰る。
「じゃあ、俺はそろそろ帰ります」
「あ、はい」
またねとは言わない。
名前も知らない、不確かな関係だから。
そしてバイトを辞めた。
理由は、普段は放任の癖にこういう時だけ目が覚める母親が「進路をきちんと考えなさい。やりたいことないんだったらバイト辞めて勉強して、いい大学行って」と言ったから。
確かに一理ある。高偏差値の難関大学に行けば、ある程度潰しが効くし。
バイトを辞めるともれなく私が深夜にほっつき歩く用のお菓子買ったりサブスクに払う用の金が無くなるから困るんだけど。
そんなこんなでこの春休みは勉強、家事、深夜徘徊の三つで完結することになった。
なんで私こんな所にいるんだろ。
梓の家のソファに座らされ、黄色に光るキンブレを持たされながらそんなことを思った。
目の前には大画面テレビ、流れるのはCrazy:Bの「Be The Party Bee!」。つまりライブDVDだ。
「こはきゅーーーーん!!!!」
「やべぇ椎名ニキめっちゃかわええ」
「燐音きゅん……えっちぃ……」
「HiMERUかっこよすぎて三万回は愛した」
騒いでいるのはクラスの女子達。
どうもこれは「ライブチケット戦争に落ちた人用ライブDVD鑑賞会」らしい。
それに何故か私も呼ばれた。なんで?
「ほら縁、HiMERUのアップだよ!」
「やっぱソロで長くやってただけあるわー安定感凄いしエロい」
「わかるHiMERU超エロい」
その超エロいHiMERUと多分私会ってるんだよなあ……と私はあの公園を思い出した。
目の前のスーパーパリピ陽キャなライブとは大違いの静けさと、そろそろ満開を迎えそうな桜の木。
私はどうも梓達にHiMERUのファンだと勘違いされているらしかった。違うんですけどね。
「ほーら縁ーHiMERUのMCだよー」
「喋り方丁寧で可愛いよね」
「わかる。ちょっと癖あってかわいい」
「一人称HiMERUなの本当にかわいい」
よくはしゃぐなあ……と出されているポテチを摘んだ。あ、これ美味しい。
確か、あのお兄さんの一人称は「俺」だった。話し方も特に癖のない敬語で、ライブ映像の中のHiMERUとは異なっている。
でも話す声は全く同じだ。
不思議だ。まるで人格が変わってるみたい。
確かそういう病気あったな。多重人格?正式名称なんだっけ?
「あ、縁がポテチ全部食べた」
「えっ、あ、ごめん」
「いいよいいよ、たまにはミンティア以外も食べな」
「ほら縁ーチョコだよー」
「縁不健康な生き方してそうだから鞄にお菓子詰め込んどこうぜ」
勝手に持ってきたトートが開けられ、ドバーッと中にチョコやら飴やらを入れられる。食費が浮くな。
「なんなら縁家でご飯食べてく?ママが作ってくれるから」
「え、マジで?いーなー」
「あんたらは家で食えよ」
「冷たっ」
梓の家はお金持ちだ。
確かお父さんが社長さんで、お母さんが専業主婦。二人ともとても優しい人だ。
「ご飯はみんなの分作るわよ。食べてってね」
「やったー!」
「梓ママ神!ありがとうございます!」
料理も上手で、こうしてみんなによく振る舞ってくれる。
「縁ちゃんは、お母さん大丈夫?」
「あ、はい。基本夕飯は私作るので……」
「偉いわね。うちの梓とはえらい違いだわ」
いい匂いのするお母さんににっこりと微笑まれる。うちの母親とはかなり違うな。
「確かに、縁ちゃんはもう少しご飯を食べた方がいいわ。将来大変になっちゃうから」
「お気遣いありがとうございます」
「いいのよ、そんなにかしこまらなくて。好きな食べ物はある?」
「いえ、特には……」
「わかったわ。じゃあ、少量でもしっかり栄養が取れるものにするわね。他のみんなは?」
「卵!」とか「肉!」とか騒ぐクラスメイト達に言って、私は広いリビングを抜け出した。
『友達んとこでご飯ご馳走になることになったから、今日は適当に済ませて』
トイレの中で母親に向けてメッセージを送信し、小さく溜息をついた。
広い家は落ち着かないし、テレビの大音量や騒ぐ女の子達の声で少し疲れている。
梓もお母さんも、その他の子だって悪い子は一人もいない。みんな私のことを心配してくれてるし、優しく接してくれている。
私が悪いのだ。
恵まれた環境にいるはずなのに、ちゃんと誰かに愛されてるはずなのに、孤独だと思ってしまう私が。
あの日のあの瞬間から動けない私が、どこにもいけない私が。
全て、私が悪いのだ。
「お兄さんに会いたいなあ……」
低く穏やかな声が聞きたい。
ブランコを鳴らして桜を見るあの時間が、酷く恋しい。
「縁ー?UNDEADのライブ見るよー!」
「はーい!」
私はトイレから出て、また賑やかな空間に戻った。
結局、梓の家を出たのは23時過ぎだった。
「車で送っていこうか」という梓のお父さんからの申し出は断って、意地でも歩くことにした。
そう遠くもないし、車庫にある立派なBMWはなんとなく乗りたくなかったからだ。
そうしていつもの公園に辿り着くと、なんと今日は珍しくお兄さんが先にいた。
本当に脚が長いし細いな。
「おや」
「どうも」
隣のブランコに腰掛ける。
山ほど入れられた大判のエコバッグを追加されてるし、トートバッグが自宅を出た時より重い。開けると、中にはお菓子が大量に詰め込まれていた。
中から二つチュッパチャプスを取り出して、片方をお兄さんに差し出す。コーラ味だ。
「いいんですか?」
「友達にいっぱいもらったんです。これ以外にもたくさんあります」
「なら頂きますね」
今日のお兄さんはいつもより声色が優しい。普段は真冬の午前中の陽光くらいなのに、今日はまるで午後の木漏れ日だ。
私はお兄さんにエコバッグの中を見せた。
この中全部お菓子です。と言うと、流石に驚いたようだ。
「お好きなの何個でも取ってってください。本当に凄い量あるんです」
「これは確かに多いですね」
彼はキャベツ太郎を二袋とチュッパチャプスのストロベリーとラムネをそれぞれ一つ、わなげチョコを一つ取った。もっと持ってっていいのに。
「頂きますね」
「どうぞどうぞ」
それから二人で駄菓子を食べた。無言だ。
目の前にある満開の桜を、ぼんやりと見る。
「満開ですね」
「はい」
この人との会話は、学校で女の子達とするものとは少し違う。
声を出すのは少しだけ、それも、風が吹けば飛ぶような囁きだ。
あとはブランコの間の沈黙を二人で味わうだけ。
そして、時がくればどちらかが帰る。
「じゃあ、俺はそろそろ帰ります」
「あ、はい」
またねとは言わない。
名前も知らない、不確かな関係だから。